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カテゴリ:★『シルバーバーチの霊訓』 > シルバーバーチ 組織と綱領

シルバーバーチ 組織と綱領 目次

組織と綱領

霊媒としての厳しい試練

SNU会長としての苦労

物理現象と霊的教訓も大切

クリスチャン・スピリチュアリスト協会の会長を招いて

メキシコのスピリチュアリストと語る

 スピリチュアリズム思想の真実性を信じている人のことを、便宜上、スピリチュアリストと呼ぶ。そのスピリチュアリストの英国最大の統一組織SNU(Spiritualists National Union)が掲げる七つの綱領は、大部分の会員がそれを受け入れ、座右の信条としていることであろう。
 これは心霊誌Two Worldsを創刊したビクトリア時代の女性霊媒エマ・ハーディング・ブリテンを通じて、霊界から霊言で届けられたものとされる。ある日の交霊会でその綱領についての評釈を求められたシルバーバーチは、建設的ではあるが非常に手厳しい評価を下している。

 訳者付記-折にふれて[組織]の弊害を戒めるシルバーバーチは、組織の代表を自分の交霊会に招くことは度々あったが、組織から招かれて講演したことは、私の知る限りでは皆無である。その最初となるべき1981年の世界スピリチュアリスト連盟の総会での特別講演が、その直前のバーバネルの急死によって実現しなかったのは皮肉だった。なお[サイキック・ニューズ]紙はいかなる組織からも独立した立場を取っている。


一、神は全人類の父である。
「これは、用語が適切さを欠いております。神、私の言う大霊は、皆さんがお考えになるような意味での[父]ではありません。これでは、愛と叡智の無限の力、全生命の造化の大霊を、人間の父親、つまり男性とすることになります。かくしてそこに、偉大なる男性であるところの人間神というイメージができ上がります。
 大霊には男性と女性のすべての属性が含まれます。すべてを支配する霊である以上は、必然的に生命の全表現-父性的なもの・母性的なもの・同胞的なもの-を含むことになります。ありとあらゆる側面が大霊の支配下にあるのです」

二、人間はみな兄弟である。
「ここでもまた用語が問題となります。[人間]を表す英語のmanは女性にも使えないことはありませんが、本来は男性中心の観念の強い用語です(女性はwomanという)。また、[兄弟]というのは[姉妹]に対する男性用語です。ですから、性別の観念を取り除いて、世界中の民族を一つの霊的家族とする観念を打ち出さないといけません」

三、霊界と地上界の間に霊的交わりがあり、人類は天使の支配を受ける。
「またしても表現に問題があり、定義が必要となります。[霊的交わり]よりは[霊的感応と通信]とした方がよろしい。
 次の[天使の支配]も問題があります。[天使]とは一体何なのでしょう?人間の形体をまとったことのない、翼のある存在のことでしょうか。地上の人間とは何の関係もない、まったく別個の存在なのでしょうか。この項目は表現がとても不適切です。
 霊的な支配は確かにあります。が、それは地上的な縁によってあなたと繋がっているスピリット、または特別な縁はなくても、あなたを通路として、地上と指導と支援と手助けと愛情を授けたいと願っているスピリットが行っているのです」

四、人間の魂は死後も存続する。
「この事実に例外はありません。人間の魂(個性)は大霊の一部であるが故に、地上で自我を表現するための道具だった物的身体がその役割を終えると同時に、そのまま一緒に滅んでしまうものではありません。魂は本質的に永遠不滅の存在なのです。だからこそ生き続けるのです」

五、自分の行為には自分が責任を取らねばならない
「これも、その通りです。議論の余地はありません。私たちが地上の皆さんに説き聞かせているあらゆる教えの中核に、この[自己責任]の概念があります。原因と結果の法則、いわゆる因果律を、何か魔法でもかけたように欺くことができたり、自分の行為が招く結果を誰かに背負わせて利己主義が生み出す苦しみを自動的に消してしまうことができるかに説く教えは、すべてこの項目に違反します。
 スピリチュアリズムの教えの核心に、この[核心各個の責任]の観念があります。自分がこしらえた重荷は自分が背負わねばならないという、基本的原理を知らねばなりません。それは、自分が人間的不完全さを取り除き、内部の神性をより大きく発揮させるためのチャンスであると受取るべきだということです。いかなる神学的教義、いかなる信条、いかなる儀式的典礼をもってしても、罪人を聖人に変えることはできません」

六、地上での行為は、死後、善悪それぞれに報いが生じる。
「これまた用語の意味が問題です。人間の容姿をした神様が立派な玉座に腰掛けていて、こいつには賞を、こいつには罰を、といった調子で裁いていくかに想像してはなりません。そんな子供騙しのものではありません。
 原因と結果の法則、種蒔きと刈り取りの原理が働くまでのことです。自動的であり機械的です。必ず法則どおりになっていくのです。あなたが行ったことが必然的にそれ相当の結果を生み出していくのです。褒賞も罰も、あなたの行為が生み出す結果にほかなりません」

