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カテゴリ:★『シルバーバーチの霊訓』 > シルバーバーチ 真理には無限の側面がある

シルバーバーチ 真理には無限の側面がある 目次

真理には無限の側面がある1

真理には無限の側面がある2

 作家としても出版業者としても成功を収めている男性と、心霊知識の普及に健筆を揮っている女性(両者共氏名は紹介されていない。手掛かりになるものもない-訳者)が招かれた時の様子を紹介する。
 この男性は交霊会は今回が初めてであるが、スピリチュアリズムには早くから親しんでいた。そこでシルバーバーチがこう挨拶した。
 「私はあなたを見知らぬ客としてではなく待ちに待った友として歓迎いたします。どうかサークルの皆さんと思い切り寛いだ気分になって頂き、お互いに学び合ってまいりましょう。
 これまであなたも随分長い道のりを歩んで来られました。けっして楽な道ではありませんでした。石ころだらけの道でした。それをあなたは見事に克服して来られました。あなたご自身にとって、又あなたの愛する方達にとって重大な意味をもつ決断を下さねばならなかった魂の危機を象徴する、忘れ難い出来事が数多くあります」

 これを聞いてその男性は「少しピンと来ないところがあるのですか」と述べてから、自分が霊的に飢えていたというのはどういう意味かと尋ねた。すると-

 「(通常意識とは別に)あなたの魂が切望していたものがありました。あなたの内部で無意識に求めていたものですが、あなたはその欲求を満たしてやることが出来なかった。永い間あなたは何かを成就したい、やり遂げたい、我がものとしたいという絶え間ない衝動-抑えようにも抑え難い、荒れ狂ったような心の渇望を意識し、それがしばしば精神的な苦悩を生みました。〝一体自分の心の安らぎはどこに求めたらいいのか。自分の心の港、心の避難所はどこにあるのか〟と心の中で叫ばれました。次々と難問は生じるのに回答は見出せませんでした。ですが、いいですか、その心の動乱は実はあなた自身の魂の体質が生んでいたのです。水銀柱が急速に上昇するかと思えば一気に下降します。あなたは爆発性と沈着性という相反するものを具えたパラドックス的人間です。いかがです、私の言っていることがお分かりになりますか」

-よく分かります。仰る通りです。私なりに偉大な思想家から学ぼうと努力して来たつもりですが・・・・

 「私にも真理の全てをお授けすることは出来ません。真理は無限であり、あなたも私も同様に有限だからです。我々も無限なるものを宿していることは事実ですが、その表現が悲しい程不完全です。完全の域に達するまでは真理の全てを受け入れることは出来ません。真理とは無限の側面をもつダイヤモンドです。無限の反射光をもつ宝石です。その光は肉体に閉じ込められた意識では正しく捉え難く、その奥の霊のもつ自然の親和力によって手繰り寄せられた部分をおぼろげに理解する程度です。私には〝さあ、これが真理ですよ〟と言えるものは持ち合わせません。あなたが求めておられるものの幾つかについて部分的な解答しかお出し出来ません。
 あなたは感受性のお強い方です。男性の割には過敏でいらっしゃいます。それはそれなりの代償を支払わされます。普通の人間には分からないデリケートで霊妙なバイブレーションを感知出来る程の感受性をもっておれば、当然、他の分野でも過敏とならざるを得ません」

-そのことを痛切に思い知らされております。

 「感受性が強いということは喜びも悲しみも強烈となるということです。幸福の絶頂まで上がれるということは奈落の底まで落ちることも有り得るということです。強烈な精神的苦悶を味わわずして霊的歓喜は味わえません。二人三脚なのです。私があなたのお役に立てることといえば、たとえ苦境にあってもあなたは決して泥沼に足を取られてにっちもさっちも行かなくなっているのではないこと、いつも背後霊によって導かれているということを理解させてあげることです。一人ぽっちで足掻いているのではないということです。幸いなことにあなたは度を超して取り乱すことのない性格をしていらっしゃいます。時には目先が真っ暗に思えることがあっても、自分が望むことは必ず叶えられるとの確信をお持ちです。
 どうぞ自信をもってください。あなたが生きておられるこの宇宙は無限なる愛によって創造され、その懐の中に抱かれているのです。その普遍的な愛とは別に、あなたへ個人的な愛念を抱き、あなたを導き、援助し、利用している霊の愛もあります。それは、よくよくのことがない限り自覚していらっしゃいません。私の申し上げてきたことが参考になりましたでしょうか」

