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カテゴリ: ★『新樹の通信』

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 新樹が少しずつ、幽界生活に慣れるのを待ち構えて、彼の父は、そろそろ彼に向かい、訪問、会見、散歩、旅行等の注文を発しました。これは一つにはその通信の内容を豊富ならしめたい為でもありましたが、又これによりて成るべく亡児の幽界における活動力を大きくし、同時に、若くして父母兄弟と死別せる亡児の、深い深い心の傷を、成るべく早く癒してやりたい親心からでもありました。こうした方針は今後も恐らく変わることがないでしょう。ここには亡児が彼の住宅に母の守護霊を迎えた時の模様を紹介したいと思います。
 彼の父が初めて来訪者の有無につきて亡児に質問したのは、昭和四年十二月二十九日のことでした。その時亡児が母の守護霊の来訪を希望する模様でしたので、早速その旨を守護霊に通じました。
問「子供が大変寂しいようですから、あなたに一つお客様になって頂きたいのですが・・・」
答「そうでございますか。それは大変面白いと思います。良い思いつきです・・・」
問「ではあなたからちょっとその旨を子供の方に伝えて頂きましょうか」
答「承知致しました。(少時の後)あの子にそう申しましたら大変に歓びまして、それではお待ち致しますから、との返答でございました」
 その日はそれっきりで別れましたが、昭和五年一月元旦、彼の父は右の約束通り、亡児を呼んで、早速母の守護霊の来訪を求めさせました。地上生活とは異なり、こんな場合には、極めて簡単で、亡児がそう思念すれば、それが直ちに先方に通じ、そして先方からは瞬く間に来訪すると言った仕掛けであります。
 それでも亡児は最初ちょっとモジモジしながら、-
「招くことは招きますが、時代が僕と大変に違うから話が上手く通じるかしら・・・」
などと独り言していました。彼の父は多大の興味を以ってその成り行きを待ちました。
 それから凡そ十分間程沈黙が続きましたが、その間に彼の母の霊眼には亡児の幽界に於ける例の住宅が現れ、そこには亡児が和服姿で椅子に腰かけて居る。と、彼の母の守護霊が足利末期の服装で扉を開けて入って来る-そんな光景が手に取る如く現れたのでした。委細は左記亡児の説明に譲ります。-
 僕お母さんの守護霊さんに待っていて頂いて、こちらの会見の模様をお父さんに御報告致します。(亡児は生前そっくりの語調で、近頃になく快活な面持で語り出でました)守護霊さんは、僕の見たところでは、やっと三十位にしか見えません。大変どうも若いですよ。頭髪は紐で結えて後ろに垂れてあります。着物はちょっと元禄らしい、丸味のある袖が付いていますが、もっと昔風です。帯なども大変巾が狭い、やっと五、六寸位のものですが、そいつを背後で結んでダラリと左右に垂らしてある。丁度時代物の芝居などで見る恰好です。着物の柄は割合に華美です。守護霊さんの容貌ですか・・・・、報告係りの資格で、僕構わずブチまけます。細面で、ちょっと綺麗な方です。額には黒い星が二つ描いてあるが、何と言いますかね、あれは・・・そうそう黛(まゆずみ)、その黛と称するものがくっきりと額に描いてあるのだから、僕達とは余程時代がかけ離れている訳です。履物ですか・・・履物は草履です。こうつあ僕の眼にも大して変わったところはありません。
「これが僕の室ですから、どうぞお入りください」
 僕がそう言いますと、守護霊さんは、大変しとやかな方で、部屋の勝手が違っているので、ちょっと困ったと云った御様子でしたが、兎も角も内部へ入って来られました。僕は委細構わず、自分の椅子を守護霊さんに勧めました。僕も一脚欲しいなあと思うと、いつの間にやらもう一脚の椅子が現れました。こんなところはこちらの世界の素晴らしく重宝な点です。
 僕は守護霊さんと向き合って座りましたが、さて何を話してよいやら、何にしろ先方は昔の人で、僕キマリが悪くなってしまったのです。でも仕方がないから僕の方から切り出しました。
「時々霊視法その他色々の事を教えて頂いて、誠に有難う存じました・・・」
 守護霊さんは案外さばけた方で、これをきっかけに僕達の間に大変親しい対話が交換されました。もっとも対話と言っても、幽界では心に思うことが直ぐにお互いに通ずるのですから、その速力は莫迦(ばか)に迅いのです。対話の内容は大体次のようなものです。-
守護霊「いつもあなたの事は、別に名前を呼ばなくても、心に思えば直ぐに会えるので、一度もまだ名前を呼んだことがなかったのですが、今日は、はっきり聞かせてください。何というお名前です?」
僕「僕は新樹というものです」
守「さうですか、シンジュというのですか。大変にあっさりした良い名前です・・・・。私とあなたは随分時代が違いますから、私の申すとこがよくあなたに判るかどうか知れませんが、まあ一度私の話を聞いてみてください・・・。あなたはそんな立派な男子になったばかりで若くて亡くなってしまわれて大変にお気の毒です。あなたのお母さまも、しょっちゅうあなたの事を思い出して嘆いてばかりおられます・・・。しかし、これも定まった命数で何とも致し方がありません。近頃はあなたのお母さんも、又あなたも、大分諦めがついたようで何より結構だと思っています・・・」