七、いかなる人間にも永遠の向上進化の道が開かれている。
「生命は、霊的であるがゆえに永遠なのです。誰であろうと、何であろうと、どこにいようと、あるいは、現在既に到達した進化の段階がどの程度であろうと、これから先にも、永遠へ向けての無限の階段が続いているのです。不完全さを無くするためには永遠の時が必要です。完全というのは、どこまで行っても達成されません。どこまで行っても、その先にもまだ達成すべき進化の段階があることを認識することの連続です。無限に続くのです」

続いて質疑応答に入る。

-あなたから見て、われわれ人間が心掛けるべき信条として一つだけ選ぶとしたら、どういうことを説かれますか。無理な注文かも知れませんが・・・

「いえ、無理ではありません。実に簡単なことです。既に何度も説いていることです。[自分に為しうることを精一杯行う]-これです。転んでも、また起きればよろしい。最善を尽くすということ-これがあなた方人間に求められていることです。
 霊的真理の自覚が深まるほど、それだけあなたの責任も重くなります。自覚していながら、知らなかったとシラを切ってみても、無駄です」

-スピリチュアリズムの綱領の中には動物についての教えもあってよいはずだと思うのですが・・・

「その通りです。私もそう思います。私だったらこう表現します-[全人類は、地上で生活を共にしているあらゆる生物と隣人に対して責任がある]と」

-ジャーナリストが霊媒やスピリチュアリズムを軽蔑する記事を書いたりした場合、そのジャーナリストはこの地上生活中に何らかの罰が当るのでしょうか。

「罰が当るというようなことは、そちらの世界でもこちらの世界でもありません。すべては原因に対する結果という形で進行するだけです。罰は間違った行為の結果であり、種蒔きと刈り取りの関係です。
 問題は[動機]に帰着します。つまり、そのジャーナリストは自分の記事の内容を本当にそう信じて書いたのか、それとも正直とか公正とか真理探究といった高尚な問題の範疇に属さない、何か別の単純な動機から書いただけなのかといった要素が結果に影響します。蒔いたタネが実を結ぶのです。
 その結果がそちらの世界で出るかどうかの問題は、また別の問題です。出る場合もあれば出ない場合もあります。それに関わる霊的原理によって決められることです」

-台風のような自然災害によって死亡した場合、それが偶発事故による死ということになるのでしょうか。それともやはりそれがその人の運命だったのでしょうか。

「もしもその[偶発事故]という用語が、因果律のリズムの範囲外でたまたま発生したという意味でしたら、私はそういう用語は使いたくありません。事故にも、それに先立つ何らかの原因があって生じているのです。原因と結果とを切り離して考えてはなりません。
 圧倒的多数の人間の地上生活の寿命は、予め分かっております。ということは、予定されている、ないしは運命づけられている、ということです。同時に、自由意志によってその[死期]を延ばすことができるケースも沢山あります。そうした複雑な要素の絡み合いの中で人生が営まれているのですが、基本的には自然の摂理によって規制されております」

-人間が動物の肉を食することは霊的にみて間違っているというのであれば、なぜ動物が動物を食い殺すことは許されているのでしょうか。なぜ神は肉を食べなくても済むようにしてくださらなかったのでしょうか。

「そういうご質問は私にではなく大霊にお尋ねになって頂けませんか。大霊の無限の叡智が全大宇宙のあらゆる側面に責任をもっております。人間は、身体的進化の点では、この地上における全創造物の頂点に立っています。他の創造物よりも進化しているということは、それらの創造物に対して先輩としての責任があるということです。
 進化の階梯において高い位置にあるということは、その事実に付随して生じる諸々の意味合いを知的に、そして霊的に理解できるところまで進化しているということを意味します。より高い者がより低い者を援助し、より高い者はさらにその上の者から援助を受ける-かくして、霊的発達というものは自己滅却(サービス)の精神と、思いやりと、慈しみを増すことであり、それが霊の属性なのです。
 人間は動物を食する為に地上に置かれているのではありません。身体的構造をみてもそれが分かります。全体としてみて、人間は肉食動物ではありません。
 動物界にも進化の法則があります。歴史を遡ってごらんなさい。有史以前から地上に生息して今日まで生き延びている動物は、決して他の動物を食い荒らす種類のものではないことがお分かりになるはずです。
 ですから、これは人間の責任に関わる問題です。人間が進化して、その当然の結果として霊性が発揮されるようになれば、イザヤの言葉(旧約聖書・イザヤ書第十一章)が現実となります。すなわち狼が子羊と共に寝そべり、仲良く安らかに暮します。人間も、その霊的原理を実行に移せば、みんな仲良く平和に暮せるようになるのです」

-核エネルギーも、それが善用されるか悪用されるかは、地上界の人間の責任ということになるのでしょうか。

「核エネルギーをどう利用するか-善用するか悪用するかは、もちろん深刻な問題です。戦争のための必要性に駆られて発明されたものが、実は霊的にはまだ正しく使いこなせない巨大なエネルギーだったことに、その深刻さの根があります。
 知的な発明品が霊的成長を追い越したということです。科学も、本当は霊的に、倫理的に、あるいは宗教的にチェックを受けるべきなのに、それが為されなかったところに、こうした途方もない問題が生じる原因があります。人類は今まさに、莫大な恩恵をもたらすか、取り返しのつかない破壊行為に出るかの選択を迫られているのです。
 これはまた、自由愛の問題に戻ってまいります。これには逃れようにも逃れられない責任が伴います。大霊はその無限の叡智によって、地上の人間のすべてに、精神と霊と、モニターとしての道義心を賦与しておられます。もしも自由意志がなければ、人間はただのロボットであり、操り人形にすぎないことになります。
 自分の行為への責任の履行なしには、神の恩恵は受けられません。その責任が課せられている人にしか解決できない問題というものがあるということです。
 核への恐怖が一種の戦争抑止力としての役割を果たしているという意見も出されるに相違ありません。確かに物的観点からすればそうかも知れません。が、いずれにせよ、人間に為し得る破壊にも、限界というものがあります」

