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カテゴリ:★『シルバーバーチの霊訓』 > シルバーバーチ 読者からの質問に答える

シルバーバーチ 読者からの質問に答える 目次

双子霊とは?

物質界の体験を持たない高級霊の存在

世俗的喜びと霊的喜び

不幸とカルマ

寿命は決まっているか

祈願

 シルバーバーチの交霊会は正式には[ハンネン・スワッファー・ホームサークル]と呼ばれていた。スワッファーという名司会者(日本でいう神審者)が出現するまでは不定期に、ごく親しい知人四、五人を相手に聞かれていて、記録も残されていなかった。
 が、その霊言の内容の質の高さに感動したスワッファーの提言でスワッファーの自宅で毎週金曜日の夜に定期的に開かれることになり、出席者も、招待客を含めて十人前後となった。そして名称をハンネン・スワッファー・ホームサークルとして専門の速記者も用意し、その記録を翌週の[サイキック・ニューズ]に掲載し、さらには月刊誌[Two Worlds]にも掲載されるようになった。
 こうして公表されるようになると、当然、読者からの質問も多く寄せられるようになる。それが交霊会で読み上げられて、それについてシルバーバーチが回答を述べ、更にその回答に関連して出席者が細かく質問をして話題が次第に発展していくことがよくあった。
 本章で紹介するものもその一例で、[Two Worlds]の読者からの次の質問がきっかけとなった。

双子霊とは?

投書(一)-双子霊twin-soulsというのは何なのでしょうか。

「一個の霊を構成する二つの類魂が地上で結ばれた場合のことです。この宇宙に類魂のいない霊はいません。が、それが同じ地球上で出会うということは滅多にあることではありません。
 互いに補足し合う関係にある二つの魂が同じ時期に同じこの地上世界で出会うことを許された時は、そこに、文字通りの地上天国が成就されます。双子霊はその用語の通り双子のような同質の二つの魂ということです。同じ成長と進化の段階にあるので、進歩も一緒に仲良く、ということになります。私が時折[あなた方お二人はアフィニティですね]と申し上げることがあるのをご存知と思います」

サークルのメンバー-でも、折角出会っても、二、三年でどちらかが先に死んで別れ別れになるということもあると思うのですが・・・

「それは身体上の話にすぎません。でも、少なくともその短い期間は[一体化]がもたらす燦然とした生命の喜悦に浸ることが出来ます。それは、生命進化のどの階梯においても有りうることです」

同じメンバーが独り言のように「霊的知識があれば、その喜悦は更に大きくなるだろうなあ」と呟くと-

別のメンバー-同じ進化の階梯にある双子霊がこの地上で別れ別れになるということにはどういう意味があるのでしょうか。誰しも二人はずっと一緒であるべきだと考えるのですが・・・

「折角地上で出会いながら、どちらかが先に他界した場合のことを仰っているのだと思いますが、それは、あくまでも身体上のことであって、ほんの一時の話です。類魂同士であれば、魂の内奥から湧き出る衝動が互いを強烈に引き寄せます。身体は二つでも霊的には一つだからです」

-別れ別れの生活を体験することが、その双子霊の進化にとって有益だからという見方も出来ると思います。

「そういう見方もできないことはありませんが、大げさに考えることはありません。一緒のままでいようと、別れ別れになろうと、お互いが一個の魂の半分なのですから、その絶対的な繋がりは、死という地上的な現象によっていささかの影響も受けません。霊的実在と地上的現象とを同等に考えてはいけません。最後に残るのは霊にかかわるものだけです」

投書(二)-私達のように地球という物質界に誕生してくる霊とは別に、まったく物的体験をもたない霊がいるのはなぜでしょうか。

「この宇宙には、物的身体による体験をもたない高級霊の界層が存在します。そういう種類の霊にしか出来ない宇宙経綸の仕事があるのです。一度も地上の人間のような形態をもったことのない高級霊です。その界層での成長にとって地上的顕現は不必要なのです。居ながらにして高級霊で、宇宙の上層部に所属しています。[光り輝く存在](注)というのがそれです。現実にそういう存在がいます」

(注 ある形体があって、それが光輝を発しているのではなく、光輝いている存在で、一定の形体を有しない-訳者)