僕「有難うございます。今後は一層気をつけて愚痴っぽくならないようにしましょう。ついては一つ守護霊さんの経歴を聴かせて頂きます」
守「私の経歴なんか、古くもあり、又別に変わった話もないからそんな話は止めましょう。それよりか、あなたの現在の境涯を聴かせてください・・・」
 守護霊さんは、御自分の身の上話をするのが厭だと見えまして、僕がいくら訊こうとしてもドーしても物語ってくれません。仕方がないから、僕は自分が死んでからの大体の状況を物語ってやりました。そうすると守護霊さんは大変僕に同情してくれて、幽界に於ける心得と言ったようなものを聞かせてくれました。-
守「私の亡くなった時にも色々現世の事を思い出して、とても堪らなく感じたものです。でも、死んでしまったのだから仕方がないと思って、一生懸命に神さんにお願いすれば、それで気が晴れ晴れとなったものです。そんな事を幾度も幾度も繰り返し、段々歳月が経つ内に現在のような落ち着いた境涯に辿り着きました。あなたもやはりそうでしょう。やはり私のように神さんにお願いして、早く現世の執着を離れて向上しなければいけません・・・・」
 僕は守護霊さんの忠告を大変有り難いと思って聴きました。それから守護霊さんは僕がドーして死んだのか、根掘り葉掘り、しつこく訊ねられました。-
守「そんな若い身で、どうしてこちらへ引取られたのです。詳しく物語ってください・・・」
僕「僕、ちょっとした病気だったのですが、いつの間にか意識を失って死んだことを知らずにいたのです。その中叔父さんだの、お父さんだのから聴かされて、初めて死を自覚したので・・・」
 僕厭だったからわざと詳しい話はせずにおきました。それでも守護霊さんは中々質問を止めません。-
守「それでは、あなたは死ぬつもりはなかったのですね?」
僕「僕ちっとも死ぬつもりなんかありません。こんな病気なんか、何でもないと思っていたんです。それがこんな事になってしまったのです・・・」
守「お薬などはあがらなかったのですか?」
僕「薬ですか、ちっとは薬も飲みました・・・。しかし僕そんな話はしたくありません。僕の執着が綺麗に除かれるまで病気の話なんかお訊きにならないでください・・・」
 この対話の間にも守護霊さんは気の毒がって、散々僕の為に泣いてくれました。やはり優しい、良いお方です。お母さんの守護霊さんですから、僕の為にやはり親身になってお世話をしてくださいます。「何でも判らないことがあったらこちらに相談してください。私の力の及ぶ限りはドーにもしてお力添えを致してあげます・・・」親切にそう言ってくださいました。
 二人の間には他にも色々の雑話が交わされました。-
守「家屋の造りが大変違いますね・・・」
僕「時代が違うから家屋の造りだって違います」
守「たったお一人で寂しくはありませんか?」
僕「別段寂しくありません。僕は色々の趣味を持っていますから・・・・。現にここに掛けてあるのは僕の描いた絵です」
守「まあこの絵をあなたがお描きになすったのですって?こちらへ来てから描いたのですか?」
僕「そうです。これが一番よく描けたので大切に保存してあるのです・・・」
 僕が自慢すると守護霊さんはじっと僕の絵を見つめていましたよ・・・。
大体右に記したところが、亡児によりて通信された会見の顛末でした。彼の父が直接会見の実況を目撃して書いたのでなく、当事者の一人たる亡児からの通信を間接に伝えるのですから、いささか物足りないところがありますが、しかしこれはこうした仕事の性質上致し方がありません。で、幾分でもこの不備を補うべく、左に彼の母の守護霊との間に行われた問答を掲げることに致します。これは亡児が退いてから直ぐその後で行なわれたものです。-
問「只今子供から通信を受けましたが、あなたが新樹を訪問されたのは今回が最初ですか?」
答「そうでございます。私はこれまでまだ一度も子供を訪ねたことがございません」
問「一体あなた方も、ちょいちょい他所へお出掛けになられる場合がおありですか?」
答「そりゃあございます。修行する場合などには他所へ出掛けも致します。もっとも大抵の仕事はじっと座ったままで用が弁じます・・・」
問「今日の御訪問の御感想は?」
答「ちょっと勝手が違うので奇妙に感じました。第一家屋の構造が私達の考えているのと大変に相違していましたので・・・」
問「あなたは先刻しきりに子供の名前を訊かれたそうで・・・」
答「私、今迄は、あの子の名前を呼びませんでした。私達には、心でただあの子と思えば直ぐ通じますので名前の必要はないのです。しかし今日は念の為にはっきり聞かせてもらいました。シンジュと申すのですね。昔の人の名前とは違ってあくどくなくて大変結構だと思いました」
問「あなたは、あの子をやはり、御自分の子のように感じますか?」
答「さあ・・・直接に会わないといくらか感じが薄うございます。けれども今日初めて訪ねて行って、会ってみると、大変にドーも立派な子供で・・・私も心から悲しくなりました。ドーしてまあこういう子供を神さまがこちらの世界にお引き寄せなさいましたかと、口にこそ出さなかったものの、随分酷いことだと思いまして、その時には神さまをお怨み致しました。-私から観ると子供はまだ執着がすっかり除き切れてはいないようでございます。あの子供は元来陽気らしい資質ですから、口には少しも愚痴を申しはしませんが、しかし心の中ではやはり時には家のことを思い出しているようでございます。私は子供に、自分の経験したことを物語り、自分も悲しかったからあなたもやはりそうであろう。しかしこればかりは致し方がないから早く諦める工夫をしなければいけないと申しますと、子供も大変歓びまして、涙をこぼしました。涙の出るのも当分無理はないと思います。自分にちっとも死ぬ気はなかったのですから・・・。私は別れる時に、もし判らないで困ることがあったら、遠慮せず私に相談をかけるがよい。私の力に及ぶ限りは教えてあげるからと言っておきました・・・・」
