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カテゴリ: ★『新樹の通信』

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 昭和六年の秋には、満州事変が突発した為、幽明交通の機関も、ある程度そちらの方面に向けられましたが、しかし私の主たる研究題目は龍宮界であって、新樹は、彼の母の守護霊と共に、絶えずその仕事に使われました。
 初めての龍宮行きは、九月二十二日の午後に行なわれました。新樹はその時の模様を、かく通信して来ております-
「今日は突然お母さんの守護霊さんから通信がありまして、これからあなたも私と一緒に、龍宮界へ出掛けるのです。色々あちらで調べることがある、と殆ど命令的の口調なのです。僕その剣幕にいささかびっくりして、どうした訳で、急にそんな話が持ち上がったのかと訊いてみますと、守護霊さんの仰るには、これはあなたのお父さまからの依頼です。龍宮という所は、いかに書物で調べても、他人に尋ねてもどうしても腑に落ちない箇所が多くて困るから、是非子供を連れて行って、詳しく調べさせてくれとのご注文で、それで急に思い立ったのだ、というお返事なのです。僕龍宮なんて、実際そんな境地が、果たしてあるか無いかも知らない位で、一向自信がありませんでしたが、守護霊さんがえらい意気込みなので、僕大人しく付いて行くことにしました。間もなく守護霊さんは、僕の住居へ誘いに来てくれました。いつもの通り、足利時代の道中姿で、草履を履いておられます。僕は例によって洋服だ・・・龍宮行きだからとて、洋服を着て行っていけないという理由も、別になさそうに考えたからです。
 それにしても、龍宮探検とは随分振っていると、僕色々考えました。 龍宮は一体海の底の世界なのかしら・・・。子供の時分に読んだおとぎ話には、確かにそう書いてあったと思うが、もし海底だとすれば、どんな按配式にそこへ潜り込むのかしら・・・。こいつァ少々薄気味悪くもあるが、同時に又面白い仕事でもある・・・。事によると、大きな海亀が自分達を迎えに来るかもしれない・・・。僕思案に余って、とうとう守護霊さんに龍宮はどんな所かと伺いを立てると、守護霊さんは軽くお笑いになって、あなたは色々の事を想像しておられるが、黙って付いてお出でなさい。行ってみれば、どんな境地か直ぐ判ります。と言って、一向詳しい説明をしてくださらない。僕の好奇心は自然最高潮に達した訳です-先方に着いてからの見聞記は、僕よりも守護霊さんの方が詳しいかと思いますから、成るべく守護霊さんを呼び出して、一度その物語を聞いてください。足りないところがあったら、僕が後で補充することにしましょう」

 折角新樹がそう言うものですから、私は妻の守護霊を呼び出すことにしました。守護霊はいつもより気乗りした調子で、元気よく私の問に答えるのでした-
 問「今日は色々お骨折りでした。今ちょっと子供からお出掛けの様子だけ聞きましたが、子供も龍宮には大分面食らった模様ですね」
 答「はい、大変に可笑しうございました。子供は、龍宮の話は幼い時分におとぎ話で聞いたり、又歌唱でも習ったりしたが、一体本宮にそんな境地があるのかしら・・・・よもや亀が迎えに来るのではあるまいなど、色々の空想を起こして気を揉むのでございます。余り可笑しうございますから、わざと説明せずに少しじらしてやりました。地上の人は、龍宮を海の底だと考えていますが、実はそうではございません。龍神様は海にも、陸にも、ここにでもおられます。龍神様と海との間に、特別の関係なんか少しもございません。龍宮とはつまり竜神様のお宮のある世界という事でございます」
 問「一体、龍神の本体は何なのですか?」
 答「先へ行ってお調べになれば、追々お判りになりますが、竜神様はつまり神様・・・・元の生神様で、一度も人間のように肉体を有して、地上にお現れになられたことの無い方々でございます。で、その御姿なども自由自在でございます。私が拝みますと、その御本体はやはり我々同様、白い丸い美しい球でございますが、何かの場合に、力強いお働きをなされます時は、いつもあの逞しいお姿・・・あの絵にあるような龍体をお現しになられます。それから、私共が龍宮へ参ってお目にかかる場合などには、又その御姿が違います。御承知の通り、あの神々しい理想の御姿・・・・それはそれは御立派でございます」
 問「すると龍神さんは変化する名人で、到底我々人間には歯ぶしが立ちませんね」
 答「何しろ神様と人間とは、大変に階段が違いますからね・・・」
 問「すると、全ての神様は、ことごとく龍神様と思えばよい訳でしょうか?」
 答「さあ、全てという事は、到底私などの分際で申し上げ兼ねますが、少なくとも、人間受け持ちの神様は、龍神様であると考えて宜しいと存じます」
 問「そしてその龍神様と人間との関係は?」
 答「地上の人類は、最初は皆龍神様の御分霊を頂いて生まれたように承っております。つまり龍神様は、人間の例の御先祖様なのでございますね・・・」
 問「イヤ大体見当が付いて来ました。詳しい説明は先へ行って伺うことにして、早速龍宮探検のお話を願いましょうか」
 答「承知致しました。では申し上げます・・・。あれから私達二人は、なにかと物語りながら、随分長い道中を致しました。白い清らかな砂地の大道、それがズーッと見渡す限り続いております。歩いても歩いても、中々歩き切れそうもなく感じられましたが、つまり私達の境涯と、龍宮の所在地とは、それ程までに隔たりがあるのでございましょう。それでもとうとう辿り尽くして、ふと彼方を見渡しますと、行方遙かに龍宮の建物が夢のように浮かび出ました。私にはさして珍しくもございませんが、それを発見した時の子供の驚きと歓びは、大変なものでございました。「ヤア大きな門がある!いくらか旅順方面にある中国式の門に似ているナ。ヤア内部の方には大きな建物がある!反り返った棟、朱塗りの柱廊、丸味がかった窓の恰好、こいつも幾らか中国趣味だ。イヤどうも素敵だ・・・」としきりにはしゃいでおりました」
 問「さぞ久しぶりで、子供も気が晴々としたでしょう。元来陽気の資質の子ですから、たまには面白い目にも会わしてやりたいと思います」
 答「その通りでございますとも!それには今度の龍宮見物は、大当たりでございました。伊勢大廟の参拝などとは又気分が違います。伊勢は世にも尊い神様のお鎮まりになられるところで、身が引き締まるような神々しい感じに打たれますが、こちらは、立派ではあるが、何やらソノ、そう申しては相済みませぬが、面白い、晴々しい、親しみの深い感じが致します」
 問「お話を伺っただけでも、ほぼその状況が察せられます。境内もさぞ立派でしょうね」
 答「そりゃ立派でございます。随分広いお庭があって、そこには塵一つ留めません。樹木は松、杉、檜その他が程よくあしらわれ、一端には澄み切った水を湛えた、大きな池もございまして、それには欄干のついた風雅な橋が架かっております。全て純粋の日本風の庭園でもないが、さりとて中国風でも、又西洋風でもない。やはり一種独特の龍宮風でございます。大きな、面白い恰好の岩なども、あちこちにあしらわれてあります。裏の方は、こんもりと茂った山に包まれて、中々奥深く見えます。が、概して神社と申すよりかも、寧ろ御殿・・・御住居と言ったような趣が漲っております。で、子供も大変に陽気になりまして、生前かねて噂に聞いていた龍宮の乙姫様に、早く会わしてくれと申します。私も今日は是非、乙姫様にお目通りを願いたいと思いました・・・」
 問「乙姫様と申すと一体どなたの事で」
 答「それは豊玉姫様のことでございます。私の方の系統の本元の神様で、そう申しては何でございますが、この方が龍宮界の一番の花形でおられます・・・」
