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カテゴリ: ★『ベールの彼方の生活』

自殺ダメ


これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話である。



 1918年1月8日 火曜日

 こうした暗黒の境涯において哀れみと援助を授ける使命に携わっている内に、前もって立てられた計画が実は我々自身の教育の為に(上層界において)巧妙に配慮されていることが判ってきました。訪れる集落の一つひとつが順序よく我々に新たな体験をさせ、我々がその土地の者に救いの手を差し伸べている間に、我々自身も、一段と高き界から幸福と教訓を授けんとする霊団の世話にあずかるという仕組みになっていたわけです。その仕組みの中に我々が既に述べた原理の別の側面、すなわち神に反抗する者達の力を逆手にとって神の仕事に活用する叡智を読み取って頂けるでしょう。

-彼らの納得を得ずに、ですか。

 彼らの反感を買わずに、です。暗黒界の奥深く沈み込み、光明界からの影響力に対して反応を示さなくなっている彼らでさえ、神の計画に貢献すべく活用されているということです。やがて彼らが最後の審判の日(第一巻五章参照)へ向けて歩を進め、いよいよ罪の清算が行なわれるに際して、自分でこそ気が付かないが、そういう形での僅かな貢献も、少なくともその時は神の御心に対していつもの反抗的態度を取らなかったという意味において、聖なるものとして考慮に入れてもらえるのです。