-責任の問題ですが、生まれつき知性が正常でない者の場合はどうなるのでしょうか。自分で物事が判断できない人の場合です。

「道義心による警告に反応できない場合は、それだけ責任の程度が小さくなることは勿論です。脳の機能の異常による制約を受けているからです。神の公正は完璧です。そういう人にも向上進化の手段が用意されております。地上生活は、永遠の生命の旅路のホンの短いエピソード(語り草)にすぎないことを忘れてはなりません」

-自分の遺体を医学の為に提供した場合に、何か霊的な影響がありますか。

「動機さえ正しければ、その提供者の霊には何ら影響は及びません」

-あなたはイエスのことを[ナザレ人]とお呼びになります。別のサークルの指導霊のホワイトイーグル(注)は普通に[イエス]と呼んでいるのですが、何か特別の理由があるのでしょうか。

(注 シルバーバーチがバーバネルを霊媒として語り始める少し前から、女性霊媒グレイス・クックを使って語っていたインディアンで、クックが1979年に他界した後、娘のジョーン・ホジソンを通して今なお語り続けている-訳者)

「同志の一人であるホワイトイーグルには彼なりの考えがあってのことでしょう。私はただ混乱を避けるために[ナザレ人]と呼んでいるまでのことです。地上の人々は忘れてしまったか、或いはご存知ないようですが、Jesus(イエス)という名前は当時ではごく一般的な男性名で、たくさんのイエスがいたのです。そこでThe Nazarene(ナザレン)と言えば[あのナザレのイエス]ということで、はっきりします。それでそう呼んでいるまでのことです」

-瞑想によって意識を高め、霊界の高い階層とコンタクトを取る方法があるのでしょうか。

「通常の意識では届かない界層と一時的に波動を合わせる瞑想法は色々とありますが、ご質問の意味が、通常の霊的意識の発達の過程を飛び越えて一気に最高級の程度まで霊格を高めることができるかというのであれば、それは不可能です。
 霊的進化はゆっくりとしたものです。それを加速する特別の方法というものはありません。階段を一つずつ上がっていくしかありません。途中の階段を幾つも飛び越えて近道をするというわけにはまいりません。成長というものはなだらかな段階を踏んでいくものです。そうでないと本来の進化の意味をなしません」

-三位一体説をどう思われますか。

「私は[霊]と[精神]と[身体]による三位一体しか知りません。キリスト教神学でいうところの三位一体説-創造主が男性神つまり[父]で、その息子が贖い主としての特別の[子]で、それが[聖霊]によって身ごもったとする説には根拠はありません」

-Witchcraft(魔法・魔術・妖術)をどうお考えでしょうか。

「まず用語の定義をはっきりさせないといけません。一般の通念としては、相手の心身に危害を及ぼす目的をもって、不気味な手段によって邪悪なエネルギーを行使するということのようです。
 しかし語源を辿ってみますと(witchはwise[賢い・知恵のある]の女性形で、それがcraft[術]と結び付いたもの)、結局は[賢い術、及びそれを使う人]という意味です。それが[魔法使い]と呼ばれるようになったのですが、もともとは霊能者のことでした。形式はよほど原始的だったことでしょうが、その術には一種類ないしは複数の霊的能力が伴っておりました。
 当時は無知と迷信が蔓延っておりましたから、次第に誤解されるようになりました。時には国家権力や宗教を覆す策謀があるのではないかとの嫌疑で罰せられたり、拷問にあったり、処刑されたりしました。しかし本来は霊的能力を使って病気治療や人生相談の相手をする人でした」

-死刑廃止論が多いようですが、何の罪もない人間を巻き添えにしたテロ行為が多発している現状を考えると、尋常な防止手段では効果がないように思えます。そうした罪もない犠牲者を出さない為にも、死刑という厳しい処罰も考慮すべきではないでしょうか。

「死刑制度のお蔭で一般の人々の生命が守られたという明確な証拠でもあれば、あなたの御意見も一理あることになるでしょうが、そういう事実があるとは私には思えません。原則として人間が人間の生命を奪うのは間違いです。なぜなら、人間には生命を創造する力はないからです。
 私は、死刑制度によって事態は少しも改善されないと信じます。殺人行為を平気で行う者が、絞首刑その他の処刑手段に怯えて行為を思い止まるようなことは、まず有り得ないと考えます。いずれにせよ、死刑に処することは正義からではなく報復心に駆られているという意味において、間違いです。
 いかなる場合においても、生命の基本である霊的原理から外れないようにしなくてはなりません。殺人者を殺すことによって、殺された人は少しも救われません」

