『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より


 物質化現象は数ある心霊現象の中でも最も驚異的であり、そう滅多やたらに見られるものではない。スピリットが生前の姿を物質化して見せるわけであるが、頭のテッペンから足の先まで完全に物質化する場合と、ウォルターの指紋のようにその時の目的を達成する為に必要な部分だけを物質化する場合とがある。完全物質化現象の場合、心臓は鼓動し、肺で呼吸し、手で触ってもしっかりとして固く、そして温かく、脈も打っており、血液又はそれに類するものが流れており、喋り、そして歩く、意識をもった存在である。
 ルイザ・ボルト Mrs.Louisa Bolt は年に一回しか実験会を開かなかった人である。生まれつき頑健でなく、そのほっそりとして弱々しい身体はとても物質化現象専門の霊媒とは思えない。が私がこれまでに見た中で最も驚異的な現象はボルト夫人の実験会においてであった。これから紹介する実験会はいつになっても私の記憶から消えない。それは、私との間に交わした約束をスピリットが見事に果たしてくれたからである。実験会に先立つこと数ヶ月前にあるスピリットが私に、いつか物質化して出てサインしてみせますと約束していた。それを私の目の前で果たしてくれたのである。
 その日、実験会が始まって二、三分すると、この種の物理実験に付きものの冷たい霊気が漂うのを同席した他の四人の列席者と共に感じた。霊界の技術者が物質化に必要な霊的エネルギーを凝縮してキャビネットの中に蓄える操作をする、その過程の一貫として冷風が生じるのだと聞かされた。温度が下がるのが明確に感じられた。
 やがてキャビネットの中から小さな白い手が現れた。これは現象を担当しているエセルという女性支配霊のものだという。続いてそのエセルの優しい声がして「私の顔が見えますか」と言うかと思うと、キャビネットの前に、目も眩まんばかりの白く美しい姿が現れた。その時、以前にもしばしば目撃したことだが、部屋の照明は赤色光を使っているのにエクトプラズムで出来た衣服が雪のように白く見えた。赤色光を反射していないのである。
 エセルは自分の美しい容貌を見せようとする。こう言っては何だが、霊媒のボルト夫人とは全然似ていない。ボルト夫人も美しい方であるが、それがエセルとは比べものにならないことは夫人自身が真っ先に認めるところであろう。
 エセルは進み出て、我々列席者の一人一人と握手をした。柔らかく、そして温かい手だった。どこをどう見ても完全な生身の人間であった。私と握手した時、エセルは腕の辺りの(エクトプラズムの)布が私の肌に接触するのを敢えて差し止めようとしなかった。私が手に取ってみてもいいかと聞くと、どうぞと言う。そこで手に取ってしげしげと見たのであるが、それはいかなる絹よりも遙かに柔らかい、紗のようなキメをしており、感触は蜘蛛の巣にでも触ってるみたいだった。
 列席者の中にケイラードという夫人がいて、亡くなられたご主人のビンセント・ケイラード卿が物質化する予定になっていた。ケイラード卿と言えば英国工業連盟の会長をしていた著名な実業家であった。私は生前に直接お会いしたことはないが、ロバーツ女史やこのボルト夫人の交霊会で声だけは耳にしていた。それでキャビネットから聞こえるビンセント卿の声はすぐそれと知れたのであるが、何といっても一番の証言者は奥さんであった。キャビネットの中から奥さんにこんなことを言った。
 「精一杯やってるところだ。興奮気味のせいか、どうも難しい。もうすぐ出る。光に耐えられるよう、もう少し力を蓄えさせて欲しい」このセリフを聞いていると、霊界の技術者が色々と面倒をみてくれるだけでなく、物質化する本人も相当努力がいることが分かる。
 続いてビンセント卿は私の名前を呼んで「今日はお約束を果たしますよ」と言う。そして直ぐその後、今度は奥さんに「すっかり準備が整った。十二分だ」と言ってから、「神よ、力を授け給え」と真剣に祈る声がした。