-でも前回に出た総督はどうみてもその種の人間ではないと思いますが、彼のような者でもやはり何かの有用性はあったのでしょうか。

 ありました。彼なりの有用性がありました。つまり彼の失脚が、かつての仲間に、彼よりも大きな威力をもつ者がいることを示すことになったのです。同時に、悪事は必ずしも傲慢さとは結び付かず、天秤は遅かれ早かれいつかは平衡を取り戻して、差引勘定がきっちりと合わされるようになっていることも教えることになりました。もっとも、あの総督自身はそれを自分の存在価値とは認めないでしょう。と言うのも、彼には我々の気持が通じず、不信の念ばかりが渦巻いていたからです。それでも、その時点で既に部分的にせよそれまでの彼の罪に対する罰が与えられたからには、それだけのものが彼の償うべき罪業の総計から差し引かれ、消極的な意味ながらその分だけ彼にとってプラスになることを理解すべきです。
 もっとも、貴殿の質問には大切な要素が含まれております。総督の取り扱い方は本人は気に入らなかったでしょうが、実はあれは、あそこまで総督の横暴を許した他の者に対する見せしめの意味も含まれておりました。我々があの界へ派遣され、あのホールへ導かれたのもそれが目的でした。その時はそうとは理解しておらず、自分達の判断で行動したつもりでした。が、実際には上層界の計画だったというわけです。
 さて、貴殿の方さえよろしければもっと話を進めて、我々が訪れた土地、そこの住民、生活状態、行状、そして我々がそこの人達にどんなことをしてあげたか述べましょう。あちらこちらに似たような性質の人間が寄り集まった集落がありました。寄り集まるといっても一時的なもので、孤独感を紛らわす為に仲間を求めてあっちの集落、こっちの集落と渡り歩き、嫌気がさすと直ぐにまた荒野へ逃れていくということを繰り返しています。その様子は見ていて悲しいものです。
 殆ど例外なく各集落には首領(ボス)が-そして押しの強さにおいてボスに近いものを持つ複数の子分が-いて睨みをきかせ、その威圧感から出る恐怖心によって多くの者を隷属させている。その一つを紹介すれば-これは実に荒涼とした寂しい僻地を延々と歩いてようやく辿り着いた集落ですが-周りを頑丈な壁で囲み、しかもその領域が実に広い。中に入ると、早速衛兵に呼び止められました。衛兵の数は十人程いました。そこが正門であり、翼壁が二重になっている大きなものです。皆図体も大きく、邪悪性も極度に発達している。我々を呼び止めてからキャプテンがこう尋問した。
 「どちらから来られた?」
 「荒野を通って行く途中ですが・・・・」
 「で、ここへは何の用がおありかな?」
 その口調には地上時代には教養人であったことを窺わせるものがあり、挙動にもそれが表れていた。が今ではそれも敵意と侮蔑で色づけされている。それがこうした悲しい境涯の常なのです。
 その尋問に我々は-代表して私が-答えた。
 「こちらの親分さんが奴隷のように働かせている鉱山の労働者達に用事がありまして・・・」
 「それはまた結構な旅で・・・」いかにも愉快そうに言うその言葉には我々を騙そうとする意図が窺える。「気の毒にあの人達は自分達の仕事ぶりを正しく評価し悩みを聞いてくださる立派な方が一日も早く来てくれないものかと一生懸命でしてな」
 「中にはこちらの親分さんのところから一時も早く逃れたいと思っている者もいるようですな。あなた方もそれぞれに頭の痛いことで・・・・」
 これを聞いてキャプテンのそれまでのニコニコ顔が陰気なしかめっ面に一変した。チラリと見せた白い歯は血に飢えた狼のそれだった。その上、彼の気分の変化と共に、辺りに一段と暗いモヤが立ち込めた。そしてこう言った。
 「この私も奴隷にされていると仰るのかな?」
 「ボスの奴隷であり、ヒモでいらっしゃる。まさしく奴隷であり、更に奴隷達の使用人でもいらっしゃる」
 「デタラメを言うとお前達も俺達と同じ身の上にするぞ。ボスの為に金と鉄を掘らされることになるぞ」
 そう言い放って衛兵の方を向き、我々を逮捕してボスの館へ連れて行くように命じた。が私は逆に私の方からキャプテンに近付いて彼の手首に私の手を触れた。するとそれが彼に悶える程の苦痛を与え、引き抜いていた剣を思わず放り出した。私はなおも手を離さなかった。私のオーラと彼のオーラとが衝突して、その衝撃が彼に苦痛を与えるのであるが、私には一向に応えない。私の方が霊力において勝る為に、彼は悶えても私には何の苦痛もない。貴殿もその気があれば心霊仲間と一緒にこの霊的力学について勉強なさることです。これは顕と幽にまたがる普遍的な原理です。勉強なされば判ります。さて私は彼に言った。
 「我々はこの暗黒の土地の者ではありません。主の御国から参った者です。同じ生命を受けておりながら貴殿はそれを邪悪な目的に使って冒涜しておられる。今はまだ貴殿はこの城壁と残虐なボスから逃れて自由の身となる時期ではない」
 彼はようやくその偉ぶった態度の薄い殻を破って本心を覗かせ、こう哀願した。
 「なぜ私はこの地獄の境涯とあのボスから逃れられないのですか。他の者は逃れて、なぜこの私だけ・・・・」
 「まだその資格有りとのお裁きがないからです。これより我々がすることをよくご覧になられることです。反抗せずに我々の仕事を援助して頂きたい。そして我々が去った後、そのことをじっくりと反復なさっておれば、そのうち多分その中に祝福を見出されるでしょう」
 「祝福ね・・・・」そう言って彼はニヤリと笑い、更に声に出して笑い出したが、その笑いには愉快さは一欠片も無かった。が、それから一段と真剣な顔つきでこう聞いた。
 「で、この私に何をお望みで?」
 「鉱山の入り口まで案内して頂きたい」
 「もし嫌だと言ったら?」
 「我々だけで行くことにする。そして貴殿は折角のチャンスを失うことになるまでですな・・・・」
 そう言われて彼は暫く黙っていたが、やがて、もかしたらその方が得かもしれないと思って、大きな声で言った。
 「いや、案内します。案内します。少しでも善行のチャンスがあるのなら、いつも止められているこの私にやらせて頂きます。もしあのボスめが邪魔しやがったら、今度こそただじゃおかんぞ」
 そう言って彼は歩き出したので我々もその後に続いた。歩きながら彼はずっと誰に言うともなくブツブツとこう言い続けた。
 「彼奴とはいつも考えや計画が食い違うんだ。何かと俺の考えを邪魔しやがる。散々意地悪をしてきたくせに、まだ気が済まんらしい。云々・・・」
 そのうち振り返って我々にこう述べた。
 「申し訳ありません。この土地の者は皆、ここでしっかりしなくては、という時になるといつも頭が鈍るんです。多分気候のせいでしょう。もしかしたら過労のせいかも知れません。どうかこのまま私に付いてきてください。お探しになっておられる所へ私がきっとご案内致しますので・・・・」
 彼の物の言い方と態度には軽薄さと冷笑的態度と冷酷さとが滲み出ている。が、今は霊的に私に牛耳られている為にそれがかなり抑えられていて、反抗的態度に出ないだけである。我々は彼の後について行った。幾つか市街地を通ったが、平屋ばかりが何のまとまりもなく雑然と建てられ、家と家との間隔が広く空き、空地には目を和ませる草木一本見当たらず、ジメジメした場所の雑草と、熱風に吹かれて葉が枯れ落ち枝だけとなった低木が見える程度である。その熱風は主として今我々が近付きつつある鉱山の地下道から吹き上げていた。
 家屋は鉱山で働く奴隷労働者が永い労働の後ほんの僅かの間だけ休息を取る為のものだった。それを後にして更に行くと、間もなく地下深く続く坑道の大きな入り口に来た。が、近付いた我々は思わず後ずさりした。猛烈な悪臭を含んだ熱風が吹き出ていたからである。我々は一旦それを避けてエネルギーを補充しなければならなかった。それが済むと、心を無情にして中に入り、キャプテンの後に付いて坑道を下りて行った。彼は今は黙したままで、精神的に圧迫を感じているのが分かる。それは、そうでなくても前屈みになる下り道でなお一層肩をすぼめている様子から窺えた。
 そこで私が声を掛けてみた。振り向いて我々を見上げたその顔は苦痛に歪み、青ざめていた。
 「どうなされた?酷く沈んでおられるが・・・・この坑道の入り口に近付いた頃から苦しそうな表情になりましたな」
 私がそう言うと彼はえらく神妙な調子で答えた。
 「実は私もかつてはこの地獄のような焦熱の中でピッケルとシャベルを握って働かされた一人でして、その時の恐ろしさが今甦ってきて・・・・」
 「だったら今ここで働いている者に対する一欠片の哀れみの情が無いものか、自分の魂の中を探してみられてはどうかな?」
 弱気になっていた彼は私の言葉を聞いて坑道の脇の丸石の上に腰を下ろしてしまい、そして意外なことを口にした。
 「とんでもない。とんでもない。哀れみが必要なのはこの私の方だ。彼等ではない・・・・」
 「でも、そなたは彼等のような奴隷状態から脱し、鉱山から出て、今ではボスと呼んでいる男に仕えている、結構な身の上ではありませんか」
 「貴殿のことを私は叡智に長けた人物とお見受けしていたが、どうやらその貴殿にも、一つの奴隷状態から一段と高い権威ある奴隷になることは、粗末なシャツをトゲのある立派なシャツに着替えるようなものであることをご存知ないようだ・・・・」
 恥ずかしながら私はそれを聞いて初めて、それまでの暗黒界の体験で学んだことにもう一つ教訓を加えることになりました。この境涯に住む者は常に少しでも楽になりたいと望み、奴隷の苦役から逃れて威張れる地位へ上るチャンスを窺っている。が、ようやくその地位に上ってみると、心に描いていた魅力は一転して恐怖の悪夢となる。それは残虐で冷酷な悪意の権化であるボスに近付くことにほかならないからである。なるほど、これでは魅力は直ぐに失せ、希望が幻滅と共に消えてしまう。それでも彼等はなおも昇級を志し、野心に燃え、狂気の如き激情をもって悶える。そのことを私は今になってやっと知った。その何よりの実物教訓が今直ぐ目の前で、地獄の現場での数々の恐怖の記憶の中で気力を失い、しゃがみ込んでいる。その哀れな姿を見て私はこう尋ねた。
 「同胞としてお聞きするが、こういう生活が人間として価値あることと思われるかな?」
 「人間として・・・か。そんなものはこの仕事をするようになってから捨てちまった-と言うよりは、私をこの鉱山に押し込んだ連中によって剥ぎ取られちまった。今じゃもう人間なんかじゃありません。悪魔です。喜びといえば他人を痛めつけること。楽しみといえば残虐行為を一つひとつ積み重ねること。そして自分が味わってきた苦しみを他の者達がどれだけ耐え忍ぶかを見つめることとなってしまいました」
 「それで満足しておられるのかな?」
 彼は暫く黙って考え込んでいたが、やがて口を開いた-「いいや」
 それを聞いて私は再び彼の肩に手を置いた。私のオーラを押し付けた前回と違って、今回は私の心に同情の念があった。そして言った。
 「同胞よ!」
 ところが私のその一言に彼はきっとして私を睨みつけて言った。
 「貴殿はさっきもその言葉を使われた。真面目そうな顔をしながらこの私をからかっておられる。どうせここではみんなで愚弄し合っているんだ・・・・・」
 「とんでもない」と私はたしなめて言った。
 「そなたが今仕えている男をボスと呼んでおられるが、彼の権威は、そなたが彼より授かった権威と同じく名ばかりで実質はないのです。そなたは今やっと後悔の念を覚え始めておられるが、後悔するだけでは何の徳にもなりません。それが罪悪に対する自責の念の部屋へ通じる戸口となって初めて価値があります。この土地での用事が終って我々が去った後、今回の私との間の出来事をもう一度初めから反芻(はんすう)し、その上で、私がそなたを同胞と呼んだワケを考えて頂きたい。その時もし私の援助が必要であれば呼んでください。きっと参ります-そうお約束します。ところで、もっと下りましょう。ずっと奥の作業場まで参りましょう。早く用事を終えて先へ進みたいのです。ここにいると圧迫感を覚えます」
 「圧迫感を覚える?でも貴殿が苦しまれるいわれはないじゃありませんか。ご自分の意志でここへ来られたのであり、罪を犯した結果として連れて来られた訳ではないのですから、決してそんな筈はありません」
 それに対する返事として私は、彼が素直に納得してくれれば彼にとって救いになる話としてこう述べた。
 「主にお会いしたことのある私の言うことを是非信じて欲しい。この地獄の暗黒牢にいる者の内の一人が苦しむ時、主はその肩に鮮血の如き赤色のルビーを一つお付けになる。我々がそれに気付いて主の目を見ると主も同じように苦しんでおられるのが判ります。こうして我々なりの救済活動に携わっている者も、主と同じ程ではないにしても、少なくとも苦しむ者と同じ苦しみを覚えるという事実においては主と同じであるということを嬉しく思っております。ですから、そなたの苦しみが我々の苦しみであること、そしてそなたのことを同胞と呼ぶことを驚かれることはありません。大いなる海の如き愛をもって主がそう配慮してくださっているのですから」