問「この次は一つあなたのお住まいへ子供を招いて頂けませんか?」
答「お易いことでございます。もっとも住居と申しましても、私の居る所は狭いお宮の内部で、他所の方をお招きするにはあまり面白くありません。どこかあの子の好きそうな所を見つけましょう。心にそう思えば私達にはどんな場所でも造れますから・・・」

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 前回の通信を受け取ってから間もなき昭和五年一月四日、午前九時頃に、彼の父は又亡児を呼び出して訊ねました。-
 「あれから汝はお母さんの守護霊を訪問したか?」
 亡児は頗る元気良く答えました。--
 「ええ早速訪問しました。つまりいつかの約束を実行した訳なのです」
 そう言って彼はポツリポツリその際の状況を物語るのでした。--
 「この訪問については、僕は無論前以て指導役のお爺さんの了解を求めておきました。お爺さんは、それは結構だと言って、大変喜んでくれました。
 僕は現世に居た時のようにやはり洋服を着て出掛けました。元から僕は他を訪問する時にはちゃんとした風をして行くのが好きで、その心持はこちらへ来たって少しも変わりません。ナニその時の僕の姿ですか・・・・では早速お母さんの霊眼にお目にかけます・・・・。
 後で彼の母の物語るところによれば、生前愛用の渋味のある茶っぽい洋服を一着に及び、細いステッキを携えた新樹の身軽な扮装が、鮮明に眼裏に映ったということです。
 亡児の物語はなおびびとして続きました。-
 さて先方へ着いてみると、無論守護霊さんは歓んで僕を迎えてくださいました。
 「まァあなたの今日の御様子はすっかりこの間とは違いますね」
 そう言って、物珍しそうに僕の洋服姿に見入っておられるのでした。二十世紀の若い洋服青年と、足利末期の上﨟姿の中年の婦人との取り合わせなのですが、よもやこんな芸当が出来ようとは、僕生前ちっとも想像しておりませんでした・・・・。
 「私はこんな粗末な、狭い場所に居りますので」と守護霊さんはどこまでも同情深く「さぞあなたは窮屈で面白くないでしょう。どこか他所へお連れしましょう」
 「イヤ一ぺん守護霊さんの住んでおられる場所を見せて頂きます」と僕が申しました。「窮屈な位はちっとも構いません。それが済んでから何所かへ案内して頂きましょう・・・・」
 先日守護霊さんのお言葉にもあった通り、あの方はやはりお宮に住んでおられるのですね。場所は海岸の非常に閑静な・・・・イヤむしろ閑静を通り越して物寂しい位の所で、屋根は銅葺きの、あまり大きくない綺麗なお宮です。「これが守護霊さんの何百年かに亘る長い長い歳月の間静かに静まっておられるお宮か・・・・」と思うと僕は何とも言われぬ厳粛な気分に打たれました。帽子を脱いで扉の内部へ入ってみると、一面に板の間になっていて、奥の正面の所に神さんがお祀りしてあるばかり、家具だの、什器だのと言ったようなものは何一つも見当たらない、誠にさっぱりしたものでした。「こんな所で修行三昧に浸っているから守護霊さんは霊能が優れているのだ・・・」僕はつくづくそう感心しました。これというのも皆その人の性格から来るのでしょう。僕なんか、あんな生活はとても御免だ・・・。
 守護霊さんは何のもてなしも出来ないで困ると仰って、大変に気を揉まれました。
守「何所へお連れしましょうね?あなたはどんな場所がお好きです?」
僕「場所なんか何所だってちっとも構やしません。それよりか僕ゆっくり守護霊さんからお話を伺いたいです」
守「そうですか。ではこの上のお山は大変風景がよい所ですから、そこへお連れしましょう」
 僕達は早速上の山へ行きましたが、辺りは樹木鬱蒼と生え茂り、一方にチョロチョロした渓流があって、大きな巌(いわお)が程よくあしらわれ、いかにも絶勝の地ではありましたが、しかし僕にはそんな場所は何やら寂し過ぎるように感じました。
僕「守護霊さん、あなたはここで修行をされたのですか?」
守「自分はドーいうものかこんな寂しい場所が好きで、修行は大概ここへ来てやりました。あの水辺の大きな巌の蔭、あそこが私の一番気に入った所です」
 守護霊さんは、それが当然だという風に仰るのですが、どうしてそんな気持になれるのか、僕には寧ろ不思議な位でした。「何だってこんな陰気な所で修行されるのだろう・・・・イヤだナ」-僕は実際そう思いました。しかし好きも嫌いも、皆その人の性質の反映ですから、こればかりは致し方がありませんね。地上の生活でもそうした趣がありますが、こちらへ来るとそれが一層顕著なようで、善悪に係わらず、めいめい自分の落ち着く場所に落ち着くより外に途がないようです。
 僕達の間には自然修行についての談話も出ました。-
守「私の修行と言ったらつまり主に統一をやるのですが、あなたもやっぱりそうでしょう」