-これから犠牲者となるかも知れない罪なき人々を救うことにならないでしょうか。

「ならないと思います。これまで永い間同僚達と話し合ってきた挙句の結論として私は、地上社会の司法と行政が、霊的存在としての最高の知識に基づいたものとなるべきであることを、ここで強く訴えるものです。国家による殺人では問題の解決にならないということです。
 生命は神聖なるものです。そのことをあらゆる機会に訴えないといけません。地上の人間としてはこれしかないと思えることも、全体像のごく一部としてしか見ていないものです。霊的にはゃんとした埋め合わせと懲罰とがなされているのです。大霊をごまかすことはできません。すなわち、無限の知性と無限の叡智から編み出された摂理が、無比の正確さをもって働くのです。
 そのことに十二分に得心がいくようになってはじめて、地上の社会組織が改められていきます。テロ活動を行う者には、その間違いを思い知らせるような体験をさせられる仕組みになっているのです。それを野蛮な手段で片付けてはいけません。地上的生命を奪うような手段は絶対に許されません。生命の絶対的原理に照らした手段に訴えないといけません」

-今の時代になぜ暴力沙汰が絶えないのでしょうか。

「振子と同じです。因襲的なものや伝統的なものに対する不満が、今の時代に至って爆発しているのです。それに加えて、物量第一主義の台頭が貪欲と強欲と自分中心主義を生み出しております。
 しかし、振子は大きく振れたあと、必ず元に戻ります。そして、前よりは進歩した形で調和をもたらします。物質中心の思考が人類の意識を支配しているかぎり、それが生み出す不快な結果が自動的に生じます」

 SNU(英国スピリチュアリスト同盟)のゴードン・ヒギンソン氏は、これまでも何度かこのサークルに招待されているが、1971年にベテランの霊言霊媒レスリー・フリント氏(注)を伴って出席した。

(注 フリント氏は直接談話を得意とした霊媒で、入神もせず、ただ腰掛けているだけで、その部屋のあちこちからスピリットの声がする。学者による厳しいテスト、例えば口にガムテープを貼られるなどされたが、それにお構いなく、入れ替わり立ち替わりスピリットの声がした。著書には自伝的内容のVoices in the Darkがある。現在は老齢のため霊媒活動はしていない-訳者)

まずシルバーバーチはフリント氏に声を掛け、ヒギンソン氏には「あなたにも関係のある話なので、よく聞いてほしい」と言ってから次のように述べた。
 「霊媒という仕事が、列席者の目に映っている外見からはおよそ想像のつかない厳しい道を歩まされ、大きな犠牲を強いられるものであることは、私が他の誰よりもよく知っております。
 あなたの背後には素晴らしい霊団が控えていることは、ご存知と思います。叡智に富む高級なスピリットばかりです。ロンドン訛りの若者(注)がいますが、それをもって教養が低いと思ってはなりません。あの若者は霊界側の霊媒でして、高級なスピリットの意志を取り次いでいるのです。最初に聞こえる独特の言い回しは、会場の雰囲気を和らげて、最高のコミュニケーションを得る上で必要なバイブレーションを生み出すために、わざと行っているのです。多分あなたはご存知だと思いますが・・・」
(注 ミッキーという呼び名の進行役のことで、[最初に聞こえる独特の言い回し]がどういうものかは著書Voices in the Darkにも出ていない-訳者)

フリント-勿論知っております。

「あのシーンに出て来るスピリットは、言ってみれば梯子の下の段に相当します。一番下の段に位置する地上の霊媒、つまりあなたと、一番上の段に位置する中心的指導霊との繋ぎ役、いわば霊界の霊媒役(注)を務めているのです」

(注 シルバーバーチを霊視したマルセル・ポンサンによる肖像画は北米インディアンに描かれていて、表向きはそれがシルバーバーチということになっている。が、これは霊界の霊媒であって、シルバーバーチその人ではない。
 シルバーバーチと名乗る中心的指導霊については、三千年前に地上で生活したことがあるということ以外は、姿はおろか、地上時代の姓名も国籍も分かっていない。六十年に及んだ交霊会で何度となくそれを訊ねられたが、[そんなことはどうでもいいことです。大切なのは私が述べている教えです]と言って、ついに明かさずに終った。
 この事実、つまり高級霊ほど地上時代のことを明かそうとしないということの重大性がどこまで理解できるかが、その人の霊的理解力の尺度であると私は見ている-訳者)

引き続きシルバーバーチが「こんな事を申し上げるのは、これまでにあなたが辿られた道がどんなに辛く、石ころだらけで、およそ楽な暮らしとはいえないものだったとしても-」と言いかけると、フリント氏が「火打石(フリント)のようでした。ただの石ころよりも厳しかったです」と、シャレを引っ掛けて言う。

