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カテゴリ: ★『各種霊的能力の解説』

 『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 聖書によると、初期の教会においては霊視能力など何種類かの超能力の披露は日常的行事としてごく普通に行われていたらしい。コリント前書第十二章を見ると、パウロが信者達に〝知らないままでは済まされない〟霊的能力を幾つか挙げているところがあるが、それはそのまま現代の心霊現象を上手く纏めている観がある。その中でパウロは霊視現象を〝霊の識別〟と呼んでいる。
 私の推定では、今日のイギリスでも毎週日曜日の夜には無慮二十五万人もの人が全国で四十程もあるスピリチュアリスト教会のどこかで、その〝霊の識別〟の催しを見ている筈である。
 この種の公開交霊会(デモンストレーション)では照明を小さくすることはない。霊視家が霊視したスピリットに縁のある人を会場の中から指名して、そのスピリットからのメッセージを伝える。
 このデモンストレーションで最も大切な点は、そのメッセージが確実な証拠性を持つということである。つまりそれを受けた者が直ぐにピンと来る事柄であり、同時にその人しか知らない内容のものでなければならない。それがメッセージを送って来たスピリットの身元(アイデンティティ)を立証することになる。
 ある人に言わせると、霊視家はメッセージを受ける人からのテレパシーを受けているのだと言うが、この説には無理がある。大体テレパシーというのは気まぐれな性質をもち、そうやたらに上手くいくものではない。まして何十人何百人もいる会場で特定の数人からの思念を以心伝心(テレパシー)で受け取るなど、まず出来る芸当ではない。メッセージを受けたがっているのはその数人だけではない。列席者の殆どがそう念じているのであるから、そうした全体の念が混じり合って大きな障壁を拵えている筈である。
 このことに関して私は興味深い例を見たことがある。J・ベンジャミンという霊視家が大デモンストレーションをやった時のことである。既にスピリットからのメッセージを受けた一人の女性を指差して、
 「あなたはさっきの私のメッセージが読心術でやっているのではないかとお疑いのようですね。よろしい。テレパシーと霊視の違いをお見せしましょう。今あなたは心の中でこんなことを思っていらっしゃいませんか」と言って、その女性の抱えている悩みを述べた。女性はその通りだと認めた。
 「次に述べることはあなたが考えておられることではありません。これはあなたの亡くなられたお父さんからのメッセージです。お父さんはそれが真実かどうか、あなたご自身、お母さんとご一緒に調べて欲しいと言っておられます」と言ってから、そのお父さんからのメッセージを伝えた。そしてその女性は母親と共に調べてその通りであることを確認した。
 実を言うと、この場合、始めに女性の悩みを読み取った時も、必ずしもテレパシーとは言えない。これも霊視家の背後霊から受けていた可能性が十分考えられる。
 疑う人間は色んなことを言う。デモンストレーションは全部ペテンで、寄席芸人の読心術と同じだ。聴衆の中にサクラがいて暗号を使って示し合わせているのだ。目隠しも実際は透けて見えるようになっているか、どこかの小さな穴から一部又は全部が見える仕掛けになっているのだ、と。
 仮にそうだとしても、では果してそんな誤魔化しが毎週毎週日曜日の夜、時には平日の夜に、全く違う聴衆を相手にして、既にこの世にいない人からの納得のいくメッセージを何年もの間一度もしくじることなく続けられるだろうか。
 定期的に行われるスピリチュアリスト教会で同じサクラを相手に同じようなメッセージを送り続けようとしても、決して長続きするものではない。遅かれ早かれ-私は早かれと思うのだが-バレてしまう。
 それに、そういうサクラに支払う〝口止め料〟の方が教会から戴く出演料より遙かに多くかかるのではなかろうか。一回の出演料は大抵の場合一ギニー(注9)を超えることはない。私は一流の霊媒を大勢知っているが、打ち明けた話をすれば、彼等の収入はせいぜい慎ましい生活を維持出来る程度に過ぎない。
 霊視家の目に映る霊姿は我々人間と同じように実質があり現実的で、自然に見える。決して俗にいう生霊(いきりょう)とか幽霊のように薄ボンヤリとしたものではない。それは小説の世界での話である。かつて私がベンジャミン氏に聞いたところでは、氏は何千何万ものスピリットを見、かつその容姿を描写して来たが、俗にいう幽霊のようなものには一度もお目にかかったことがないとのことであった。
 私が今もって感心しているイギリス最大の霊視家の一人にT・ティレルがいる。その能力のあまりの見事さに私は最初その真実性を疑ったものである。あまりに正確過ぎるのである。が実は彼にはそれなりの用意をしていた。つまり彼は支配霊が書いたメモのようなものを読むという方法をとっていたのである。従ってスピリットの姓名は勿論地上時代の住所-それも家や通りの番地から地方や町の名まで-更には死亡時の年齢、死亡年月日まで言い当てることが出来たわけである。
 ティレル自身が私に語ってくれたところによると、霊視能力が出始めた時、彼は出来るだけ正確を期することを目指した。そこで支配霊と一つの約束をした。つまりスピリットの身元に関する情報を支配霊がきちんとカードに書いて見せてくれるということで、それを彼が読み取ることにした。
 そうやってスピリットの身元を疑いの余地がないまで確認してから、そのスピリットからのメッセージを待つ。こういう方法でやれば、聞き慣れない名前も苦にならない。
 それでも時たま迷うことがあったという。例えば、これはバーミンガムでのデモンストレーションの時で私も出席していたが、ティレルがメモを読んでいる途中で詰まってしまった。そしてこんな質問をした。
 「この市には Rotten Park Road (注10)というのがあるのでしょうか」
 すると「あります」という列席者からの返事であった。
 さて霊媒が〝霊の識別〟をする際、その姿なり声なりはどんな風に見えたり聞こえたりするのだろうか。
 ロバーツ女史は長年に亘ってこの分野での最も秀れた霊能者の一人と見られているが、女史の話によると、その見え方は主観的と客観的の二種類があるという。主観的な場合は一種の〝霊眼〟を使って内面的なプロセスで見ている感じで、この時は目を閉じていても見えるという。客観的な場合は地上の人間を見るのと同じように実感があるという。
 女史の場合は霊聴能力が一緒に働く。スピリットの話す声が自分に話しかけてくるように聞こえるという。スピリットの位置が近い時は唇が動いているのが見える程で、その声は人間の声より柔らかく響くという。
 デモンストレーションの時、彼女は完全に別の次元に入ってしまう。遠くに自分の出番を待つスピリットが集まっているのが見える。が、気の毒ではあるが、時間の関係でその全部のお相手をしてあげられないという。スピリット達は一箇所に集まって待っており、必ずしもメッセージを待つ地上の縁故者の側にいるとは限らないそうである。
 通信を希望するスピリットは女史の支配霊の許可と援助なしには出られないことを承知している。そして指名を受けると縁故者の直ぐ近くに位置を変える。女史の方ではその位置を見て、どの人が縁故者かを見てとる。すると今度はスピリットが女史にその容姿がよく分かるように女史の直ぐ近くにやって来る。その時点で女史は霊聴能力を働かせて、そのスピリットの言うことを聞く。
 一方、レッドクラウドを中心とする背後霊達は女史の周りを囲むように位置する。その役目はスピリットが上手く意思を伝えられるように指導することや、興奮し過ぎたり緊張し過ぎたりした場合にその感情を和らげてやったり、地上時代の容貌や衣服を再現してみせる時に手助けをする。女史が時折スピリットの病気や障害を指摘することがあるが、それは地上時代のものであって、死後も今尚その状態でいるということではない。本人に間違いないことを確認させる為に、そういったことを含めて地上時代の特徴を一時的に再現して見せなければならないことがあるわけである。
 本人に間違いないことが分かると、途端にその地上時代の特徴が消え失せ、現在の姿や霊的な発達程度に戻る。女史の話によると霊界で向上進化したスピリット程地上時代の自分を再現するのを嫌がるという。そんな霊は自分の身元が分かってもらえたら、いち早く現在の本来の自分に戻ろうとするので、ロバーツ女史すらこれが同一人物かしらと、一瞬迷うことがあるという。
