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カテゴリ: ★『死後の世界』

自殺ダメ




 見れば係りの役人は卓(つくえ)に寄りかかって吾輩の来るのを待って居た。側の卓には書記も居た。仕方がないから吾輩は脱帽して首を下げたが、無作法な奴があればあったもので一向知らぬ顔の半兵衛である。
 「私は契約書の調印をしに参りましたが・・・」
 吾輩がそう言っているのに奴さん依然として返答をしない。次の瞬間に書記の方を向いてこんなことを言っている-
 「モー十分待ってみてもあいつが来なかったら事務所を閉めてしまおう」
 「このつんぼ野郎!俺はここに来ているじゃないが!」
 吾輩は力一杯そう叫んだが、先方では矢張り済まし切っている。色々やってみたが、先方はとうとう立ち上がって、吾輩が約束を無視したことを口をきわめて罵りながら室を出てしまった。
 吾輩も負けずに罵り返してみたものの、どうにもしようがないので、諦めて室を出た。
 「あいつは俺よりももッと酔っていやがる・・・」
 吾輩は心の中で固くそう信じた。
 再び限界の扉を通り抜けたと思った瞬間に何やら薄気味の悪い笑い声が耳元に聞こえたので振り返って見ると、昔吾輩の悪友であったビリーが其処に立って居た。流石の吾輩もびッくりした。
 「何じゃビリーか!とうに汝は死んだ筈じゃないか!」
 「当たり前さ!」と彼は答えた。「しかしお前もとうとう死んじゃったネ。容易にくたばりそうな奴ではなかったがナ・・・」
 「この出鱈目野郎!俺が何で死んでいるものか。俺は少しばかり酔っているだけだ」
 「酔っている!」ビリーはキイキイ声で笑った。「酔っているだけで扉を突き抜けたり、姿が消えたりしてたまるものか!お前がただ酔っているだけならあの役人の眼にお前の姿が見える筈ではないか」
 そう言われて吾輩も成る程と思った。同時に自分の死骸を捜したい気になった。
 次の瞬間に我々はストランド街に行っていた。するとビリーは其処で一人の美人の姿を見つけた。
 「どうだいあの女は?」
 彼は無遠慮に大きな声でそう吾輩に言った。
 「これこれ汝はそんな声を出して・・・」
 「馬鹿!先方の女にこの声が聞こえるもんか!俺は彼女の後をつけて行くのだ」
 「付けて行ってどうする気なのだ?あの女はそんな代物ではない」
 「馬鹿だナお前は!」と彼は横目で睨みながら、「お前もモ少しこの世界のことが判って来ればそんな下らない心配はしなくなる。俺は兎も角も行って来る」
 次の瞬間にビリーは居なくなってしまった。
 吾輩もビリーに居なくなられて急に寂しく感じたが、やがて自分の死体が気になった。不思議なもので幽界へ来てみると、犬のような嗅覚が出来て来て、自分の死体の臭気がするのである。
 臭気を頼りに足を運ぶと、間もなく傷病者の運搬車に突き当って、それに自分の死体が積まれてあることが直ぐ判った。車は病院に行くところなので、吾輩もその車の側について歩いて行った。
 やがて医者が来て我輩の死体を検査した。
 「こりァモー駄目だ!」と医者が言った。「中々手際よくやりやがった。どうだい、この気楽な顔は!」
 吾輩は若しも出来ることならこの藪医者の頭部をウンと殴りつけてやりたくて仕方がなかった。
 「可哀相に・・・」
と言ったのは看護婦であった。
 すると付いて来た巡査が言った-
 「ナニ別に可哀相な奴じゃない。轢かれた時にすッかり泥酔していたのじゃから責は全然本人にあるのじゃ。ワシはこやつをよう知っとるが、何とも手に負えぬ悪党じゃった。こやつが亡くなったのは却って社会の利益になる」
 その瞬間にケタケタ気味の悪い笑い声がするので振り返って見ると、そこに居るのは世にも獰猛な面構えの化け物然たる奴であった。
 「一体きさまは何者だい?」
と吾輩が訊ねた。
 「フフフフ俺の事をまだ知らんのか?」とそいつが答えた。「俺は何年間かお前に付き纏っている者だ!」
 「な・・・・何だと・・・・?」
 「俺はお前の親友だ!お前の気性に惚れ込んで蔭から大いに手伝ってやっている一つの霊魂だ。まァ俺の後に付いて来い。少し方々案内してやるから・・・」
 その瞬間に病院は消え失せてしまった。