自殺ダメ


これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話である。


 1918年1月11日 金曜日

 私の話に元気付けられたキャプテンの後に付いて、我々は再び下りていった。やがて岩肌に掘り刻まれた階段の所に来て、それを降りきると巨大な門があった。キャプテンが腰に差していた鞭の持ち手で扉を叩くと、鉄格子から恐ろしい顔をした男が覗いて“誰だ?”と言う。形は人間に違いないが、獰猛な野獣の感じが漂い、大きな口、恐ろしい牙、長い耳をしている。キャプテンが命令調で簡単に返事をすると扉が開けられ、我々は中に入った。そこは大きな洞窟で、すぐ目の前の隙間から赤茶けた不気味な光が洩れて、我々の立っている場所の壁や天井をうっすらと照らしている。近寄ってその隙間から奥を覗くと、そこは急な窪みになっていて人体の六倍程の深さがある。我々は霊力を駆使して辺りを見回した。そして目が薄明かりに慣れてくると、前方に広大な地下平野が広がっているのが分かった。どこまで広がっているのか見当もつかない。その窪みを中心として幾本もの通路が四方八方に広がっており、その行く先は闇の中に消えている。見ていると、幾つもの人影がまるで恐怖におののいているかの如く足早やに行き来している。時折足に鎖を付けられた者がじゃらじゃらと音を立てて歩いているのが聞こえる。そうかと思うと、悶え苦しむ不気味な声や狂ったように高らかに笑う声、それと共に鞭打つ音が聞こえてくる。思わず目を覆い耳を塞ぎたくなる。苦しむ者が更に自分より弱い者を苦しめては憎しみを発散させているのである。辺り一面、残虐の空気に満ち満ちている。私はキャプテンの方を向いて厳しい口調で言った。
 「ここが我々の探していた場所だ!どこから降りるのだ?!」
 彼は私の口調が厳しくなったのを感じてこう答えた。
 「そういう物の言い方は一向に構いませんぞ。私にとっては同胞と呼んでくれるよりは、そういう厳しい物の言い方の方がむしろ苦痛が少ない位です。と言うのも、私もかつてはこの先で苦役に服し、更には鞭を手にして他の者達を苦役に服させ、そしてその冷酷さを買われてこの先に出入り口のある区域で主任監督となった者です。そこはここからは見えません。ここより更に低く深い採掘場へ続く、幾つもある区域の最初です。それから更にボスの宮殿で働くようになり、そして例の正門の衛兵のキャプテンになったという次第。ですが、今にして思えば、もし選択が許されるものなら、こうして権威ある地位にいるよりは、むしろ鉱山の奥底に落ちたままの方が楽だったでしょうな。そうは言っても、二度と戻りたいとは思わん。嫌です・・・・嫌です・・・・」
 そう言ったまま彼は苦しい思いに身を沈め、私が次のような質問をするまで、我々の存在も忘れて黙っていた。
 「この先にある最初の広い区域は何をするところであろう?」
 「あそこはずっと先にある仕事場で溶融された鉱石がボスの使用する凶器や装飾品に加工される所です。出来上がると天上を突き抜けて引き上げられ、命じられた場所へ運ばれる。次の仕事場は鉱石が選り分けられる所。その次は溶融されたものを鋳型に入れて形を作る所。一番奥の一番底が採掘現場です。いかがです?降りてみられますか」
 私は是非降りて、まず最初の区域を見ることでその先の様子を知りたいと言った。
 それでは、ということで彼は我々を案内して通風孔まで進み、そこで短い階段を下りて少し進むと、さっき覗いた下から少し離れた所に出た。その区域は下り傾斜になっており、そこを抜け切って、さっきキャプテンが話してくれた幾つかの仕事場を通り過ぎて、ついに採掘場まで来た。私は何としてもこの暗黒界の悲劇のドン底を見て帰る覚悟だったのである。
 通っていった仕事場は全てキャプテンの話した通りだった。天上の高さも奥行きも深さも途方もない規模だった。が、そこで働く何万と数える苦役者は全て奴隷の身であり、時たま、ほんの時たま、小さな班に分けられて厳しい監視のもとに地上の仕事が与えられる。が、それは私には決してお情けとは思えなかった。むしろ惨酷さと効率の計算から来ていた。つまり再び地下に戻されるということは絶望感を倍加させる。そして真面目に、そして忠実に働いていると、またその報酬として地上へ上げてもらえる、ということの繰り返しにすぎない。空気はどこも重苦しく悪臭に満ち、絶望感から来る無気力がみんなの肩にのしかかっている。それは働く者も働かせる者も同じだった。
 我々はついに採掘場へ来た。出入り口の向こうは広大な台地が広がっている。天井は見当たらない。上はただの真っ暗である。ほら穴というよりは深い谷間にいる感じで、両側にそそり立つ岩は頂上が見えない。それほど地下深くに我々はいる。ところが左右のあちらこちらに、更に深く降りていく為の横坑が走っており、その奥は時折チラチラと炎が揺れて見えるほかは、殆どが漆黒の闇である。そして長く尾を引いた溜息のような音がひっきりなしに辺りに聞こえる。風が吹く音のようにも聞こえるが空気は動いていない。立坑もある。その岩壁に刻み込まれた階段づたいに降りては、我々が今立っている位置よりはるか地下で掘った鉱石を坑道を通って運び上げている。台地には幾本もの通路が設けてあり、遠くにある他の作業場へ行く為の出入り口に繋がっている。その範囲は暗黒界の地下深くの広大な地域に広がっており、それは例の“光の橋”はもとより、その下の平地の地下遙か遙か下方に位置している。ああ、そこで働く哀れな無数の霊の絶望的苦悶・・・・途方もない暗黒の中に沈められ、救い出してくれる者のいない霊達・・・・
 がしかし、たとえ彼ら自身も諦めていても、光明の世界においては彼らの一人ひとりを見守り、援助を受け入れる用意の出来た者には、この度の我々がそうであるように、救助の霊が差し向けられるのである。
 さて私は辺りを見回し、キャプテンからの説明を受けた後、周りにある出入り口の全ての扉を開けるように命じた。するとキャプテンが言った。
 「申し訳ない。貴殿の言う通りにしてあげたい気持は山々だが、私はボスが怖いのです。怒った時の恐ろしさは、それはそれは酷いものです。こうしている間もどこかにスパイがいて、彼に取り入る為に、我々のこれまでの行動の一部始終を報告しているのではないかと、心配で心配でなりません」
 それを聞いて私はこう言った。
 「我々がこの暗黒の都市へ来て初めてお会いして以来そなたは急速に進歩しているようにお見受けする。以前にも一度そなたの心の動きに向上に兆しが見られるのに気付いたことがあったが、その時は申し上げるのを控えた。今のお話を聞いて私の判断に間違いがなかったことを知りました。そこで、そなたに一つの選択を要求したい。早急にお考え頂いて決断を下してもらいたい。我々がここへ参ったのは、この土地の者で少しでも光明を求めて向上する意志のある者を道案内する為です。そなたが我々の味方になって力をお貸しくださるか、それとも反対なさるか、その判断をそなたに一任します。いかがであろう、我々と行動を共にされますか、それともここに留まって今まで通りボスに仕えますか。早急に決断を下して頂きたい」
 彼は立ったまま私を見つめ、次に私の仲間へ目をやり、それから暗闇の奥深く続く坑道に目をやり、そして自分の足元に目を落とした。それは私が要求したように素早い動きであった。そして、きっぱりとこう言った。
 「有難うございました。ご命令通り、全ての門を開けます。しかし私自身はご一緒する約束は出来ません。そこまでは勇気が出ません-まだ今のところは」
 そう言い終るや、あたかもそう決心したことが新たな元気を与えたかの如く、くるりと向きを変えた。その後ろ姿には覚悟を決めた雰囲気が漂い、膝まで下がったチェニックにも少しばかり優雅さが見られ、身体にも上品さと健康美が増していることが、薄暗い光の中でもはっきりと読み取れた。それを見て私は彼が自分でも気付かない内に霊格が向上しつつあることを知った。極悪非道の罪業の為に本来の霊格が抑えられていたが、何かをきっかけに突如として魂の牢獄の門が開かれ、自由と神の陽光を求めて突進し始めるということは時としてあるものです。実際にあります。しかし彼はそのことを自覚していなかったし、私も彼の持久力に確信がもてなかったので黙って様子を窺っていたわけです。
 そのうち彼が強い調子で門番に命じる声が聞こえてきた。更に坑道を急いで次の門で同じように命令しているのが聞こえた。その調子で彼は次々と門を開けさせながら、我々が最初に見た大きな作業場へ向かって次第に遠ざかっていくのが、次第に小さくなっていくその声で分かった。