-とても参考になりました。


 話は前後するが、この交霊会より早く、女性の文筆家が二度招かれていた。この夫人はスピリチュアリズム普及の為に色々と書いておられる。が、最近ご主人に先立たれた。シルバーバーチが歓迎の言葉をこう述べた。
 「あなたのペンの力で生き甲斐を見出してから他界した大勢の人に代わって、私が歓迎の言葉と感謝の気持を述べる機会を持つことが出来て、とても嬉しく思います。私達にはあなたから慰めを得た人々の心、あなたの健筆によって神の恵みに浴することが出来た魂が目に見えるのです。道を見失える者、疲れ果て困惑し切ってあなたの下を訪れる人々に、あなたは真心を込めて力になってあげられました。自分を人に為に役立てること、これが私達にとって最も大切なのです」

-ご理解頂いているように、ともかく私は人の為にお役に立ちたいのです。

 「私達の価値判断の基準は地上とは異なります。私達は、出来ては消え行く泡沫のような日々の出来事を、物質の目でなく魂の知識で見つめます。その意味で私達は、悲しみの涙を霊的知識によって平静と慰めに置き換えてあげる仕事に携わっている人に心から拍手喝采を送るものです。地上の大方の人間があくせくとして求めているこの世的財産を手に入れることより、たった一人の人間の魂に生き甲斐を見出させてあげることの方がよほど大切です。
 有為転変極まりない人生の最盛期において、あなたはその肩に悲しみの荷を背負い、暗い谷間を歩まねばならないことがありましたが、それも全ては、魂が真実なるものに触れて初めて見出せる真理を直接に学ぶ為のものでした。大半の人間がとかく感傷的心情から、或いは様々な魂胆から大切にしたがる物的なものに、必要以上の価値を置いてはいけません。そうまでして求める程のものではないからです。いかなる魂をも裏切ることのない中心的大原理すなわち霊の原理にしがみ付かれることです」

 更にシルバーバーチはその文筆家が主人を亡くしたばかりであることを念頭に置きながらこう続けた。
 「あなたが今こそ学ばねばならない大切な教訓は、霊の存在を人生の全ての拠り所とすることです。明日はどうなるかという不安の念を一切かなぐり捨てれば、きっとあなたも、その後に訪れる安らぎと静寂と共に、それまで不安に思っていた明日が実は、これから辿らねばならない道においてあなたを一歩向上させるものをもたらしてくれることに気付かれる筈です。非常に厳しい教訓ではあります。しかし、全ての物的存在は霊を拠り所としていることはどうしようもない事実なのです。物的宇宙は全大宇宙を支配する大霊の表現であるからこそ存在し得ているのです。そしてあなたもその身体に生命と活力を与えている大霊の一部であるからこそ存在し得ているのです。物的世界に存在するものは全て霊に依存しております。言わば実在という光の反射であって、光そのものではないのです。
 私達としては、あなた方人間に理想を披瀝するしかありません。言葉をいい加減に繕うことは許されません。あなたがもし魂の内部に完全な平静を保つことが出来れば、外部にも完全な平静が訪れます。物的世界には自分を傷付けるもの、自分に影響を及ぼすものは何一つ存在しないことを魂が悟れば、事実、この世に克服出来ない困難は何一つありません。かくして、訪れる一日一日が新しい幸せをもたらしてくれることになります。いかに優れた魂にとっても、そこまでは容易に至れるものではないでしょう。
 しかし人間は苦しい状態に陥ると、それまでに獲得した知識、入手した証拠を改めて吟味し直すものです。本当に真実なのだろうか、本当にこれでいいのだろうか、と自問します。しかし、これまで何度も申し上げて来たことですが、ここで又言わせて頂きます。万事が上手く行っている時に信念をもつことは容易です。が、信念が信念としての価値をもつのは暗雲が太陽を遮った時です。が、それはあくまでも雲に過ぎません。永遠に遮り続けるものではありません」
 (訳者注-この後に続く部分は第四巻の八章「質問に答える」の中で質問(四)として引用されている。次の問答はその続きとしてお読み頂きたい)

-最近の大規模な疎開政策によって家族関係が破壊され、それが責任意識に欠けた若者を生む原因になっていると私は考えるのですが、いかがでしょうか。

 「そういうことも考えられます。が、それが全てというわけではありません。元来家族というのは子供の開発成長にとっての理想的単位であるべきなのですが、残念ながらこれにも多くの例外があります。私が思うに、暴力行為を誘発すると同時に道徳基準を破壊してしまうという点において、やはり何といっても戦争が最大の原因となっております。一方で相手を殺すことを奨励しておいて、他方で戦争になる前のお上品さを求めても、それは無理というものです。

