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カテゴリ: ★『死後の世界』

自殺ダメ



 吾輩もこの説法を聞かされてすっかり交霊会行きに賛成してしまった。そして間もなく他の一群の霊魂達と連れ立ちて交霊会の催されている一室に出掛けて行ったが、其処には一人の婦人が約十人ばかりの男や女に取り巻かれて座って居た。婦人の側には光り輝く一人の偉大なる天使が立って居たが、その天使は雲霞の如き悪霊共に包囲され、多勢に無勢、遂にみすみす霊媒の体を一人の悪霊の占領に委せてしまった。悪霊共はこれを見ると、どッとばかりに歓呼の声を上げ婦人の身辺に押し寄せて、前後、左右、上下からひしひしと包囲し尽して霊魂の垣根を作った。
 「一体こりァ何をしているのかしら・・・」と吾輩が自分の案内者に訊ねた。
 「ナニ我々はこうして天使の勢力を遮断しているのだ。いかに偉い天使でも悪霊の垣根は容易に突破し得ない。丁度我々が優れた霊媒を包囲する天使の垣根を突破し得ないのと同様じゃ。さァこれから憑依霊が仕事を始めるところだから気をつけて見物するがいい」
 そういう中にも霊媒は言葉を切り始め、その席に居た一人の中年の婦人に向かってこんなことを言い出した-
 「私はお前の妹のサリーです。私はどんなに姉さんに会いたかったでしょう」
 これをきっかけに二つ三つ当人に心当たりのありそうなことを喋った。それを聞いて吾輩はすッかり感心してしまった。
 「どうしてこんな事実を知っているのかしら・・・実に恐れ入ったものだネ」
 「そりァ訳はないさ。あいつは何年となくこの霊媒に付き纏っていて、色々役に立ちそうな材料を平生から仕入れておいてあるのだ-さァ又始まった・・・」
 見れば今度はその室に居た一人の男が霊媒に向かって質問を始めたところであった-
 「私は何ぞ有益になる事を伺いたいのです。詰まりソノ実用向きの御注意を・・・」
 「それではあなたの兄さんのジョージさんに訊いてみましょう」と霊媒が答えた。そして直ちにジョージという人物の態度をして言った。「ヘンリー、私は財政上の問題に関して一つお前に有益な注意を与えようと思うが、モちとこちらへ寄って耳を貸しておくれ。他言を憚(はばか)ることだから・・・」
 そう言った彼は右の男の持っている、ある株券のことにつきてボソボソと低い声で注意するところがあった。男はそれを聞いて大変嬉しいそうな顔をした。
 「お前はそれで大成金になれる・・・」
 そう憑霊が付け加えた。
 「あんなこと言いやがって本当かしら?」
と吾輩が案内役に訊いた。
 「本当だよ、今のは・・・。我々の仲間は時々嘘を言ってムク鳥をひっかけて歓ぶこともあるが、又時々は本当のことを教えてやって、どうしても我々を離れることの出来ないように仕向けて行くのだ。又人間というものは成るべく色々の欲望を満足させて堕落させておかないと、段々有意義な心霊上の問題などに熱中して来やがって、俺達の邪魔をするようになるものだ-ソレ又始まった」
 今度は霊媒が一人の若い女に近付いた-
 「今あなたが心に思っていることはよく私に判っています。先方の申し込みには早速応じなさい。受け合ってあなた方の結婚生活は幸福です。あの人について色々面白からぬ陰口を聞かされるかも知れませんが、皆嘘ですからそれに騙されてはいけません」
 吾輩は再び質問を発した-
 「ありァ一体何を言っているのかね・・・」
 「あの若い女に目下結婚問題が起こっているのだネ。候補者の男というのは酔っぱらいの悪漢で、箸にも棒にもかからぬ代物だ。お陰であの女は今に散々苦労をさせられた挙句の果が堕落するに決まっている。そこで結局こちとらの食い物になる-さァ又始まり始まり!今度霊媒の体に憑った奴はひょうきん者の悪戯霊だからきっと面白いことをやらかすに相違ない」