 問「それで、あなた方は、その豊玉姫にお会いなされたのですか?」
 答「はい、お目通しを致しましたが、それまでには順序がございます。先ず御案内を頼む時に、子供と私との間に一悶着起こりました。私達は正面のお玄関-立派な式台の所に立っていましたが、私が子供に向かい、あなたは男の身で、今日の責任者だから、御案内を頼むのはあなたの役目だと申しますと、子供はもじもじと尻込みをしてました。「僕は新米だから駄目です。決まりが悪い・・・」そんな事を申しているのです。致し方がございませんから、私が「御免ください」と申しますと、直ぐに一人の年若い侍女が取り次ぎに出て参りました・・・」
 問「年若の侍女と申して、幾歳位の方です?」
 答「さあ、ざっと十六歳位でもありましょうか、大そう品のよい娘さんで、衣装なども神さんのお召しになられるような、立派なものを着ておりました」
 問「その取次ぎの女だって、本体はやはり龍神なのでしょうね・・・」
 答「無論龍神さんです・・・」
 問「昔、彦火々出見命が龍宮へ行かれた時にも、一人の下女が出て来たように古事記に書いてありますが、やはり同一人物ではないでしょうか?」
 答「さあそれは何とも判り兼ねます。事によったら同じ方かも知れません。兎に角私から早速来意を申しました。「私達はかくかく申すもので、この子の父親からの依頼により、今日はわざわざ龍宮探検に参りました。お差支えがなければ、何卒乙姫様にお目通りを許されたい、とそうお取次ぎをお頼みします・・・」
 その辺の呼吸は、少しも人間の世界でやるのと相違はございません。侍女は一礼して引っ込みましたが、間もなく又姿を現して「乙姫様には、その事をつとにご存知であらせられます。どうぞお上りくださいませ」と申します。で、私は草履、又子供は靴を脱いで、式台に上り、導かれるままに、長い廊下を幾つも幾つもクネクネ回って、奥殿深く進みました。途中子供は小声で私に向かい、「僕は生前一度も宮中などへ招かれたことはなく、他人の風評を聞いて羨ましく思っていたものです。しかし龍宮の御殿へ招かれたのは、世界中で恐らく僕一人でしょう。そう思うと僕は鼻が高いです」-そんな事を申して歓んでおりました。よほど子供は身に染みて嬉しかった事と見えます」
 問「それからどうしました?」と私もつい急き込んで尋ねました。
 私から催促されて、守護霊は例のくだけた調子で、早速その先を物語りましたが、それは相当現実味を帯び、幾分人を頷かせる点もないではないが、さてその片言隻語の内に、なにやら人間離れのした、なにやら夢幻的色彩らしいものが、多量に加味されているのでした。取り扱う事柄が事柄なので、こればかりはどうあっても免れない性質のものかも知れません。
 取次ぎの侍女によりて、二人がやがて案内されたのは、華麗を極めた一つの広間なのでした。例によりてそれは日本式であると同時に、又中国式でもあり、そのくせ、どこやら地上一切の様式を超越した、一種特有の龍宮式なのでした。眼の覚めるような丹(に)塗りの高欄、曲線美に富んだ園窓、模様入りの絨毯、そこへ美しい卓子だの、椅子だのが程よくあしらわれて、何ともいえぬ朗らかな感じを漂わしている。上の格天井が又素晴らしく美事なもので、その中央の大きな桝形には、羽の生えた、風変わりの金龍が浮き彫りにされている・・・。
 室内には色々の装飾品も置いてありました。先ず目立って見えるのは卓上の花瓶、それに活けてある大輪の白い花は、椿のようであって、しかも椿ではなく、えも言われぬ高い香が、馥郁(ふくいく)として四辺をこめる。床の間らしい所には、美しい女神の姿を描いた掛け軸が掛かっていて、その前に直径五、六寸の水晶の球をあしらった、天然石の置物が置いてある・・・。
 二人が与えられたる椅子に腰をおろして待つ間程なく、ふと気がついて見ると、いつの間にやら乙姫様は、モウちゃんと室内にお現れになっておられるのでした。妻の守護霊は、その時の状況をこう述べるのでした-
 「あの時は誠に意外でございました。乙姫様は、当たり前に扉を開けて、そこからお出ましになられたのでなく、こちらが気の付かない中に、スーッと風のように、いつの間にやら、我々の頂戴した卓子から少し離れた、上座の小さい卓子にお座りになっておられたのです。で、私達は急いで椅子を離れて御挨拶を申し上げました・・・。乙姫様は申すまでもなく、龍体を有する方でございますが、この場合龍体では勝手が悪うございますので、いつもの通り、とてもお綺麗なお姫様のお姿でお会いくださいました。そのお綺麗さは普通の人間の綺麗さとは違います。何と申してよいやら、全てがすっきりと垢抜けがしており、全てが神々しく、犯し難き品位を具えておられます。目、鼻、口元と一つ一つお拾いすれば、別にこれぞというのではございません。全体としてとてもお立派で、人間の世界には、恐らくあれ程のお器量の方は見当たらないかと存じますね。体格もお見事で、従ってその御服装が一段と引き立って見えます。下着は薄桃色、その上に白い透き通った、妙のようなものを羽織っておられますので、その配合が何とも言えぬ程美しうございます。お腰には白い紐のようなものを巻きつけ、それを前面で結んで、無造作に下げておられます。全てが至極単純で、他に何の飾り気もない。それでいて、何とも言えずお綺麗なのでございます。お年は、左様でございますね、やっと三十になるかならずというところでございましょうか。勿論娘さんという風ではなく、奥様らしい落ち着きが、自然に備わっておいででございます・・・」
 それから来訪の二人は、早速乙姫様に向かい、私の代理として単刀直入的に、色々の事を質問したのですが、乙姫様は絶えずにこやかに、人間らしい親しみを持ちて、気軽くそれ等を受け流されました。成るべくありのままに、その時の問答を答え出してみましょう。

 最初の挨拶か済んだ時に、対話の糸口を切られたのは乙姫様でした-
 「あなた方お二人は、人間世界からの使者として、研究の為に、わざわざこちらにお出でなされたのであるから、こちらでも大切に取り扱って上げねばなりませぬ-ただ龍宮という所は、中々込み入った所で、一度や二度の訪問で、すっかり腑に落ちるという訳にも行きませぬから、あまり焦らずに、ゆっくりお仕事にかかってもらいます。私で足りぬところは、それぞれ受け持ちの者に引き合わせて答えさせます。今日は何ということなしに、四方八方の話なりと致しましょう・・・」
 御本家の奥方が、お目通りにまかり出でた親戚の者共に向かって、優しく話しかけると言った按配式です。今日初めて龍宮訪問をやった新樹は、これが幼い時に耳にした、あのおとぎ話の乙姫さんかと思うと、不思議で不思議で堪らなかったらしく、早速質問の第一矢を放ったのでした-
 「ぶしつけなことをお尋ねして甚だ恐縮ですが、あの浦島太郎の龍宮のおとぎ話というのは、あれは事実談なのでしょうか?僕父に報告する義務がありますし、今日は又龍宮訪問の第一日でもありますし、かたがた一つ記念に詳しいお話を伺いたいもので・・・」
 帰幽後間もない、ウブな若者から、イキナリこんな質問を発せられて、さすがの乙姫様も覚えずホッとお笑いになりました。
 「あんな事は大概人間の作り事、龍宮が海の底にあると思うから、自然亀などもお引き合いに出されたのです。龍宮が海の底にあるのでも、又陸の上にあるのでもなく、それ等全てとかけ離れた、一つの別世界である事は、あなたにもそろそろモウお分かりになったでしょう。人間というものは、自分の知恵から割り出して、色々と面白くこじつけるのがお上手です。おのおとぎ話よりか、古事記とやらいう書物に載せてある龍宮の話の方が、はるかに事実に近いようです・・・」