自殺ダメ


これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話である。



 1918年1月15日 火曜日

 そこで我々はこの時とばかり一斉に声を張り上げて合唱しました。声の限りに歌いました。その歌声は全ての坑道を突き抜け、闇の帝王たるボスの獰猛な力で無数の霊が絶望的な苦役に甘んじている作業場や洞窟の隅々にまで響き渡りました。後で聞かされたことですが、我々の歌の旋律が響いてきた時、彼らは仕事を中止しその不思議なものに耳を傾けたとのことです。と言うのも、彼らの境涯で聞く音楽はそれとはおよそ質の異なるもので、しかも我々の歌の内容が彼らには聞き慣れないものだったからです。

-どんな内容だったのでしょう。

 我々に託された目的に適ったことを歌いました。まず権力と権威の話をテーマにして、それがこの恐怖の都市で猛威をふるっていることを物語り、次にその惨酷さと恥辱と、その罠にかかった者達の惨状を物語り、続いてその邪悪性がその土地にもたらした悪影響、つまり暗闇は魂の暗黒の反映であり、それが樹木を枯らし、土地を焦がし、岩場を抉って洞窟と深淵をこしらえ、水は汚れ、空気は腐敗の悪臭を放ち、至る所に悪による腐敗が行き渡っていることを物語りました。そこでテーマを変え、地上の心地良い草原地帯、光を浴びた緑の山々、心和ませるせせらぎ、それが、太陽の恵みを受けた草花の美しく咲き乱れる平地へ向けて楽しそうに流れていく風景を物語りました。続いて小鳥の歌、子に聞かせる母の子守歌、乙女に聞かせる男の恋歌、そして聖所にてみんなで歌う主への賛仰の歌-それを天使が玉座に持ち来たり、清めの香を添えて主に奉納する。こういう具合に我々は地上の美を讃えるものを歌に託して合唱し、それから更に一段と声を上げて、地上にて勇気をもって主の道を求め今は父なる神の光と栄光のもとに生きている人々の住処-そこでは荘厳なる樹木が繁り、豪華絢爛たる色彩の花が咲き乱れ、父なる神の僕として経綸に当たる救世主イエスの絶対的権威に恭順の意を表明する者にとって静かなる喜びの源泉となるもの全てが存在することを歌い上げました。

-あなたの率いられた霊団は全部で何名だったのでしょうか。

 七の倍にこの私を加えた十五人です。これで霊団を構成しておりました。さて我々が歌い続けていると一人また一人と奴隷が姿を現しました。青ざめ、やつれきった顔があの坑道この坑道から、更には、岩のくぼみからも顔を覗かせ、また我々の気付かなかった穴やほら穴からも顔を出して我々の方を覗き見するのでした。そしてやがて我々の周りには、恐怖におののきながらもまだ光を求める心を失っていない者達が、近付こうにもあまり傍まで近付く勇気はなく、それでも砂漠でオアシスを見つけた如く魂の甦るのを感じて集まっていた。しかし中には我々をギラギラした目で睨みつけ、魂の怒りを露にしている者もいた。更には我々の歌の内容が魂の琴線に触れて、過去の過ちへの悔恨の情や母親の子守歌の記憶の甦りに慟哭して地面に顔を伏せる者もいた。彼らはかつてはそれらを軽蔑して道を間違えた-そしてこの道へ来た者達だったわけです。
 その頃から我々は歌の調子を徐々に緩やかにし、最後は安息と安らぎの甘美なコードで“アーメン”を厳かに長く引き延ばして歌い終わった。
 するとその中の一人が進み出て、我々から少し離れた位置で立ち止まり、跪いて“アーメン”を口ずさんだ。これを見た他の者達は彼にどんな災難が降り掛かるのかと固唾を飲んで見守った。と言うのも、それは彼らのボスに対する反逆に他ならなかったからです。が、私は進み出て彼の手を取って立たせ、我々の霊団の所まで連れて来た。そこで霊団の者が彼を囲んで保護した。これで彼に危害の及ぶ気遣いはなくなった。すると三々五々、或いは十人に十人と我々の方へ歩み寄り、その数は四百人程にもなった。そして、まるで暗誦文をそらんずる子供のようにきちんと立って、彼に倣って“アーメン”と言うのだった。坑道の蔭では舌打ちしながら我々へ悪態をついている者もいたが、腕ずくで行動に出る者はいなかった。そこで私は、希望する者は全員集まったとみて、残りの者に向けてこう述べた。
 「この度ここに居残る選択をした諸君、よく聞いて欲しい。諸君より勇気ある者はこれよりこの暗黒の鉱山を出て、先程の我々の歌の中に出て来た光と安らぎの境涯へと赴くことになる。今回は居残るにしても、再び我々の仲間が神の使いとして訪れた時、今この者達が我々の言葉に従う如く、どうか諸君もその使いの者に従う心の準備をしておいて欲しく思う」
 次に向きを変え、そこを出る決心をした者へ勇気付けの言葉を述べた。と言うのも、彼らは皆自分達の思い切った選択がもたらす結果に恐れおののいていたからです。
 「それから私の同志となられた諸君、あなた方はこれより光明の都市へ向けて歩むことになるが、その道中においてボスの手先による脅しには一向に構ってはなりませんぞ。もはや彼はあなた方の主ではなくなったのです。そして、もっと明るい主に仕え、しかるべき向上を遂げた暁には、それに相応しい衣服を給わることになります。が、今や恐れることなく一途に私の言うことに従って欲しい。間もなくボスがやって来ます。全てはボスと決着をつけてからのことです」
 そう述べてから、我々がキャプテンと共にそこに入って来た門、そして四百人もの奴隷が通ってきた門の方へ目をやった。それに呼応するかのように、それより更に奥の門の方から騒々しい声が聞こえ、それが次第に近付いて来た。ボスである。我々の方へ進みながら奴隷達に、自分に付いてきて傲慢極まる侵入者へ仕返しをするのだと喚いている。脅しや呪いの言葉も聞こえる。恐怖心から彼の後に付いて来る哀れな奴隷達も彼を真似して喚き散らしている。
 私はボスを迎えるべく一団の前に立った。そしてついにボスの姿が見えてきた。