 成る程今度は霊媒に新規の霊魂が憑って様々の悪戯をやり始めたのであった。中には毒にも薬にもならぬ仕打ちも混じっていたが、又中には性質の良くない悪戯もあった。しかし概して他の霊魂のように余り悪ズルいところがなかった。先ず手始めに室内の品物を動かしたり、投げつけたりする。次に室内の人達の頭をピシャピシャ叩く。次に物品を隠し、人々の懐中物さえ巧みに抽(ぬ)き取る。それが皆人間の方から見ればちっとも手を触れないでやることになる。最後に彼は其処に置いてあったテーブルを引っ繰り返し、座客の過半にとんぼ返りを打たせた。
 やるだけやって我々は交霊会場を引き上げた。
 道々吾輩の案内者はこう説明した-
 「心霊現象といえば大抵あんなところが一番多いが、物質的な頭脳の所有者に霊魂の存在を承認させる為には、この種の方法以外には絶対に何物もない。その為に優れた霊媒や霊魂までも止むことを得ずこんな子供じみた曲芸をやって見せるのだが、見物人は大喜びで、初めて成る程ということになり、その勢いで嘘だらけの霊界通信までも感心して受け容れる。お陰で霊媒の体は目茶目茶になり、交霊会の評判はめっきり下落する。我々悪霊にとりての大禁物は純潔で且つ真面目な霊媒と心霊研究とである。そんなものはこっちの秘密を矢鱈に素っ破抜き過ぎて、人間を用心深くさせて困ってしまう・・・」
 こんな記事を御覧になれば諸君は吾輩の趣旨が那辺(なへん=どのあたり)にあるかをお察ししてくださるでしょう。諸君のお気の付かないところに、別に隠れたる理由もありますが、それは次第に判ってまいりますから辛抱して最後まで読んで頂きます。
 何しろ吾輩は我の強い人間で、段々堕落してとうとう地獄のドン底までも堕ちて行った者であります。人間というのは生前に悪事をすれば、その堕落せる人格は死後までも依然として継承され、堕ちるところまで堕ちてしまわねば決して承知が出来ないようであります。
 が、諺(ことわざ)にもある通り、「一切を知るは一切を大目に見ることである」-一旦地獄のドン底へ堕ちた者がやがて又頂上まで登ることがありとすれば、その間に獲たる知識は自分自身にとりても、又一般世間にとりてもきっと大いに役に立ちます。格別の悪事もせぬ代わりに又格別の善事もせぬ弱虫霊よりも、この方が却って有効かも知れません。兎も角も吾輩はそのつもりで大いに活動します・・・。

自殺ダメ



 これは三月七日の午後九時五十分に出た通信で、憑霊と犯罪との面白い関係につきて例の陸軍士官が自己の体験を大胆率直に告白したものであります。法律上では単に故殺だの、謀殺だの、未遂だのと外面から頗る簡単に取り扱っておりますが、一歩その裏面に立ち入りて霊界の消息を窺いますと実に恐ろしい落とし穴やら術策やらが仕組まれてあるようであります。本通信の如きは特に心ある人士の精読に値するものと思考いたされます-

 さてある日のこと、吾輩は一つの交霊会へと出掛けて行った。するとその場に居合わしたのが生前吾輩の内幕を素っ破抜くことばかりやっていた不倶戴天の仇敵であった。
 「こいつ是非仇をとってやれ!」
 吾輩は即座にそう決心した。モーその時分には吾輩も霊媒の体を占領して所謂神懸現象を起させる位のところまで腕が磨けていた。
 吾輩の仲間には、相当腕利きの悪霊が沢山揃っていたので、そいつ達が色々と復讐手段を吾輩に提案した。命知らずのナラズ者に憑依し、相手を殺害させるのが面白かろうというのもあれば、それよりはむしろ相手を騙くらかして破産させるのが一番近道だと主張する者もあった。その外まだ色々の提案があったが、しかしそれ等の何れよりも遙かに巧みな方法がふと吾輩の胸に浮かんだ。吾輩のつけ狙っている男は、よせばいいのに近頃下拙の横好きで霊術弄(いじ)りを始めていた。勿論深いことは少しも判っていない。大体ただ好奇心という程度のものであった。吾輩のつけ込みどころはその点にあった。