-結局、社会環境を改善するしかないように思います。

 「その為に霊的実在についての知識を普及することです。自分が霊的存在であり物的存在ではないこと、地上生活の目的が霊性の開発と発達にあることを全ての人間が理解すれば、これ程厄介な野獣性とか暴力の問題は生じなくなることでしょう」

 これにサークルのメンバーが「そうなれば当然戦争などは起こり得ないですね」と相槌を打つと、シルバーバーチが-
 「人類の全てが霊性を認識し、人類という一つの家族の一員としてお互いの間に霊という不変の絆がありそれが全員を神の家族たらしめているということを理解すれば、地上から戦争というものが消滅します」

 別のメンバーが「それが所謂不戦主義者の態度なのですね?」と述べると-
 「私はラベルには関心がありません。私はなるべく地上のラベルには係わり合わないようにしております。理想、理念、動機、願望-私にとってはこうしたものが至上の関心事なのです。例えば自らスピリチュアリストをもって任じている人が必ずしもスピリチュアリズムを知らない人よりも立派とは言えません。不戦主義者と名乗る人がおり、その理念が立派であることは認めますが、問題は結局その人が到達した霊的進化の程度の問題に帰着します。不完全な世の中に完全な矯正手段を適用することは出来ません。時には中途半端な手段で間に合わせざるを得ないこともあります。世の中が完全な手段を受け入れる用意が出来ていないからです。こちらの世界では高級な神霊はまず動機は何かを問います。動機がその行為の指標だからです。もし動機が真摯なものであれば、その人の願望は丸々我欲から出たものでないことになり、従って判断の基準も違って来ます」
 (訳者注-最期に述べている〝丸々我欲から出たものではない〟というセリフは注目すべきであろう。前巻でも注釈しておいたことであるが、シルバーバーチは〝利己性〟を全ていけないものとは見ていない。霊的なものに目覚めた当初はとかく完全な純粋性を求め、それが叶えられない自分を責めがちであるが、肉体という〝悲しい程不自由な牢〟に閉じ込められている人間に、そのような完全性を求めるつもりはさらさらないようである。だから〝動機さえ正しければ〟ということになるのである)

 ここで先程の女性が「立派な兵士と真面目な不戦主義者が共に正しいということもありうるのですね」と述べると-

 「その通りです。二人の動機は一体何かを考えればその答えが出ます。何事も動機がその人の霊的発達の程度の指標となります」

-こういう場合には自分だったらこうするだろうということは予断出来ないと思うのです。

 「そうなのです。なぜかと言えば、人間はその時点までに到達した進化の程度によって制約されていると同時に、地上生活での必需品として受け継いだ不可避の要素(前世からの霊的カルマ、肉体の遺伝的要素などが考えられる-訳者)の相互作用の影響も受けるからです。ですから、常に動機が大切です。それが、どちらが正しいかを判断する単純明快な基準です。仮に人を殺めた場合、それが私利私欲、金銭欲、その他の利己的な目的が絡んでいれば、その動機は浅はかと言うべきでしょうが、愛する母国を守る為であれば、その動機は真摯であり真面目です。それは人間として極めて自然な情であり、それが魂を傷付けることにはなりません。ただ残念なことに、人間は往々にしてその辺のところが曖昧なことが多いのです」

 別のメンバーが「勿論あなたは人を殺めるということそのものを良いことだとは思われないでしょう」と言うと、
 「勿論です。理想としては殺し合うことは間違ったことです。ですが、前にも述べたことがありますように、地上世界では二つの悪いことの内の酷くない方を選ばざるを得ないことがあるのです」
 (訳者注-この後の死刑制度についての問答は同じく第四巻の「質問に答える」の質問(四)の最後に引用されているが、これをカットすると脈絡が取れにくくなるので再度掲載しておく)

-死刑制度は正しいとお考えですか。

 「いえ、私は正しいとは思いません。これは〝二つの悪いことの酷くない方〟とは言えないからです。死刑制度は合法的殺人を許していることでしかありません。個人が人を殺せば罪になり国が人を処刑するのは正当という理屈になりますが、これは不合理です」

-反対なさる主たる理由は、生命を奪うことは許されないことだからでしょうか、それとも国が死刑執行人を雇うことになり、それは雇われた人にとって気の毒なことだからでしょうか。