僕「無論そうです。が、僕なんか、まだまだ駄目です。ドーも雑念妄想が何時の間にか、むらむらと兆して来て弱ってしまいます。これからみっしり努力するつもりで・・・」
守「あなたは何所で修行をなさいます?」
僕「僕はやはり自分の部屋でやるのが一番気持が良いです。僕こんな陰気な山の中などで座るのはイヤです・・・」
 構わないと思って、僕そう言ってやりますと、守護霊さんは微笑を浮かべて「こんな寂しい場所へ連れて来て、本当にお気の毒です」と言われました・・・。
 精神統一の話に続いて、僕は再び守護霊さんの身の上話を聴こうとしましたが、やはり駄目でした。「大変年数も経っているので記憶が薄らいでしまった・・・・」そんな事を言われるのです。ドーも当年の事を思い出すことが多少苦痛なのでしょうね。お母さんの守護霊さんの経歴は、一つお父さんから直接に訊いてください。僕の手には少し負えません・・・。
 続いて守護霊さんは相変わらず、僕に向かって色々の事を訊かれました。僕が幼少の時の事、学校時代の事、それから亡くなる時には何所に居たかというような事・・・・。僕仕方がないから大体話しておきました。詳しい事は守護霊さんから聴いてもらいます。やはり僕のことを自分の子供のように思うらしく、色々世話を焼いてくれます。僕の方でも、お母さんとも少し違うところがあるが、いくらかそんなような気持がして、自然無遠慮な言葉もききます。「そんなに僕の生前の事をお聞きになりたいなら何れゆっくりお話致しましょう。材料なんか沢山ある・・・」僕そう気焔を吐いておきました。
 兎に角お母さんの守護霊は、亡くなってから相当長い歳月を閲(けみ)しているので、その修行も、我々と違って大分出来ている様子に見受けられます。優しい中に、中々しっかりした所のある方です。体はどちらかといえば痩すぎで、すんなりしています・・・・」
 亡児の報告は大体右のようなものでした。例によりてそれと入れ代わりに続いて彼の母の守護霊に出てもらい、亡児との会見の顛末を物語らせました。それはこうです。-
 「この間は子供が訪ねて来て大変に失礼しました。私の住居はあんな粗末な所でございますから、本当にお気の毒に思いました。でも大そうさばけた子供で、是非私の住居を見たいと申しますから、内部へ案内しますと、「大分僕達とは勝手が違う・・・・」と言ってしきりに四辺を見回していました・・・。
 私は別にお宮に住みたいと思った訳ではないのですが、ドーいうものかお宮という事になってしまいました。こんな事は自分の一存にのみも行かないところがあるのです・・・・。
 あの子の服装は、この前会った時とは、すっかり変わっているので、びっくり致しました。あれが只今の時代の服装なのですね。中々大きな男でございますね・・・。
 それからあなたも御存知のあの裏の山へ案内して、そこで色々物語を致しました。その時子供はこんな面白いことを申しました。「この山は大変良い景色ではあるが、しかし現界の山とはどこやら気分が違う。達者な時に随分山登りもやったが、この山で感じるような気持にはただの一度もならなかった。ここに立っていると自然と気がシーンと沈んでしまう・・・」
そう言って大変感心しているのです。やはり私の修行するように出来ている山なのですからあんな陽気な気分の子供には寂しくて仕方がないのでございましょうね。兎に角幽界へ来てからは、めいめい自分に適した境涯に落ち着くより外に、致し方がないものと思われます。
 それから、私はあの児の幼少の時代からの事を色々と訊ねました。あなた方には別に珍しくも何ともない事柄でございましょうが、私には非常に興味の深い物語でした。かいつまんで筋道だけを申しますと、あの子の申したことは、大体こういうようなことでございます。-
「僕は幼少の時から体が丈夫で、かなりいたずら坊主でもあった。こんな事を言うと他人が笑うかも知れないが、学問もよく出来た一方で、大変に父母にも可愛がられた。僕も一生懸命勉強し、次第に上級の学校に入り、二十二歳の時に長崎の高商を卒業した。守護霊さんとは時代が違うからお判りになるまいが、卒業後には直ちに会社というものに入った。暫くしてから、その会社から遠方へやられ、そこで亡くなった。立派な人になろうと思って大いに気張って働いたものだが、思いも掛けない病気の為にこんなことになり、両親にも気の毒で堪らない・・・・」
 こんな話をしている中に段々悲しそうな様子が見えましたから、これはいけないと気付きまして私は早速話頭を変えました。-
問「あなたは只今遠い所へやられたと言われましたが、それは何という所です?」
答「大連という所です」
問「その大連という所はどんな所です?」
答「大変に賑やかな立派な市街で、家屋なども内地よりは却って上等です」
問「そこであなたはどんな仕事をしていたのですか?」
答「無論会社の仕事をしていました。そこでも大変皆さんから可愛がられ、僕は非常にそこの勤めが好きでした。又僕は色々の事に趣味が多いので、どこへ行っても退屈ということを知りませんでした。中でも僕が好きなのは、音楽と絵書で、大連で描いた絵などもかなり沢山あります・・・」
 良い按配にこんな話をしている中に、子供は再び元の快活な状態に戻りました。一体にあの子は陽気な資質なのでございますね。あんな陽気な子が、むざむざと夭死(ようし)したというのは、本当に可哀相だと思います・・・。