-どんな人でしたか-彼の容貌です。

 彼も神の子であり従って私の兄弟である点は同じです。ただ、今は悪に沈みきっているというまでです。それ故に私としては本当は慈悲の心から彼の容貌には構いたくないのです。彼が憎悪と屈辱をむき出しにしている姿を見た時の私の心にあったのは、それを哀れと思う気持だけでした。が、貴殿が要求されるからにはそれを細かく叙述してみましょう。それが“強者よ、何ゆえに倒れるや”(サムエル書(2)1.19)という一節にいかに深い意味があるかを悟られるよすがとなろうと思うからです。
 図体は巨人のようで、普通の人間の1.5倍はありました。両肩がいびつで、左肩が右肩より上っていました。殆ど禿げ上がった頭が太い首の上で前に突き出ている。すすけた黄金色をした袖なしのチェニックをまとい、右肩から剣を下げ、腰の革のベルトに差し込んでいる。錆びた鎧のスネ当てを付け、なめされていない革の靴を履き、額には色褪せた汚れた飾り輪を巻いている。その真ん中に動物の浮き彫りがあるが、それは悪の力を象徴するもので、それに似た動物を地上に求めれば、さしずめ“陸のタコ”(というものがいるとすればであるが)であろう。彼の姿の全体の印象を一口で言えば“王威の模倣”で、別の言い方をすれば、所詮は叶えられる筈もない王位を求めて足掻く姿を見る思いでした。その陰険な顔には激情と狂気と貪欲と残忍さと憎しみとが入り混じり、同時にそれが全身に染み渡っているように思えた。実際はその奥には霊的な高貴さが埋もれているのです。つまり善の道に使えば偉大な力となった筈のものが麻痺した為に、今では悪の為に使用されているにすぎない。彼は足を滑らせた大天使なのです。それを悪魔と呼んでいるにすぎないのです。

-地上では何をしていた人か判っているのでしょうか。

 貴殿の質問には何なりとお答えしたい気持でいます。質問された時は私に対する敬意がそうさせているものと信じています。そこで私も喜んでお答えしています。どうぞこれからも遠慮なく質問されたい。もしかしたら私にも気付かない要因があるのかも知れません。その辺は調べてみないと分かりませんが、ただ、それに対する私の回答の意味を取り違えないで頂きたい。そのボスが仮に地上ではこの英国の貧困層の為の大きな病院の立派な外科医だったとしても、少しもおかしくはありません。もしかして牧師だったとしても、或いは慈善家だったとしても、これ又、少しも不思議ではない。外見というものは必ずしも中身と一致しないものです。とにかく彼はそういう人物でした。大雑把ですが、この程度で我慢して頂きたいのですが・・・・

-余計な質問をして申し訳ありません。

 いや、いや、とんでもない。そういう意味ではありません。私の言葉を誤解しないで頂きたい。疑問に思われることは何なりと聞いて頂きたい。貴殿と同じ疑問を他の大勢の人も抱いているかも知れない。それを貴殿が代表していることになるのですから・・・
 さて、そのボスが今まさに目の前に立っている。喚き散らす暴徒達にとっては紛れもない帝王であり、後方と両側に群がる人数は何千を数える。が、彼との間には常に一定の距離が置かれている-近付くのが怖いのである。左手には鞭紐が何本もついた見るからに恐ろしい重い鞭がしっかりと握られていて、奴隷達は片時もその鞭から目を離そうとせず、他の方向へ目をやってもすぐまた鞭へ目を戻す。ところがそのボスが我々と対峙したまま口を開くのを躊躇している。そのワケは、彼が永い間偉そうに、そして意地悪く物を言う癖が付いており、今我々を前にして、我々の落ち着き払った態度が他の連中のオドオドした態度とあまりに違う為にためらいを感じてしまったのです。
 そうやって向かい合っていた時である。ボスの後方に一人の男が例の正門の所で会った守衛の服装の二人の男に捕われて紐で縛られているのが目に入った。蔭の中にいたので私は目を凝らして見た。なんとそれはキャプテンだった。私は咄嗟に勢い良く進み出てボスの傍を通り-通りがかりにボスの剣に手を触れておいて-二人の守衛の前まで行き「紐を解いてその男を我々に渡すのだ」と命じた。
 これを耳にしたボスは激怒して剣を抜き私に切りかかろうとした。が、既にその剣からは硬度が抜き取られていた。まるで水草のようにだらりと折れ曲がり、ボスは啞然としてそれを見つめている。自分の権威の最大の象徴だった剣が威力を奪われてしまったからである。もとより私自身は彼をからかうつもりは毛頭なかった。しかし他の者達、すなわち彼の奴隷達はボスの狼狽した様子に、ユーモアではなく悪意から出る滑稽さを見出したようだった。岩陰から嘲笑と侮りの笑い声がどっと沸き起こったのである。するとどうであろう。刀身が見る間にしおれ、朽ち果て、柄から落ちてしまった。ボスは手に残った柄を最後まで笑っている岩陰の男を目掛けて放り投げた。その時、私が守衛の方を向くと、二人は慌ててキャプテンの紐を解いて我々の方へ連れて来た。
 途端にボスの空威張りの雰囲気が消え失せ、まず私に、それから私の仲間に向かって丁寧にお辞儀をした。その様子を見ても、このボスは邪悪性が善性に向かえばいつの日か、我らが父の偉大な僕となるべき人物であることが分かる。
 「恐れ入った・・・・」彼は神妙に言った。「あなた様は拙者より強大な力を自由にふるえるお方のようじゃ。そのことには拙者も潔く兜を脱ごう。で、拙者と、この拙者に快く骨身を惜しまず尽くしてくれた忠実な臣下達をどうなさるおつもりか、お教え願いたい」
 いかにも神妙な態度を見せながらも、彼の言葉の至る所にすねた悪意が顔を覗かせる。この地獄の境涯ではそれが常なのである。全てが見せかけなのである。奴隷の境遇を唯一の例外として・・・・
 そこで私は彼に我々のこの度の使命を語って聞かせた。すると彼はまたお上手を言った。
 「これはこれは。あなた様がそれ程のお方とは存じ上げず、失礼を致した。そうと存じ上げておればもっと丁重にお迎え致しましたもの・・・・しかし、その償いに、これからあなた様にご協力申し上げよう。さ、拙者に付いて参られたい。正門まで拙者が直々にご案内いたそう。皆さんもどうぞ後に続かれたい」
 そう言って彼は歩き始め、我々もその後に続き、洞窟や仕事場を幾つか通り抜けて、我々が鉱山に入って最初に辿り着いた大きな門へ通じる階段の手前にある小さな門の所まで来た。

