自殺ダメ


 『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』 M・バーバネル著 近藤千雄訳より


 サイコメトリという現象は木石にも記憶があることを物語っている。つまり生命のない物体が自分の経歴を物語り、その所有者を始めとして、それに係わりのあった環境や人間群像の秘密を暴くことがある、ということである。
 Psychometry(サイコメトリ)という用語はギリシャ語で〝魂の測定〟を意味する。その測定の仕方、つまり物の歴史を読み取る能力の働き方については二つの説がある。
 一つは、これは霊媒能力ではない-つまり背後霊の援助によって行なわれるのではなく、能力者自身の能力だけで物体の放射物や反応から情報を得ているという説。もう一つは、結果からみて背後霊や、その物体と係わりのあるスピリットからの情報を得ていることが明らかなので、これは霊媒現象であるという説。私は双方とも考えられるし、時として双方がオーバーラップする場合があると考えている。
 生命のない物体から出ている放射物は人間のオーラのようなものだと思えばよい。優れた霊視家にとってはオーラがその人間の個性、性格、健康、性癖、野心、それに知的並びに霊的成長度の正直な指標であると同時に、サイコメトリでは物体から滲み出る放射物が手掛かりとなる。
 一見固いように見える物体もその実質は一連の波長、放射線ないしバイブレーションの状態であるということが科学でも既に一般的である。従って我々が所持している物体は常に我々のオーラに浸っているわけで、その放射物を一杯吸収している。それで、サイコメトリストが一つの物体を手にすると、その歴史とそれに係わった様々な人間模様が感知されるわけである。一番新しい所有者の印象がやはり一番強い。もっともこれには例外がある。その物体にまつわる大きな悲劇やドラマチックな出来事はやはり一番強烈な印象を残している。
 サイコメトリはスピリチュアリストの集会でしばしば披露されている。要領を説明すると、係の者が同じ番号を印した二枚一組のカードを何組か持って座席を回る。希望の人はカードの一枚を品物に貼り付け、もう一枚を所持しておく。品物と品物が触れ合うと放射物が乱れるので、他の物体とぶつからないように小さく仕切った盆のようなものの中のマスの中に入れる。それをサイコメトリストの所へ持ち帰ると、一つ一つ手にして、まず番号を読み上げてから測定に入る。
 エステル・ロバーツ女史の測定はその内容の細かさ、奥の深さが驚異的なことで有名である。幾つか例を紹介してみよう。
 ○指輪の例
 指輪を手にしたロバーツ女史は直ぐ、これは非常に古いものですと言った。すると所有主は、古いものではなくて最近ロンドンのイスリントンのちっぽけな小間物店で何となく買ったものだと言う。しかしロバーツ女史は少しも動揺した様子も見せず、いえ、これは確かに価値の高い指輪で、そういう小さい店の手に渡るまでに専門家の鑑定を受けるべきでしたと言う。
 更に、指輪に石をはめ込んだのはまだ新しいことだが石そのものはとても古いものだと言う。そして自分の言うことに間違いないから是非鑑定してもらうよう勧めた。所有主はテストケースとしてそれを大英博物館で鑑定してもらってご返事すると約束しました。ご記憶と思いますが、私はてっきり新しいものと思っていたのですが、鑑定の結果は、金のはめ込みは新しいが石は新しいものではなく(古代エジプトの)〝中王国時代〟のもので、紀元前1700年から1800年頃のものということです。当時は数多く同じものが作られましたが、殆どミイラと共に埋められました。台に刻まれている象形文字は蓮の花です。当時は何か秘密の意味があったそうです。指輪は純粋のスカラベ石でした。
 あなたがミイラが見えると仰ったのには驚きました。エジプト館であなたの説明された通りの写真を何枚か見たからです。年代もさっき述べた頃のもので、顔の横に髪を丸めている様子などは、あなたの説明のままでした。思うに、もしも、これが主のものであったら、自分の名前を台に刻み込んだ筈ですから、やはり所有主は多分あなたの仰る通り聖職者でしょう。
 私が知りたいのは一体なぜそれ程のものがイスリントンの小さな店に渡ったかということです」