 「両方とも強調したいことですが、それにもう一つ強調しておきたいのは、いつまでも死刑制度を続けているということは、その社会がまだまだ進歩した社会とは言えないということです。なぜなら、死刑では問題の解決になっていないことを悟る段階に至っていないからです。それはもう一つの殺人を犯していることに他ならないのであり、これは社会全体の責任です。それは処罰にはなっておりません。ただ単に別の世界へ突き落としただけです」

-その上困ったことに、そういう形で強引にあの世へ追いやられた霊による憑依現象が多いことです。地上の波長に近い為直ぐに戻って来て誰かに憑依しようとします。

 「それは確かに事実なのです。霊界の指導者が地上の死刑制度に反対する理由の一つにそれがあります。死刑では問題を解決したことになりません。更に、犯罪を減らす方策-これが万策と言えるかどうか疑問ですが-としても実にお粗末です。そのつもりで執行しながら、それが少しもその目的の為に役立っておりません。残虐行為に対して残虐行為を、憎しみに対して憎しみをもって対処してはなりません。常に慈悲心と寛恕と援助の精神をもって対処すべきです。それが進化した魂、進化した社会であることの証明です」

-そこまで至るのは大変です。

 「そうです、大変なのです。しかし歴史のページを紐解けば、それを成就した人の名が燦然たる輝きをもって記されております」

-憑依現象のことですが、憑依される人間はそれなりの弱点をもっているからではないかと思っています。つまり、土のない所に種を蒔いても芽は出ない筈なのです。

 「そうです。それは言えます。元々その人間に潜在的な弱点がある、つまり例によって身体と精神と霊の関係が調和を欠いているのです。邪霊を引き付ける何等かの条件があるということです。アルコールの摂り過ぎである場合もありましょう。薬物中毒である場合もありましょう。度を越した虚栄心、ないしは利己心が要因となることもあります。そうした要素が媒体となって、地上世界の欲望を今一度満たしたがっている霊を引き付けます。意識的に取り憑く霊もいますし、無意識の内に憑っている場合もあります」

 その日の交霊会の終わりに、最近一人娘を失ったばかりの母親からの手紙が読み上げられた。その手紙の主要部分だけを紹介すると-
 〝私は十九歳の一人娘を亡くしてしまいました。私も夫も諦めようにも諦め切れない気持です。私達にとってその娘が全てだったのです。私達はシルバーバーチの霊言を読みました。シルバーバーチ霊はいつでも困った人を救ってくださると仰っています。
 (肢体不自由児だった)娘は十九年間一度も歩くことなく、厳しい地上人生を送りました。その娘が霊界で無事向上しているかどうか、シルバーバーチ霊からのメッセージが頂けないものでしょうか。地上で苦しんだだけ、それだけあちらでは報われるでしょうか。私は悲しみに打ちひしがれ、途方に暮れた毎日を生きております〟

 これを聞いたシルバーバーチは次のように語った。

 「その方にこう伝えてあげてください。神は無限なる愛であり、この全宇宙における出来事に一つとして神のご存知でないものはありません。全ての苦しみは魂に影響を及ぼして自動的に報いをもたらし、そうすることによって宇宙のより高い、より深い、より奥行きのある側面についての理解を深めさせます。娘さんもその理解力を得て、地上では得られなかった美しさと豊かさを今目の前にされて、これからそれを味わって行かれることでしょう。
 又、こうも伝えてあげてください。ご両親は大きなものを失われたかも知れませんが、娘さん自身は大きなものを手にされています。お二人の嘆きも悲しみも悼みも娘さんの為ではなく実はご自身の為でしかないのです。ご本人は苦しみから解放されたのです。死が鳥籠の入口を開け、鳥を解き放ち、自由に羽ばたかせたことを理解なされば、嘆き悲しむことが少しも本人の為にならないことを知って涙を流されることもなくなるでしょう。やがて時が来ればお二人も死が有り難い解放者であることを理解され、娘さんの方もその内、死によって消えることのない愛に満ちた、輝ける存在となっていることを証明してあげることが出来るようになることでしょう」
 こう述べてから、次の言葉でその日の交霊会を結んだ。
 「地上で死を悼んでいる時、こちらの世界ではそれを祝っていると思ってください。あなた方にとっては〝お見送り〟であっても、私達にとっては〝お迎え〟なのです」