 でも、夭死したので、それがこちらで発奮する種子になるのでございます。「このまま空しく引っ込んでしまうのはあまりに残念だ。これから大いに修行して幽明交通の途を開き、大いに父を助けて御国の為に尽くそう・・・」口には出しませんが、あの子の思い詰めていることはよく私に感じます。これから後も、私は努めてあの子に会うことに致しましょう・・・」
 この日彼の母の守護霊が私に物語ったところは大体右の通りでした。嬉しいのは、両者の間に、次第に母子の関係らしい、親しみの情が加わりつつあることで、彼の父としては、そうした傾向を今後一層助長させたく切望している次第であります。

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 光陰の経つのは迅いもので、前後五十幾回かの招霊を重ねている中に、早くも新樹の一周忌の二月二十八日が近付きました。
 心弱いとお笑いになる方があるかも知れませんが、その日が近付くと共に、彼の父も母もドーしても亡児の霊を招き出す勇気が起こりませんでした。
 「とうとうあの子の記念の日が近付いてしまった。大分諦めがついたようでも、あの子はやはり在りし日の事を追憶して悲しんでいるだろう・・・・・」
 そう考えるとツイ気遅れがして、昭和五年の二月十六日に招いたきり、一時パッタリ招霊に遠ざかってしまいました。
 その中二十八日が来ましたので、当日は自宅でホンの内輪の縁者のみを招いて心ばかりの祭事を執行し、いささか亡児生前の面影を偲び合いました。同時に彼の臨終地たる大連に於いても、又彼が生前お世話になった古河電機の方々を始め、多くの友人達が集まって盛んな追悼祭を営んでくだすったと承りました。
 「こんな事はきっとあの子の方に感応しているに相違ない・・・。一つ思い切って招き出して様子を聞いてみようかしら?」
 三月も十日になった時に、彼の父は初めて亡児に会って見る気になりました。彼の母も漸くそれに賛同しました。
 「では座ってみましょうか・・・」
 間もなく彼女の体は、例の通り亡児生前の姿態そのまま、少し反り気味になりましたが、心なしか、今日は少しその様子が沈んでいるように見受けられました。やがて言葉が切れました。-
 「新・・・新樹です・・・。暫くでしたね」
 「イヤ大変どうも暫くだった。少し取り混んでいたものだからゆっくり座っている隙がなかった。幽界に昼夜の区別がないと言っても、時日の長い短い位の懸念はあると見えるね?」
 「そりァお父さんありますよ。今度は大分ゆっくりだナ、と僕そう思っていました」
 「それは大変済まなかった・・・。近頃汝の方に何か変わったことはなかったかい?」
 「別に大したこともありませんでしたが、ただこの間僕の方に非常に強く感じて来ることがあって閉口しました。色々の人がしきりに僕の事を思ってくれている・・・・それがひしひしと僕の方に感ずるのです。で、こりァきっと僕の命日が巡って来たのに相違ない。僕が死んでモー一年になるのだ・・・・そう僕は感付きました。そんなことがあると、僕の方でもツイ現世の事を思い出して困りました。いけないと知りつつツイ地上生活が眼に浮かんで・・・」
 いつの間にか大粒の涙がポロリポロリと彼の母の両頬に伝わるのでした。
 彼の父は成るべく平静な態度で談話を進めました。「実は今日は三月十日で汝の一年祭は十日以前に済んだものだ。叔父さんだの、叔母さんだの、ホンの内輪の者ばかり招いて、神主に祝詞をあげてもらったのだが、それが汝の方に通じたと見える・・・」
 「何やら遠くの方で祝詞のようなものを感じました。そして色んな人がしきりに僕に会いたがっているのです。そんな事は僕だってやはり会いたいのです・・・」
 「汝の執着が薄らぎさえすれば、それに連れて現世が段々はっきり見えて来るのだから、そう悲観したものじゃないさ。まァゆっくりやるさ」
 私は軽く受け流しておきました。亡児の態度にも段々落ち着きが見えて来ました。
 「僕の宅の方も何ですが、その頃大連の方にも多勢集まっているように感じました。色々の人達がガヤガヤと僕の名を呼んだり何かしているのです。余り細かい事は判りませんが、何にしろ僕の事をしきりに追憶してくれている事はよく通じました。大連には僕の友達の青柳もいるようでした。青柳はモー帰って来たのでしょうか?」
 青柳君は満鉄の社員で、以前ロンドンに留学していたのですが、二月の末には任地に帰って来ていたらしいのです。青柳君が旅行免状の手違いで、ロシアの官憲に一時抑留された話は、当時の新聞電報にも載っていました。
 「さァワシもよく知らないが」と私は答えました。「二月二十八日頃には多分大連へ戻って来ていたのだろう。帰っていれば、汝の追悼会には必ず臨んだ筈だ。ロンドンでもしきりに汝の風評をしていた位だから・・・」
 「そうでしょうね。僕には確かに青柳が居るように感じられたのです。あの男にはお父さんもロンドンで大変お世話になったそうですね」
 「イヤ大変世話になった。青柳君は、ロンドンで新樹君と一緒だと面白いがなア、としきりに言っていたよ」
 「そうでしたろう。そんな話を聞くと僕、まだ残念だという気がします。いけない事と知りつつドーも現世の執着が容易に除き切れないで困ります」
 「無理もないが、しかし男らしく諦めが肝心だ。そんな話はモーこれで止めるとしよう・・・」