 夜となく昼となく吾輩は彼に付き纏い、その一挙一動をも見逃すまいとした。吾輩は機会さえあれば彼に損害を与えた。彼が博打をやれば、吾輩がその持ち札を相手に内通してやる。彼が事業をやれば、吾輩が仲間の胸に不安の念を起こさせる。手を変え品を変えて酷い目にばかり遭わせてやった-が、そんなことは吾輩のホンの序幕戦で、最終の目的は決してそんな生易しいものではなかった。
 とうとう吾輩の待ちに待ちたる好機会が到着した。彼は自分の霊魂をその肉体から遊離させる修業を開始していたが、その頃漸くそれが出来かけて来た。これは吾輩に取りて真に乗ずべき好機会であった。吾輩は彼の霊魂が肉体から脱出した隙を見澄まして、空き巣狙いの格でその空ッぽの肉体へイキなり飛び込んでしまった。
 「ハハハ」と吾輩はほくそ笑んだ。「借り物ではあるが、これですッかり元の通りの人間様だ!」
 が、いよいよやってみると他人の体の居候も中々楽な職業ではなかった。体の方では大人しくこちらの言うことを聞こうとせず、ややともすれば追い出しにかかる。それを無理に強い意思の力で抑えつけるのだから一瞬間も油断が出来ない。幸い吾輩意思の強いことにかけては先方の比ではないので、ドーやら城を持ち堪えることが出来た。
 イヤしかし気の毒であったのは先方の霊魂であった。外面から見れば元の通りの当人に相違ないが、豈(あ)に図らんや中身は吾輩で、当人の霊魂は気の利かない顔をして、始終体の外にぶら下がっていた。幽体と肉体とが生命の紐で連結されているので、離れてしまうことも出来ないが、さりとて体内に入ることも出来ないのである。イヤ吾輩随分思い切って彼の女房を虐めてやったものだ。蹴る、罵る、殴る、夜中に叩き起こす、無理難題を吹っかける・・・。とうとう女房は愛想を尽かして子供を連れて家出をしてしまった。その間にこちらは無理酒を飲む、道楽をやる、賭博をやる・・・。他人の体だから惜しくも何ともない。お陰でそいつの名誉も健康も滅茶苦茶に毀損させてやった。

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 が、いつまでこんな事ばかりもしていられないので、とうとう最後の荒療治を施すことになった-他でもない、吾輩がその男の体を使ってある宝石商の店に入って幾粒かの宝石を盗んだ上にその主人を殺害し、そして首尾よく発覚して官憲の手に捕まるように仕向けたのである。吾輩は彼が謀殺罪として正規の手続きを以って刑務所に収容されるまで体内に留まって居たが、ここまで行けばモー用事はないので監房内で体から飛び出してしまった。それまで指をくわえてブラブラ腰巾着になっていた彼の霊魂は初めて自分の体内に戻ることが出来たが、随分気の利かない話で、その際吾輩は散々先方を嘲笑してやったものだ。
 いよいよ裁判が開始された時に吾輩は人知れず傍聴席に出掛けて行っていた。当人はしきりに一切の罪状につきて何らの意識が無かったことを主張した。無論それはその通りに相違ないので、彼の霊魂としては一切を承知していても、彼の物質的脳髄には何らの印象も残ってはしなかったのである。弁護士も又被告が一時的に発狂したのであると熱心に弁論した。が、裁判官は次の如く論告した-
 「ある一部の人士は一切の犯罪を以って発狂の結果なりと主張する。しかしながら本職はこれを承認することが出来ない。本件被告の行動はそれを発狂と見做すには余りに工夫術策があり過ぎる。本件関係の証人等の供述に基づきて推断を下せば、被告は平生から憎むべき行為を重ね、最後にこの謀殺罪を犯したものである・・・」