「でも、どうしようもない窮地に陥ったことはないはずです。生きる為に必要な最低限のものは、最後の最後まで忍んでいれば必ず用意されてきております。他人の為に尽くす行為をする人は他人から尽くされる、というのが霊的摂理の一環なのです。そして、他人の為になる行為が大霊の目に止まらないことは絶対にありません。
 しかし同時に、アクセルとブレーキの操作も絶え間なく行われていることも知らないといけません。促進と抑制とでうまく調整しながら、あなたが使命と心得てこの世に生まれて来た道から外れることのないようにするのです。振り返ってごらんになれば、なんだかんだと言いながらも、何とか切り抜けてきておられることがお分かりでしょう。あなたの生活レベルは、地上の尺度で見れば決して裕福とはいえないかも知れませんが、霊的視野から見れば、大変恵まれていらっしゃいます。
 悲哀の極にある人に慰めを与えてあげる仕事は、誰にでも出来るというものではありません。キリスト教会にも為し得ない、何ものかが必要なのです。キリスト教信者は[自負]しますが、ただの信仰というものは頼りないものでして、何事もない時は間に合うかも知れませんが、愛する者を奪い去られる体験をした人には、何の役にも立ちません。
 霊の力があなたを通して働くのです。その結果として悲哀の涙が、霊的知識がもたらす穏やかな確信と置き換えられます。かくして、この地上世界に、霊的悟りを手にした人が一人増えることになります。暗黒と悲哀の中にいるかに思える体験も、実は神の意図があるからこそであることを悟った人が一人増えるのです。
あなたも困難の最中にあって、よく[なぜこんな体験をさせられるのだろうか。これにも意味があるのだろうか]と自問されることと思いますが、ちゃんと意味があるのです。そして、その困難に耐えて行く上で支えになるのが、確固とした知識が生み出す霊力なのです」

フリント-はい、よく分かります。
「千々に乱れた心を癒してあげることができたら、愛する者を失って片腕をもぎ取られたような思いをしている人に慰めを与えてあげることができたら、病身の人に健康を取り戻させてあげることができたら、それがたった一人であっても、その行為の価値は絶大です。そういう行為こそ、こちらの最高級界に淵源を発する地球浄化の大事業計画に目論まれている目的の一環なのです。
 その界層においては、進化せる高級霊達が、一人でも多くの地上の人間に霊的存在としての本来の生き方を悟らせ、美しさと荘厳さと崇高さを身につけさせる上での不可欠の知識を授ける計画の推進に当たっているのです。
 あなたは、授けられた使命を立派に果たしておられます。このことを感謝しないといけません」

 ここでヒギンソン氏に向かって-
「お聞きになられましたね?あなたにとってもこれまでの道は平坦ではありませんでした。しかし、価値の高い仕事を託された人は、その仕事を担うに足る霊力を試す為の、様々な試練と試金石とが与えられるものです。あなたも、ご自分で自覚しておられる以上に、人の為に役立つ仕事をなさっておられます。そしてまだまだこれからも、貢献すべきあなたならではの分野が残されております」

何か質問がありますかと問われて、まずフリント氏が尋ねた。

-最近は物理霊媒がとみに少なくなったようです。聞くところによれば、物理的心霊現象の時代は終って、これからは精神的心霊現象の時代だそうですが、スピリチュアリズムが今日のような基盤を築くことができたのは(19世紀から20世紀初頭にかけての)著名な科学者による物理現象の研究のお蔭であることは間違いない事実です。

その意味で、物理霊媒を養成する努力が十分になされていないことを残念に思います。その為の時間を割くのが容易でなくなったという一面もあるようです。私たちは何年も掛けたものです。スピリチュアリズムが本格的な市民権を得る為には、もっと多くの物理現象を見せる必要があると私は考えます。それによって地上の全人類に霊界との繋がりの真実性を得心させることができるのではないでしょうか。

「この私に何を言ってほしいのでしょうか」

フリント-霊界側にとっても物理霊媒が欲しいに違いないと思うのですが・・・

これにはすぐ答えずに、シルバーバーチはヒギンソン氏に意見を求めた。ヒギンソン氏は霊視能力を得意とする霊能者でもあるが、物理実験会を催したこともある。

ヒギンソン-私が思うに、問題は現代生活のスピード化にあるようです。少人数による交霊会を催しても、最も大切な要素である[和気あいあい]の雰囲気が出にくくなってきたようです。霊界側が我々人間に何を望んでいるかが知りたいのです。大切なものは、そちらの方がこちらより、よくお分かりのはずです。やはり現代は物理的なものより精神的なものの方が要求される時代なのでしょうか。

