自殺ダメ
五月十八日の夜の霊夢の形式はいつもとはやや趣を異にし、ワード氏は自分の肉体がベッドの中に熟睡しているのをはっきり認めたのでした。そうする内に部屋は段々遠ざかりてモヤモヤなものになり、一時は何もかも霧の海の中に閉ざされてしまいましたが、やがてその霧が次第次第に形態を為し、たちまち日頃見覚えのある霊界の山河がありありと眼前に展開しました。
見よそこには和やかな夕陽の光に包まれた風光明媚な田園が目もはるかに広がっているではないか。空中から降り立つと、青草の敷き詰めた丘の上から見下ろせば彼方の低地には叔父さんの住む市街が現れ、校舎の屋根も一つ一つに数えられる。ワード氏はそちらを指して歩みを運びました。
同氏の通過したのは見事な森の中で、周囲には小鳥が面白そうにさえずっていました。やがてかの立像やら彫刻物やらの建ち並べる公園に近付くと付近の花壇からはえも言われぬ芳香が鼻を打ちました。
その付近には沢山の霊魂達がゾロゾロ往来していましたが、何れもワード氏の姿を物珍しそうに凝視するのでした。同氏の様子にはどこやら違ったところがあったからでしょう-と、二人の若者が足を停めてワード氏に言葉をかけました。
「あなたさまはどなたです?死んだお方でございますか?どうもどこやら霊界の者とは勝手が違いますね。-けれども若し死んでいないとすればどうしてこんな所へお出でになったのです?」
「イヤ私はまだ死んではいませんよ」とワード氏か答えました。「ただどうしたことやら私は叔父が亡くなってからちょいちょい霊界へ出掛けて来まして、色んな事柄を見たり聞いたりして帰ることにいたしております」
「こいつぁどうも奇妙だ!」とその中の一人が言いました。「私も生きている時にそんな芸当がやれるとよかった」
他の一人も続いて、
「あなたは単にここばかりでなく、他の方面とも往来をなさるのですか?」
「イヤ中々そうも回りません。けれども他の方面に行っている方でも、私の叔父が適当と思えば呼んで来て私に紹介してくれますので、お蔭様で地獄の状況だの、幽界の事情だのがちょいちょい分かってまいりました」
「なんてあなたは間のいい方でしょう!」と最初言葉をかけた、背の高い方のが申しました。「私達などは死んでいるくせに地獄の事などは一切無我夢中で暮らしております。いくらか私達に分かっているのは幽界の事情位のものです。後生です。暫くこの泉水のほとりに腰でもかけて、その方面の話を聞かせてください」
たっての懇望もだし難く、ワード氏は二人の側に腰を降ろして陸軍士官から聞かされた地獄の状況を物語ろうとしておりますと、突然彼方から叔父さんが大急ぎでやって来て、大分不興らしい顔つきをしてワード氏をたしなめました-
「これこれお前はこんな所で道草などを喰っていてくれては困るじゃないか!陸軍士官もワシも折角お前の来るのを待っているのに・・・・」
二人は代わる代わるワード氏の為に弁解し、道草を喰わしたのは自分達の過失であると散々詫びました。
「それはよく分かっています」と叔父さんは答えました。「勿論あなた方に格別悪意があった訳ではないに決まっていまず、ただそれらの事を聞きたいならワシの所へお出でなさるがよい。甥の任務は地上に生きている人達にこちらの状況を知らせるのが目的で、なにも死んで霊界へ来ているあなた方に説教する為ではありません」
「ごもっともさまで・・・・。イヤなんともとんだ不調法をして相済みません」
二人は恐縮の態で散々謝りました。
そのまま二人と分かれてワード氏は叔父さんに連れられて例の校舎に入って行きますと、果たしてそこには例の陸軍士官が氏の来るのを待ち受けておりました。彼はワード氏と固く握手しながらこう言いました-
「ワードさん、ちとお気を付けなさらんと、霊界の方が面白くなって帰る気がしなくなりますぜ・・・・」
それから陸軍士官は帰幽後の面白い実験談の続きを語り出したのでした。