 そしてかかる場合にいつも来る判決-死刑の宣告を下したのである。
 こうなっては吾輩の得意は以って想うべしである。が、その中予想外の小故障が起こらないではなかった。依然として無罪を主張する被告の宣言-こいつは左まで役にも立たなかったが、彼の女房が夫に対して同情ある陳述をなし、彼の平生の行動から推定してかの犯罪は確かに一時性の発狂の結果に相違ないと申し立てたことは中々有力なる弁護であった。
 無論それが為に死刑の宣告が破棄されはしなかったが、しかしこの同情ある陳述が、今までただ反抗心とヤケ糞気分に充ち充ちていた夫の精神に善心の芽を吹き出させるのには充分であった。監獄の教誨師が又彼を信じて、百方慰藉(いしゃ)の途を講じたので、いよいよ彼は本心に立ち返り、生前の罪を悔い改めて神にお縋(すが)りする気分になった。結局彼の肉体だけは予定通りに殺し得たが、彼の霊魂はこちらの自由にならず、死刑が実施された瞬間に一団の天使達がそれを取り巻き、我々悪霊を追い散らして何処とも知れず連れ去ってしまった。言わば九仞(きゅうじん=高さが非常に高いこと)の功を一簣(いっき=一つのもっこ。また、もっこに1杯の分量。わずかな量のたとえ)に欠いた訳で、復讐の最終の目的は達せられずに終わったのである。
 それだけならまだ我慢が出来るが、今度はあべこべに吾輩自身が危なくなって来た。丁度その時分から吾輩の体の加減が急にヘンテコになり、何やら奥の方からズルズル崩れるような気がして仕方がない。いかに気張ってみてもドーしてもそれを食い止めることが出来ない。流石の吾輩も驚いて自分に付き纏う悪霊に訊いてみた-
 「近頃ドーも身体に異状があるが、一体どうしたのだろう?」
 「ナニ地獄に落ちるンだネ」と彼は平然として答えた。「汝もモーそろそろ年貢の納め時が来たのだ」
 吾輩びッくりして叫んだ-
 「それでは約束が違うじゃないか!こんなことをしないと幽体が養われないというから吾輩は精出して人間の体に憑依していたのだ」
 「それをやれば勿論一時は養われるさ。けれども無論長続きのするものじゃない。モー汝もいよいよ近い内に幽体とお分かれじゃ」
 吾輩はがっかりして訊ねた-
 「そうすると今度はどんな体を貰うのかね?」
 「今度は霊体という代物だね。真の苦痛はそれから始まるのさ・・・」
 こう言われて吾輩は初めてこの悪霊がいかに悪意を以って吾輩を呪いつめていたかに気がついた。その時の忌々しさ!憎らしさ!とても筆紙には尽くせません。それからいよいよ吾輩の地獄堕ちとなるのですが、今晩の話はこれで止めておきます。
 諸君、吾輩の通信中には至る所に大なる警告が籠もっているつもりであります。それ故何卒これを厄介物視せず、充分の注意を以って研究して頂きたいと存じます。今晩はこれでお分かれいたします・・・。

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 これは三月二十八日午後九時半から現れた陸軍士官の霊界通信で、いよいよこの通信の大眼目たる地獄の第三部、憎悪、残忍、高慢の罪を犯した者の当然入るべき境涯の第一印象をば、例の端的な筆法で報告してあります。ある程度まで時空の支配を受くる幽界の状況とは俄(にわ)かに勝手が違いますからそのおつもりで玩味さるることが必要であります。