 「ではお父さんから、大連の皆さんに宜しく言ってあげてください。お祭りをしてもらって、非常に嬉しかった、とそう仰ってください」
 「承知した」
 私達の対話はそれでちょっと中絶しましたが、暫くして亡児の方から切り出しました。
 「実はね、お父さん」と彼は割合に快活な語調で「僕あの時分、あんまりクシャクシャしたものですから、思い切って散歩に出てみたのです。ついでにその話をしましょうか?」
 「幽界の散歩-そいつァ面白い。話してもらおう」
 「こちらの散歩は現世の散歩とは大分気分が違います。僕はどこと当てども無く、あちこち歩いてみたのですが、イヤ何とも言われない、のんびりとした感じでした。行ったのは公園みたいな所ですが、少しも狭っこましい所がなく、見渡す限り広々としていて、そして一面に綺麗な花が咲いている。それ等の花の中には、生前ただの一度も、見たことのないようなのもありました。その色がいかにも冴え冴えしていて、地上の花とはどことなく違うのです。で、幽界の花にもやはり根があるかしら・・・僕そう思ったので、一本の花を手でいじってみましたが、根はやはり張っているものらしく、中々抜けなかったです」
 「面白いねどうも・・・汝その花を摘んではみなかったのか?」
 「イヤ摘んでみました。そしてそれを自分の部屋に持って帰って花瓶に挿し、幽界の花がどう現世の花と違うかを研究してみたのです。僕達の世界には昼夜の区別がなく、従って日数を申し上げる訳にはまいりませんが、花瓶の花は別に水をやらなくてもいつまでも萎れないのです。ちゃーんと立派に咲き匂っているのです。そこが地上の花と大いに異なる点ですね。ドーも僕が花を忘れずにいる間は、花はいつまでも保存されていたように思いますね。その内、僕はいつしか花の事を忘れてしまいました。ふと気が付いてみた時にはモー花は消え失せていました。僕にはそれが不思議でなりません。あの花は一体何所へ行ってしまったのでしょう・・・」
 「さあワシにも判らんね、幽界の花の行方は・・・。兎に角そいつは大変面白い研究だった。花を摘む時の具合は地上の花を摘むのと同じだったか?」
 「同じでした。茎がポツンと折れる具合が少しも変わりませんでした」
 「時に、汝の行った、その広い公園には誰も人が行っていなかったか?」
 「最初は誰も見かけませんでした。僕一人で公園全体を占領したようなもので、実にのびのびした良い気持ちでした。第一、いくら歩いても暑くもなければ、寒くもなく、又少しも疲労を感じないのですからね。そうする中にふと、僕の歩いている背後から、二人連れの男女がやって来ました。男は二十二、三、女は十七、八で、どちらも日本人です。僕が言葉をかけようかと思っている中に、二人はツーッ!と向こうへ行ってしまい、ロクに顔を見る暇もありませんでした。僕は何だか少しあっけなく感じたので、今度誰か来たら話かけてみようと思いました。幸いにそこに一脚のベンチがあったので、僕はそれに腰を下ろして、人の来るのを待ちました。すると暫くして、十五、六の男の子が出て来ました。僕は非常に嬉しかったものですから、丁度生前やったようにその子供に言葉をかけました。子供の方でも歓びましたが、しかし余程びっくりしたものと見え、何とも返答をしないのです。その子は可愛い洋服を着て、半ズボンを穿いていました。暫く僕の傍に腰をかけている中に、漸く談話をするようになりました。いつ幽界へ来たかと訊いたら、モー随分以前に僕は死んだのです、と言っていました。余程の家柄の生まれらしく、中々品位のある子でした。僕は、ここで又会うからその内出て来たまえ、と言っておきました。左様なら、と言いも終わらぬ中にその子の姿は消えました。そんなところは非常に呆気なく、何だか頗る頼りないのが幽界の生活の実情です。慣れないせいかも知れないが、僕にはまだまだ地上の生活の方が懐かしいです。現に地上の人達は僕の一周忌を忘れもせずに、多勢集まって懇ろに追悼会などを催してくれるのですからね・・・・」
 亡児が再び湿り勝ちになりそうな模様なので、私は急いで話頭を他に転じ、数分間よもやまの話を交換してその日の座を閉じたのでした。

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 彼の父と亡児との間にはすっかり寛いだ気分で、これという特殊の題目を設けずに雑話を交換することもしばしばあります。それ等の中には、勿論何等とりとめのないのもあるが、又時として、そのまま葬ってしまうのも惜しいと思わるる節がないでもありません。手帳の中から手当たり次第に抽出してみましょう。
 問「生前の記憶は死んでもはっきり残っているものか?」
 答「そうですね、生前の事を考えると皆ぞろぞろ眼に浮かんで来ますね。生きていた時よりも却ってはっきりしているようです。当時を思い出して僕は時々嬉しい気分に浸ることもあります・・・」
 問「汝の過去の短い生涯で何時が一番嬉しかったか?」
 答「そうですね、僕の思い出の中では、中学校卒業後、長崎へ行って居た時代が一番面白かったと感じますね。ここを卒業したらどんな所に行くのかしら・・・そう思って勉強していました。会社に入ってからは、何やら身が固まったようで、それ程にも面白くなくなりました・・・」
 問「横須賀時代にはよく汝は海水浴に行ったものだが、そちらで海水浴をやりたくはならないか?」