自殺ダメ

これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話である。


 1918年1月18日 金曜日

 そこまで来ると、はるかに遠くの暗闇の中からやって来た者達も加わって、我々に付いてくる者の数は大集団となっていた。いつもなら彼らの間で知らせが行き交うことなど滅多にないことなのですが、この度は我々の噂はよほどの素早さで鉱山中に届いたとみえて、その数は初め何百だったのが今や何千を数える程になっていた。
 今立ち止まっている所は、最初に下りて来た時に隙間から覗き込んだ場所の下に当たる。その位置から振り返っても集団の前の方の者しか見えない。が、私の耳には地下深くの作業場にいた者がなおも狂ったように喚きながら駆けて来る声が聞こえる。やがてボスとその家来達の前を通りかかると急に静かになる。そこで私はまずボスに向かって言って聞かせた。
 「そなたの心の中を覗いてみると、先程口にされた丁寧なお言葉に似つかわしいものが一向に見当たりませんぞ。が、それは今は構わぬことにしよう。こうして天界より訪れる者は哀れみと祝福とを携えて参る。その大きさはその時に応じて異なる。そこで我々としてもそなたを手ぶらで帰らせることにならぬよう、今ここで大切なことを忠告しておくことにする。すなわち、これよりそなたは望み通りにこれまでの生き方を続け、我々は天界へと戻ることになるが、その後の成り行きを十分に心されたい。この者達はそなたのもとを離れて、そなた程には邪悪性の暗闇の濃くない者のもとで仕えることになるが、その後で、どうかこの度の出来事を思い返して、その意味するところをとくと吟味してもらいたい。そして、いずれそなたも、そなたの君主でもあらせられる方の、虚栄も残忍性も存在しない、芳醇な光の国より参った我々に対する無駄な抵抗の末に、ほぞを噛み屈辱を覚えるに至った時に、どうかこうした私の言葉の真意を味わって頂きたい」
 彼は地面に目を落とし黙したまま突っ立っていた。分かったとも分からぬとも言わず、不機嫌な態度の中に、隙あらば襲い掛かろうとしながら、恐ろしさでそれも出来ずにいるようであった。そこで私は今度は群集へ向けてこう語って聞かせた。
 「さて今度は諸君のことであるが、この度の諸君の自発的選択による災難のことは一向に案ずるに足らぬ。諸君はより強き方を選択したのであり、絶対に見捨てられる気遣いは無用である。ひたすらに忠実に従い、足をしっかりと踏まえて付いて来られたい。さすれば程なく自由の身となり、旅の終わりには光り輝く天界の高地へと辿り着くことが出来よう」
 そこで私は少し間を置いた。全体を静寂が覆った。やがてボスが顔を上げて言った。
 「お終いかな?」
 「ここでは以上で留めておこう。この坑道を出て大地へ上がってから、もっと聞き易い場所に集めて、これから先の指示を与えるとしよう」
 「成る程。この暗い道を出てからね。成る程、その方が結構でしょうな」
 皮肉っぽくそう述べている彼の言葉の裏に企みがあることを感じ取った。
 彼は向きを変え、出入り口を通り抜け、家来を引き連れて都市へ向かって進み始めた。我々は脇へ寄って彼らを見送った。目の前を通り過ぎて行く連中の中に私はキャプテンの姿を見つけ、この後の私の計略を耳打ちしておいた。彼は連中と一緒に鉱山を出た。そして我々もその後に続いて進み、ついに荒涼たる大地に出た。
 出てすぐに私は改めて奴隷達を集めて、みんなで手分けして町中の家という家、洞窟という洞窟を回ってこの度のことを話して聞かせ、一緒に行きたい者は正門の広場に集まるように言って聞かせよと命じた。彼らはすぐさま四方へ散って行った。するとボスが我々にこう言った。
 「彼らが回っている間、よろしかったら拙者達と共に御身達を拙宅へご案内いたしたく存ずるが、いかがであろう。御身達をお迎えすれば拙宅の家族も祝福が頂けることになるのであろうからのお」
 「無論そなたも、そしてそなたのご家族にも祝福があるであろう。が、今直ちにという訳には参らぬし、それもそなたが求める通りとは参らぬ」
 そう言ってから我々は彼について行った。やがて都市のド真ん中と思われる所へ来ると、暗闇の中に巨大な石の構築物が見えてきた。住宅というよりは城という方が似つかわしく、城というよりは牢獄という方が似つかわしい感じである。周囲を道路で囲み、丘のようにそびえ立っている。が、いかにも不気味な雰囲気が漂っている。どこもかしこも、そこに住める魂の強烈な暗黒性を反映して、真実、不気味そのものである。住める者がすなわち建造者にほかならないのである。
 中に通され、通路とホールを幾つか通り抜けて応接間へ来た。あまり大きくはない。そこで彼は接待の準備をするので少し待って欲しいと言ってその場を離れた。彼が姿を消すと直ぐに私は仲間達に、彼の悪巧みが見抜けたかどうか尋ねてみた。大半の者は怪訝な顔をしていたが、二、三人だけ、騙されていることに気付いていた者がいた。そこで私は、我々が既に囚われの身となっていること、周りの扉は全部カギが掛けられていることを教えた。すると一人がさっき入って来たドアの所へ行ってみると、やはり固く閉ざされ、外からかんぬきで締められている。その反対側には帝王の間の一つ手前の控えの間に通じるドアがあるが、これも同じくかんぬきで締められていた。
 貴殿はさぞ、少なくとも十四人の内の何人かは、そんな窮地に陥って動転したであろうと思われるであろう。が、こうした使命、それもこの暗黒界の奥地へ赴く者は、長い間の鍛練によって恐怖心というものには既に無縁となっている者、善の絶対的な力を、いかなる悪の力に対しても決して傷付けられることなく、確実にふるうことの出来る者のみが選ばれていることを忘れてはならない。
 さて我々はどうすべきか-それは相談するまでもなく、直ぐに決まったことでした。十五人全員が手を繋ぎ合い、波長を操作することによって我々の通常の状態に戻したのです。それまではこの暗黒界の住民を装って探訪する為に、鈍重な波長に下げていたわけです。精神を統一するとそれが徐々に変化して身体が昇華され、周りの壁を難なく通過して正門前の広場に出て、そこで一団が戻って来るのを待っておりました。
 ボスとはそれきり二度と会うことはありませんでした。我々の想像通り、彼は自分に背を向けた者達の再逮捕を画策していたようです。そして、あの後直ぐに各方面に大軍を派遣して通路を封鎖させ、逃亡せんとする者には容赦ない仕打ちをするように命じておりました。しかし、その後はこれといってお話すべきドラマチックな話はありません。衝突もなく、逮捕されてお慈悲を乞う叫びもなく、光明界からの援軍の派遣もありません。いたって平穏の内に、と言うよりは意気地のない形で終息しました。それは実はこういう次第だったのです。
 例の帝王の間において、彼らは急遽会議を開き、その邸宅の周りに松明を立て、邸内のホールにも明かりを灯して明るくしておいて、ボスが家来達に大演説を打ちました。それから大真面目な態度で控えの間のドアのかんぬきを外し、使いの者が接待の準備が出来たことを告げに我々の(いる筈の)部屋へ来た。ところが我々の姿が見当たらない。その事がボスの面目を丸潰しにする結果となりました。全てはボスの計画と行動のもとに運ばれてきたのであり、それがことごとく裏をかかれたからです。家来達は口々に辛らつな嘲笑の言葉を吐きながらボスのもとを去って行きました。そしてボスは敗軍の将となって、ただ一人、哀れな姿を石の玉座に沈めておりました。
 以上の話からお気付きと思いますが、こうした境涯では悲劇と喜劇とが至る所で繰り返されております。しかし全てはそう思い込んでいるだけの偽りばかりです。全てが唯一絶対の実在と相反することばかりだからです。偽りの支配者が偽りの卑下の態度で臣下から仕えられ、偽りのご機嫌取りに囲まれて、皮肉と侮りのトゲと矢が込められたお追従を無理強いされているのです。