 前回諸君にお分れした時に吾輩がとうとう地獄に墜ちかけたことを申し上げておきましたが、大体地獄という所は地上界とは多くの点に於いて相違しております-最初吾輩の体は暗い、冷たい、恐ろしい無限の空間を通じてドンドン墜落して行く・・・。最後に何やら地面らしいものにゴツンと衝き当たった。ふと気が付いて見ると其処には道路らしいものがある。兎も角も吾輩はそれに這い上がって、コツコツ進んで行ったが、ツルツル滑って間断なく汚い溝(ドブ)の中に嵌(はま)る。嵌っては這い上がる。這い上がっては又嵌る。四辺は真っ暗闇で何が何やらさっぱり判らない。が、吾輩の体は不思議な引力のようなものに引き摺られ、ある方向を指して無茶苦茶に前進を続ける-最後に吾輩は荒涼たる石ころだらけの野原に出た。
 依然として闇の中をば前へ前へと引き摺られる。その間何回躓き、何回倒れたかはとても数え切れない。こんな時には誰でもいいから道連れの一人もあってくれればと頻(しき)りに人間が恋しくてしようがなかった。そうする中に次第次第に眼が闇に慣れて視力が少しずつ回復して来た。行く手を眺めると何やら朦朧と大きな凝塊が見える。暫くするとそれはある巨大なる市街の城壁で見渡す限り・・・。と言って余り遠方までは見えないが、兎に角何処までもズーッと延長した城壁であることが判った。幸い向こうに入り口らしい所がある。近付いて見ると、それは昔のローマの城門めいたものであるので、吾輩構わずその門を潜った。が、その瞬間に気味の悪い叫び声が起こり、同時に二人の醜悪なる面構えの門番らしい奴が、矢庭に吾輩に飛び掛って来た。
 ドーせ地獄で出くわす奴なら、片っ端から敵と思えば間違いはあるまいと気が付いたので、吾輩の方でも遠慮はしない。忽ちそちらに振り向いて、生命限り・・・。いや生命は最初から持ち合わせがないから、そう言うのも可笑しいが、兎に角一生懸命になって、先方と格闘しようと決心した。ところが妙なもので、吾輩がその決心を固めると同時に二人の醜悪な化け物は俄然として逃げ出した。これがそもそも吾輩が地獄に就きての最初の教訓に接した端緒であります。地獄には規則も何もない。ただ強い者が弱い者を虐める。そしてその強さは腕力の強さではなくて意思の強さと智恵の強さであるのです。
 吾輩は暫くの間何らの妨害にも接せず、先へ先へと進みましたが、モーその時には濃霧を通して種々の建物を認め得るようになりました。段々見ている中にこの市街には何処やら見覚えがあることに気が付いた-外でもない、この市街は古代のローマなのであります。ローマではあるが、しかしローマ以上である。かつてローマに建設されて今は滅びた建物が出現しているばかりでなく、他の都会の建物までがそこへらに出現している。無論それ等の建物は皆残忍な行為と関係のあるものばかりで、それ等の邪気が凝集してこの地獄の大首府が建設されているのであります。同じくローマの建物でも残忍性のない建物はここには現れないで、それぞれ別の境涯に出現している。全て地上に建設さるる一切の都市又は建物の運命は皆こうしたものなのであります。
 憎悪性、残忍性の勝っている都市としてはローマの外にヴェニスだのミランだのが数えられる。そして呪われた霊魂達は皆類を以ってそれぞれの都市に吸引される。無論地獄の都市は独り憎悪や残忍の都市のみには限らない。邪淫の都市だの物質欲の都市だのと色々の所が存在しパリやロンドンは主に邪淫の部に出現している。但しこれはホンの大体論で、ロンドンの如きもそれぞれの時代、それぞれの性質に応じて、局部局部が地獄の各方面に散在していることは言うまでもない。

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 立派ではあるがしかし極度に汚い市街を、吾輩は足に任せてうろつき回った。時々吾輩は男や女に出くわしたが、その大部分は地上と格別違った服装もしていない。ただそれがイヤに汚れてビリビリに裂けているだけであった。中には吾輩を見て突撃して来そうにするのもあったが、こちらからグッと睨みつけてやると訳なく逃げてしまった。こんなことを繰り返している中に、吾輩ふと考え付いた-