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 これは陸軍士官から送られた第二回の通信で、死後幽界に於ける最初の経験が例の露骨な筆法で物語られております。心理学者が頭脳を悩ます憑霊現象の裏面の消息がいかにも突き込んで描き出されておりますので、何人もこれには少なからず驚かるると同時に又深く考えさせられるところがあろうかと存じます-

 吾輩は案内されるままに無我夢中で右の怪物の後に付いて行ったが、四辺はイヤに真っ暗な所であった。やがて気が付いて見ると無数の霊魂がその辺にウジャウジャしている。
 「ここは一体何処なのかい?」
と吾輩は案内者に訊いてみた。
 「それよりか、お前は何処へ行きたい?」と彼が言った。「望みの場所へ、何処へなりと連れて行ってあげる」
 「吾輩は何より酒が飲みたいナ」
 「それならこっちへ来るがいい。酒の好きな奴に誂(あつら)え向きの店がある」
 忽ちにして四周に罵(ののし)り騒ぐ群衆の声が聞こえた。と、其処には一個の怪物が多数の配下を率いて控えて居たが、イヤその人相だけはとても形容の限りでない。世の中で一番それに近いものといえばへべれけの泥酔漢位のところであろう。下品で、醜悪で、ふやけ切っていて、そして飽くまで汚らしい。
 詩聖ミルトンは堕落した天使の退廃的な壮麗さを「失楽園」の中に描いているが、そんな趣はこの怪物には微塵もない。そいつが眼球をグリグリさせると他の奴共が声を揃えて怒鳴り立てる-
 「酒!酒を飲ませてくれい!」
 「俺の後に付いて来い!」と右の怪物が言った。「酒なら幾らでも飲ませてやるが、しかし、きさま達はソノ前に一働きしなければいけねえ」
 忽ち我々は大きな、しかし下等な一つの酒亭に入っていた。その場所は確かにロンドンの東端の何処かであるらしい。内部には下等社会の男も女も、又子供さえも居た。
 イヤその室に漲(みなぎ)るジンやウイスキイの何とも言えぬ嬉しい香!ちと安ビールの香だけは感心も出来なかったが、勿論そんな事には頓着していられはしなかった。
 吾輩は早速酒場に置いてあるビールの大杯にしがみついた。が、いくら掴んでも掴んでもドーしてもコップが掌(てのひら)に入らない。そうなると飲みたい念慮は一層強まるばかり、体中が燃え出しそうに感じられた。それにしても親分は一体どうしているのかと思って背後を振り返ると、彼は大口開いて吾輩を嘲り笑っていた。
 彼は漸(ようや)く笑いを抑えて言った-
 「ちと仕事をせんかい、このなまくら野郎が・・・」
 「仕事をせいだって、一体どうすればいいのだ?」
 「他の奴等のやっているところを見い!」
 そう言われて初めて気をつけて見ると、他の連中は頻(しき)りに酒を飲んでいる男や女の体に絡み付いている。どうしてそれをやるのかは正確に判らないが、兎に角何らかの方法で、彼等の肉体の中にねじ込んでいるらしいのである。
 するとベロベロに酔っ払った男の首玉にしがみついていた一人の霊魂が、この時忽ちスーッとその肉の中に吸い込まれるように消え去った。オヤッ!と思う間もなく右の泥酔漢はよろよろと立ち上がって叫んだ-
 「こらッ!早くビールを持って来んか!ビールだビールだ!」
 仕方がないと言った風で一人の給仕女がビールを持って行ってやった。が、よくよく見るとかの泥酔漢の両眼から爛々(らんらん)と光っているのは本人のではなくして、確かに先刻入った霊魂の眼光であった。彼は盛んにビールを呷(あお)ると共にますます猛り狂った。とうとう酒場の監督が来て、その男の肩を掴まえて戸外に突き出そうとすると、泥酔漢はイキナリ大瓶を振りかざしてゴツンと一つ監督の頭を食らわしたから堪らない。監督の脳天は微塵に砕けた。