 やがてキャビネットからビンセント卿が出て来て(キャビネットの)カーテンの前に立った。支配霊のエセルより数インチ程背が高い。六フィートもあったろうか。容貌は口髭まで完全に物質化していた。まず奥さんを生前使っていたニックネームで呼んでから、キャビネットの脇にあるバラの花の所へ歩を進めた。奥さんが持って来たもので、鉢に入れてテーブルの上に置いてあった。「私への花だ」嬉しそうに大きな声でそう言ってから、綺麗に物質化した手で鉢から二本取り出して奥さんにここまで来なさいと言う。奥さんが近寄るとその花を手渡し「こうしたことも、これが最後だ」と言ってから、まず奥さんの手を取り、それから全身を抱きしめた。
 ケイラード夫人はかつてローマカトリックの教会員として活躍していた時にご主人を失い、その悲しみからスピリチュアリズムに入った。ご主人が立派に生きているという証拠はその後数多くの霊媒と各種の現象を通じて積み重ねられていった。が物質化して出て来たのはこの時が始めてで、以前からの約束を果たす為であった。
 抱き合った二人がその場で繰り広げたシーンは、私など第三者がいては悪いような気さえする程だった。他界した夫とこの世の妻とが再会した。正に最高最大の人間的ドラマと言うべきで、二人の情は最高潮に達していた。物質化したビンセント卿は夫人に何度も口づけをし、その合間合間に愛と励ましの言葉を囁いた。
 この再会の日が遠くないことはそれまでの交霊会で奥さんに予告してあったが、その日も又同じことを言った。それは五ヵ月後に奥さんの他界という形で実現したのだった。
 話は戻って、その抱擁か終わって奥さんが席に戻ると、ビンセント卿は私達一人一人と握手を交わした。支配霊のエセルと少しも変わらない、本物の手のようだった。それは、握手をした時に卿がもう一方の手で私の手の甲をピシャリと叩いたことで如実に感じられた。正に男の手だった。実験会の始めに握手を交わしたエセルの手より遙かにごつかった。
 やがて卿は〝エネルギーの補給〟の為に一旦キャビネットに戻らなくてはならなくなったと言い、キャビネットに入った。再び出て来ると、奥さんが付けている腕時計に目が止まった。それは奥さんが卿の為に特別に作らせたもので、少し出っ張ったボタンを押すと、まず何時、次に何分、とチャイムが鳴って知らせる仕掛けになっており、暗がりでも時刻が分かるようになっていた。
 「見て、あなたの時計よ」奥さんがそう言って腕を差し出すと、ビンセント卿の手がボタンを押した。するとチャイムが時刻を告げた。
 次に卿は私に、サインをするからノートを貸しなさいと言う。サインをする約束は以前の交霊会でしてあった。私は交霊会でノートをとる時はいつも点字用ノートを使用していた。線が浮き上がっているので暗がりで書くのに便利なのである。
 私はキャビネットの方へ進み出てノートを差し出した。が書き始めると、どうも隆起があって書きにくいとこぼし、普通の用紙がいいと言うので私がそれを渡すと、奥さんが鉛筆を手渡した。そうして私がノートを手で支え、その上に用紙を置いた。書く前に卿は「今おぼろげに、いずれそのうち差し向かいで」と言った。
 それから遂にサインをした。「これで約束を果たしましたぞ」と言うので「確かに」と私は答えた。それから、キャビネットから客席の方へずっと進み出て、完全に物質化したその姿を披露した。そして「素晴らしい再会でした」と言った。
 これで終わったわけではなかった。私は前に出てボルト夫人のもう一人の背後霊で黒人の少女のアイビーに会うようにと言われた。アイビーの所へ行くとオモチャのピアノを見せて、これを弾きたいから持っていて欲しいと言う。私が持って立ち、言われるようにした。アイビーの背は私が膝立ちの姿勢と同じ高さだった。見ると黒い顔、白い歯、分厚い唇、ピンク色の舌がはっきりと見えた。