投書(三)-霊界との交信に器機装置を使用する計画はないのでしょうか。

「霊界と地上界との交信を促進する為の計画はこちらでも色々となされておりますが、霊媒に取って代わるもの、例えば電子工学(エレクトロニクス)を応用したものを考案中という話は聞いておりません。高周波-[高い]といっても程度は知れてしますが-を記録する装置を使ってはいけないという理由はありません。それなりに交信を容易にし、判読し易い形で受取る上で役立つかも知れません。
 しかし、顕と幽の二つの世界の交信にとって不可欠の要素である霊媒に取って代わる器具を考案中という話は聞いたことがありません。それは絶対に出来ないでしょう。なぜかと言えば、二つの世界は霊と霊の関係、つまり霊性で結ばれているからです」

そう述べてから、その日の出席者で霊媒を仕事としている人の方へ顔を向けて
「あなたもそう思われるでしょう?」
と言うと、その霊媒が
「分かり易い説明だと思います。霊媒がお役御免になって機械が使用される時代が来るとは考えられません。私は実はエレクトロニクスの分野での仕事の体験があるのです」

「突き詰めて言えば」とシルバーバーチが付け加える。「顕幽の交信を可能にしているのは[愛]です。愛は霊的属性の一つです」

メンバーの一人-バイブルにも[霊的なものは霊的に見極めないといけません]とあります。

「霊媒は無くてはならない存在です。交信に必要なエネルギーは物的なものではありません。霊そのものから出ています。霊的身体から出ることもあります。いずれにせよ、必須の要素である愛がなくては、霊的なものを物的なものに転換することはできません」

ここで別のメンバーが、優れた霊媒能力をもつ、ある女性の例を引き合いに出して、「その人が霊媒としての仕事を嫌がって拒否しているけど、これはその女性にとって大きな罰点にならないでしょうか」と尋ねた。

「私なりの考えを申し上げましょう」と言って、シルバーバーチが次のように答えた。

「大霊からの授かりものである霊的能力を持っている人は、男性・女性の区別なく、それをどう活用するかについての責任がついて回ります。大霊は無償でその能力を授けているのではない、ということです。
 しかし、その責任を果たすかどうかは、その人の自由意志による選択に任されています。これは、罰点かどうかの問題ではなく、原因と結果の法則-因果律の問題です」

同じ質問者-実は私は心霊治療家なのですが、ある交霊会で、私が物理的霊媒能力の養成を怠ったのが進歩の妨げになっていると言われたのです。

「それは[用語]の問題に過ぎません。心霊治療も見方によっては物理的現象といえるのではありませんか?だって、肉体という物質に変化をもたらすわけでしょう?治療を通して届けられた霊力が肉体の改善という物理的結果を生むわけです。心霊治療というのはそういうメカニズムになっているのでしょう?」

-では、その交霊会で言われたことは気にしなくてもよいのですね?

「霊が言うことも霊媒を通して届けられるわけですから、必ずしも正しく伝えられているとは限りません。こちらから見ていると、誤り伝えられているのに、それが我々のせいにされていることがよくあります。
 一方、我々も絶対に誤りを犯さない存在ではありませんから、間違ったことを言う可能性もあるわけです。私の言うことが絶対に間違っていないとは申しません、と何度も申し上げてきたことはご存知と思います。
 いかなる霊媒を通して届けられたものでも、必ず理性による判断を通さないといけません。最高の判事は理性です。これも大霊からの授かりものです。道義心と合わせて使用すれば、進むべき正しい方角が示されます」

 投書(四)-霊の進化は生命の旅における苦難と葛藤を通して得られると仰っていますが、同時に、その進化に終わりはないとも仰っています。そうなると、魂の安らぎと平安が永遠に得られないということになりませんか。

この質問を聞いてシルバーバーチが
「質問者が仰っているのは地上の人生のことでしょうか」
と尋ねると、司会者が
「その点は明確ではありませんが・・・」
と答える。するとシルバーバーチが続けてこう述べた。
「そういう疑問は、世俗的な表面と霊的な内面との違いが理解できていないことから生じます。日常生活では葛藤と困難と闘争に明け暮れていながら、内面的には平安と安らぎの中に安住することができます。俗世では疾風怒涛の中にあっても、霊的な悟りは平静そのものであり得るのです。
 安らぎは内面から出て来るものです。外部からやってくるものではありません。地上の人間が物的身体の奥に秘められた霊的な自我を開発しさえすれば、泉のごとく霊力が湧いて出て、静寂、沈着、平穏、安らぎといったものがもたらされます。
 これまでに多くの偉大なる霊が地上降誕し、様々な分野で先駆的な仕事と改革をもたらしましたが、皆、過酷な現実の中で悪戦苦闘しながらも、霊的な自我は静かな悟りの世界にありました。物的な有為転変と霊的原理とを同等に見てはいけません。霊が主人であり、物質は従者です。常に霊が主導権を握るようでなくてはいけません」