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 見る見る一大修羅場が現出した。
 「人殺し-ッ!」
 酒客の大半は悲鳴を上げて戸外に跳び出した。霊魂の中には人間の首玉に捲き付いたまま一緒に出掛けたのもあったが、中には又それッきり人間を突っ放してしまったのもあった。
 その時吾輩は初めてこれらの霊魂が二種類に分かれていることに気がついた。即ち明らかに人間であるのと、人間でないのとである。人間でない奴は種々雑多で、何れも多少動物じみていた。とても吾輩にそれを形容する力量がない。醜悪で、奇怪で、人間ともつかず、動物ともつかず、時とすれば頭部が動物で体が人間の化け物もある。中には単に頭部ばかりの奴もいるかと思えば、又何ら定形のない目茶目茶のヌーボーもいる。
 そうする中にも、例の監督をやっつけた酔っ払いは相変わらずビール瓶を振り回している。と、吾輩の直ぐ傍で耳を劈(つんざ)くようなキャーキャー声で高笑いをする者がある。見るとそれは例の親分の霊魂が嬉しがって鬨(とき)の声を張り上げているのであった。
 我々仲間もこれに連れて一緒になって喝采したが、無論何故喝采したのかは判らない。すると酔っ払いに憑いていた悪霊がこの時しきりにその体から脱け出しにかかった。すっかり脱け切ったと思った瞬間、酔っ払いはペチャペチャと地面に潰れた。
 「あいつは死んだらしい」
と吾輩はビリーに言った。ビリーはいつの間にやら戻って来ていたのである。
 「中々死ぬものか。ただ酔い潰れているだけじゃ。が、あいつは追っ付け断頭台の代物だネ」
 「しかし監督を殺したのはあいつの仕業ではない・・・・」
 「無論あいつの仕業でないに決まっている。しかし裁判官にそんなことが判るものか。裁判官などというものは外面を見て裁判するものだ。日頃監督を怨むことがあったとか何だとか、理屈は何とでも付けられる。それとも貴公証人として法廷にまかり出てあいつの冤罪を解いてやったらドーだい?」
 そう言ってケタケタと笑うと他の奴共奴共一緒になって笑った。
 丁度その瞬間に警察官が出張して一同から事情を聴き取り、やがて酔漢はつまみ上げて運び去られてしまった。
 「大出来大出来!」我々の親分が囃(はや)し立てた。「他の奴共もこれに劣らず大いに勲功を立てい!」
 我々はそれから又大いに飲み始めた。そうする中に吾輩も見よう見真似で、ドーやら人間の体に絡み付いて酒を飲む方法を覚えてしまった。正当に言うと、それは酒を飲むのとは少し訳が違う。むしろアルコールの香を嗅いで歓ぶだけの仕事に過ぎない。が、とにかく豪儀である。豪儀であると同時に何やら物足りない。聖書にある死海の林檎そっくりで、手に取ると直ちに煙になる。が、そんな次第で幾日となく右の酒亭に入り浸った。そして終いには吾輩も本式の憑依法まで覚え込んでしまった。
 吾輩は今憑依の方法を説明することは出来ない。よしや出来てもそうしようとは思わない。が、大体に於いてそれは現在吾輩がワード氏の体を借りて自動書記をやりつつあるのと同種類のものだと思えばよい-心配したまうな諸君、現在の吾輩はあんな悪い真似はモーしません。たとえしようと思っても、ワード氏の身辺にはちゃんと立派な守護神様が控えて御座る。その上叔父さんもついていなさる。
 これで予定通り暫く休憩といたします。幽界の悪魔の酒の飲みっぷりは大抵こんなところでお判りでしょう。三十分程休んだ上で先へ進むことにしましょう。