 これで三人の物質化像が一つの実験会に出現したことになる。三人三様で、しかもくっきりとした像だった。
 エステル・ロバーツ女史の支配霊が非常に印象的なデモンストレーションを見せてくれたことがある。女史の実験会で物質化現象が起きるのは珍しいことである。
 支配霊のレッド・クラウドが蛍光塗料を塗った二個の飾り額と赤色の懐中電灯を用意するようにと言うので、部屋の隅をカーテンで仕切って即席のキャビネットを拵え、その中に用意した飾り額と懐中電灯を置いた。
 またしても私がキャビネットの中と部屋中を点検するよう要請された。要請に応じて一応点検して回ったが何一つ変わったところはなかった。点検が済むとロバーツ女史がキャビネットの中に入って早速入神した。入神すると直ぐ物理現象が起き始めた。二つの飾り額がキャビネットの中からふわりと出て来てカーテンの前を横切った。そして蛍光塗料でほのかに輝くその二つの飾り額の間に人間の顔のシルエットが見えてきた。その口辺りからレッド・クラウドの声がした。数え切れない程耳にしている声なので間違う筈はない。
 その声がこちらへ来なさいと言うのでキャビネットから二、三フィートの所まで近付いた。すると「手を出しなさい」と言いながら自分の手を差し出した。私も手を出して握手をしたが、その手はロバーツ女史の手でないことは疑いなかった。女史の手はほっそりとして女らしい手であった。私が握ったのはごつくて男性的だった。
 「髪に触りなさい」とレッド・クラウドが言うので手で触ってみると、それは長くて絹のような感じで、肩の辺りまで下がっていた。これは大切なことだった。というのは霊媒の髪は短くて固くて縮れていて、直ぐにカサカサになり易い性質だったからである。
 私は少なくとも六回は自分の席を離れて物質化したレッド・クラウドの側に立った。そうして、その内二度は懐中電灯を顔に当ててはっきりとその容貌を確かめた。表情豊かな目をした、中々形の整った顔で、背はロバーツ女史より数インチは高いと判断した。

 最後に米国での体験を紹介しよう。米国を講演旅行していた時に、ペンシルベニアで物理実験に招待された。その時も霊媒と物質化像の双方を同時に見ることが出来た。双方を手で触ってみることによって、それが私の幻覚でないことを確かめた。
 霊媒はエセル・ポストパリッシュ Mrs.Ethel Post-Parrish で、私にとっては女史の実験会に出るのは初めてなので、前もって部屋とキャビネットを点検することを許された。キャビネットは部屋の隅をカーテンで仕切っただけの普通のものだった。現象が本物かどうかは現象を見れば分かることなのだが、一応、霊媒を得心させる意味もあって細かく点検した。
 部屋は奥行がほぼ四十フィートもあり、中々いい赤色光で証明してあった。物質化像は全部で数人は出た。そして部屋の端から端まで歩いた。中でも特に目立ったのはシルバーベルという名のインディアンの少女だった。霊媒の支配霊で、主として物質化現象を担当しているとのことだった。シルバーベルは得意気に額に輝いている星印を見せ、長く編んだ黒いおさげ髪をコレご覧と言わんばかりに見せびらかした。その髪は色も性質も霊媒のものとは全く違っていた。
 私は部屋の一番端にいたのであるが、シルバーベルはそこまで歩いて来た。そして私の手を取ってキャビネットの所まで連れて行った。それからキャビネットの中に招き入れて、霊媒がちゃんとそこにいることを確かめさせた。確かに私はそこにポストパリッシュ夫人を認めたばかりでなく、シルバーベルが夫人の髪から足の先まで触ってみるように私に言う。その間シルバーベルはキャビネットの外にいた。結局私がいた位置は霊媒と物質化像の中間であり、双方を同時に見届け、同時に触ってみることが出来たわけである。
 私が確認を終わると、シルバーベルは再び私の手を取って席まで案内してくれたのだった。