 人は見かけによらぬものという。それは年齢についても同じで、人の年齢を当てるのは中々難しいものだが、ロバーツ女史もスピリットの死亡時の年齢をその容貌から推定しなければならない難しさがある。その確率は我々が他人の年齢を言い当てる確率とほぼ同じ程度といってよいであろう。
 死亡時の年齢だけでなく、その後何年経っているかを判断しなくてはならないが、女史はそれをそのスピリットのオーラによって判断する。進化している霊程オーラの輝きが強烈である。あまり強烈過ぎて目が眩み、容姿がぼけて見えて性別すら確認出来ないことがあるという。それは幼くして死亡した霊が長年霊界にいる場合によくあるらしい。
 先程レッドクラウドを中心とする背後霊団が取り囲んでいると言ったが、その他にスピリットの指導霊もそれを遠巻きにして見守っている。そうすることによって霊媒の周りに防護網を張り巡らすわけである。というのは心無い霊が潜り込んで来て、通信を正確に伝えるのに必要なデリケートなバイブレーションを(本人は知らないかもしれないが)台無しにしてしまうことがあるのである。ロバーツ女史はこう語る。
 「通信霊達はその囲いの中に入れられ、通信を送っている間は完全に外部から隔離されます。しかし、それだけ周到に注意を払っても、その囲いの外から自分の存在を認めてもらおうとして大声で叫んでいる霊を鎮めることは出来ません」
 女史が壇上に上がって所定の位置まで歩を進め、いよいよデモンストレーションを始めるまでの僅かな間にも、そうしたスピリットが自分に注意を引こうとして、やかましく喚いているそうである。が経験豊富な女史はレッドクラウドが指名したスピリット以外には決して目をくれない。ただ、中にあまりに気の毒そうなスピリットを見かけた時は、心の中で、いつかチャンスが与えられますようにと祈ってあげるそうである。
 こうした霊の叫びは確かに哀れを誘うものだが、時にはユーモラスなものもある。ある時その騒然たる叫び声の中、ひときわ大きな声で、ロンドン訛りでこう言った霊がいた。
 「なあ、ねえさん、オレにもやらせてくんなよ。他の連中はみんなやったじゃねえか」
 どうやら死んでもロンドンの下町っ子はオックスフォード大学の先生のようにはなれなかったようだ。当たり前の話かも知れないが。
 レッドクラウドは、通信する霊は自分の身元の証明はあくまで自分でやるべきであるという考えである。従ってレッドクラウドとその霊団は、手助けはするが、余程の場合を除いて、代わりに身元を証明してやるようなことはしない。たとえ肉親縁者が何人か揃って出て来ても、一人一人が自分の身元を証明しなくてはいけない。
 時にはスピリットの言っていることにロバーツ女史が疑問を感じることがある。そんな時はレッドクラウドに確認を求める。するとレッドクラウドはそのスピリットのオーラを見て判断する。経験豊富な霊にはオーラを見ただけで直ぐにその本性が見抜けるのである。オーラだけは絶対に誤魔化しがきかない。
 死んだからといって急に物の考え方や本性が変わるわけではない。ロバーツ女史がある時こんな話をしてくれた。
 「大勢の霊に会っていると、時には、地上の人間と通信することは神の御心に反することだと大真面目に考えている霊に出くわすことがあります。色んな宗派のスピリットがやって来て〝あなたのやってることは間違いだ〟と言ってくれるんです。それだけでは満足出来ず、通信を求めるスピリットに止めさせようとする者までいるのです」
 同時に女史は、上手く連絡が出来なくて落胆する霊を見て胸の張り裂けるような思いをすることもある、とも言った。しかし、上手く通信出来て大喜びする様子を見ていると、やはりスピリット達にとってそれだけのやり甲斐があるのだなと思うそうである。

 (注9)-ギニーは1971年の通貨改革まで使用されていたイギリスの貨幣単位で21シリング。現在のほぼ1ポンドに相当。現在の日本円に換算すると約160円。但し本書が書かれた1959年頃のイギリスの貨幣価値は現在の7~8倍。

 (注10)-Rotten には腐った、とか壊れそうな、といった意味があるので、直訳すれば〝腐った公園通り〟又は〝壊れそうな公園通り〟ということになる。

 『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 もう一人の素晴らしい女性霊視家にヘレン・ヒューズ女史がいる。カナダの元首相キング氏がイギリスに来ると必ず訪ねて私的な交霊会を開いてもらうというくらいな人である。
 ヒューズ女史のデモンストレーションの特徴はテンポが速くて全体の時間が短いということである。時には一人のスピリットからのメッセージを伝えているその途中で突然姿を見せた別のスピリットのメッセージに切り換えることすらある。前のメッセージを受けていた人が〝まだ終わっていないのに・・・〟という気持で不満げにしていると、「この方が済んだら直ぐ又残りをお伝えしますから」と言って安心させたりする。
 このようにエネルギーとバイタリティを一気に集中して行うので、女史のデモンストレーションは大抵三十分程度しか続かない。三十分程すると女史が「エネルギーが切れてまいりましたので」と言って終わりにする。そうしないと、そのまま引きずり回されてはとても身体がもたないという。
 ただ面白いのは、そんな時に会場から大きな拍手が来ると、衰えかけていたエネルギーが一時的に持ち直すことである。私も何度か見かけたのだが、「今日はこれまで」と言っておしまいにした時に突如として大拍手が起こり、それで元気を取り戻した女史が椅子から立ち上がって、もう一人ないし二人のスピリットからのメッセージを伝えたことがある。
 長年に亘って多くの公開ないし私的な交霊会に出席してきた私にも、こうした霊媒現象にとって厳密にどういう条件が一番好ましいかは断定出来ない。バイブレーションが関係があることは明らかである。賛美歌を歌ったり音楽を流した方が何もない時より間違いなくいい成果が得られることは分かっている。
 又会場の個人的ないし全体としての心構えが影響することも確かである。同じく疑うにしても真摯な態度で疑うのと、敵意に満ちた猜疑心や始めから信じる気のない態度は、霊媒を始めとして、通信しようとする霊、及び通信そのものの伝わり方にも決定的な影響を及ぼす。
 反対に和やかな雰囲気と好意的な態度がいい結果をもたらす。司会役ないし案内役の人が気が乗らないような態度で霊視家を紹介すると、紹介された霊視家は非常にやりにくくなる。会の口火を切る司会者がハツラツとしていると、霊視家は気持ちよく仕事が進められる。
 ヒューズ女史の場合、通信を受ける人間の声にも女史にとっては何か意味があるらしい。会が始まると何人かの人が交霊を希望するわけだが、女史はその人達の声をよく聞いて「あなたの声はいけません」とはっきり言うことがある。女史の話によるとスピリットからある種の霊的な光が一本すーっと人間の方へ走っただけで、それで問題が解決することもあるという。
 私はヒューズ女史の〝霊の識別力〟の正確度をテストしたことがある。ある時、会が終わった後で私は女史に一枚の写真を見せて「この人が誰だかお分かりですか」と尋ねてみた。すると間髪を入れずこう答えた。
 「今日拝見した方ですね、壇上で・・・。確か外国人の名前の若い飛行士でしょう」
 その通りであった。実はその写真の主はポーランド人の飛行士で、その日のデモンストレーションでメッセージを受けた人から私が、会が始まる二、三時間前に拝借していたものだった。
 女史は時たまスピリットの言ったことがよく聞き取れなくて誤って伝えることがある。そんな時は悪びれずに訂正する。又女史には役者的な素質はまるで無いのに、スピリットの言っていることを、その話し振りや癖まで真似で話すので、そのスピリットになり切ったように見えることがある。
 私はヒューズ女史のデモンストレーションを数え切れない程見てきているので、もう何を見せられても平気になっても良さそうなものだが、それでも尚驚かされることがある。
 例えば離れた席にいる複数の列席者を指さして、あなた方はかくかくしかじかの間柄ですね、とその関係を細かく言い当てる。時にはわざと家族を離れ離れに座らせてみるが、やはり当ててしまう。普通なら隣り合わせている者が一番関係が深いと推測する方が間違いが少ないと思うのだが・・・。
 ある時は女史は一列に並んで座っている六人を指さして、その全員にスピリットからのメッセージを伝えたことがある。それだけならまだ驚くに当たらないが、驚いたのは、その一人一人にスピリットを紹介し、その縁故関係まで述べて、メッセージを伝えたことであった。
 時には大きな会場でスピリットが女史の前に姿を見せて、自分の縁故者がどの席にいるかを指摘しないまま、身元の証明になる細かい話をすることがある。次の話はそれが却ってドラマチックな効果をもたらした例である。