 さて次の交霊会にも同じ女性文筆家が出席した。シルバーバーチは開始早々にこう述べた。
 「今あなたを拝見して、前回の時よりオーラがずっと明るくなっているので嬉しく思います。少しずつ暗闇の中から光の中に出て来られ、それと共に全てが影に過ぎなかったという悟りに到達されました。本当は今までもずっと愛の手があなたを支え、援助し、守っていてくださったのです。同じ力が今尚働いております。
 今のあなたには微かな光を見ることが出来、それが暗闇を突き破って届いているのがお分かりになります。その光はこれから次第に力を増し、鮮明となり、度合を深めていくことでしょう。あなたは何一つご心配なさることはありません。愛に守られ、行く手にはいつも導きがあるとの知識に満腔の信頼を置いて前進なさることです。
 来る日も来る日もこの世的な雑用に追いまくられていると、背後霊の働きがいかに身近なものであるかを実感することは困難でしょう。しかし事実、常に周りに存在しているのです。あなた一人ぽっちであることは決してありません」

-そのことはよく分かっております。何とかして取り越し苦労を克服しようと思っています。

 「そうです。敵は心配の念だけです。心配と不安、これは是非とも征服すべき敵です。日々生じる用事の一つ一つにきちんと取り組むことです。するとそれを片付けていく力を授かります。
 今やあなたは正しい道にしっかりと足を据えられました。何一つ心配なさることはありません。これから進むべき道において必要な導きをちゃんと授かります。私にはあなたの前途に開け行く道が見えます。勿論時には暗い影が過ぎることがあるでしょうが、あくまでも影に過ぎません。
 私達は決して地上的な出来事に無関心でいるわけではありません。地上の仕事に携わっている以上は物的な問題を理解しないでいるわけにはまいりません。現にそう努力しております。しかし、あくまでも霊の問題を優先します。物質は霊の僕であり主人ではありません。霊という必須の要素が生活を規制し支配するようになれば、何事が生じても、きっと克服出来ます。
 少しも難しいことは申し上げておりません。極めて単純なことなのです。が、単純でありながら、大切な真理なのです。満腔の信頼、決然とした信念、冷静さ、そして自信-こうしたものは霊的知識から生まれるものであり、これさえあれば、日々の生活体験を精神的並びに霊的成長を促す手段として活用していく条件としては十分です。地上を去ってこちらへお出でになれば、散々気を揉んだ事柄が実は何でもないことばかりだったことを知ります。そして本当に為になっているのは霊性を増すことになった苦しい体験であることに気付かれることでしょう」

 最期に、同じく夫を悲劇の中に失った未亡人に対して次のように述べた。
 「あなたからご覧になれば、私がこうして教訓やメッセージをお伝え出来ることから、私にはどんなことでも伝えられるかに思われるかも知れませんが、私は私なりにどうしても伝えきれないもの、私に適性が欠けているものがあることを常に自覚しております。何しろ私達は五感では感識出来ない愛とか情とか導きとかを取り扱わねばならないのです。こうしたものは地上の計量器で計るような具合にはまいりません。それでも尚、その霊妙な力は、たとえ地上的な意味では感識出来なくても、霊的な意味ではひしひしと感識出来るものです。愛と情は霊の世界では人間の想像を遙かに超えた実在です。あなたが固いとか永続性があるとか思っておられるものよりずっとずっと実感があります。私が今ここで、あなたのご主人はあなたへの愛に満ちておられますと申し上げても、それは愛そのものをお伝えしたことにはなりません。言葉では表現出来ないものをどうしてお伝え出来ましょう。そもそも言葉というのは実在を伝えるにはあまりにお粗末です。情緒や感情や霊的なものは言語の枠を越えた存在であり、真実を伝えるにはあまりに不適切です」

 ここで未亡人が「主人が今私に何を告げたいかは私の心の中で理解していると伝えてください」と言うと、
 「次のことをよく理解してください。これは以前にも申し上げたことですが、地上を去って私達の世界へ来られた人は皆、思いも寄らなかった大きな自己意識の激発、自己開発の意識のほとばしりに当惑するものです。肉体を脱ぎ棄て、精神が牢から解放されると、そうした自己意識の為に地上での過ちを必要以上に後悔し、逆に功徳は必要以上に小さく評価しがちなものです。
 そういうわけで、霊が真の自我に目覚めると、暫くの間は正しい自己評価が出来ないものです。こうすればよかった、ああすべきだったと後悔し、折角の絶好のチャンスを無駄にしたという意識に嘖(さいな)まれるものです。実際にはその人なりに徳を積み、善行や無私の行為を施しているものなのですが、その自覚に到達するには相当の期間が必要です」

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