 答「イヤこの間一度やりましたよ。ある時僕がふと海に入りたいナ、と思うと、途中の手続きは判らないが、兎に角僕は綺麗な海岸に行っていたのです。そこで僕は泳いでみました。その感じですか・・・。水の中に居るような感じはしますが、別に冷たくも又温かくも感じない。そしていくら泳いでも疲れない。要するに海水浴の気分がするだけで、生前の海水浴とは大分勝手が違うのです。向こうの方で誰だか一人泳いでいたようでしたが、はっきり判りませんでした・・・」
 問「汝はそちらで親族の誰かに会ったかナ?」
 答「ええこの間お祖母さんを尋ねてみました。僕がおばあさん、と呼んでみても返答がありません。おばあさんはまだあんまりはっきりしていないようです。と言って、全然無自覚でも何でもない。静かに眼を瞑って、良い心持でうつらうつらしていると言った按配なのです・・・」
 問「呼んで自覚させる必要はないかしら?」
 答「さァおばあさんは別に苦痛がありそうでもないし、又これを呼び覚ましてドーコーという事もないのですから、あのまま安らかに眠らせておいて、自然に眼が覚めるのを待った方がよいかと思いますね・・・」
 問「お祖父さんにはまだ会わんかナ?」
 答「まだ会いません。僕これから早速会って来ます。地上と違って、こんな場合には都合がよいです・・・」そう言って沈黙がちょっと続いたが、やがて彼は戻って来て祖父訪問の状況を報告するのでした。「僕行って来ました。お祖父さんは、お祖母さんよりも後で亡くなったのに、却って自覚が早いようです。生前のようにキチンと座って、にこにこしていました。僕が、おじいさん!と呼びかけると返答はしないが、ドーやら判ったようです。よほどはっきりした顔をしていました。--が、おじいさんも通信はまだ無理です。格別お父さんの方で用事がないなら、モー暫くあのまま安楽にさせて置かれたら良いでしょう・・・」
 問「幽界へ行ったものがどうして自覚が速かったり、遅かったりするのだろう。汝の一存でなく指導役の方々に訊いて返答をしてもらえまいか?」
 答「お易い御用で・・・。-伺ってみるとやはり信念の強いものが早く自覚するそうで、その点に於いて近代日本人の霊魂は甚だ成績が悪いようです。現に僕なども自分の死んだことも自覚せず、又自分の葬式の営まれたことも知らずに居た位ですからね・・・」
 問「唯物論者-つまり死後個性の存続を信じない連中は死後どうなるかナ?」
 答「非常に自覚が遅いそうです」
 問「一つこれから自覚していない人達の実況を見てくれまいか?」
 答「承知しました。-今その一部を見せてもらいましたが、イヤどうもなかなか陰惨ですね。男も女も皆裸体で、暗い所にゴロゴロして、いかにも体がだるそうです。僕は気持が良くないというよりか、寧ろ気の毒の感に打たれ、この連中は一体いつまでこの状態に置かれているのですか、とお爺さん(指導霊の一人)に訊いてみますと、この状態は必ずしも永久に続くのではない。中には間もなく自覚する者もある。自覚する、しないは本人の心がけ次第で、他からいかんともし難いのだ、という返答でした・・・」
 問「再生の事を一つ訊いてもらおうか?」
 答「お爺さんに伺ってみると、再生する者と再生しない者と二種あるそうです。後者はそのままずっと上の界へ進むので、その方が立派な霊魂だそうです。それ程浄化していないものは分霊を出すことによりて浄化する。浄化した部分は霊界に残るが、浄化していない分霊は地上に再生する。-ざっとそう言った手続きだそうです。赤ん坊でもその全体が再生するという事は無いそうで・・・」
 問「無自覚の霊魂でも、こちらで呼べば霊媒に憑って来るのはドーいう理由か?」
 答「それは産土(うぶすな)系統の神さんがお世話をなさるからだそうです。そんな場合にはいつも産土系が世話を焼いてくれます」
 問「汝が現在やりつつあるような幽明交通と、所謂悪霊の憑依という事この間には、何等か根本的の相違があるのか。一つしっかり調べてくれまいか?」
 答「お爺さんに聞いてみましたが、両者の間に根本的の相違はないようで、悪霊の憑依というのは、要するに有害な観念の波動が、強く対者の体に感応するだけらしいです」
 問「前にも幾度も聞いたが、幽界に於ける体の感じをモ一度聞かせてくれないか?呼吸や脈拍はあるかナ?」
 答「そんなものはてんで気がつきませんね。内臓などもあるのか無いのか判りません・・・」
 問「地面を踏む感じは?」
 答「自分の部屋にいる間は、歩くという感じがないでもありませんが、地上の歩行とは大分違います。歩くと言っても何やら軽い、柔らかい気持です。又足音というものもしません。遠距離に行く時には、一気呵成に行ってしまうので、尚更歩くという懸念が起こりませんね・・・」
 問「幼少で死んだものが幽界でどんな生活をしているか一つその実況を見て来てくれないか?」
 答「承知しました。一つお爺さんに頼んでみましょう。-(五、六分の後)只今見せてもらいました。赤ん坊でも、小さいながら、我々と同様、修行させられて、心も姿も発達するのですね。地上の子供のように迅速ではないが、やはり、あんな按配式に大きくなるのですね。僕の行った所では、五十歳位の婦人達が二、三人居って、それが子供達の世話をしていました。子供の人数ですか-人数は五、六人で、三歳から四、五歳位の男と女の子が一緒に居ました。抱かれたり、何かしている具合は現世とちっとも変わりません。場所はあっさりした家の内部ですが、ドーも幽界の家屋は、どれも皆軽そうに見えます。ずっしりと重そうな趣がなく、何やら芝居の道具のような感じがしますね。僕はお爺さんに向かい、これ等の子供が学校へ行く年齢になればドーなるのか、と尋ねてみましたら、お爺さんは早速僕を学校のような場所へ連れて行って見学させてくれました。一学級の生徒は二十人位で、やはりここでも男女合併教育をしていました・・・」