 スコットランドでの話であるが、ダンディという市にケアードホールという三千人近く収容出来る大きな会場があるが、その日も満員だった。私の司会で始まったデモンストレーションの中で、女史がエディス・プロクターという名の少女霊を細かく紹介した。そしてその少女からのメッセージを伝えようとしたら、階上のバルコニー(張出席)にいた婦人がその子ならよく知っていると言う。ヒューズ女史が更に細かく証拠になる話をすると、逐一その通りだという。そしてその子の父親も他界して今一緒に暮らしているという話も事実であることを認めた。
 ところが女史はそこで少し躊躇した様子を見せ、やおら会場の中央辺りにいる別の婦人を指差して「奥さんもエディス・プロクターという子をご存知でしょう」と言う。するとその婦人は「存じてます」と答える。更に女史が「この子のお母さまでいらっしゃいますね」と聞くと「その通りです」と答えた。
 そこでヒューズ女史は少し間をおいてから「こんなことをお聞きするのもなんですが・・・・」と言いかけると、婦人は女史の言わんとしていることが分かったような笑みを浮かべた。続けて女史が言う。
 「ブラックという語が浮かびました。思い当たることがございますか」
 「ございます」
 「あなたは現在ブラック夫人になられたわけですね」
 「仰る通りです」
 「娘さんが再婚おめでとうと仰ってますよ」
 それからヒューズ女史はバルコニーの婦人に向かって
 「今度はあなたのことですが、奥さんもこの子をよくご存知だったんですね」
 「よく存じてます」
 「このダンディ市の方ではありませんね」
 「違います」
 「この子はあなたの家からあまり遠くない所に住んでいたようですね」
 「その通りです」
 これで全てが終った。ヒューズ女史の霊覚の鋭さを示す興味深い話である。
 私はヒューズ女史にそういう場合の霊能の働き方を尋ねたことがある。するとこんな答えであった。
 「霊視の時はスピリットがあたかも肉眼で見ているようにごく普通に見えます。私の方からその場へ行っているようでもあり、そうでないようでもあります。いよいよデモンストレーションに入る時は完全に受身の気持にならなくてはいけません。霊的な波長に切り換えるのはいつでも出来ます。切り換えると私は既に霊眼で見、霊耳で聞いています。それは丁度ドアを開け閉めするようなものです。私自身で自由に開け閉め出来るエネルギーが内部にあるのです。見たり聞いたりする霊的な何かがあるのです。内的な目と内的な耳とでも言ったらいいでしょうか」
 そこで私は二つのペンネームをもつ女流作家のカラドック・エバンズ Mrs Caradoc Evans の例を持ち出した。そのエバンズ夫人が私に、他界した夫からの声を〝私の心の耳〟で聞いたと語っていたことを話すと、ヒューズ女史はそれは中々いい譬えですと言ってから、更にこう続けた。
 「私は時々この耳でも聞くことがありますが、大抵は太陽神経叢で〝聞き取り〟ます。私の体内に何かが潜んでいるのを意識します。他にいい言葉がないので〝エネルギー〟とでも言っておきますが、そのエネルギーが私に活力を与え、刺激し、体内に溢れるのです。
 言ってみれば、磁気性を帯びた一種の電気的エネルギーが上手く働いてくれてしっかりしている時は、ある一定範囲の波長をもつ電線のようなものが張り巡らされているみたいで、その電線伝いにメッセージが伝わってくるのです。暫くするとそのエネルギーが弱ってきて、波長が上手く掴めなくなり、そうなるとメッセージの正確さが落ちて来ますので、私はその辺で切り上げなくてはなりません。決して無理をしてはいけません。不正確になりますし、身体にも障ります。
 ラジオを聞くような方式でやる場合が随分あるようです。同時に、テレビとしか言いようのないものが私の中にセットされているようです。というのは過去の出来事や未来のシーンが目の前に映り、それを見ながら説明出来るからです。私の耳の中でスピリットが喋っているのを聞くことがあります。又太陽神経叢の辺りで聞こえることもあります。声の聞こえ方は色々です。あるものは普通の人間の声と同じ大きさで聞こえますが、囁くような声とか、口を何かで被って喋っているみたいに聞こえることもあります」
 耳の中で聞こえる時(ヒューズ女史の場合これが一番多いのであるが)、女史はその声の届く角度で、そのスピリットの背の高さが分かるという。
 メッセージを受け取る人間側の態度によっても大きく影響を受けるという。しっかりとした声で喋ってくれると、それが惹き起こすバイブレーションによって助けられるし、同時にスピリットを元気付けることにもなる。スピリットにはメッセージを送る相手の声がちゃんと聞こえるのである。
 会場の列席者から一度に二人も三人も、それは私だという人が出たらどうするか、ヒューズ女史に尋ねたことがある。女史が言うには、そんな時はそのスピリットから霊光が走って、メッセージを受けるべき人の所へ行くので、それで判断するという。もし霊光が出ない時は、受けるべき人の声を聞いた瞬間に女史の内部で〝カチッ〟という音がするという。これはスピリットが認めてもらった喜びの念によって起きる声だという。
 又一つのメッセージを途中で切って別のスピリットからのメッセージを伝えるのはなぜかという点について、それは何人かのスピリットの声が一度に流れ込んできて(一刻も早く連絡したい一心の表れではあるが)、それが凄い勢いで衝突するので、その混乱で時間が失くなるのだと説明した。中には前のスピリットが使用したバイブレーションを使用するスピリットもいるという。どうしても上手く伝えられない場合はヒューズ女史の背後霊が割り込むことになるが、直接の通信に優るものはないという。
 背後霊の話によると、それぞれのスピリットが独自のバイブレーションを使用してくれた方がスムーズにいくが、時にはスピリットが興奮し過ぎてどうしようもないことがあり、そんな時は止むを得ず代わりにメッセージを伝えてやることになる。
 ヒューズ女史は更にこう語る。
 「霊視している時はあたかも肉眼で見ているようにごく自然に霊視が見えます。ただ見ている内は異常な感じは何も受けませんが、そのスピリットの感情とか性格に波長が合うと、途端に色んなものを感じ始めます。嬉しい感情もあれば悲しみもあり、心配の念もあれば安らかな気分になったりもします。時としてそのスピリットの死際の思いが反応することがあります。それはどうやらそのスピリットが再び地上に戻って来ることによって地上時代の思いや印象が蘇り、それが一時的にそのスピリットの感情として表れる為のようです」
 女史は通りを歩いている時や列車の中とか、その他どんな場所でも霊視をすることがある。スピリットの方からも女史が見えるので、しばしば向こうから挨拶してくることがあるそうである。それも大抵夕方よりも朝方の方が多いという。「朝の清々しい雰囲気がはっきりと見える効果を増してくれるのでしょう」と言う。
 厄介なのは列車の中で同席した人との縁のあるスピリットが現れて話しかけ、メッセージを伝えて欲しいと依頼される時だそうである。イギリス人というのは、たとえ隣り合わせても赤の他人には話しかけないのが習慣で、それを破ることすら大変なことなのに、いきなりスピリットからのメッセージだと言って伝えるのは勇気のいることで、ヘタをするとお𠮟りを受けることにもなりかねない。が時には思い切って話しかけてメッセージを伝えてあげるのだが、今までのところ、殆ど例外なく喜ばれたという。
 さて公開デモンストレーションでスピリットが戻って来てメッセージを伝えるなどということはよほど厳粛な出来事のように考えている人は、実際に参加してみると、これが至って人間的なもので、人間味と真剣さとがミックスした会であることを知って驚くのが常である。第三者から見れば些細な出来事でも当人にとっては非常に証拠性に富んだ出来事である場合がよくあるが、デモンストレーションというのはそうした出来事が次々と出て来る会である。
 前にも説明した通り、こうした催しを全体的に支配しているのはバイブレーションの原理で、生き生きとしている時は上手く行き、コチコチに緊張していたりダラダラとしている時は上手くゆかない。そんな時に人間味のあるユーモアが入ると固さがほぐれて好い成果を生む。
 私の手元にはあるデモンストレーションで取材した細かいメモがある。これは前に紹介したベンジャミン氏が主催したもので、一時間半という長時間の会であったが、その中でベンジャミン氏が一人の女性に向かって、
 「あなたの側に結核で亡くなった少女が見えます。今回初めて地上に戻って来られたようです」と言い、更にその少女の名前を告げ、死んだ時の様子(窒息死)を述べ、次のような驚く程細かい事実を述べた。