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 今度のは前回のとは少々趣が違って、ワード氏の口が動いて喋り出したのでした。無論口を使っているのは陸軍士官であります-
 吾輩はこの辺で一つあの酒の親分の正体を説明しておきたいと思います。彼は所謂妖精ではない。又人間の想念が凝り固まって出来上がった変化(へんげ)でもない。彼は極度に飲酒を渇望する全ての人々の煩悩から創り出された一の妖魔であります。故に一旦世界中から飲酒欲が消え去った暁には、あんなものは次第に存在を失います。但し直ぐに消えはしません。何となれば人間界に飲酒欲が消滅しても幽界には暫時彼を供給するに足るだけの材料があるからであります。けれども人間が全然飲酒の習慣を廃した上は、我々幽界の者も結局酒の匂いさえ嗅げないことになりますから、自然かの妖魔とても栄養不良に陥ります。但しこれはひとり飲酒ばかりでなく一切の煩悩が皆その通りなのであります。
 人間の想像で創り上げた悪魔は、それを創った人が右の想像を棄てると共に消滅しますが、困ったことには他の人が又後から後からそれを復活せしめて行きます。僧侶などの中には、どんなに悪魔を製造して地獄に供給した者があるか知れません。そんな悪魔はしきりに地獄の居住者を悩まします。しかし悪魔の存在を知らない者の眼には決してその姿が見えないのが不思議であります。
 妖精というものは、それとは全然性質が違います。彼等は我々と同じく独立して存在します。ドーして妖精が最初発生したのかは吾輩には判りません。又妖精と云ったところで決してその全体が悪性のものばかりではない。中には快活で、気楽で、渓谷や森林に出入しているものもあります。そして無邪気な小児達の眼に時々その姿を見せるものでありますが、そんな事を白状すると子供達は笑われたり、叱られたりするので、段々黙っている癖がつき、その中妖精に対する信仰が失われて交通が途絶してしまったのです。
 妖精には色々の種類がある。風の精、木の精、花の精・・・、その他数限りもない。吾輩は当分彼等の中で悪性のものだけについて述べることにします。が、悪性と云ってもそれには程度があります。又妖精とて進歩もするらしいのですが、その詳しいことは判りません。
 時とすれば死者の霊魂は自分の遺族に未練を残してそれを護ろうとします。彼等にも偶(たま)につまらない注意や警告を与える位の力はありますが、しかし死の警告などをやるのは、実は皆人の死を嗅ぎつけて接近する妖精の仕業であります。彼等は死者の体からある物質を抽(ぬ)き出そうという魂胆があるのです。
 あの吸血鬼の伝説・・・。夜間死霊が墓場から脱け出して寝ている人の血を吸い取るという話は稀には見受けますが、しかし幸い滅多に起こらないことです。又伝説に言っているような、あんな馬鹿げたことでもない・・・。
 以上述べたところで、大体我々がこちらで邂逅(かいこう)す代物の見当は取れたと存じます。諸君の御親切に対しては感謝の言葉がありません。次回には又何か御報告致しましょう。吾輩のは皆乱暴極まる話ばかりで、Kさんの奥様はさぞお聴苦しくお思いでしょう。しかし吾輩としては申し上げるだけの事は皆申し上げてしまわねばなりません-では今回はこれで失礼致します・・・・。
 右の陸軍士官の物語が済むと、直ぐに叔父さんが入れ代わって右に関する批評めいたものを語りました。それはこうです-
 Kさんの御夫婦には私からもお礼を申し上げます。しかし私の考えますところでは、陸軍士官のお述べになるところは大変大切で、恐らく我々の送る霊界通信中の白眉(はくび)だろうと存じます・・・・