 <原著者ノート>救出された群集はその後“小キリスト”に引き渡され、例のキャプテンを副官としてその鉱山からかなり離れた位置にある広々とした土地に新しい居留地をこしらえることになる。鉱山から救出された奴隷の他に、その暗黒の都市の住民の男女も含まれていた。
 実はこの後そのコロニーに関する通信を受け取っていたのであるが、そのオリジナル草稿を紛失してしまった。ただ、この後(第四巻の)一月二十八日と二月一日の通信の中で部分的な言及がある。

自殺ダメ

これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話である。



 1917年12月10日 月曜日

 前回のような例はいわば地上の戦場シーンがこの静けさと安らぎの天界で再現されるわけであるから、貴殿にとっては信じられないことかも知れませんが、けっして珍しいことではありません。人生模様というのはそうした小さな出来事によって織り成されていくもので、こちらへ来ても人生は人生です。かつての同僚がこちらで再会し、地上という生存競争の荒波の中で培った友情を温め合うという風景はけっしてこの二人に限ったことではありません。
 では、更にもう一歩踏み込んで、別のタイプの再会のシーンを紹介してみよう。我々との間に横たわる濃霧の下で生活する人々に知識の光を授けたいと思うからです。その霧の壁は人間の限られた能力では当分は突き破ることは不可能です。いつまでもとは言いません。が、当分の間すなわち人間の霊覚がよほど鋭さを増すまでは、こうした間接的方法で教えてあげる他はないでしょう。
 第二界には地上からの他界者が一旦収容される特別の施設があります。そこでは“選別”のようなことが行なわれており、一人ひとりに指導霊が当てがわれて、霊界での生活のスタートとして最も適切な境涯へ連れて行かれます。その施設を見学すると実に様々なタイプの者がいて、興味深いことが数多く観察されます。中には地上生活に関する査定では中々良い評価をされても、確信とか信念とかの問題になると、ああでもないこうでもないと、中々定まらない者もいます。誤解しないで頂きたいのは、それは施設でその仕事に当たっている者に判断能力が不足しているからではありません。新参者もまず自分自身についての理解、つまりどういう点が優れ、どういう点が不足しているか、自分の本当の性格はどうかについて明確な理解がいくまでは、はっきりとした方向決めはしない方がよいという基本的方針があるのです。そこで新参者はこの施設においてゆっくりと休養を取り、気心の合った人々との睦び合いと語らいの生活の中において、地上生活から携えてきた興奮やイライラを鎮め、慎重にそして確実に自分と自分の境遇を見つめ直すことになります。
 最近のことですが、我々の霊団の一人がその施設を訪れて、ある複雑な事情を抱えた男性を探し出した。その男性は地上では牧師だった人で、いわゆる心霊問題にも関心を持ち、今我々が行っているような霊界との交信の可能性についても一応信じていた。が彼は最も肝心な点の理解が出来ていなかった。であるから、内心では真実で有益であると思っていることでも、それを公表することを恐れ、牧師としてお座なりのことをするだけにとどまった。肝心な問題を脇へやったのです。というのも、彼は自分には人を救う道が別にある・・・が今それを口にして騒がれてはまずい・・・・それはもっと世間が理解するようになってからでよい・・・・その時は自分が先頭に立って堂々と提唱しよう・・・・そう考えたのです。
 そういうわけで、真剣に道を求める人達が彼を訪ねて、まず第一に他界した肉親との交信は本当に可能かどうか、第二にそれは神の目から見て許されるべきことであかどうかを質しても、彼はキリスト教の聖霊との交わりの信仰を改めて説き、霊媒を通じての交わりは教会がテストし、調査し、指示を与えられるまで待つようにと述べるにとどまった。
 ところが、そうしている内に彼自身の寿命が尽きてこちらへ来た。そしてその施設へ案内され、例によってそこで地上で自分の取った職業上の心掛けと好機の活用の仕方についての反省を求められることになっていた。
 そこへ我々の霊団の一人が-