 「この娘はあなたの住んでおられる通りの向かい側の角の二階に住んでいましたね」
 その女性はその通りだと述べた。がその後ベンジャミン氏が高ぶった声でこう告げた。(ベンジャミン氏はスピリットが接近するといつも興奮気味になる)
 「この娘は指が四本しかありませんね。五本ではありません」
 これを聞いた女性は驚いた様子でこう叫んだ。
 「そうなんです。いつも人に見られないようにしていました」
 これなどは正に私の言う〝証拠性のある事実〟である。指を失った人はそうどこにでもいるというものではなかろう。そのこと自体お気の毒なことではあるが、それが却って本人である証拠となった一例である。
 続いて出たスピリットのことであれこれ述べていたベンジャミン氏は、会場の若い女性に向かって
 「あなたの頭上に〝ニュージーランド〟という文字が出ているのですが・・・・」と言うと、「私はニュージーランドから来たばかりです」という返事であった。これはベンジャミン氏がメッセージを述べる時の通信の受け方の一つを示していると言えよう。
 次に、これはいかにもこの世の人間らしい話であるが、ベンジャミン氏が一人の女性に向かって「こんな所で申し上げ難いことなんですが、よろしいですか」と断ると、「結構です」と返事である。そこでベンジャミン氏はスピリットがこう言っていると伝えた。「あなたが離婚した相手は私の孫だ」と。
 聴衆はこうした一連の人間的メッセージにうっかり胸を打たれていたが、次に紹介するのも人間味溢れる話である。
 あるスピリットが自分はスプリンガーと言い心臓発作で死んだことを告げると、ベンジャミン氏が付け加えて、この方は青果店を営み、息子さんが二人いて、みんなからオールドバーニー(バーニー爺さん)と呼ばれて親しまれていたが、時にはオールドバーミーとも呼ばれていたと言った。これだけ細かいことを告げればメッセージを受けた婦人が迷うことなくスプリンガー氏であると信じても驚くに当たらない。
 更にスプリンガー氏が、その婦人に果物を買って貰った時に自分よりお金に困っている様子なので代金を受け取らなかったことがあるという話をすると、婦人は即座に「そんなことがありました」と答えた。そして最後にベンジャミン氏は「あなたは両足が揃っていてよかったですね。医者は切断することも考えたんですよ」と述べて、それでおしまいになった。
 次に白髪の婦人に向かって、その婦人の家での霊騒動の話を持ち出した。壁に掛けてある絵画が突如理由もなく落ちたり、ミュージカルジャグ(一種の楽器)がひとりでに位置を変えていたり、その他摩訶不思議なことが次々と起きるというのであった。
 ベンジャミン氏はそれを長々と述べた後、これは皆亡くなったご主人がやってることだと本人が言ってますヨと述べた。これなども些細な出来事と言えば確かにそうだが、亡くなったご主人が妻の身辺で起きている出来事を逐一知っていることを示していて興味深い。
 更にベンジャミン氏はその婦人の隣の席にいる男性を指して、「この方は二番目、いや三番目のご主人ですね」と言うと、そうだと言う。するとそのご主人が奥さんのことを褒めて「世の中の奥さんが皆家内のようだといいが、と思う程ですヨ」と言うと、ベンジャミン氏が待ってましたとばかりに、
 「成る程、それで他の二人の旦那さんも一緒に出て来られたんですな!」とユーモラスに話した。
 そのご主人はもう一つの通信を確認した後、自分の病気のことでどうも医者の診断が納得がいかないことがあるのだが、とベンジャミン氏に尋ねた。するとベンジャミン氏はそれは心霊治療の方がいいのではないかと言い、医者だって診断に絶対に誤りがないわけではないですよと付け加えた。するとそのご主人の曰く-
 「医者は私があと六ヶ月の命だと言ったんですが、六ヶ月したらその医者の方が死んだんです」

 霊視家は自分に霊能があることをどうやって発見するのだろう-そう思われる方もあろう。ベンジャミン氏の場合を紹介すると、十代の時に近所でスピリチュアリストの集会があることを耳にし、一つ厄介な質問でもして困らせてやろうという魂胆で友人達と一緒に行ってみた。
 ところが質問どころではなかった。霊媒がベンジャミンを呼び出して、君のいとこの霊がこんなことを言っているが、とそのメッセージを告げられ、それが紛れもない証拠性をもっていたので、少年ベンジャミンは茫然として家に帰った。これで好奇心を募らせたベンジャミンは翌週もう一度出席してみた。すると今度は眠くなって寝入ってしまった。が実はこれが最初の入神体験だったのである。
 ベンジャミン氏はこう語っている。「我に帰ると聴衆が自分を取り囲むようにして立っているではないですか。その内の一人が、死んだ父親からの素晴らしいメッセージを私が語ったと言うのです」
 後は時間の問題であった。能力が伸びるにつれて交霊会の注文が殺到した。当時は仕立て屋のアイロンかけを一日十三時間もやっており、霊媒としての仕事は夜十時以降しか出来なかった。そんな日課がいつまでも続くわけがない。やがて仕立て屋を辞めて霊媒一本を職業とする決心をすることになる。
 では収入はどの程度だろうか。当代指折りの霊視家でありながら、それが至って質素なのである。週二回開いているが、その入場料が一シリングで、しかも年金受給者は無料という。会場は二つとも座席数がほぼ百五十人である。個人的な交霊会でも一回一ギニーである。それも霊力は水道の蛇口のようにいくらでも出るというものではないから、回数を制限しなければならない。
 霊媒の仕事は大儲けは出来ないのである。

 『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 霊媒が入神状態(トランス)に入り身体を背後霊に預けるというのは一体どういう状態をいうのだろうか。トランスに入るのは原則として自発的行為である。というのは、いかなる霊媒でも、霊媒としての存在よりも一人の人間としての存在の方を優先させるのが、霊媒としての仕事をする上で最も大切な点だからです。
 それ故、自分の存在そのものを背後霊に任せ切るということは、よほど背後霊に対する信頼と尊敬の念がなければ出来ないことをまず理解しなければならない。決して悪いようにはしないという信念があるのである。背後霊と霊媒とを結ぶその尊敬と情愛の深さは第三者には到底分からない。霊媒は何年何十年にも亘って背後霊の加護と援助を受けており、たとえ第三者には見えなくても、霊媒自身には紛れもない現実なのである。
 私はかつてヘレン・ヒューズ女史にトランスに入ったり出たりする時の感じを尋ねたことがある。女史が言うには、トランスに入るのは寝入る時の様子と似ているという。入る時の準備としてまず身心をリラックスさせる。すると次第に意識が麻痺してくる。その感じはクロロホルムを吸わされた時の感じとよく似ているという。
 トランスから回復する時の様子も睡眠から覚める感じと似ているという。トランスが深くて長時間に亘る時は、どこか遠い旅行から帰って来たような感じで、その感じは、トランス中に女史の身体を使用するスピリットが新米でなくて、いつもの背後霊(レギュラー)に限られた時程顕著だという。
 いずれにしても女史はトランスから覚めた時はいつも気持がいいという。例えてみればコップの水を棄てて新たに注いだ時のような新鮮な感じがするそうである。であるから女史はトランス現象は楽しいという。まず身心のリラックス状態が始まって、熟睡から覚めた感じで終わる。従って女史の持論は、トランス現象は霊媒の健康に決して害はないということである。無論過度にやらなければのことであるが・・・。
 時には背後霊の計らいで新しいスピリットに身体を使わせることがあるが、その時は声も身振りも姿勢も変わって、そのスピリットの特徴をみせる。
 私は女史の交霊会には何度となく出席しているが、証拠性の点からみて最も素晴らしいのは、寧ろ即興的にやった場合に多く見られた。つまり急に大切なメッセージが届けられるのをインスピレーション式に感じ取ってトランスに入った場合である。
 いつも決まって出る背後霊(レギュラー)は三人いる。その主任ともいうべき支配霊がホワイトフェザーと名乗るインディアンで、威厳があり、ゆっくりとした落ち着いた話し振りである。「この霊は私にとって哲人であり、教師であり、又慰め役でもあり、私の人生を築き上げてくれた恩人である」と女史は言う。
 次のレギュラーはグラニー・アンダスンというイングランド北部出身の女性で、その地方独特の方言と言い回しに特徴があり、素朴なユーモアと率直な人柄を備えている。
 もう一人はマジータと名乗るインディアンの子供で、その無邪気で罪の無さが会の雰囲気を和らげる作用をしている。