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 続いて現れた陸軍士官からの霊界通信-。

 諸君は吾輩の手元から当分余り気持のよい通信に接しようと期待されると宛が外れます。諸君は事実を要求される。故に吾輩は事実を供給する。一体世間の人達が赤裸々の事実に接せられることは甚だ望ましいことで、ただ光明の一面ばかりを見るのみでは不足であります。是非とも暗黒面をも知っておかれる必要があります。
 吾輩は既に飲んだくれの集まる魔窟のことを紹介しました。それから吾輩が何をやったか?-今ここで一々それを書いてお目にかける必要はない。無論吾輩は酒亭に出掛けたと同様に娼家にも出掛けた。
 酒の化け物があると同じく色欲の化け物もある。それは女の姿をした妖魔であるが、しかしその醜さと云ったら天下無比、どの点から見てもたまったものではない。いかに吾輩でもこの方面の状況を一々書き立てる勇気はない。兎に角酒亭で死海の林檎式の一種の満足を買い得る如く、殆どいなる欲情に対しても同様の満足を買い得る-イヤ満足ではない。何処まで行っても不満足である。それが我々に加えらるる天の刑罰で、真に渇望を充たし得る方法は絶対にないのである。
 不満足な満足-流石の吾輩も酒亭や娼家の享楽が少々鼻について来ました。すると、いつも吾輩の案内を務める悪霊が吾輩に向かってこう言うのです-
 「どうだい、一つ交霊会を冷やかしてみようではないか?」
 吾輩は不審のあまり訊ねた-
 「何の為にそんな場所へ行くのかね?」
 「イヤ中々面白いよ、交霊会という奴も・・・」
 「ただ面白いだけの事かね?」
 「イヤ他にも理由がある。汝が現在有している体は半物質的のものだが、気を付けてちょいちょい手入れをしないと体が終いには亡くなって地獄へぶち込まれてしまうぞ」
 「俺はまだ地獄へ堕ちてはしないのかね?」
 「堕ちているものか。ここはまだ地上だ。本物の地獄に堕ちたとなると、まるで勝手が違って来る」
 「そうかナ。それなら体の手入れを怠らないことにしようかナ」と吾輩が叫んだ。「しかしも少し詳しく説明して聞かせてくれ。吾輩も生きている時分にかつて交霊会というものに行ったことがあるが、見るもの聞くもの頓と合点の行かぬことばかり、てッきりただの詐術としか思えなかった」
 「イヤ交霊会というものは大別して三種類に分かれるよ」と案内者が説明した。「もっとも互いに重なり合ったところがあるので、余りはっきり区別する訳にも行かないがネ。即ち
 (一)善霊の憑る交霊会
 (二)悪霊の憑る交霊会
 (三)詐術
の三つだね。その中で第一のは我々に歯ぶしが立たない。第三のは役に立たない。ただ眼の付け所は第二のヤツだ。これがこちとらの畠(はたけ)のものもだ。正しい霊媒でも上手く行けば騙くらかして俺達の仲間に引き摺り込むことも出来る・・・・」
 「どうしてそんなことが出来るのかい?」
 「その霊媒に欲が出て、霊術を利用して金子でも儲けようとした場合にその体を占領するのだ」
 「そうすると霊媒は謝礼を取ってはいけないのかね?」
 「そんなことはないさ!霊媒だって牧師だって食わずに生きてはおられない。牧師が年俸四百ポンドを貰って妻子を養うからと云って誰も何とも言いはしない。平牧師から出世して監督にでもなれば年俸三千ポンド位は貰われる。しかしそれでも別に牧師の沽券が下がる訳でもない-ただ仮初めにも牧師ともあろうものが、同胞救済の為に力を用いず、朝から晩まで自分の位置や財産ばかりを目標にしていた日には直ぐに評判が悪くなる。霊媒だってその通りだ。何事も動機が肝腎だ。動機ばかりは誤魔化せない。一旦動機が悪くなったと見ると、その時こそ我々の付け込むところだ」
 「けれども、そんなことをして何ぞ俺達の利益になるのかね?」
 彼は横目で睨みながら、
 「そりァなるとも!先ず第一に我々はそうして自分の幽体を養う為の材料を手に入れるのだ。第二には権力だ。権力!お前の耳にはこの言葉がピーンと気持ちよく響いて来ないかい?多勢の人間を思うままに引き摺り回すのは素敵じゃないか!なかんずく-」そう言って彼は一層毒々しく眼球を動かしながら「我々はこれを利用して昔の怨恨を晴らすことが出来る。それからもう一つ、たとえ一時の間でも人間の体に宿るということはありがたいじゃないか。こう考えた時に交霊会というヤツも満更(まんざら)ではなかろう。イヤまだあるある!幽界で散々修業を積んだ者が、モ一度人間の世界に出しゃ張って大手を振って歩き回れる・・・。何と面黒い話じゃないか!」

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