 「してみると、あの古事記の彦火々出見命の龍宮行も、おとぎ話の玉手箱の物語も、その種子はつまり一つなのですね!」と亡児は驚異の眼を見張り、それで幾らか僕にも見当が取れて来ました。彦火々出見命様も、浦島太郎も、どちらも龍宮の乙姫様と結婚され、そしてどちらも大変仲良くお暮しになったことになっている・・・」
 新樹がそう言いますと、乙姫様は、恥ずかしそうにさっとお顔を赤らめて、うつむかれたのでした。やはり神様でも女性は女性、どこまでもお優しいところがあるらしいです。
 それから、ちょっと主客の間の言葉が途切れましたが、それでも乙姫様は、直ぐに面を正して言葉を続けました-
 「私が結婚した事は、あなたの今言われた通りであるが、しかし話はただそれだけであって、後は大抵人間が勝手に作り上げたものに過ぎません。又自分達龍神の夫婦関係というのは、人間の夫婦の間柄とは大変な相違で、言わば霊と霊との和合なのです。そこは充分のみ込めるように、とくと人間の世界に伝えてもらいます」
 「かしこまりました」と新樹は殊勝らしく答えました。「ただそれにつけて伺いたいのは、乙姫様の御主人様のお名前は、何と申し上げて宜しいのでしょうか。やはり彦火々出見命様と仰られるのですか?」
 「そう申し上げて宜しいのです-もっとも名前というものは、ただ人間にとりて必要な一つの符牒であって、こちらの世界には、全然その必要はないのです。心に念じれば、それで全ての用事は立所に弁じてしまいます。この事もよく取り違いせぬよう、人間界に伝えてください」
 「承知致しました・・・。それでその彦火々出見命様ですが、古事記に書いてある所によると、御同棲後三年ばかり、故郷忘れ難く、そのまま龍宮界を立ち去られたように伝えてありますが、あれは一体どういう次第なのでありますか。お差支えなければ、その真相をお漏らしになって頂きたいもので・・・」
 すると乙姫様は、今までよりずっとしんみりとした御様子で、こう語り出でられたのでした-
 「あれもやはり地上の人が、例の筆法で、面白く作り上げたものなのです。新婚の若い男女が、初めて同棲することになった当座は、誰しも万事を外に、ひたすら相愛の嬉しい夢に耽ります。これは肉体の悩みを知らぬ霊の世界ほど、一段その感じが強いともいえます。が、恋愛のみが生活の全てでないことは、こちらの世界も、人間の世界も何の相違はありませぬ。女性としては、勿論いつまでもいつまでも、夫の愛に浸り切っていたいのは山々であるが、男性はそうしてのみもいられませぬ。こちらの世界の男子として何より大切なのは、外の世界の調査探究-それがつまりこちらの世界の学問であり、修業であるのです。私の夫も、つまりその為に、間もなく龍宮を後に、遠き修業の旅に出掛けることになられました。勿論それはただ新婚の際に限ったことではありません。その後も絶えずそうした仕事を繰り返しておられます。そうした門出を送る妻の身は、いつも言い知れぬ寂しい寂しい感じに打たれ、熱い涙が止めどもなく滲み出るもので、それが女性のまことまこというものでしょう。私とてどんなに泣かされたか知れませぬ。いかに引き止めても、引き止められぬ男の心・・・別れの辛さ、悲しさは、全く何物にも例えられぬように思いますが、しかしその中に時節が来れば、夫は再び溢れる愛情を湛えて、妻の懐に戻ってまいります。会っては離れ、離れては又会うところに、夫婦生活の面白い綾模様が織り出されるのです。私の夫は、元々龍宮の世界のもので、従って他の故郷などのあろう筈がありませぬ。あれはただ人間が、そういう事にして、別れる時の悲しい気分も匂わせたまでのものです。まんざら跡形のない事でもありませぬが、しかし事実とはよほど違います。一口にいうと、大変に人間臭くなっていると申しましょうか・・・」
 こんな話をされる時の乙姫様の表情は、実に活き活きとしていて、悲しい物語をされる時には、深い悲しみの雲がこもり、嬉しい時には、又いかにも晴々とした面持ちになられるので、その直ぐ前で耳を傾けている二人の感動は、とても深いものがあるのでした。
 「そんなものですかなァ」と、新樹は生前の癖で、両腕を胸に組みながら歓喜の声を放ちました。「兎に角僕そのお話で、漸く幾分か疑問が解けたように思います。人間は物質世界の居住者、それが龍宮世界の居住者と同棲するという事は、どうしても道理に合いませんからね・・・。つまり彦火々出見命様は、現在でも依然こちらの龍宮世界に御活動遊ばされておいでなさる訳なのですな・・・」
 「勿論引き続いて、こちらで御修業を積まれたり、日本国の御守護を遊ばされたりしておられます」「古事記には、豊玉姫様のお産の模様が書いてありますが、あれはどんなものですか、やはり人間の大衆文藝式の想像談でありますか?」
 「あれだけは、不思議によく事実に合っております。身二つになるということは、こちらの世界でもやはり女性の大役、その際には、自然龍体を現し、たった一人で、岩窟の内部のような所で子供を生み落とすのです。しかしそれが済んでしまえば、龍体は消えて、再び元の丸い球になります」
 「赤ん坊にお乳を飲ませるというような事は・・・」
 「そんな事は絶対にありません。生まれた子供は直ぐ独立して、母親や指導者の保護の下に修業を始めるのです・・・」
 「そうしますと、龍神の世界には、一家団欒の楽しみというようなものはないのですね」
 「無いことはないが、人間のように親子夫婦が、一つの家に同居するというような事はないのです。念じれば直ぐ通じる自由な世界に、同居の必要がどこにありましょう。あなたも早くこちらの世界の生活に慣れるように努めてください。無理もないことであるが、まだドウやらあなたは、地上の生活が恋しいように見えます・・・」
 「全く仰せの通りで・・・」と新樹はいささか沈んだ面持ちで、「僕にはまだ、こちらの世界の生活が、しっくり身に付かないで仕方がないのです。今日初めて龍宮へ連れて来て頂いても、何となしに現実味に乏しく、これが果たして本物かと思われてならないのです。立派な建築を見ても、それが何となく軽く、何となくドッシリと落ち着いた気分がしない。何やら不安、何やら物足りないように思われるのです。いつになったら、僕に真の心の落ち着きが出来ましょうか?」
 「時日が重なるにつれ、修行が加わるにつれ、心の落ち着きは自然と出来て来ます」と乙姫様は優しく亡児をいたわってくださるのでした。「あなたが龍宮で学ぶべき事は沢山ある。気兼ねせず、いつでも尋ねて来られるがよい。決して悪いようには計らわぬほどに・・・。が、初めての訪問でもあるし、今日は二人ともこの辺で引取ったら良いでしょう・・・」
 二人ははっとして恭しくお辞儀をしたが、再び頭を上げた時には、いつしか乙姫様の姿は室内から消えてしまっていたのでした。

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 私が『△△姫の通信』を受け取りつつある間にも、同一機関を通じて亡児からの通信は間断なく現れつつありました。前者は、相当長き歳月に亘れる幽界居住者の古い思い出話で、自ずからそこに纏まりがあり、又一つの見識もありますが、後者は、経験も思慮も乏しき新しい帰幽者のその折々の感想、又は見聞の通信で、いずれも断片的、即興的の性質を帯びており、時とすれば随分稚気に富んだ箇所もあります。兎も角も私としては、通信の都度、これを記録に留めてきましたので、今では数冊のノートブックを塞いでしまい、分量からすれば既に相当なものであります。今後これが何年続き、そして何冊のノートを埋めることになるか、考えてみれば、私共父子の絆は随分妙なところで結ばれていると思われるのであります。