 仮にこの三人の背後霊の声をラジオで聞いたら、これが同一人物の口から出ているとはとても信じられないであろう。それ程三人三様の特徴がある。これをもしも女史が声色で使い分けているのだとしたら、女史はいっそのこと霊媒稼業を辞めて声帯模写を商売にした方が余程生活が楽になるのではないかと思う。
 この三人が、時折、交霊会の冒頭で続け様に話をすることがある。そしてホワイトフェザーとマジータが最後にもう一度出て来る。がグラニー・アンダスンは一回きりである。がその話の内容は簡にして要を得ている。
 ところで、このトランス(trance 失神状態)という用語を霊媒現象に使うのは全くの誤用である。スピリットに支配されている時の霊媒が百パーセント意識を失ってしまうことは比較的少ないからである。トランスにも色々と段階があり、うっすらと意識を失う初歩的なものから、完全に失神してしまうものまである。軽い場合は自分の口をついて出るスピリットの言葉が逐一分かっていながらその内容までは干渉出来ない状態である。
 トランス中の感覚は霊媒によって違うもので、自分の口で喋っているスピリットの話がちゃんと聞こえるのに、自分自身は何だか遠くにいる感じがするという人もおれば、その喋っている自分の身体の直ぐ上の辺りに位置しているような感じがするという人もいる。更には、これは数は少ないが、所謂幽体旅行をして、遠くの場所で見たり聞いたりしたことを意識が戻ってから思い出せる人もいる。
 私が色々考えた挙句の結論として言わせてもらえば、たとえトランスが完全な失神の段階に達したとしても、それは霊媒の潜在意識が完全に排除されたということにはならない。であるから私は、いかなる形式の霊媒現象にせよ、百パーセント純粋な霊通信は極めて稀であると言いたい。スピリットによる支配は一種の憑依現象であるが、どんな場合も必ず霊媒の潜在意識を通じて行われるのである。成果の出来不出来はスピリットがどれだけその潜在意識をコントロール出来るかにかかっているわけである。
 ところでこの霊媒現象を器械にやらせようという試みが色々となされてきたが、今もって霊媒の存在抜きでは上手くいっていない。その中で最も精妙に出来ているものでさえ霊媒が側にいてエネルギーを与えてやらないといけなかった。
 無線電信の権威の一人で、かのマルコニーと共にこの霊媒器の最初の実験に携わったフィスク卿 Sir Ernest Fisk は私に、器械による霊界通信は絶対出来るという確信を述べたことがある。卿が言うには、資金さえあれば必ず考案出来る。霊媒器は要するに霊界からの波長をキャッチ出来ればいいからだ、という。
 果してそんなことが可能かどうか私は知らない。第一そんなものが必要かどうかが異論のあるところであろう。私は、現在の地球人類のような、まだまだ進化の足らない段階で、もしもそんな器械が出来て、ネコもシャクシもまるでテレビやラジオのようにポンとスイッチを押しただけで霊界から通信が入るようになったら果してどんなことになるか、考えただけでゾッとする。
 いずれにしても、当分は生身の霊媒に頼る他はない。となると、ある程度その霊媒の精神的な個性によってメッセージが影響を受けることは覚悟しなければならない。霊媒は電話やテレビとは違う。自分なりの考えとか主義主張、偏見や先入観をもっている。それがある程度メッセージを脚色するに違いない。従って霊界からの通信には多かれ少なかれ霊媒自身の潜在意識が混じり込むことを常に斟酌してかからねばならない。
 ところで、我々の日常生活の行為の相当部分が潜在意識によってコントロールさせていることを知らない人が多いようだ。赤ん坊の頃を思い出してみるとよい。歩くという行為一つをとってみても、赤ん坊は最初その一歩一歩に全身全霊を打ち込む。それを何年も続けることによって殆ど機械的な動作となってしまったわけである。今では歩こうという意識が潜在意識に伝わるその瞬間に、歩く為に必要な筋肉、神経、腱、血行等が一斉に作動する。話すという行為も同じ過程であり、その他身体の機能は皆そうである。
 霊媒がスピリットにコントロールされるに際しても、まず精神的に受身になることが意識を鎮める第一歩である。スピリットは、程度は別として、霊媒をトランスに導く為にはまず意識を抑え、次に潜在意識を支配することによって霊媒を我がものとしてしまう。
 このことに関連して、一体霊媒は教養と学問を積むことがプラスになるかマイナスのなるかが長い間論争の種であった。余計な知識が少ない程潜在意識の抵抗も少ないと主張する一派と、知識が多い程霊媒としての質が良くなるのだと主張する一派とがある。
 私自身の考えでは、やはり知識は広くもつ程独断的にならずに済むと思う。交霊実験会という形で霊媒現象が見られるようになって120年ばかりになるが、その方法に関しては議論百出である。が私自身のかなり豊富な経験から言わせてもらえば、右の二派の意見は、それなりの根拠を挙げようと思えば挙げられるのである。
 示唆に富む例を一つだけ挙げると、第一級の霊媒の交霊会で支配霊がある見解を述べ、その後こんなことを言った。
 「今申し上げたことは実は私自身の意見ではありません。この霊媒の潜在意識を支配している考えなんです。それを私が申し上げたのは、私自身の意見を邪魔されずに述べようと思えば、そういう潜在意識にある支配的な観念を先に吐き出させて、取り除いてしまうしかないからです」
 心霊現象が発生するプロセスについて色々と説かれているが、そのいずれを取ってみても、その説の通りにやったからといって上手くいくものではない。我々人間は居ながらにして霊的存在であり、死後に使用する霊的属性を、未発達ながら、全部具えている。死んで初めて霊魂となるのではない。従って論理的に言えば、スピリットが霊媒を通じてやっていることは、方法さえ会得すれば、我々にも出来る筈なのである。
 それが中々上手くいかない理由の一つとして、地上界と死後の世界との間に時間と空間の違いがあるという点が考えられる。もっとも、ごく稀ではあるが、生者が肉体を脱け出てトランス霊媒を通じて話をした紛れもない例がある。がその場合でも、全責任をもつ支配霊の看視の下に行われる。
 その点ではインドのヨガ僧やイスラム教の行者などには超能力を開発して精神と肉体を完全に克服し、驚異的な芸当をやってみせる者がいくらもいる。そのプロセスには霊媒現象に似た要素が無いわけではない。がもしも交霊会で霊媒の背後霊のやっているようなことを、人間が同じ要領で自在にやれるようになったら、私は大変な混乱が生じるものと想像する。それかあらんか、どうやら交霊会の舞台裏の奥には秘密があり、決してその全ては教えてくれてないように思う。
 スピリットから教えられたある理論をもとに何年も実験して、ある種の現象の演出に成功した人を私は何人か知っている。がその場合も、その得られた結果は、教えられた理論からは出る筈のないものばかりであった。

 『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 自動書記現象は果たして霊界からの働きかけの証拠であろうか、それとも単なる潜在意識の仕業であろうか。その答えは結局その通信の内容によって判断する他はない。内容に何等人間の能力を超えた摩訶不思議なものがなく、霊媒自身が知り得る範囲内のメッセージに過ぎない場合は、霊媒の潜在意識の仕業とみるのが無難である。がもしもその内容が明らかに霊媒の知識の範囲を超えている場合は、何か別の解釈を考えなくてはならない。常識的な説明で納得出来る限りは霊的要因のせいにしないというのがスピリチュアリズムの鉄則である。
 ジェラルディン・カミンズ女史はノンプロの霊媒であるが、自動書記霊媒としては当代随一である。新約聖書の欠落した部分はその後の歴史を物語る通信が見事な散文体で次々と書かれている。
 その一部である(クレオファスの通信)は聖書の使徒行伝の補遺のような形になっているが、これは著名な聖書研究家でロンドン主教付の審査係司祭であるオスタリー博士によって〝正真正銘〟の折り紙をつけられている。その他にもウェストミンスター律修司祭であるディアマー博士と当時ケンジントン主教だったモード博士他複数のブリストル並びにカンタベリー大聖堂の律修司祭の立会いの下に書かれた通信が幾つかある。
 私もカミンズ女史の自動書記に実際に立ち会って、その信じられないような手の動きを目の当たりにしている。女史はページ数の書き込まれた罫紙を前にして着席し、左手で両眼を被い、肘をテーブルに置く。右手に万年筆を握って書く態勢をとる。すると数秒もしない内に万年筆が電気仕掛けにあったように動き出し、一時間に千五百時のスピードで書き始める。