「私も、私より上の界層の方達から教わったことしか申し上げられません。地球浄化の計画の一環として、毛を刈り取られた子羊への風当たりを和らげてあげる仕事が与えられております。それを地上の、その時々の現実の条件のもとで可能な限り行わねばなりません。
 仰る通り、一昔前に物理現象が科学者の関心を呼んだ時期がありました。勿論、それも計画の一環でした。従来の物理的法則では解釈のつかない現象を、あくまでも科学的手段によって、その実在性を立証するという目的がありました。
 歴史を振り返ってご覧になれば、物理現象が盛んに見られた時代というのは、決まって物質科学が優勢となって、伝統的宗教が基盤を失いかけていたことがお分かりと思います。宗教と科学とは常に対立してきました。物的証拠のない分野のことは宗教が独自の教義を説き、物理的に証明できるものしか扱わない科学は、そうした教義を拒否しました。
 科学の発達によって宗教的思想が完全に消滅してしまうような事態になっては危険です。そこで、物質科学が万能視され始めたあの時代に、物理現象による盛んな挑戦を受けることになったのです。
 しかしその後、科学の世界にも大きな変化が生じております。今や科学自らが不可視の世界へと入り込み、エネルギーも生命もその根源は見かけの表面にはなく、目に見えている物質のその奥に、五感では感知できない実在があることを発見しました。
 原子という、物質の最も小さい粒子は、途方もない破壊力を発揮することができると同時に、全人類に恩恵をもたらすほどのエネルギーを生み出すこともできます。科学はすっかり展望を変えました。なぜなら、かつてはもうこれ以上は分解できないと思われていた原子を、さらに細かく分裂させることが出来ることを知り、それが最後の粒子ではないとの認識をもつようになったからです。
 そうなると、地上界へのこちら側からのアプローチの仕方も必然的に変わってきます。心霊治療が盛んになってきたのは、その一つの表れです。身体の病気を治すという意味では物質的ですが、それを治すエネルギーは霊的なものです。現代という時代の風潮は、そういう二重の要素を必要としているのです。現代の人類は、そういうものはないと治せないほど病的になっているということでもあります。
 それは、物理霊媒はもう出なくなるという意味ではありません。まだまだ生命を物質的な目でしか見つめられない人がいる以上、そういう人に対処したレベルでのデモンストレーションも必要です。
 しかし同時に、先程ご指摘になった通り、生活のテンポが速くなったことも見逃せない要素です。それが精神を散漫にさせ、かつての家族団欒というものを、殆ど破壊しつつあります。
 さらに、ラジオ・テレビ・その他の娯楽が簡単に手に入るようになり、才能を発達させようという意欲を誘う刺激が、霊媒能力に対してはもとより、一般的な分野でも減ってきております。ピアノやバイオリンなどの楽器能力の鍛練でも、かつてほどの根気がありません。
 何につけても、スピードと興奮を求めようとする傾向があります。こんな時代に、霊媒のような犠牲を強いられるものを目指して努力する人など、多く出るはずがありません。まして、霊媒現象の歴史が[詐術]の嫌疑との闘いの連続だったことを知ると、尚更のことです」

ヒギンソン-私自身はそんな観方はしていませんでした。世の中の風潮に合わせて、できるだけ要求に合わせることに努力してきました。

「時代が変わったのです。今日の宇宙観は一世紀前とは、まるきり違います」

ヒギンソン-ということは、科学者も、その調子で物質的なアプローチの仕方から高次元のアプローチの仕方へと進歩する、ということでしょうか。

「自らの論理でそうせざるを得なくなるでしょう。どうしても目に見えない世界へと入り込み、その莫大な未知の潜在力の研究へと進むでしょう。霊的に成長すれば、その莫大なエネルギーを善用する方法も分かるようになります。そうなれば、自我に秘められた霊的能力の発達にも大いに関心を向けるようになります。
 目に見えている外面は、内面にあるものが形態をもって顕現したにすぎません。生命力というものは切り刻むことはできません。根元は一つであり、それが無限の形態で顕現しているのです。原子に秘められた生命も、人間・動物・花・樹木などの生命と本質的には同じものです」

ヒギンソン-現代の科学者はそういうことが理解できるレベルにまで到達しているのでしょうか。

「全体としてはまだです。が、到達している人もいます。オリバー・ロッジなどはその典型といえるでしょう。現象界の奥にある実在を認識した科学者の模範です」

ヒギンソン-その事実は、現代という時代において、スピリチュアリズム思想へ向かっての曲がり角におけるパイオニアが用意されているということを意味しているのでしょうか。

「その通りです。ちゃんとしたプランがあり、それぞれに果たすべき役割があるということです。大霊は無限の存在であり、全知・全能です。何一つ忘れ去られることがありませんし、誰一人として見落とされることがありません。神の計画は完璧に実行に移されます。完全性の中で編み出されたものだからです。今も完全性によって支配されております。そこに過ちというものは有り得ないのです。
 しかし、その計画の中にあって、あなた方にはその一部を構成している存在としての自由意志が与えられております。神の計画を促進させる方向を選択し、無限の創造活動に参加する好機をものにするか、拒否するか、それはあなたの自由ということです。
 霊的存在としての人間は、どこにいても、それぞれに果たすべき役割というものがあります。その一人ひとりの生涯において、いわば曲がり角、危機、発火点といったものに立ち至ります。その体験が触媒となった魂が目覚め、自分が物的身体を通して機能している霊的存在であることを悟ります。
 自我とは、霊を携えた身体ではなく、身体を携えた霊なのです。実在は霊なのです。身体は外形です。殻です。機械です。表面です」

ヒギンソン-現代のスピリチュアリズムは正しい方向へ向かっていると思われますか。私には非常に混乱したイメージしかありません。とこへ足を運んでも、そこにはまた違った考えをもった人達がいます。正しい理解が行きわたるまでには、どれくらいの年月が掛かるのでしょうか。進むべき道はどちらにあるのでしょうか。