 問「他にも組がいくつもあるのだね?」
 答「色々の組に分かれています。何を標準として学級を分けるのかというと、それは受け持ちの教師のする事で、主として子供が死ぬ時に、因縁によりて導いてくれた神とか仏とかに相談して充分調査の上で実行するらしいのです。もっとも宗教的区別などはある程度までの話で、上の方に進めばそんな区別は全然消滅するそうです」
 問「科目はどんな風に分かれているかな?」
 答「現世とは大分違いますね。算術などは全然不必要で、その他地理も歴史もありません。幽界で一番重きを置くのはやはり精神統一で、これをやると何でも判って来るのです。音楽だの文学だのも、子供の天分次第でワケなく進歩するようです。学問というよりも寧ろ趣味に属しましょう。趣味があればいくらでも進歩するが、趣味がなければまるきり駄目です。ですから子供達は一室に集まっておりながら、その学修する科目はめいめい違います」
 問「生徒達の服装は?」
 答「皆まちまちで一定していません。帽子なども被っていませんでした」
 問「書物だの、黒板だのもあるか?」
 答「皆一通り揃っています。子供が質問すれば教師はそれに応じて話をするらしく見えます」
 問「教師はどんな人物だったか?」
 答「三十歳前後の若い男でした。お爺さんに訊いてみると、この人は生前に子供を持たなかった人だそうです。つまり生前子供の世話をしなかった理合わせに、幽界で教員をやりたいという当人の希望が、神界から聴き届けられた訳なんだそうです。で、僕なんかもその部類に属しはしませんか、と試みにお爺さんに訊いてみたら、お爺さんはただ、ソーだなあ、と言っていました・・・」
 問「話頭は少し後戻りするが、赤ん坊が死んだ時にドーいう具合でいるものなのか、一つ世話役の婦人にでも、訊いてもらえまいか?」
 答「承知しました。-女の人はこう答えます。赤ん坊は少しも浮世の波に揉まれず、従って何等の罪も作らずに現世を去ったのであるから、神さまの方でも、ごく穏やかに幽界に引き取ってくださる。つまり現界から幽界への移り変わりがなだらかで、そこに死の苦痛も悲しみもなく、殆ど境遇の変化を知らずに、すらすらと生長を続けるのだという話です。長く地上に生きていれば、自分ではその気がなくても、知らず識らず罪を作りますが、赤ん坊にはそれがありません。赤ん坊が楽なのは当然だと僕も思いますね。ヘタに中年で死ぬより赤ん坊で死んだ方が幸福かも知れない・・・」
 問「赤ん坊は乳を飲みたがりはしないか?」
 答「最初は保母が乳房をくくませるそうです。もっとも乳が出る訳でなく、又乳を飲む必要もない生活なので、子供の方でも段々その欲望がなくなって来るそうです・・」
 問「幽界の子供の発育が遅いのは何故だろう?」
 答「子供の発達にはやはり現世の生活の方が適当なのでしょうね。幽界でも生長することはするが現世に比べるとずっと遅いということです・・・」

自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 ここに掲載する新樹の通信なるものは、主としてその父の命により、探検又は訪問せる時の報告を集めたものです。私は彼が死後まだ十日経つか経たぬ時、中西霊媒を通じて、彼の死を申し聞けましたが、その時彼が悲憤の涙に暮れた様は、今でもありあり眼に映ずるような気がします。私はその時彼との間に、ある会話を交えました。その事柄は簡単ではあるが、私と彼との間にしか知られていないことであるから、中西霊媒に現れたものが新樹の霊魂に相違ない事を確信していました。その後霊媒が何人か変わっても、私との会話の内容を肯定しますから、彼の通信なるものは、相当確実性があるものと私は信じます。
 この通信録は、目次記載の通り四編から成っています。その中『新樹と守護霊』は、万人必ずしも同様なりとはいい得ないでしょうが、およそいかなる関係を有するものなるかを説いたところ、大抵通則と見てよいよう考えられます。『乃木さんと語る』は、武人の面目躍如たるを見るべく、そして戦争の避くべからざるを警告して、日本国民の覚悟に及び、又お宮とお墓の別を明らかにせる如きは、万人の知っておかねばならぬ事柄であることを信じます。この他『幽界居住者の伊勢参宮』『或る日の龍宮』何れも啓発せらるる所少なくないよう考えられます。
 新樹と私とは、前記の如き関係があり、一種感傷的気分がないではありませんが、今これを世に送ろうとするのは、決してそんな気分からではありません。各編何れも不朽と迄は行かずとも、世に伝えて恥ずかしからぬものと信ずるからであります。
 この通信は、もっと早く世に出て然るべきものと思われますが、何かの都合で今日に至ったものです。が、今でも敢えて遅しとはせないでしょう。

 昭和十三年四月 浅野正恭

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