 直ぐ横には女史の親友のギブス女史が待機している。この人の存在がカミンズ女史の霊能によい刺激を与えているようである。そのギブス女史がカミンズ女史の書いている間中ずっと用紙を両手で押さえている。ただそれだけであるが、唯一ギブス女史が万年筆に触れるのは各ページの終わりに来た時で、一旦万年筆を止めておいて用紙をめくってあげる。すると又猛スピードで万年筆が動き出す。
 こうした光景が一時間あまりに亘って続いたのであるが、その間、私とカミンズ女史とギブス女史の三人の間には何一つ会話はない。耳に入るものといえば、ギブス女史が囁くような小さい声でYesとかNoとか言う声だけであった(注11)。
 私が立ち会ったのはカミンズ女史の背後霊の一人からのと、有名な古典学者でスピリチュアリストだったフレデリック・マイヤースからのもので、マイヤースのはその前の自動書記で書いたエッセーの続きであった。タテ13センチ、ヨコ16センチの用紙九枚に見事な散文で書かれていた。霊媒には見えない筈なのに用紙の縁に来るとピタリと止まり、決してはみ出ることがなかった。
 カミンズ女史の通信は二つの形式をとった。一つは霊耳に聞こえる声を書き留めていく方法。もう一つは軽いトランス状態で自動的に書かれていく場合である。
 女史は大学教授の十一人の子供の一人として育った。アイルランドでの子供時代、両親の激しい信仰上の口論を耳にしていたのが原因で早くから宗教に背を向けた。物心ついた時は不可知論者となっていた。婦人参政権運動家の野外集会に加わっていたことで、暴徒から投石されるという経験もしている。ホッケーに興じたこともあるし、テニスの大の愛好家でもある。主な趣味は芝居と近代文学である。
 そもそもカミンズ女史が霊媒となったキッカケは、作家になりたくてダブリンへ出たことに始まる。ダブリンの町では同じく大学教授の娘であるヘスター・ダウデンの家に下宿した。ところが実はそのダウデン夫人が有名な自動書記霊媒だったのである。やがて彼女自身にも同じ霊能があることが分かり、それをダウデン夫人が養成したのだった。
 カミンズ女史は文学に趣味をもっていただけに本はよく読んでいたが、その範囲は主として近代作家に限られていて、神学とか哲学、心理学、科学、或いはキリスト教の起原等については一冊も読んでいない。自動書記の内容は殆どが聖書時代のものばかりなのに、女史自身は勿論、助手のギブス女史も一度もエジプトやパレスチナといった聖書にゆかりの深い土地を訪れたことがない。
 又面白いのは、自動書記によって書かれる文章と、女史の文学趣味から書く文章とがまるで質が違うことである。女史は小説を一つ書いており、又かの有名なダブリンのアベー座で上演された二つのアイルランド民族劇の共同作者の一人でもあるが、そんな時の彼女は実に筆が遅い。二日がかりでやっと六、七百語程度で、「とても疲れます」と語っている。読み返すと訂正しなければならないところが沢山目につくという。
 ところが自動書記となると文章が泉の如く湧き出て、休止も訂正もない。  の点が落ちていたり  の横棒がなかったりすることはあるが、文章はいつも読み易いし、意味はちゃんと通じているし、何日かかかっても内容に連続性がある。一時間半もぶっ通しで書き、2200字あまりを書くことはしばしばで、終わった時にぐったりするのも無理はない。
 新約聖書を扱った通信は専門家の厳しい吟味がなされている。その専門家の中にはエジンバラ大学神学教授のパターソン氏と聖アンドルー大学道徳哲学教授のモリソン氏の二人がいる。そして二人は通信の中に出て来る地理、歴史、用語の一語一句に至るまで完全に正確であることを確かめた。この二人の他にもう一人、本章の始めに紹介したオスタリー博士を加えた三人が、「クレオファスの通信」へ極めて専門家らしい序文を寄せている。そして「カミンズ女史の正真性と私心の無さに満足している」旨を表明している。
 さて「クレオファスの通信」は実に複雑な課程を経て地上に送られて来ているらしい。実際に通信を書いているのはメッセンジャー(使者)と名乗る人物で、本人は自分は使者であって著者ではないと主張している。そして通信の内容そのものはクレオファスという、地上の人間と直接交信が出来ない程高級なスピリットから送られてくるという。又「クレオファスの通信」と題された代年記はキリスト教の初期の時代から既にその存在が知られており、その写しが二、三存在していたが、今では一冊も存在していないという。
 更にメッセンジャーの述べるところによると、クレオファス霊は紀元一世紀にキリスト教徒に改宗した人物で、その失われた幾種類かの年代記をもとにして、これを一つの物語に仕立て上げることを使命としているという。その過程を説明すると、まずクレオファス霊がその物語を、スクライブ(書記)と呼んでいる霊に送る。スクライブはそれを更にメッセンジャーに送る。するとメッセンジャーが、カミンズ女史(彼は彼女のことを侍女などと呼んでいる)の潜在意識の中に潜り込み、通信を送る為の用語を見つけるといった、三つの段階を経ている。こうした複雑な課程を経て書かれたものでありながら、その内容は驚く程明快である。
 メッセンジャーが言うには、原典となっている年代記はイエスの誕生後六、七十年頃に纏められ、その一部はそれより少し後に付け加えられたものだという。原著者は実際にイエスの使徒達の姿を目にし言葉を耳にした人物で、主としてギリシャ語を用い、時にアラム語又はヘブライ語を用い、エフェソス又はアンチオキアでその大部分が書かれたという。
 カミンズ女史の「クレオファスの通信」の序文を書いた専門家の話によると、この通信は聖書の「使徒行伝」と「ロマ書」の欠落部分を埋める形になっており、初期教会時代の様子やイエスの誕生直後からパウロがアテネへ向かうまでの間の使徒達の行状が語られている。
 「この通信は元々聖書を補うことを意図したものではなく、聖書を基盤にしている様子もなく、又聖書を参考にしている様子も窺えない。メッセンジャーは聖書そのものの存在をはっきり意識している様子がなく、自分でも〝現存する聖書については知識を持ち合わせていない〟と断言している」と専門家達は述べている。
 更に、この通信には〝新約聖書に述べてあることを更に詳しく述べたり説明したりして、十分言い尽くしていない部分や全く述べていない部分を補ってくれている資料〟が含まれているとも述べている。例えば、改宗してからのパウロの体験が細かく述べてあるが、新約聖書にはそれがない。
 又次のような興味深い指摘をしている。〝使徒行伝〟の最初の十二章は日数にすると全部合わせても三十日の出来事しか述べてないが、年数にすると少なくとも九年間にまたがっている。この事実をみても、実際の使徒達の行状の大部分が欠落していることが分かるという。
 専門家が感心するのは歴史的事実の正確さである。たとえば、と次のように指摘する。
 「アンチオキアのユダヤ人学者の支配者のことを Archon と呼ぶことなどは、よくよく勉強した学識ある学者でないと出来ないことである。というのは、クレオファスの年代記の原典が書かれた頃と思われる時代よりさほど古くない時代には、ユダヤ人社会の支配者は Ethnarch と呼ばれていたのだが、西暦十一年にローマ帝国オーガスタスが都市の組織と統治を改めてからは、ユダヤ人社会の支配者の呼び方が Archon に変えられたのである。
 もしも通信が Archon でなく Ethnarch になっていたとしても、これは大目に見てやるべき誤りと言えよう。特に通信者は当時パレスチナで生活していたというし、当時パレスチナのユダヤ人はサンヘドリン(ユダヤ最高会議)によって統治されていたから尚更のことである。それを、比較的新しい呼び方である、 Archon を使用しているところなどは、専門家でないと見落としがちな細かい正確な知識を物語る好い例証といえよう。そうした詳しい知識にかてて加えて、通信者が同時代の人間であったことを物語る深い観察力が随所に見られる。十二人の使徒の性格の描写には理解と同情が著しく出ている」
 こうした聖書時代に関する通信は「クレオファスの通信」一冊では終わらず、何冊か追加されている。特に注目されるのは(ネロ独裁の頃)で、聖書が何も語ってくれないパウロの晩年の様子も描かれている。丁度聖書の「使徒行伝」が終わる頃から筆を起こし、パウロの地上生活の終わりまでを見事な文章で述べている。パウロがスペインを訪れた時のことや、当時のプリトン人を改宗させる計画の話、それからローマでのペテロとの最後の再会も出て来る。又ネロ皇帝の宮殿の煌く様な美しさ、それと対照的な恐ろしい陰謀、そしてローマの大火災というクライマックスの様子などが綴られている。
 カミンズ女史は、自動書記によって何一つ価値のあるものが得られたためしがないという批判を打ち砕く生き証人である。女史の霊能のお蔭で聖書に新しい光が当てられ、曖昧だったところが明瞭となり、学者が長年求めてきた情報をもたらしてくれたのである。