投書(五)-霊媒や治療家が過労に陥るのは本人の責任でしょうか、それとも背後霊の責任でしょうか。

「それは本人の責任です。霊媒や治療家は霊の道具です。が、その道具にも自由意志が許されています。背後霊は独裁者ではありません。霊媒を操り人形を扱うようなわけにはまいりません。協力し合うのです。無理矢理強いるようなことはしません。その時の環境条件の下で最善を尽くします。
 もしも霊媒や治療家が過労でダウンしたとすれば、それは本人の責任です。我々霊側は霊媒を鼓舞して仕事に従事させることはありますが、体力の限界を無視してまでやらせるようなことはいたしません。霊的能力の開発を陰から指導すると同時に、その能力を使い過ぎないように管理する必要もあります。折角の能力であり、大切にしなければならないからです。
 いつも申し上げているように、霊と精神と身体の三つが一体となって機能することが大切です。その調和の中でこそ各自の使命が果たせるのです」

 投書(六)-戦争や大惨事、疾病や飢餓で多くの魂が一度に死ぬのは、やはりカルマのせいでしょうか。その中には死すべき時よりも早目に死ぬ者もいるのでしょうか。戦争は地上世界では避けられないものなのでしょうか。もしも避けられないものであれば、それは国家や民族としてのカルマのせいでしょうか。

「この質問者は[魂が死ぬ]という言い方をしておられますが、これは不適切です。魂は死にません。また、カルマという用語を用いておられますが、これはつまるところ摂理の働きのことです。タネ蒔きと刈り取りのことであり、因果律の一部を構成するものです。
 摂理の働きだけは何人も逃れることはできません。究極において公正が成就されるようにとの大霊の意図によって案出されているのですから、万が一その摂理が廃止されたり原因と結果の連鎖関係が妨げられたりすることが有り得るとすれば、それは大霊の意図が無視されることが有り得ることになり、言語道断の話です。
 各自がその霊性に相応しいものを、少なすぎも多すぎもしないだけ授かるようになっているのです。これは個人についてのみならず国家や民族の単位でも当てはまります。国家や民族といっても、つまるところ個人の集まりですから・・・
 地上生活の寿命の件ですが、一応、魂が誕生する時にあらかじめ決まっております。が、人間には、ある範囲内での自由意志が許されており、その他の諸々の事情も絡んで、その寿命、つまり死すべき時が変わることも有り得ることです。
 戦争が避けられるか否かの問題ですが、これは地上の人間自身の自覚に関わる問題です。今も述べましたように、人間には自由意志が許されております。が、それには代償も伴います。戦争をするかしないかは自由です。が、戦争という手段を選んだからには、それが生み出す結果に対しても人間が責任を負わねばなりません」

メンバーの一人-寿命は魂の誕生に際してあらかじめ決まっていると仰いましたが、それはすべての魂に当てはまることでしょうか。例えば未熟な魂にも自分がこれから辿る人生についての正しい判断や知識、叡智などが備わっているのでしょうか。[魂]の次元ではすべてが平等なのでしょうか。

「魂が物的身体に宿る前と後とでは、発揮する叡智の量には格段の差があります。誕生後の自我は物的身体の機能によって大幅に制約されます。が、誕生前は、すべての魂とは申しませんが、大体において自分が地上で辿るべき人生について承知しております」

-誕生前から自分の辿るべき人生が分かっているということは、その結果まで分かっていることになりませんか。

「分かっていますよ」

-こういう体験をしてこうなるということが分かっているものを、なぜわざわざ体験しに行く必要があるのでしょうか。

「その地上体験のあと霊界へ戻ってから為すべき仕事があるのです。それに備えて霊力を磨くのです。体験すべきものが前もって分かっているということは、その体験によって初めて身につく霊的成長の代用になりません。
 世界中の図書館の本を全部読んでも、それだけでは進歩は得られません。それを体験によって強化しないといけません。つまり霊的成長が得られるか否かは、人生体験にどう対応するかに掛かっています。そこに、地上に生をうけた、そもそもの意義があるのです」

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