 右のような次第で、亡児の通信の内容は必ずしも発表に適しません。私的関係以外には寧ろつまらないのが多く、又感情から言ってもこれを公表するに忍びないのが多いのであります。私がこの数年間、殆ど亡児の通信に手を触れなかった所以であります。 が、翻って考えれば、日本の心霊学界の現状はあまりにも貧しく、あまりにも寂しく、心霊学徒が観て肯定し得る程の純真な霊界通信は殆ど何処からも現れていないのであります。甚だしきに至りては、こうした通信の有無さえも知らない者が中々に多い。これは、人間生活にとりて誠に多大の損失で、こんなことでは、到底正に来るべき新時代の先達たる資格は備わらないと言わねばなりますまい。
 果たせるや、日本の現在の思想界、信仰界は混沌を極め、又日本の現在の文学界、芸術界は低調を続けております。公平に観て、現代人士の眼光は、卑俗なる地上生活以外には殆どただの一歩も踏み出していないのであります。
 彼を思い、これを思う時に、私はとうとう勇を鼓舞して亡児の通信に手をつけてみることになりました。私としてはなるべく研究者の参考になりそうなもの、又なるべく悩める人の心の糧になりそうな箇所を拾い出すつもりでありますが、それが果たして読者の期待に添い得るか否かは、自分ながらおぼつかないのであります。くれぐれも、これは未完成な一青年からの私的通信でありますから、何卒あまり多くを期待されぬよう切望する次第であります。

 昭和十一年七月   浅野和三郎

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 ある日新樹を招霊してよもやまの物語をしたついでに、近頃そちらの世界で誰か珍しい人物に会ったことはないか、と訊ねました。新樹は暫く考えて答えました-
 「格別珍しい人にも会わないですが、この間一人の熱心な日蓮信者に会って、死後の感想を聞きました。それなどは幾分か変わった方です」
 「日蓮信者は面白いな・・・・。どういうことでその人に会ったのか」
 「ナニ僕が指導役のお爺さんにお願いして、わざわざ連れて来て頂いたのです。僕は生前仏教の事も、キリスト教の事も、少しも知らなかったので、それ等、既成宗教の信者が、こちらの世界へ来て、どんな具合に生活しているか、又どんな考えを抱いているか、一つ実地に調べてみたいと思ったのです。そうするとお爺さんは、見本として菊池という一人の老人・・・なんでも十五年ばかり以前に、六十二歳で帰幽した人で、専門は蚕糸家(絹糸の元の蚕関連の仕事)だとか言っていましたが、その人を連れて来てくれたのです。生まれた国は寒い方の国らしいですね。若い時には東京の学校で勉強したと言っていました。いかにも物腰の柔らかな、人品の賤しからぬ人物でした・・・」
 「面会した場所は、やはり例の洋風の応接間かい?」
 「そうです。初対面の珍客ですから、僕の方でも大分念入りに準備をしました。応接間の中央には一脚の卓子に然るべく椅子をあしらっておきました。それから壁には掛け軸もかけました。僕は神さんの方ですから、皇孫命様のお掛け軸を頂いてあります。それは神武天皇時代のような御服装で、威風堂々四海を呑むと言った、素晴らしい名書です。洋館ですから、別に神棚などは置きません。ただ普通の台の上に、榊と御神酒を供えただけです」
 「お前の服装は?」
 「僕は和服にしました。鼠色の無地の衣服に、共の袴、白足袋・・・ごく地味なものです」
 「お客さんはどんな服装だったかな?」
 「最初は墨染の法衣を着ていました。菊池という人は、現在ではもうすっかり仏教的臭味から脱却してしまっているのですが、元仏教信者であったことを表現する為に、わざわざ法衣を着て来たのだそうです。ですから一応挨拶を済ましてからは、いつの間にやら、普通の和服姿に変わっていました。その辺がどうも現世らしくない点です」
 「まるで芝居の早変わり式だね・・・。かなり勝手が違っている・・・」
 「勝手が違っているのは、そればかりではありませんよ。その時、僕はふと人間心を出して、現世ならこんな場合に、茶菓子でも出すところだがナ、と思ったか思わぬ時に、早くもお茶とお菓子とが、スーッと卓子の上に現れました。まるで手品です。勿論それは、一向に風味も何もありません。単に形式だけで、つまらないことおびただしいです・・・」
 雑談はいい加減にしておいて、私はそろそろ話題を問題の中心に向けて行きました。
 「菊池さんは、よほど堅い法華の信者だったのかしらん!」
 「そうらしかったのです。平生から血圧が高く、医者から注意されたので、かたがた仏の御力にすがったらしいです。が、それが為に、格別病気が良くもならず、又悪くもならず、そしてとうとう脳溢血で倒れたというのです」
 「脳溢血で急死したのでは、相当永く自覚出来なかったろうね」
 「ええ、何年無自覚でいたか、自分でもさっぱり見当がとれないと言っていました。ところが、ある日遠くの方で、菊池菊池と名前を呼ばれるような気がして、ふと目を覚ますと、枕元に一人の白衣の神さんが立っていたそうで、その時は随分びっくりしたといいます。兎も角もお辞儀をすると、お前は仏教信者として死んだが、仏教の教えには、大分方便が混じっているから、その通りには行かない。こちらの世界には、こちらの世界の不動の厳律があるから、素直に神の言うことを聞いて、一歩一歩着実に向上の道を辿らねばならない。お前のように、一途に日蓮に導かれて、何の苦労もなく、直ぐ極楽浄土へ行って、ボンヤリ暮らそうなどと考えても駄目である・・・。ざっと、そんなことを言い聞かされたといいます」
 「菊池さんは大分アテが外れた訳だナ・・・」
 「大いにアテが外れて憤慨したらしいです。何しろ相当我の強い人ですから、散々神さんに喰ってかかりました-信仰は各人の自由である。自分はかねて日蓮様を信仰したものであるから、どこまでもそれで行きたい。そのお導きで、自分はきっと極楽浄土へ行ってみせる・・・」
 「法華信者は中々堅いからナ・・・。先入主というものは容易に除かれるものでない・・・」
 「中々除けないものらしいです。兎に角何と言われても、菊池さんが頑張って聞かないものですから、神さんの方でも、とうとう本人の希望通りで、仏教式の修業をさせたそうです。そこが有り難いところだと思いますね。神さまは、決してその人の信仰に逆らわないで、導いてくださるのですね。僕なんか気が短くて、下らないことを信じている人を見付けると、直ぐ訂正してやりたくなりますが。結局それでは駄目らしいです。間違った人には、そのまま間違いはしておいて、いよいよ鼻を打った時に、初めて本当の事を説明している-どうもこれでなければ、人を導くことは出来ないようですね。菊池という人なんかも、やはりその手で薫陶されたらしく、やがて一人の坊さんの姿をした者が指導者となり、一生懸命にお題目を唱えながら、日蓮聖人を目標として、精神の統一を図るように仕向けられたと言います。そしてその間は、日頃お説教で聞かさせたような、随分恐ろしい目にも会わされ、亡者のウヨウヨしている、暗い所を引っ張り回されたり、生ぬるい風の吹く、不気味な砂漠を通らされたり、とても歩けない、険阻な山道を登らせられたり、世にも獰猛な天狗にさらわれ損ねたり、又めらめら燃える火焔の中を潜らせられたり、その時の話は、とても口では述べられるものではないと言っていました。兎に角これには、さすがの菊池老人も往生し、はてなと、少し考えたそうです-自分は決してそれ程の悪人ではない筈だが、どういう訳で、こんな恐ろしい目にばかり遭わされるのかしら・・・。事によると、これは心の迷いから、自分自身で造り上げた幻覚に苦しめられているのではあるまいか。なんぼなんでもあんまり変だ・・・」
 「中々上手い所に気付いたものだ。近頃マイヤースの通信を見ると、帰幽直後の人達は、大抵夢幻界に住んでいるというのだ。つまりそれ等の人達は、生前頭脳に浸み込んでいる先入的観念に捕えられ、その結果、自分の幻想で築き上げた一の夢幻境、仏教信者ならば、うつらうつらとして、蓮のうてななどに乗っかっているというのだ。そんなのは、一種の自己陶酔で、まだ始末の良い方だが、困ったことに、どの既成宗教にも、地獄式の悪い暗示がある。菊池さんなども、つまりそれで苦しめられた訳だろう・・・」