 「今まで俺は人から攻撃されてばかりいるが今度は一つアベコベに逆襲して家来の一人もこしらえ、道案内でもさせてやろうかしら。ドーせ自分は厭でも諾でもここに住まわなければならんのだから・・・」
 そこで吾輩はイキナリ一人の男に跳びかかった。先方はびっくり仰天、キャーッ!と悲鳴を上げて逃げ出したが、吾輩は例の地獄の奥の手を出し、ドーしても後戻りをするように念力を込めた。先方は飽くまで抵抗はしてみたものの、力及ばず、づるりづるりと次第にこちらへ引き寄せられて来た。いよいよ手元に接近した時に吾輩は自分の権威を見せる為に、ギューと地面にそいつの頭を擦り付けさせ、散々油を搾った上で、起きて道案内をしろと厳命した。奴さんオロオロ声を出して愚痴りながら、吾輩の命のままに所々方々の建物を案内して歩いた。
 やがて家来が恐る恐る吾輩に訊いた。
 「ここで昔のローマ武士の大試合がございますが御覧になられますか?」
 「ふむ、入ってみよう」
 早速昔の大劇場(コロシアム)と思わしき建物に入ってみると、座席は見物人で充満であった。そこで吾輩は忽ち一人の男の首筋を掴んで座席の外におッぽり出した。その次の座席には醜悪な容貌の女が座っていたので、こいつもついでに放り出してやった。我々二人は大威張りで其処へ座り込んだ。
 試合は丁度始まったばかりであった。見ると自分達の反対側には立派な玉座が設けられてある。
 「あそこが陛下の御座所でございます」
と吾輩の家来がビクビクしながら小声で囁いた。
 「ナニ陛下・・・。一体それはどこの馬の骨か?」
 「よくは存じませぬが、兎に角あの方が皇帝で、この近傍を支配しておられます」
 「そうすると地獄には他にもまだ皇帝があるのか?」
 「そうでございます。王だの大将だのも沢山ございます」
 「そんなに沢山あっては喧嘩をするだろうナ?」
 「喧嘩・・・。旦那様は妙なことをお訊ねになられますナ。一体何時何処からお出でなされましたか?」
 「そりァ又何故かナ?」
 「でも旦那様、地獄に喧嘩は付きものでございます。ここは憎悪と残忍との本場でございます。我々は間断なくお互いに喧嘩ばかり致します。地方と地方とは鎬(しのぎ)を削り、皇帝と皇帝とはのべつ戦端を交えます。現に私共は近頃付近の一地方を征服しました。で、今日はその戦勝のお祝いに捕虜達を引き出して試合をさせるのでございます-あッ戦士達の出場でございます」
 やがて試合が始まりましたが、流石の吾輩も臍(ほぞ)の緒切って初めてこんな気味の悪い見世物を見物しました。昔の試合に付きものの残忍さがあるだけで、昔の武士道的の華やかさは微塵も無く、ただ野獣性の赤裸々の発露に過ぎない。又試合は単に男子と男子との間に限らず、男子と女子との試合もあれば、甚だしきは大人と子供の試合さえもあった。そしてありとあらゆる苦痛を与え、哀れな犠牲者達はヒイヒイキイキイ声を限りに泣き叫ぶのである。大体の光景は地上で見るのと大差はないが、ただ何時まで経っても死ぬということがないから、従って苦痛も長い。ノベツ幕なしに何時までもやり続ける-現在の吾輩はこんなことを書いたり読んだりするだけでも胸が悪くなりますが、当時はまるでその正反対で、極度に吾輩の残忍性、野獣性を挑発し、何とも言えぬ快感を与えたのでした。これは決して吾輩ばかりでなく、全ての見物人が皆そうなので、地獄の主権者がかかる見世物を興行する理由もその点に存在するのです-今日はこれで中止しますが、次回にはモ少し詳しく申し上げます・・・」

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