「率直に申し上げて、スピリチュアリズムの最大の敵は、外部ではなく内部にいる-つまり、生半可な知識で全てを悟ったつもりでいる人達が、往々にして最大の障害となっているように見受けられます。
 悲しいことに、見栄と高慢という煩悩が害毒を及ぼしているのです。初めて真理の光に接した時の、あの純粋なビジョンが時の経過と共に色褪せ、そして薄汚くなっていくのを見て、いつも残念に思えてなりません。一人ひとりに果たすべき役目があるのですが・・・
 私たちはラベルやタイトル、名称や組織・団体といったものには、あまり拘りません。私自身、スピリチュアリストなどと自称する気になれません。大切なのは暗闇と難問と混乱に満ちた地上世界にあって、霊的知識を正しく理解した人が一人でも多く輩出して、霊的な灯台となり、暗闇の中にある人の道案内として、真理の光を輝かせてくださることです。
 霊的真理を手にした時点で、二つのことが生じます。一つは、霊界との磁気的な連結(リンク)ができ、それを通路としてさらに多くの知識とインスピレーションを手にすることができるようになることです。もう一つは、そうした全生命の根元である霊的実在に目覚めたからには、今度はその恩恵を他の人々に分け与える為に、自分がその為の純粋な通路となるように心掛けるべき義務が生じることです。
 人の為に役立つことをする-これが他のすべてのことに優先しなくてはなりません。大切なのは[自分]ではなく[他人]です。魂の奥底から他人の為に良いことをしてあげたいという願望を抱いている人は、襲い来る困難がいかに大きく厳しいものであっても、必ずや救いの手が差し伸べられます。道は必ず開けます。
 自信をもって断言しますが、我々霊界の者が人間を見放すようなことは絶対にありません。残念なことに、人間側が我々を見放していることが多いのです。我々は霊的条件の下で最善を尽くします。が、人間の側にも最善を尽くすように要求します。こちらもそちらも、まだまだ長所と欠点を兼ね備えた存在であり、決して完全ではありません。完全性の達成には永遠の時を必要とします。
ですから、その時その時の条件下で最善を尽くせばよいのです。転んだらまた起きればよろしい。転ぶということは、起き上がる力を試されているのです。自分がしようとしていることが正しいと確信しているなら、思い切って実行すればよろしい。袂(たもと)を分かつべき人とは潔く手を切り、その人の望む道を進ませてあげればよろしい。
 その内、あなたの目に霊の力が発揮される場合がいろいろと見えてまいります。そうなっていくことが肝心なのです。組織とか教会、協会、寺院、その他の建造物は、霊力の顕現の場としてのみ存在意義をもつのです。教会はスピリットが働きかける聖なる場所として以外には、何の価値もありません。莫大な費用をかけて豪華にしてみても、そこに霊力というものが通わなければ、ただの[巨大な墓]にすぎません。霊力の働きかけが何よりも大切なのです。
 あなたが会長をしておられるSNU(英国スピリチュアリスト同盟)という組織の中に(人の為に役立ちたい)という真情に燃えた人が集まれば、その人達の周りには自動的に、霊界において同じ願望に溢れる自由闊達なスピリットが引き寄せられます。その両者が一致協力して、他の手段では救えない人の救済に努力します。悲しいかな、地上にはそういう気の毒な人が多いのです。
 人間は(組織・団体に属さなくても)人の為に役立つ仕事ができるという特典があります。サービスこそ霊の通貨なのです。何度も申し上げておりますように、人の為に役に立つということは崇高なことです。
 私たちが忠誠を捧げねばならないのは、宇宙の大霊と、その大霊の意志の働きとしての永遠不変の摂理です。
 以上のお答えでよろしいでしょうか」

ヒギンソン-結構です、有難うございました。

「私に対する礼は無用です。感謝はすべからく大霊に捧げましょう。私たちは互いにその大霊の忠実な使者たらんと努力しているのですから」

ヒギンソン-(SNUに所属している)スピリチュアリスト・チャーチを訪ねて回ることがあるのですが、こんな程度のものなら閉鎖してしまった方がいいのではないかと思うことがあります。要は霊力を顕現させる為の場であることが本来の目的だと思うのです。

「霊界側がいつも待ち望んでいるのは、霊力が働きかける為の通路です。霊力とは神性の顕現そのものなのです。それをあなた方は神(ゴッド)と呼び、私は大霊(グレイト・スピリット)と呼んでいるわけです。宇宙にはこれに優る力はなく、絶対的な愛に裏打ちされた無限の力なのですから、それに顕現の場を与えずにおくのは勿体ない話です。
 霊とは摂理であり、生命であり、愛です。愛は、バイブルにもありますように、摂理の実行にほかなりません。あなたの心が愛と慈悲に満ちていれば、あなたのもとを訪れる人の力になってあげることができます。反対に不快・不信・怨みなどを抱いているようでは、霊力のチャンネルとはなり得ません。そうした低級感情は霊力の流れの妨げとなるからです」

ヒギンソン-SNUは一個の組織ですが、かつてのキリスト教と同じパターンにはまっていると思われますか。礼拝の進め方などが似ているので戸惑う人がいるようです。改めるべきでしょうか。