 「そうらしいですね。兎に角菊池さんが、変だと気が付くと、その瞬間に、これまでの恐ろしい光景は拭うが如く消え、そして法衣を着た坊さんの姿が、カラリと白装束の神さんの姿に急変したと言います。菊池さんは、つくづくこう述懐していました-先入主というものは、実に恐ろしいものだ。娑婆にいる間はそれ程でもないが、こちらの世界は、全て観念の世界であるから、間違った考えを抱いていれば、全部がその通り間違って来てしまう。今日から考えるに、仏教というものは、言わば一種の五色眼鏡で、全部嘘という訳でもないが、しかしそれを通して見る時に、全てのものは、ことごとく一種の歪みを帯びていて、赤裸々の現実とは大分の相違がある。人間が無知曖昧である時代には、あんな方便教も必要かも知れぬが、今日では、確かに時代遅れである。現に自分なども、その為にどんなに進歩が遅れたか知れぬ。そこへ行くと、神の道は現金掛け値なし、蓮のうてなも無ければ、極楽浄土もなく、その人の天分次第、又心掛け次第で、それぞれ適当の境地を与えられ、一歩一歩向上進歩の途を辿り、自分に与えられた力量の発揮に、全力を挙げるのだから実に有り難い。それでこそ初めて生き甲斐がある。自分などは、まだ決して理想的の境地には達しないが、しかし立派な指導者が付いて、何くれと導いてくださるので、少しはこちらの世界の実情にも通じて来た。殊に嬉しいのは、自分に守護霊が付いていることで、今ではその方ともしょっちゅう往来している。それは帰幽後五百年位経った武士で、中々のしっかりものである・・・」
 「菊池さんの守護霊は、やはり戦国時代の武士だったのか、道理でしっかりしている筈だ・・・。それはそうと、菊池さんについていた坊さんが、急に神さんの姿に早変わりをしたというが、あれはどういう訳かしら・・・」
 「僕も変だと思いましたから、色々訊いてみましたが、死んだ人は、宗教宗派のいかんを問わず、必ず大国主神様からの指導者が付くものだそうです。しかし仏教信者だの、キリスト教信者だのには、先入的観念がこびりついていて、真実のことを教えても、中々承知しないので、本人の眼の覚めるまで、神さんが一時坊さんの姿だの、天使の姿だのに化けて、指導しているのだそうです。随分気の永い話で、僕達には、まだとてもそんな雅量はありませんね・・・」
 「仏教信者の方は大体それで判ったが、キリスト教信者はどんな具合かしら」
 「実はそれについて、僕も菊池さんも、大いに不審を起こして、神さんにお願いして、キリスト教の堅い信者を、一人招いてもらいました。その話はいずれ次回に申し上げることにしましょう・・・」
 その日の会談は一先ずこんなことで終ったのでした。

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 「今日はかねて約束をしておいた、キリスト教徒の話を聞くことにしようかな・・・」
 ある日私は新樹を呼び出して、そう話しかけました。
 「承知しました。と新樹は甚だ機嫌良く、「いや、あの日の僕の応接間は大繁盛でした。日蓮信者の菊池老人、既成宗教にはまるで関わりのない僕、そこへ一人のキリスト信者が加わったのですから、ちょっと一種の宗教座談会みたいな感がありました。お蔭で、僕も大変学問しました・・・」
 そんなことを前置きしながら新樹は、割合に詳しくその折の状況を報告しました。それはざっと次のようなものでした。

 「御免くださいませ」
 そう言って、玄関に訪れたのは、痩せている、きりっとした男性式の婦人でした。年齢はざっと三十位でしょう。僕は直ちにこの婦人を応接間に導き入れ、菊池さんと一緒になって、大いに歓迎の意を表しました。
 この婦人は、大変に交際慣れた人で、すらすらと初対面の挨拶を述べましたが、ただ姓名だけは、僕が訊いても、中々名乗ろうとしませんでした。仕方がないから、僕こう言ってやりました-
 「こちらの世界では、或いは姓名の必要がないかも知れませんが、僕は父に頼まれて、一切の状況を通信する責任があるのですから、せめて苗字だけでも名乗って下さい。単にある一人の婦人と言っただけでは、物足りなくて仕方がないのです・・・」
 「まあ左様でございますか」と婦人は微笑して、「格別名乗る程の人間ではないので、控えておりましたが、私は実は桜林と申すものでございます。生前は東京に住んでおりまして、今から約十年前に死にました。夫も、一人の子供も、まだ現世に残っております」
 こんなことを語り合っている中に、部屋の空気は次第に和やかになりました。それにしても、地上生活中に一面識もなかった人間が、こちらの世界で、一つの卓子を囲んで話し込んでいるのですから、少々勝手が違い、随分妙だなあと思わぬでもなかったです」
 話題はやがて信仰問題に向けられました。
 「あなたは、熱心なキリスト信者だと承りましたが」と僕が切り出しました。「ついては、あなたの死後の体験を率直にお話して頂けますまいか。僕などは、何の予備知識もなしに、突然こちらの世界に引越し、従って、最初は随分戸惑いました。そうかと言って、既成宗教も随分嘘と方便が多過ぎるようで、却って帰幽者を迷わすような点がありはせぬかと考えられます。どうせ、お互いに死んだ人間ですから、この際一つ思い切って、利害の打算や、好き嫌いの打算を棄てて、赤裸々の事実を、現世の人達に放送してやろうではありませんか。幸い僕の母が、不完全ながら、僕の通信を受け取ってくれますから、その点はすこぶる好都合です。もしもご遺族に何か言ってやりたいことでもお有りなら、遠慮なく仰ってください。及ばずながら僕がお取次ぎします・・・」
 「まあ、あなたはお若いのに、よくそんなことがお出来でございますこと-いずれよく考えておきまして、お頼みすることもございましょう-仰せの通り、私共は堅いキリスト教の信者でございまして、殊に病気にかかってからは、一層真剣にイエス様の御手にすがりました。私のような罪深い者が、大した心の乱れもなく、安らかに天国に入らせて頂きましたのは、まったくこの有り難い信仰のお蔭でございます。実は私は在世中から、幾度も幾度も神様のお姿を拝ませて頂きました。一心にお祈りしておりますと、夢とも現ともつかず、いつも神様の御姿が、はっきりと眼に映るのでございまして、その時の歓びは、とても筆にも口にも尽くせませぬ。そんな時には、私の肉体は病床に横たわりながら、私の魂は既に天国に上っているのでございました・・・」
 「成る程」と菊池さんは心から感服して、「キリスト教も、中々結構な教えでございますな。臨終を安らかにすることにかけて、たしかに仏教に劣りませんな・・・イヤ事によると、却ってキリスト教の方が優っているかも知れません・・・・それはそうと、あなた様の現在の御境遇は、どんな按配でございますか?生前から、既に神様のお姿を拝んだ位ですから只今では、さぞご立派なことでございましょう・・・」