五月十八日の夜の霊夢の形式はいつもとはやや趣を異にし、ワード氏は自分の肉体がベッドの中に熟睡しているのをはっきり認めたのでした。そうする内に部屋は段々遠ざかりてモヤモヤなものになり、一時は何もかも霧の海の中に閉ざされてしまいましたが、やがてその霧が次第次第に形態を為し、たちまち日頃見覚えのある霊界の山河がありありと眼前に展開しました。
見よそこには和やかな夕陽の光に包まれた風光明媚な田園が目もはるかに広がっているではないか。空中から降り立つと、青草の敷き詰めた丘の上から見下ろせば彼方の低地には叔父さんの住む市街が現れ、校舎の屋根も一つ一つに数えられる。ワード氏はそちらを指して歩みを運びました。
同氏の通過したのは見事な森の中で、周囲には小鳥が面白そうにさえずっていました。やがてかの立像やら彫刻物やらの建ち並べる公園に近付くと付近の花壇からはえも言われぬ芳香が鼻を打ちました。
その付近には沢山の霊魂達がゾロゾロ往来していましたが、何れもワード氏の姿を物珍しそうに凝視するのでした。同氏の様子にはどこやら違ったところがあったからでしょう-と、二人の若者が足を停めてワード氏に言葉をかけました。
「あなたさまはどなたです?死んだお方でございますか?どうもどこやら霊界の者とは勝手が違いますね。-けれども若し死んでいないとすればどうしてこんな所へお出でになったのです?」
「イヤ私はまだ死んではいませんよ」とワード氏か答えました。「ただどうしたことやら私は叔父が亡くなってからちょいちょい霊界へ出掛けて来まして、色んな事柄を見たり聞いたりして帰ることにいたしております」
「こいつぁどうも奇妙だ!」とその中の一人が言いました。「私も生きている時にそんな芸当がやれるとよかった」
他の一人も続いて、
「あなたは単にここばかりでなく、他の方面とも往来をなさるのですか?」
「イヤ中々そうも回りません。けれども他の方面に行っている方でも、私の叔父が適当と思えば呼んで来て私に紹介してくれますので、お蔭様で地獄の状況だの、幽界の事情だのがちょいちょい分かってまいりました」
「なんてあなたは間のいい方でしょう!」と最初言葉をかけた、背の高い方のが申しました。「私達などは死んでいるくせに地獄の事などは一切無我夢中で暮らしております。いくらか私達に分かっているのは幽界の事情位のものです。後生です。暫くこの泉水のほとりに腰でもかけて、その方面の話を聞かせてください」
たっての懇望もだし難く、ワード氏は二人の側に腰を降ろして陸軍士官から聞かされた地獄の状況を物語ろうとしておりますと、突然彼方から叔父さんが大急ぎでやって来て、大分不興らしい顔つきをしてワード氏をたしなめました-
「これこれお前はこんな所で道草などを喰っていてくれては困るじゃないか!陸軍士官もワシも折角お前の来るのを待っているのに・・・・」
二人は代わる代わるワード氏の為に弁解し、道草を喰わしたのは自分達の過失であると散々詫びました。
「それはよく分かっています」と叔父さんは答えました。「勿論あなた方に格別悪意があった訳ではないに決まっていまず、ただそれらの事を聞きたいならワシの所へお出でなさるがよい。甥の任務は地上に生きている人達にこちらの状況を知らせるのが目的で、なにも死んで霊界へ来ているあなた方に説教する為ではありません」
「ごもっともさまで・・・・。イヤなんともとんだ不調法をして相済みません」
二人は恐縮の態で散々謝りました。
そのまま二人と分かれてワード氏は叔父さんに連れられて例の校舎に入って行きますと、果たしてそこには例の陸軍士官が氏の来るのを待ち受けておりました。彼はワード氏と固く握手しながらこう言いました-
「ワードさん、ちとお気を付けなさらんと、霊界の方が面白くなって帰る気がしなくなりますぜ・・・・」
それから陸軍士官は帰幽後の面白い実験談の続きを語り出したのでした。