 さて自動書記で極めて興味深いものに十字通信というのがある。複数の霊媒が互いに何キロにも離れた場所で断片的な文章を受け取り、それを繋ぎ合せると辻褄の合ったメッセージになるというもので、私自身、妻と共に米国最大の女性霊媒の一人であるマージャリー・クランドンを尋ねた時に実験してもらったことがある。それを紹介する前にまずマージャリ-自身を紹介しておこう。
 霊媒というと何か薄気味悪い変わった人間と思っている人がこのマージャリーに会ったら、さぞかし怪訝な気持を抱くことだろう。至って普通の女性で、スポーツ好きで、楽しい性格の持ち主なのである。
 マージャリーの変わったところを強いて挙げれば、その霊能の種類が多彩でありながら、霊媒としての全生涯を通じて一銭のお金も取らなかったことである。断っておくが、私は霊媒がそれを職業として金銭を取ることを決して悪いこととは思っていない。全ての分野の人と同じく霊媒も食べていかねばならないし、家賃を払わねばならないし、衣服も買わなければならない。生活必需品を得る為にはそれは当然の行為である。
 霊能の仕事には金銭の報酬があってはならないと主張する人がいるが、私はこれは間違ってると思う。ならば霊媒はどうやって生計を立てていくのかという問題を抜きにしているからである。もし報酬が得られなければ助成金を貰うか、さもなれば慈善資金でも戴かねばならないであろう。同じく霊的な仕事に携わっている牧師はちゃんと収入を得ているし、それでいいのである。あれは年金だと言うかも知れないが、根本的には同じことである。
 勿論理想を言えば霊能者は金銭的なことに煩わされないのが望ましい。が現代のような経済的事情の下では、霊能者も普通一般の人と同じような生活を強いられる。マージャリーがお金を一切受け取らなかったのは、霊媒の仕事に金銭問題が絡んで来るととかく欲が出て、しくじらない為に上手く誤魔化すことまで考えてしまう危険があるという自戒があったことを明記しておきたい。
 ご主人はボストンでも有名な医師であったが、マージャリーの霊媒としての仕事の為に莫大な支出を余儀なくさせられたに違いない。というのは、霊媒の真偽をテストする為の科学的装置を幾つも拵えたからである。その上夫妻の親切なもてなしは有名で、自宅を開放して誰でも出席出来るようにしていた。科学者、法律家、作家、牧師、医師、手品師、心霊研究家、こうした人々がいつも出入りしていた。
 マージャリーの霊媒現象は長年に亘って議論の的となったが、彼女自身はそれを一向に気にしている様子はなかった。殆ど無関心の立場をとり、中傷者からの非難の声にも耳を貸さなかったが、同時にそういう心ない連中を悪く言うこともなかった。
 そもそもマージャリーがスピリチュアリズムに関心をもつようになったキッカケは、ご主人のクランドン氏が有名なクロフォード博士による心霊実験の記事を読んだことに始まる。クランドン氏は非常な関心を抱き、自宅でも同じような実験が出来ないものかと考えた。そして実際に霊媒を呼んで幾つか実験を続けている内に奥さんのマージャリーにも霊媒素質があることが分かった。
 マージャリーを通じて最初に通信を送って来たのは実弟のカナダ人で列車事故で死亡したウォルター・スティントンたった。クランドン氏は容易に信じない人であったが、何回かの実験で間違いなくウォルターであることを確かめてからは、そのウォルターがマージャリーの実験会の中心的支配霊となった。
 始めの内はテーブルの移動、ラップ(叩音)、ノックによる通信といった単純な心霊現象ばかりであったが、その内トランスに入るようになり、直接談話、エクトプラズムの出現、続いて物質化霊の出現、物体が物体を貫通する現象、自動書記(その一部は英語以外の言語による)、そして十字通信といった風に発展していった。
 証拠がどんどん積み重ねられていった。最初は他の原因のせいにしてよいものもあったが、全体を通してみると、ウォルター霊が指揮してやっていることは明白だった。特に重要な点は実験に先立ってウォルターが、今日はこのようなことをやってみせます、と予め現象を予告していたことで、それは現象が意図的に行われていることを証明するものであった。
 さて、ある日ウォルターは「他にどんな証拠が要りますか」と尋ねた。そこで自分の指紋が作れたら文句はないのだがという注文が出された。するとウォルターはワックスとお湯を用意して欲しいと言って来た。早速用意すると、そのワックスに親指の指紋をつけ、これは自分の指紋だと言う。その証拠として、死ぬ少し前に使用した剃刀の刃に指紋がついている筈だから、それと比べて欲しいという。調査した結果ピタリと一致した。
 がウォルターはそれだけでは満足せず、指紋現象で色んなことをやってみせた。最初の内は普通の指紋であったが、その内逆指紋つまり隆起と窪みとが逆になったものを作ってみせた。これは物理的に不可能なことである。ところがもう一つ〝不可能なこと〟をやってみせた。それは凹面と凸面の逆指紋であった。そして最後には鏡像の指紋まで作って面食らわせた。つまり隆起と隆起、くぼみとくぼみは一致しているが全体が鏡に映ったのと同じ逆の像になっていたのである。
 こうした一連の実験でウォルターは合わせて131個の指紋を作ったが、これを顕微鏡で拡大してみると汗腺や特徴ある環状や渦巻きなど、解剖学的にも普通の皮膚と完全に一致することが、ワシントン、ボストン、ベルリン、ミュンヘン、ウィーン、スコットランドヤードの各警察の専門家によって確認されている。
 どの実験会でも霊媒が身動き出来ないように配慮された。肘と手首を紐で椅子に縛りつけ、部屋の隅が奥まった所に列席者から見えるように位置させ、両手は特別にあつらえた〝筒穴〟の中に突っ込ませた。こうした条件にイヤな顔一つせずに応じたマージャリーは更に、実験の前と後に全身をチェックされ、特別に用意したワンピースを縫い付けられ、ロープで縛られ、最後の外科用のテープで椅子に貼り付けられたが、こうした処置にも気持よく応じている。
 ある時、ウォルターの親指の指紋が或る人の指紋とよく似ているということが指摘されたことがあった。しかし、たとえ事実だとしても、それはウォルターの実験結果が超常現象であることを否定するものではなく、指紋の作製が必ずしも絶対的証拠とはならないことを証明するに過ぎない。
 さて、こうした背景の下で私達夫婦がクランドン邸を訪れた夜、即席の交霊会を開いてくれてウォルターが十字通信をやってみましょうと言ってくれた時は、とても嬉しかった。
 その夜招待された人の中にボストン造船所の所長ジョン・ファイフ氏がいた。そのファイフ氏にウォルターから六人の人を選んで欲しい。そして明日の夜七時に何か一つの言葉ないし品物の名前を選んでおいて欲しい、との要請があった。その言葉ないし名前をウォルターがマージャリーとサリー・リッツェルマンの二人に通信すると言うのである。リッツェルマンは自動書記が得意なボストンの女性霊媒である。
 ファイフ氏は実は翌朝子供連れでドライブに出かける予定にしており、ニューハンプシャーを通ることは分かっていても、夜七時にどの辺りにいるかは見当が付かない。しかし何とかして六人の証人を集めて単語を選んでもらい、そのことを証言する声明文にサインしてもらいことを約束した。そして私達夫婦と相談して、単語が決まり次第ボストンから七十マイル離れたロイヤルストンにある〝フレンチ〟という店にファイフ氏が電話を入れるということになった。
 そのロイヤルストンからほぼ一マイルの所にマージャリーが土地をもっていて、その森の中に幾つか山小屋があった。翌朝マージャリーと米国のSPR(注12)会長バットン氏、それに私達夫婦の四人がロイヤルストンに向けて出発した。リッツェルマン女史がご主人と共に既にその小屋の一つに待機していた。どの小屋にも電話はない。そこで電話のある一番近い店の〝フレンチ〟が選ばれていたのである。到着すると直ぐに私はマネジャーのウィルコックスとかいう人に会い、七時過ぎに電話で或るメッセージが届くから、それを書き留めておくようにお願いし、後で私が取りに来るからと言っておいた。
 さて、七時かっきりにマージャリーとリッツェルマンが別々の山小屋で着席した。両者は通常の手段では交信は出来ない。まずマージャリーがバットン氏とマージャリー家のお手伝いをしている日本人、それに私が見ている前で Water Melon (スイカ)と書いた。一方リッツェルマンの方は私の妻の見ている前で同じく Water Melon と書いた。
 面白いことにリッツェルマンの文字は鏡像で書かれていた。つまりそれを正しく読むには鏡に映さないといけない。それから、マージャリーが書いている時、日本人のお手伝いが犬をあやしていて、その犬が唸り声を出したのでマージャリーが犬を静かにさせるように言っていたが、そういったことは通信に何の支障もなかった。