 「ところが、こちらへ来てみると、中々そうでないから、煩悶しているのでございます。私が人事不省に陥っておりましたのは、どれ程の期間か、自分には見当もとれませんでしたが、兎に角私は誰かに揺り起こされて、びっくりして眼を開けたのでございます。四辺は夕闇の迫ったような薄暗い所で、詳しいことは少しも判りませんが、ただ私の枕元に立っている一人の天使の姿だけは、不思議にくっきりと浮かんでおります。「ハテここはどこかしら・・・」-そう私が心にいぶかりますと、先方は早くもこちらの胸中を察したらしく、「そなたは最早現世の人ではない。自分はイエス様から言いつけられて、これから、そなたの指導に当たるものじゃ・・・」と言われました。かねがね死ぬる覚悟は、出来ていた私でございますから、その時の私の心は、悲しみよりも、寧ろ歓びと希望とに充ちていました。私は言いました、「天使様、どうぞ早く私を神様のお側にお連れ下さいませ。私は穢れた現世などに、何の未練もありませぬ。私は早く神様のお側で、御用を勤めたいのでございます」-すると天使は、いとど厳かなお声で、「そなたの醜い身をもっては、まだ神のお側には行かれぬ。現在のそなたに大切なことは、心身の浄化じゃ。それが出来なければ、一歩も上に進めぬ・・・」と仰られるのでした。これが実に私がこちらの世界で体験した、最初の失望でございました。イエス様におすがりしさえすれば、直ぐにも神様の御許へ行かれるように教えられていたことが、嘘だったのでございます。私の境遇は天国どころか、暗くて、寂しくて、どうひいき眼に見ましても、理想とは遠い遠いものなので、それからの私は、随分煩悶致しました。のみならず、一旦心に疑いが生じると同時に、後に残した夫のこと、子供のことなどが、むらむらと私の全身を占領して、居ても起ってもいられなくなったのでございます。つまり私の信仰は、死ぬるまでが天国で、後はむしろ地獄に近かったのでございました。私を指導してくださる天使様も、こう言われました。「そなたは煩悶するだけ煩悶し、迷うだけ迷うがよいであろう。そうする中に、心の眼が次第に開けて来る・・・」-最初は随分無慈悲なお言葉と、怨めしく思いましたが、しかしそれがやはり真実なのでございましょう。私は天使様の厳格な御指導のお蔭で、近頃はいくらか諦めがつき、一歩一歩に、心身の垢を払おうと考えるようになりました」
 「あなた様の毎日の御修業は、主にどんな御修業でございますか?」と菊池老人が、更に追究しました。
 「それはイエス・キリストの御神像に向かって、精神を集中するのでございます。つまり早く神様のお側に行けるようにと、脇目も振らず念じ詰めるのでございまして・・・」
 菊池老人は、さもこそと言わぬばかりの面持ちで僕を顧み、「新樹さん、形式は違いますが、こりゃやはり精神統一の修業ですな。どうもこれより外に、格別の修行法はないものと見える・・・・」
 「全く御意見の通りですね」と僕も賛成しました。「要するに形式方法は末で、精神の持ち方が肝心なのでしょうね-ところで桜林さん。あなたは今でも、イエス様を、神様のたった一人のお子さんだと考えておられますか」
 「そう信じております。イエス様は世界万民の救世主、私共の罪を贖ってくださる、貴い御方でございます・・・」
 「それは少し違ってはおりませんか」と僕は思い切って言ってやりました。「イエスは二千年前に、地上に現れた普通の人間、又キリストは、人類発生前から存在する宇宙の神様、日本で言えば、つまり高天原をしろしめす天照大神様です。人間と神様とを混線して取り扱うのは、既成宗教の全てが陥った弊害で、これは我々として、大至急訂正を要する問題です。無論僕はイエスを心から尊敬します。が、同じ意味において、僕は釈迦も、孔子も、ソクラテスも、弘法も、日蓮も皆尊敬します。なかんずく僕は神武天皇様を、心から崇拝します。理想的な国家の体系、理想的なかんながらの大道を確立された御方は、世界のどこにも他にないですからね・・・。日本の教えの特色は、少しも混ぜものがないことで、神はどこまでも神、人はどこまでも人、はっきりと両者を切り離し、しかも両者の間に、しっかりと神人感応の道をつけてあるから、素晴らしいのです。あなたも、早くイエスを神の唯一の子と考えるような心の迷いからお覚めなさい。折角の精神統一が、そんなことでは台無しになります。いつまで経っても、あなたの四周が暗いのは、確かその為です。僕などは、生前信仰問題などには、まるで無頓着な呑気者で、その為にこちらへ来てから、一時大いにまごつきましたが、幸い歪んだ先入主がなかったばかりに、割合に早く心眼が開け、少しはこちらの世界の事情も判って来ました。キリスト教にも、確かに良い箇所はありますが、どうも少し混ぜものが多過ぎます。桜林さんも、その混ぜものだけはお棄てなさい・・・」
 「それでも私は、現在イエス様から遣わされた、天使様のお世話になっている身でございます。私にはそれに背く気にはまだなれません」
 「僕、その御遠慮には及ばないかと思いますね。あなたが受け入れないので、あなたの指導者は、止むを得ず西洋式の天使に化けているのですよ。僕の指導者も、あなたの指導者も、別に変わったものではないと思いますね」
 「そうでございましょうかしら・・・」と桜林夫人は、まだ承諾しかねる様子でした。「もしあなたの仰るところが事実だとすれば、私の信仰は、根本から覆ってしまいます。どうかもう少し考えさせて頂きます」
 「桜林さんは、気の毒な程萎れ返って考え込みました。仕方がないので、僕と菊池老人とで、様々に慰め励まし、兎も角も、よく考えた上で、態度を決めるがよかろうと言って、その日の会見を打ち切りました。
 夫人が帰った後で、僕は少々手厳しく言い過ぎはしなかったかと、内々心配していましたが、そう案じたものでもなく、間もなく、夫人から嬉しい音信がありました。その内容は大体こんなものでした-」
 「私は桜林でございます。先日は大そう結構なお話を伺わせて頂き、心からお礼を申し上げます。あれから帰りまして、私は早速私の天使様に全てを打ち明け、あなたは、果たしてイエス様の使者なのでございますか?とお訊ねしました。最初は何ともお答えないので、私としては気が気でなく、ムキになって再三問い詰めますと、「そなたの心が、そう荒んでいては駄目である。先ず心を鎮めよ」と仰せられ、そのままプイと姿を消してしまわれました。私は何とも言えぬ寂しい気分で、イエス様の御神像の前にひれ伏して、御祈りをしている中に、段々心が落ち着いてまいりました。すると天使様は、再び私の前に御姿を現し、慈愛のこもれる眼差しで、じっと私を見つめられながら、こう言われました。「実は自分は、イエスの使者でも何でもない。自分は大国主の神から、そなたの指導役として遣わされた龍神である。そなたは龍神ときいて、びっくりするであろうが、実はそなたに限らず、こちらの世界で、人間の指導に当たるのは、何れも皆龍神なのじゃ。日頃そなたは、しきりに神のお側に行きたいと祈っているが、あれは果敢なき夢じゃ。各自は器量相応の境遇に置かれ、一歩一歩向上せねばならぬのじゃ。修業さえ出来ればどんな立派なところへも行かれる・・・」-その時ふと気が付いてみると、今まで西洋式の天使のような姿をされていた御方が、いつの間にやら、白い姿の六十ばかりの老人になっていられました。これを見ては、さすがの私も、ようやく多年の迷夢から覚めました。やはりあなたの仰られたことが、正しかったのでございます。これから私も、元の白紙の状態に戻り、一生懸命に勉強して、一人前の働きの出来るよう心掛けます・・・」
 僕はその後、まだ一度も桜林さんとは面会しませんが、いずれ機会を見て、訪問してみようかと考えております。その際何か材料があったら又通信します。今日はこれで・・・。

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 或る日母の守護霊さんから、「近い内にあなたの母さんに付いて富士登山をするから、あなたも御一緒になすっては」との通信がありました。僕は生前に、一度も富士登山が出来ず、こちらの世界へ引越してしまった人間なので、このお誘いには、少なからず感動を催しましたが、自分でも色々考え、又僕の守護霊ともとくと相談した結果、母の一行とは別に、僕達二人きりで出掛けることに話しが纏まりました。人間の体に憑依して登山すれば、俗界の事情はよく判るかも知れないが、それでは自然幽界の事情には疎くなり、これも余り感心しない。この際寧ろ、純粋の幽界人として、富士山の内面観察を試みることにしようというのが、僕達の眼目だったのです。従って僕達の方が、母の登山よりも却って二、三日早くなりました。何にしろこちらの世界の仕事は、至極手っ取り早く、思い立ったが吉日で、現世の人間のように、やれ旅支度だ、やれ時日の打ち合わせだ、と言ったような面倒くさい事は、一つもないのですからね。