「改めるべきところは改めないといけません。優秀なチャンネル(霊媒・霊能者)さえ用意されれば、進むべき方向が示されます」

ヒギンソン-優秀なチャンネルであれば、あなたご自身も働きかけるのですね?
「当然です。大霊の力は、それを顕現させる能力をそなえた人を通してしか発現できません。それが霊媒現象の鉄則です。霊媒能力は神からの授かりものであり、努力して発揮させねばなりません。発揮するほどにますます発達し、実り多いものとなってまいります。豊かさと成熟度を増せば、それだけ受容度が増します。
 霊力は無限です。地上の霊媒を通して届けられる霊力は、使用されるのを待っている霊力の、ごくごく一部にすぎません。その意味でも、我々の働きかけに制限を加えるようなことがあってはなりません。
 あなたの率いるSNUは今後も生き残るでしょう。しかし、いろいろと改革が必要です。あなたが正しいと思うことを実行なさることです。あなたの良心、つまり神の監視装置が命じているのはこれだ、と確信するところに従って行動し、他の者が何と言おうと気になさらぬことです」

ここでヒギンソン氏が各地のスピリチュアリスト・チャーチが取っている方法に高度な霊性が欠けていることに不満を表明してから、
「物理現象の方に関心が偏り過ぎて、霊的教訓が疎かにされております。これでよろしいものでしょうか」
と付け加えた。するとシルバーバーチが-
「どちらも間違っておりません。高度なものであれば、現象を求めること自体は少しも悪いことではありません。いけないのは、霊媒が未熟で、いい加減で、品性が劣る場合です。
現象は物理的であろうと精神的であろうと構いません。霊媒が能力的に優秀で質の高いものが披露できるのであれば、それはそれなりに有用です。要は交霊会で霊的能力が最高に発揮されれば、後はその能力の顕現が何を意味するかをしっかりと検討することです。
 霊的真理は、霊的意識の芽生えていない人にはなかなか理解してもらえません。そこで現象的なものが必要となるのです。しかし、一旦現象に得心がいったら、それをオモチャのようにいつまでももてあそんでいてはいけません。霊的な意義を考える生活へと切り換えないといけません。その人なりの悟りがきっと芽生えてまいります。魂の琴線に触れる体験がないといけません。これは、あなたの組織内の全ての指導者について言えることです」

ヒギンソン-失敗したスピリチュアリスト・チャーチの多くは、現象面に偏り過ぎた為ということは考えられないでしょうか。霊界からのメッセージをもっと多く摂り入れれば生き残れるはずだが、と思えるところがあります。私が大きな関心を寄せているのはそこです。[指導者会議]の開催を提唱している理由の一つにそれがあるのです。

「霊力が地上に届けられる目的は、明日はどうなるかを教えてあげる為ではありません。日常生活において警告すべきことや援助すべきことがあれば、それは各自の背後霊が面倒を見てくれます。教会というものをこしらえて、そこを霊力の顕現する聖殿としたいのであれば、低俗なものを拒否し、高級なものを志向すべきです。霊媒現象がただのサイキック(注)なものに止まるのであれば、折角教会を設立した意味がなくなります。
 是非ともスピリチュアル(注)なレベルにまで上げないといけません。皆さんに知って頂きたいのは、霊の資質は、下等なものから高等なものへと、段階的に顕現させることができるということです。それを、最下等のサイキックなレベルで満足しているということは、進歩していないということになります。停滞しているということです。自然は真空を嫌うものです」

(注 サイキックとスピリチュアルの違いは、今はやりの超能力を例に取れば、スプーンを曲げたり硬貨を左手に移したり、テーブルを貫通させて下に落とすなど-といったレベルがサイキックで、人体の腫瘍を溶解したり骨髄を再生したりする、いわゆる心霊治療になると、スピリチュアルのレベルとなる。高級なスピリットの働きが加わって人類の為になることをするものがスピリチュアルと考えればよい-訳者)

ヒギンソン-どうすればそれが理解してもらえるでしょうか。

「そういう方向へ鼓舞する、何か動機付けとなるものを与え、進むべき道を明示する必要があります。一つの基準を設ければ、みんなそれに従うようになるでしょう。従わないものは脱落して行くでしょう。霊力というものは、ただの面白半分では顕現しなくなります。
 思い切って突き進みなさい。問題はおのずから解決されていきます。あなたは決して一人ぽっちにはされません。進むべき道が見えてきて、援助の手が差し伸べられます」
そう述べて、その先駆者の名前をいくつか挙げてから、さらに言葉を継いで-
「こうしたスピリット達が霊力を携えて、あなたの周りに控えているのです。あなたが一人ぽっちでいることは決してありません」

シルバーバーチの交霊会は、インボケーションという神の加護を求める祈りで始まって、感謝の祈りのベネディクションで終る。その日のベネディクションは次のようなものだった。

『無限にして初めも終わりもなき存在である大霊への祈りに始まった本日の会も、同じ大霊への祈りで終ることに致しましょう。
 大霊からの愛の恵みを授かるべく、心を高く鼓舞いたしましょう。ふんだんに授かっている叡智と真理と知識に感謝致しましょう。
 大霊の意志を我が意志とし、我が心が宇宙の心と調和して鼓舞するように、生活を規律づけましょう。すべてを支配する力との調和と親交を求め、大霊の愛のマントに包まれていることを実感できるようになりましょう。
 皆さんに大霊の恵みの多からんことを』

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