 私は直ぐさま車で〝フレンチ〟へ行ってマネジャーからその数分前に届いたというメッセージを受け取った。それは封印をした封筒に入れてあった。開封してみると Water Melon と書かれた紙切れが入っていた。
 後に、その日に立ち会った人全員による署名入りの声明文を手に入れることも出来た。幾つかの十字通信に立ち会っているバットン氏は、実験が上手くいく時はいつもウォルターの方からやろうと言い出した時か、こちらからの申し出をウォルターが快諾した時だと私に語ってくれた。

 (注11)-この場合は質問に対する返事ではなく、新しいページを書き始める時の「はいどうぞ」とか、用紙の縁からはみ出そうになってそれを押し止める時の「ダメ」といった意味と解釈される。

 (注12)-Society for Psychical Research の略。心霊現象の科学的研究を目的として設立された純粋の学術機関。

 『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 フランク・リーア氏のスタジオでは毎日のように死者がポーズを取っている。既に三十年もの間リーア氏は霊視能力と画才を駆使して何千人ものスピリットの肖像画を描いて来たのである。中には子供の霊もいる。ごく僅かな例を除いて、殆ど全部が親戚や友人によって当人に間違いないことが確認されており、いつまでも保存のきく貴重な死後存続の証拠となっている。
 死者を描く時はなぜかその人間の死際のいわば地上最後の雰囲気が再現され、リーア氏も否応なしにその中に巻き込まれる。その意味でリーア氏自身、自分が画いた肖像画の枚数分だけ死を体験したことになる。
 リーア氏には生まれつき霊視能力があった。生まれつきの霊能者が皆そうであるように、氏も子供の頃は他人に見えないものが自分にだけ見えることで子供心を痛めた。始めの内は誰だか分からずに戸惑い、やがてどうやら死んだ人達らしいと感じ始めた。
 成人してからはジャーナリストと漫画家を暫く続けたが、その内その画才と霊視能力とを結合させることを思いついた。そして始めの頃はスピリチュアリストの協会などを通じて予約をとった人だけを匿名で招いた。
 今では電話で申し込みを受け付ける。早い時は直ぐにその依頼者の肉親の人とか友人とかの顔が見え、そのスケッチに入る。勿論依頼者とは一面識もない。が、描きながらスピリットに関する情報を次々と述べていく。そうやって、依頼者が訪ねて来るまでには既に確認の材料が十分揃っていることがしばしばある。
 それから依頼者が来る。多くの場合、来た時は既にスケッチが出来上がっているが、それからスピリットを見ながら色調に筆を入れ、立派な肖像を描き上げる。大抵の場合、比較の為の写真を持参してもらう。
 依頼の電話が前もって分かる時もある。目の前にスピリットの顔が現れて目を覚まし、霊聴でそのスピリットと会話を交わし、生前の名前や地上に戻って来た理由等の情報を得る、ということがある。
 この種の仕事で困ることは、そのスピリットの死の床の痛みや苦しみといった、地上生活最後の状態を霊能者自身も体験させられるということである。なぜかは十分に解明されていないが、多分ある磁力の作用によると思われるが、スピリットが始めて地上に戻って来た時は地上を去った時の最後の状態が再現されるのである。
 時には自分の身元を証明する為に十年前とか二十年前、三十年前、或いは四十年も前の大きな出来事を再現してみせることもある。実に細かいことまで再現される。ある女性霊の場合などは、ビクトリア女王の前に参列した時のドレスを着て出て来た。リーア氏の目には参列者でぎっしり詰まった王宮の全光景が映ったという。
 リーア氏の目に映る霊姿は、他の霊能者の場合と同様、少しも気味の悪さとか幽霊のような感じはないという。幻のようにぼんやりと透けて見えることもなく、幽霊話に出て来る霊とはおよそ似てなくて、しっかりした実体が感じられ、寧ろ地上の人間より生き生きとして生命力が感じられるという。リーア氏はポーズを取ってくれているスピリットの回りを、丁度画家がモデルの回りを歩くように歩き回るのである。歩き回りながら形やプロポーション、その他の特徴をノートに取っていく。
 強烈な個性の持ち主の場合は、その個性を一時的に表情に表してもらい、それを知る人が直ぐにそれと分かるように肖像画に表現する。顔のシワの一本一本、目や髪の色は勿論のこと、ホクロだとか歯の欠けた所など、証拠になる特徴を細かく見てとることが出来る。一方、スピリットの方も自分を早く確認してもらう為の材料として、自分の身の上話をしたり、変わった呼び名、住んでいた町や国の名、職業等についての情報を提供する。
 そうした作業をリーア氏は別に入神状態でやるわけではない。至って普通の状態である。異常な特徴といえば、肖像画を仕上げるその速さである。僅か九秒で完全な肖像画を仕上げたこともある。正常なスピリットの場合三十秒というのはザラで、平均しても三分から五分である。大きさはいつも等身大で、スタジオの中はデーライト(昼光)である。
 リーア氏はスケッチから油絵を描くことがある。その色の使い方、特に目の表情などは明らかに霊視能で実物を見ていることが分かる。行ったこともない外国の地図を描いたものも多い。家々の並び具合や環境の様子が実に細かく描き込まれている。又、あまり数は多くないが、スピリットの胸像を掘ったこともある。これにも霊視家としての適確な能力がよく出ている。
 氏の仕事がスピリットの協力を得ないと出来ない仕事であることを依頼者に分かってもらうのに苦労することがある。ある富豪の未亡人が、亡くなったとご主人の肖像画を油絵で描いて欲しいといって六百ギニーを出した。リーア氏としては有り難い話なのだが、肝心のご主人か出たがらないのである。出てリーア氏と話をするのはいいが肖像画はご免だという。スピリットにはこちらから一方的に命令するわけにはいかないのである。
 出現するスピリットは国際色豊かである。ペルシャ人が出たこともある。ペルシャ語で名を名乗り、マホメットの信者であることを示す為にメッカの話を持ち出した。更にバグダッドの近くにあるキュベレという町の名を言い、自分の遺体がそこに埋葬されていると言う。普段の容姿を見せた後に、今度は死ぬ直前の病床での容貌を再現して見せた。頭には氷のうが置かれていたと言った。
 私の勧めで、ある夫婦が、六つで他界した女の子の肖像を描いてもらって大変な慰めを得たことがある。その子は血液のガンと言われる白血病で死んだシャーリー・ウッズという子で、その子を失った両親の悲しみといったらなかった。私は気の毒に思ってウッズ夫人に匿名でリーア氏に電話でお願いしてみるよう薦めた。
 電話を受けたリーア氏は夫人の要請を聞く前に「お子さんの肖像画ですね」と言った。そしてシャーリーちゃんの性格、要望、髪、肌色を言い当てた。リーア氏が全部言い終わらない内からウッズ夫人は、リーア氏が紛れもなく我が子を見ていると確信していた。
 後でスタジオを訪ねて、そこに描かれているシャーリーちゃんの肖像画を見て夫人は、そのそっくりさに言いようのない程喜ばれた。これには比べる写真はなかった。というのは六歳の時の写真が撮ってなかったのである。これは例外的なケースに属する。
 ウッズ夫人は早速電話でご主人にも来るように言った。やがてやって来たご主人もその出来栄えに目を見張った。リーア氏は二人の前でもう一枚の肖像画を描いてみせた。その二枚目には更に細かいシャーリーちゃんの特徴が加えられていた。両方とも格子模様のドレスを着ていたが、後で夫人からその実物を見せて頂いた。
 こうしたリーア氏の肖像画は本にまでなって出版されている。肖像画と一緒に比較の為の写真も添えられている。氏の人気の程を物語っているといえよう。
 これ程まで死者と交わっているリーア氏なのだか、その太い笑い声には愛嬌が感じられる。本人に言わせると、本当は修道僧の生活を送りたかったそうである。もっとも今の仕事が必要とする孤独の状態は修道僧のそれに一番近いのではないだろうか。霊能に駆り立てられ、悲しみの人に慰めを与えるその使命が、瞑想の生活を不可能にしているのだが・・・・
 仕事で使い果たす霊的エネルギーを補給する為にリーア氏は時折人気のない河口などに〝隠棲〟して、心ゆくまで描きたいものを描く。そしてすっかり気分を一心すると再びロンドンに戻って来る。そして依頼の電話を待つ。
 その電話は氏にとっては死という深い淵にかける愛の掛け橋なのだ。

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