 ところで、僕の守護霊さんもはやり僕と同じく、生前一度も登山の経験がなかった人です。なので今度は思う存分に、登山気分を味わうべく、二人ともせめて現世の人間らしい恰好を造って行こうではないかということになりました。念の為に、その事を指導役のお爺さんに申し上げると、「それは面白いことだ。体を造って登ることも、確かに一理あるように思う」と大変に力をつけてくれました。
 まず僕達は服装の相談をしました。僕はやはり洋服姿で出掛けるつもりでいると、守護霊さんは、しきりに白衣を着るがよいと勧めました。「霊峰に登るには、洋服などはいけない。頂上には尊い神様もお鎮まりになっておられる。これは是非清らかな白装束でなければなるまい」「あなたは白装束になさるが宜しいでしょうが、」と僕は抗議を申し立てました。「僕は生まれた時代が違いますから、洋服で差し支えないと思います。洋服にしないと、僕にはどうも登山気分が出ないのです。まさか洋服を着ても、罰は当たらないでしょう」
 とうとう僕は、日頃愛用の洋服を着て行くことにしました。靴は軽い編み上げ、脚にはゲートル、頭には鳥帽子という、すこぶるモダンな軽装です。守護霊さんは、これは勿論徳川式、白衣を裾短かにからげ、白の脚絆に白の手甲、頭には竹笠と言った、純然たる参詣姿です。「こりゃ大分不似合いな道連れじゃ・・・」守護霊さんは見比べながら、しきりに可笑しがっておられました。
 さていよいよ出掛けようとした時に、僕はふと金剛杖のことを思いつきました。仮にも体を造って山に登る以上、別にくたびれはしないとしても、一本杖が要りますね」そう僕が発議すると、守護霊さんも、「成る程、そういうものがあった方がよいであろう」ということになり、なので、早速お爺さんにお願いし、めいめいに一本ずつ杖を取り寄せてもらいました。
 「この杖は有り難いもので、ただ一概に木の棒と思っては良くないぞ」とお爺さんから注意がありました。「これは魔除けになるもので、汝達にも、やはりこれがあった方がよいのじゃ。うっかりして悪霊に襲われぬとも限らぬからな・・・」
 他にも、僕達が身に付けたものがありました。それは例の楽器で・・・。守護霊さんは、いつも愛用の横笛を帯に差し込み、又僕はハーモニカを、ポケットにしのばせました。何しろ僕達は、遊山と言うよりも、むしろ修業に出掛ける意気込みですから、期せずして、二人の心は、日頃精神を打ち込んでいる仕事に向かった訳なのです。

 支度もすっかり整いましたので、いよいよ出発といっても、そこは現世のような、面倒臭い出発ではありません。ただ心でどこと目標さえつければ、すぐそこへ行っているのだから、世話はありません。僕達の選んだのは、例の吉田口で、ちょっと現界の方を覗いてみると、北口とか、何とか刻みつけた石標があったようでした。その辺には、人間の登山者も沢山おり、中には洋服姿の人も見受けました。僕は守護霊さんに、それを指摘しながら、
 「御覧なさい、近頃の登山者はこんな恰好なのです。僕ばかりが仲間外れになってはしません・・・」
 「成る程な、」と守護霊さんも非常に感心して、「近頃洋服が流行ると承っていたが、ここまでとは思わなかった。これも時勢で致し方があるまい・・・」
 どうせ人間の方から、僕達の姿は見えはしないのだから、どこを通っても差し支えはない筈ですが、しかし人間と一緒では、何やら具合が悪いので、僕達は普通の登山路とは少しかけ離れた、道なき道をグングン登って行きました。そこは随分酷い所で、肉体があっては、とても登れはしませんが、僕達は言わば顕幽の境を縫って行くのですから、何やら地面を踏んでいるようでもあり、又空を歩いているようでもあり、格別骨も折れないのです。その感じは一種特別で、こればかりは、ちょっと形容が出来ません。まァ夢の中の感じ-ざっとそう思って頂けば宜しいでしょう。なに金剛杖ですか、・・・・やはり突きましたよ。突く必要はないかも知れないが、しかし突いた方が、やはり具合が良いように思われるのです・・・。
 暫く登ると、そこに一つのお宮がありました。勿論それは幽界のお宮で、つまり現界のお宮の、一つの奥の院と思えば良い訳です。そこには男の龍神さんが鎮まっておられましたので、僕達は型の如く拍手を打って、祝詞を上げ、「無事頂上まで参拝させて頂きます・・・」と御祈りしました。万時現世でやるのと何の相違もありません。
 それから先は一層酷い深山で、大木が森々と茂っており、色々の禽鳥がさえずっていました。なにそれは現界の禽鳥かと仰るか、そうではありません。全てが皆幽界のものです。僕達には現界の方は、たまにチラリと見えるだけで、普通はこちらの世界しか見えません。ですから禽鳥の鳴き声だって、現界では聞いたことのないのが混じっています。顕と幽とは、言わば付かず離れず、類似の点があるかと思えば、又大変相違している箇所もあり、僕達にも、その相互関係がよく判りません。うっかりしたことを言うと、飛んだ間違いをしますから、僕はただ実地に見聞しただけを申し上げます。理屈の方は、どうぞ学問のある方々が、よくお考えください・・・。
 やがてある地点に達すると、そこには、ごく粗末な宮らしいものが建っていました。それからどうやら、山の天狗さんの住居らしいので、守護霊さんと相談の上で、一つ訪問する事にしました。僕はお宮の前に立って拍手を打って、「こちらは富士の御山に棲われる、天狗さんのお住居ではありませぬか?」と訊いてみたのです。が、内部はひっそり閑として、何の音沙汰もない。
 「ハテこれは違ったかしら・・・」僕達が小声でそんなことを言っていると、にわかに先方の方でとてつもない大きな音がする。何かと思って、びっくりして顔を見合わせている間に、いつどこをどう入ったものか、お宮の内部には、何やらガサコソと人の気配がします。「やはり天狗さんが戻って来たのだな。今の大きな物音も、確かにこの天狗さんが立てたに相違ない・・・」僕はそんなことを思いながら、そっと内部を覗いてみると、果たして一人の白髪を生やした、立派な天狗さんが、堂々と座り込んでいました。その服装ですか・・・衣服は赤レンガ色で、それに紫の紐がついており、下のは袴のようなものを穿いていました。言うまでもなく、手には羽の扇を持っていました。
 僕達は扉を開けて、丁寧に挨拶を述べましたが、あちらは案外優しい天狗さんで、
 「まぁ上れ!」
と言うのでした。
 「イヤただ御挨拶だけさして頂きます。先刻はお留守のように拝見しましたが・・・」
 「わしは宮の内部にばかり引き籠ってはいない。ある時は樹木のてっぺんにいたり、又ある時はお山の頂上まで行ったり、これで中々忙しいのじゃ」
 「この宮にはたった一人でお住まいですか?」
 「イヤ眷族が多数いる。わしが一つ口笛を吹けば、皆一散に集まって来る・・・」
 「そんな光景を、一度拝見させて頂くと、大変に結構だと思いますが・・・」
 「それはちょっと出来ん・・・皆用事を帯びてよそに出ているからな」
天狗さんは、口笛だけはどうしても吹いてくれませんでした。なので僕は話題を変えて、
 「あなた方から御覧になると、一体僕達は何者に見えますか?」
 天狗さんは、最初僕達二人を、普通の人間かと思ったらしく、しきりにジロジロ見ていました。僕の方でも、なるべくそう思わせるように努め、さも現世人らしく振舞いました。