-回りくどい言い方をなさらずに、ズバリ、彼の名をおっしゃってください。
 “彼”ではなく“彼女”、つまり女性です。ネインとでも呼んでおきましょう。
 ネインが訪ねた時、彼は森の小道-群葉と花と光と色彩に溢れた草原を通り抜ける道を散策しておりました。安らかさと静けさの中で、たった一人でした。というのも、心にわだかまっているものを明確に見つめる為に一人になりたかったのです。
 ネインが近付いてすぐ前まで来ると、彼は軽く会釈して通り過ぎようとした。そこで彼女の方が声をかけた。
 「すみません。あなたへの用事で参った者です。お話することがあって・・・」
 「どなたからの命令でしょうか」
 「地上でのあなたの使命の達成の為に主の命を受けて、あなたを守護し責任を取ってこられた方です」
 「なぜその方が私の責任を取らなくてはならないのでしょう。一人ひとりが自分の人生と仕事に責任を取るべきです。そうじゃないでしょうか」
 「確かに仰る通りです。ですが残念ながらそれだけでは済まされない事情があることを、私達もこちらへ来て知らされたのです。つまりあなたが地上でなさったこと、或いは為すべきでありながら為さずに終わったことの全てが、単にあなた一人の問題として片付けられないものがあるのです。守護の任に当たられたその方も、あなたの幸せの為に何かと心を配られましたが、思い通りになったのは一部だけで、全部ではありませんでした。こうして地上生活を終えられた今、その方はその地上生活を総ざらいして、ご自分の責任を取らねばなりません。喜びと同時に悲しみも味わわれることでしょう」
 「私には合点がいきません。他人の失敗の責任を取るというのは、私の公正の概念に反することです」
 「でも、あなたは地上でそれを信者に説かれたのではなかったでしょうか。カルバリの丘でのキリストの受難をあなたはそう理解され、そう信者に説かれました。全てが真実ではなかったにしても、確かに真実を含んでおりました。私達は他人の喜びを我が事のように喜ぶように、他人の悲しみも我が事のように悲しむものではないでしょうか。守護の方も今そういうお立場にあります。あなたのことで喜び、あなたのことで悲しんでおられます」
 「どういう意味でしょうか。具体的に仰ってくださいますか」
 「慈善という面で立派な仕事をなさったことは守護霊様は喜んでおられます。神と同胞への愛の心に適ったことだったからです。が、あなた自ら受難について説かれたことを実行するまでに至らなかったことは悲しんでおられます。あなたは世間の嘲笑の的になるのを潔しとしなかった。不興を買って牧師としての力を失うことを恐れられた。つまり神からの賞賛より世間からの人気の方を優先し、暗闇の時代から光明の時代へ移り始めるまで待って、その時に一気に名声を得ようと安易な功名心を抱かれました。が、その時あなたは意志の薄弱さと、恥辱と冷遇を物ともしない使命感と勇気の欠如の為に、大切なことを忘れておられました。つまりあなたが到来を待ち望んでいる時代はもはやあなたの努力を必要としない時代であるかも知れないこと、闘争は既に信念強固なる他の人々によってほぼ勝ち取られ、あなたはただの傍観者として高見の見物をするのみであるかも知れないこと、又一方、その戦いにおいて一歩も後へ退かなかった者の中には、悪戦苦闘の末に名誉の戦死を遂げた者もいるかも知れないということです」
 「一体、これはどういうことなのでしょう。あなたは一体何の目的で私のところへ来られたのでしょうか」
 「その守護霊様の使いです。いずれその方が直々にお会いになられますが、その前に私を遣わされたのです。今はまだその方とはお会いになれません。あなたの目的意識がもっと明確になってからです。つまりあなたの地上生活を織り成した様々な要素の真の価値評価を認識されてからのことです」
 「判りました。少なくとも部分的には判ってきました。礼を言います。実はこのところずっと暗い雲の中にいる気分でした。なぜだろうかと思い、こうして人から離れて一人で考えておりました。あなたから随分厳しいことを言われました。ではどうしたらよいのかを、ついでに仰って頂けますか」
 「実はそれを申し上げるのが私のこの度の使いの目的だったのです。それが私が仰せつかった唯一の要件でした。つまりあなたの心情を推し量り、ご自身でも反省して頂き、あなたに向上の意欲が見られれば守護霊様からのメッセージをお伝えするということです。今あなたはその意欲をお見せになられました-もっとも心の底からのものではありませんが・・・。そこで守護霊様からのメッセージをお伝えしましょう。あなたがもう少し修業なされば、その方が直々にご案内してくださいます。その方が仰るには、取りあえずあなたは第一界に居所を構えて、そこから地上へ赴いて、こちらの光明の世界の者との交信を求めている人達の気持をよく汲み取り、その人達をキリストの光明と安らぎへ向けて向上させてあげる為に慰めと勇気付けのメッセージを送ることに専念している(光明界の)人達の援助をなさることです。あなたの教会の信者だった人の中には、悲しみにうちひしがれた人達の為に交霊会を開き、他界した肉親との交信をさせて喜ばせ、且つ、自らも喜びを得ようと努力しておられる人もいます。今こそあなたはその人達のところへ赴き、あなたの存在を知らしめ、あなたが地上時代に説かれたことを撤回するなり、語るべきでありながら勇気がなくて語らずに終わった真理を説いて聞かせるなりするべきです。これは恥を忍ばねばならないことではあります。でも、それによって地上の信者は大いに喜びを得るでしょうし、あなたの潔い態度に好意を抱くことでしょう。と言うのは、その方達は既に今のあなたの位置より遙かに高い天界からの愛の芳香を嗅ぎ取っているのです。でも、どうなさるかはあなたの自由意志に任されております。言われる通りになさるなり、拒否なさるなり、どうぞご自由になさってください」
 彼はしばし黙して下を向いていた。必死で思いを廻らせていた。その心の葛藤は彼のようなタイプの人間にとって決して小さなものではなかった。果たせるかな彼は決断に到達することが出来ず、後でもっとよく考えてからご返事しますとだけ述べた。怖れと優柔不断という、かねてからの彼の欠点が相も変わらず彼をマントの如く覆い、その一線を突き破りたくても突き破れなくしていた。ネインは自分の界へ戻って行った。が、彼女が求めにきた嬉しい返事を携えて帰ることは出来なかった。

-それで結局彼はどうしました?どういう決断をしたのでしょうか。

 この間聞いたところでは、まだ決めていないとのことでした。もっとも、この話はつい最近のことで、まだ結末に至る段階ではありません。彼の自由意志によって何らかの決断を下すまでは結末は有り得ないでしょう。貴殿が催される“交わりの集会”へは彼のような立場の霊が大勢参加するものです。

-交わりの集会というのは聖餐式のことでしょうか。それとも交霊会のことでしょうか。

 どう言い換えたところで同じでしょう。確かに地上の人間にとっては両者は大いに違うでしょうが、我々は地上の基準で考えているのではありません。どちらにせよ同じ目的、つまり両界の者と主イエスとの交わりを得る為です。我々にとってはそれだけで十分です。
 ところで我々が派遣した女性のことですが、貴殿はなぜこのような使命を女性が担わされたのか-キリスト教の牧師を相手にしてその行為と態度を論じ合わせたのはなぜかと思っておられる。その疑問にお答えしましょう。
 答えはいたって簡単です。実は彼には幼少時代に一人の妹がいたのですが、それが僅か二、三歳で夭逝した。そして彼一人が成人した。例の女性がその妹です。彼はその妹を非常に可愛がっていた。であるから、もしもその人生においてもう一段高い霊性を発揮していたら、たとえその後の彼女が美しく成人していても、すぐに妹と知れた筈です。が、低き霊性故に彼の視界は遮られ、視力は曇らされ、ついに彼女は自分が実の妹であることを気付いてもらえないまま去って行った。
 げに我々は、喜びにつけ悲しみにつけ一つの家族のようなものであり、それを互いに分かち合わねばならない。主イエスも地上の人間の罪と愛、すなわち喜びと悲しみを身をもって体験されたのですから。

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