 が、そこはさすがに功労経た天狗さんだけあって、一種の術を心得ており、さかんに九字を切って、何やら神様に伺いを立てている様子でした。やがてズカズカと僕達の方に近寄り、まず守護霊さんの両手を掴んで、ぐっと引き寄せ、下から上へと体中を撫でました。続いて僕の事もそうしてみて、何やらたっと笑いました。
 「いかがですか、僕達の正体が判りましたか?」
 「イヤ神様に伺ってよく判った。あなた方は、やはり幽界のもので、修業も相当出来ているが、今回見学の為に、わざわざ体を造って、富士登山をしたものじゃそうな。わしも最初から、どうも様子が少し変だとは思っていた。何やら妙に親しみがあって、威張りたいにも威張れなかった。地上の人間なら、一つ大いに脅かしてやるところなのじゃがな。アハ・・・」
 「どうぞお手柔らかに・・・。実は僕達は、これでも少しは天狗界の事情を知っており、随分不思議な術を見せてもらったこともあります」
 「ああ左様か・・・。わしにも術があるのだが、この山では禁じられているから駄目じゃ」
 天狗さんは、よほど僕達に対して好奇心を起こしたらしく、しきりに根掘り葉掘り、僕達の身元調べをしました。別に隠す必要もないので、僕達も経歴の概略を物語り、二人とも音楽に趣味をもっていることを話すと、天狗さんますます乗り気になりました。
 「是非あなたの笛を聴かせてもらいたい、わしは笛が大好きじゃ」
 「無償ではこの笛は吹けません」と僕の守護霊さんも、そこは中々如才がありません。「あなたが口笛を吹いて下さるなら、私も笛を吹きましょう」
 「こりゃ困った。今口笛を吹く訳には行かぬ。ではあなた方の帰り道に、また立ち寄ってください。その時に大いに口笛を吹いて、眷族を集めてお目にかけるから・・・」
 とうとう笛も口笛もお流れになってしまいました。帰りには別の道を通ったので、従ってこの天狗さんとも会わず、今もってこの話はそのままになっております。その内機会があったら、わざわざ出掛けて行っても良いと思っております。概して天狗というものは、気持がさっぱりしていて、そして案外に無邪気で、こちらがその気分を呑み込んで交際しさえすれば、すこぶるくみし易いところがあるようです。天狗と人間との交渉は、相当密接なようですから、今後もせいぜい気をつけて、報告することにしましょう。

 僕達は天狗さんと別れて、又登り出しました。時々現界の登山者達の方を覗いてみましたが、いずれも気の毒な位くたびれて、気息を弾ませていました。こちらはその点一向平気なもので、平地を歩くのとさして変わりません。「これではあまり楽過ぎて、登山気分が出ませんね」「脚につけた脚絆の手前が、恥ずかしい位のものじゃ」-僕達はそんなことを語り合いました。
 森林地帯が終わって、いよいよ禿山にかかろうとする地点で、僕達は兎も角も岩角に腰を下ろして、一息をすることにしました。
 「やれやれくたびれた。どっこいしょ・・・」-僕は冗談にそんなことを言いましたが、勿論ちっとも疲れはしません。こんな場合、現界の人ならタバコでも吸うとか、キャラメルでもしゃぶるとかするところでしょうが、僕達にはそれも出来ません。あっけないことおびただしい。
 あまり手持ち無沙汰なので、一つ音楽でもやろうということになり、守護霊さんは腰間の愛笛を抜き取り、僕はポケットのハーモニカを取り出しました。これまで僕は何回となく、守護霊さんと合奏しておりますから、近頃はとてもよく調子が合います。出来ることなら、一度皆さんに聞かせて上げたいのですがね・・・・笛とハーモニカの合奏も、中々悪くないものです・・・。
 それは兎に角、僕の守護霊さんが、小手調べの為に、笛を唇に当てて二声三声、ちょっと吹き鳴らした時です。思いも寄らず、どこかこう遠い所から、素晴らしい笛の音が聞こえて来ました。僕達はびっくりして、互いに顔と顔とを見合わせました。
 「登山者の中に、誰か笛を吹くものがいるのかしら・・・」
 「イヤあれは人間界の音色ではない」と守護霊さんは、じっと耳を澄ませながら、「人間界では、あんな冴えた音が出るものではない。たしか神さんの手遊びに相違ない・・・」
 僕達は合奏どころでなく、しきりにあれか、これかと憶測を巡らしましたが、とうとう守護霊さんが統一をして富士山守護の神霊に、その出所を伺うことになりました。すると直ちに先方から告知がありました。「只今吹奏されたのは、富士神霊のお付の女神である。そなたの笛が先方に通じ、お好きの道とて、うっかり調子を合わせられたものであろう・・・」
 それと知った時に、僕は有頂天になりました-
 「やァこいつァ面白いことになって来た。守護霊さん、一つ是非その女神さんに、こちらへお出でを願って、合奏して頂きましょう」
 「それもそうじゃ。一つあちらへ申し上げてみることに致そう。遠方からの合奏では、何やら物足りない」
 さすがに僕の守護霊さんは、音楽に生命を打ち込んでいる人だけあって、こんな場合には、少しも躊躇しません。早速その旨をあちらに申し込んで快諾を得ました。
 待つ間程なく、間近にさらさらという布擦れの音がします。見ると一人の女神さんが立っておられました。年の頃はおよそ二十七、八、頭髪はてっぺんを輪のように結んで、末端を後ろに垂れ、衣装はセミの羽に似た薄もの、大体が弁天様に似たお姿でした。顔は丸顔、そして手に一管の横笛を携えておられましたが、それは目覚めるばかりの朱塗りの笛でした。
 僕は文学者でないので、上手く表現出来ませんから、一つ母の霊眼に見せておきます。後でよく訊いてみてください。兎に角現世では、ちょっと見られそうもない、気高い風采の女神さんでした。
 女神さんの方では、よほど我々を不審がっておられるようでした。
 「先刻は大そうよい音色を耳にしましたが、あれはあなた方がおやりなされたのですか?」
 「お褒めにあずかって恐縮致します」と守護霊さんが恭しく答えました。「私の笛などはまだ一向未熟、とても神様の足下にも寄り付ける程ではござりませぬが、ただ日頃笛を生命としております以上、せめては一度お目にかかり、直接お教えにあずかりたく、勿体ないこととは存じながら、ついあんなご無理を申し上げた次第・・・。つきましては、甚だ厚かましうございますが、是非何ぞ天上の秘曲の一つを、お授け下さいますように・・・」
 熱誠を込めた守護霊さんの頼みには、女神さんもさすがにもだし難く思われたものと見え、傍の岩角に軽く腰を下ろして、心静かに、妙なる一曲を吹奏されました。残念ながら、最初僕には、その急所がよく判らなかったが、そこはさすが本職、僕の守護霊さんは、ただの一度で、すっかり覚え込んでしまい、女神さんが吹き終わると、今度は入れ代わって、その同じ曲を、いとも巧みに吹いてのけました。
 「あなたは、稀に見る楽才のあるお方じゃ・・・」
 女神さんはそう仰って、ひどく感心しておられました。
 「只今のは、あれは何と申す曲でございますか?」
 僕がそう訊ねると、女神さんはニコニコしながら答えられました。
 「これは富士神霊様が日頃お好みの曲で、「八尋の曲」と称されておりまする。大そう来歴の深いもので・・・」
 この女神さんは、至って口数の少ない方で、細かいことは何も教えてくれませんでした。それで別れ際に、こんなことを言われました。
 「あなた方も、いずれ頂上へ詣でるであろうから、その際は富士神霊様にお目通りをさせて上げましょう・・・」
 そう言ったかと思ったら、いつとはなしに姿がプイと消えてしまいました。
 兎に角、この時の守護霊さんの歓びと言ったら大したもので、女神さんが去られた後で、何回となく「八尋の曲」の復習をやり、僕にも丁寧に教え込んでくれました。お蔭で僕にも、ハーモニカで、立派に合奏が出来るようになりました。

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