 ○小石の例
 平らな石を手にしたロバーツ女史はすぐさまこう言った。
 「この石の持ち主の方はこの石のいわれをご存知の筈です。これは遠い所から来たものです。かつては修道院か寺院の一部でした。とても古い石です。死の感触があります。足で踏み殺すなど、数々の流血を見て来ました。一人ではない。もっと大勢の人が災いを受けています。違いますか」
 持ち主は、仰る通りだが、ただそれは古い城の一部だと言った。「石造物から取り出しましたね」と女史が聞くと、「その通りです。私が壁の中央部辺りから取り出しました」と持ち主が答えた。女史が言う。
 「もともと壁の一番上にアーチ道がついていました。この石を取り出した城は何百年も昔のものです。そこで多くの戦闘が繰り返されました。鎧や兜が見えます。壁に割れ目が見えます。今度は、その壁が大砲で打ち砕かれています。地面に戦死者が横たわっています。近くに大きな川が流れている筈です」ここでちょっと間を置いてから
 「あなたはもう一つ石をお持ちではありませんか」と聞く。
 「恐れ入りました。もう一つ持っております」
 女史はその二つの石は元々一緒に保管されていたものだと言い、手にした石のバイブレーションによってもう一つの石の話を繋いでいった。まず始めに修道院か礼拝堂の印象を受けた。そして「これは別の地方の古い礼拝堂の一部です。一時期その城に王室の人達が滞在しています。この石のあった場所の近くに覗き穴に使われた胸壁の隙間があり、そこから矢も放たれました」
 持ち主は興奮気味に「これはルーウェリン王子の生誕地として有名な北部ウェールズの王城から取って来ました」と答えた。

 ○腕時計の例
 腕時計を手にして、これは何か良くないことと係わりがありました、と述べる。更に、これを所持していた複数の人間の内一人は既に他界している。最初は男の人が所有、次に女性、そして最後にまた男性が所有したと言う。「それ以来随分長い間使われていませんね。素晴らしい性格を感じます。現在の所有者はとても忍耐強い人で、これまで二度大きなショッキングな体験をされています。どなたのですか」
 「私のものです。今仰ったことは全部正確です」と客席の一人が答えた。
 「かつてこれを使用した一人が大きな悲劇に遭っていることを御存じですか」
 「存じています」
 「その方がある人の為に法廷に出て決定的な証言をしたことも御存じですか」
 「法廷に出たことがあることは知っております」
 「一人の使用者が大変な事故に遭っております。この時計は既に85年から90年も昔のものです。今使用している少年をご存知ですか」
 「存じてます」
 「細い鎖に付いて首飾りにしていた女性をご存知ですか」
 「勿論です。私がその方に差し上げたのです」
 「この時計は色柄のハンカチで包まれて切り出しナイフの側に置かれておりましたが、ご存知ですか」
 「はい、承知してます」
 「この時計に付いていたコインはどうしましたか」
 「私が持っております。この細い鎖に付けております」
 それからロバーツ女史は、この時計がこの方の手に渡ってからガラスが割れたので新しく入れ替えたこと、一度行方が分からなくなり、後で本の間に挟まれていたのが見つかったことを指摘し、「それ以前は分厚い正方形の本の間に入れられておりました。その本の表紙は赤です」と言った。
 持ち主は「仰ったことにいささかの間違いもございません」と答えた。

 さてサイコメトリは持ち主が遠距離にしても構わない。例えば既に他界した人が使用したり身に付けたりしたものを霊媒に送ると、それを手掛かりに霊界のかつての所有者と連絡を取って情報を得てくれる。これには明らかに霊視能力が加わっており、何かと引き合いに出される例のテレピシー説の入る余地はない。
 これまで私は代理で交霊会に出ることは絶対にお断りしてきたのであるが、これから紹介するベリー夫人の場合だけは例外であった。なぜ引き受けたかは次の彼女からの手紙をお読み頂ければ理解して頂けると思う。ベリー夫人と私とは赤の他人である。
 「私は二十四歳で未亡人となった女です。僅か八ヶ月の幸福な結婚生活の後、愛する夫が他界しました。今私は霊界の夫について何か知りたくてたまりません。何か聞くことが出来れば、この死ぬ程の悲しい思いも救われると思うのです。どうかお助け下さい。私は寂しくて堪らないのです。一言でも彼と話をすることが出来れば、或いは彼からのメッセージを受け取ることが出来れば、どんなにか救われることでしょう。私は夫を心から愛しておりました。夫は二ヶ月前に二十六歳で死にました」
 更に手紙には夫が仕事でマイクロメータを使っていたこと、それが仕事が終わる一時間前に故障したことを述べ、最後に〝悲しみに暮れつつ〟と結んであった。
 あまりの気の毒さに心を動かされた私は「そのマイクロメータを送ってみて下さい。それを手掛かりに何とかやってみましょう」と書き送った。但し、「これはあくまでも実験です。絶対的保証は出来ません」と書き添えておいた。二、三日後にそのマイクロメータが他の〝寄せ集め〟と一緒に送られて来た。
 私はそれを持ってロバーツ女史の交霊会に出た。何の説明もしなかったし、依頼主であるベリー未亡人の置かれた事情を示唆するような言葉は一切出さなかった。ただ一言、この品物を測定して頂くことで一人の女性が救われますとだけ述べておいた。ロバーツ女史は早速測定して印象を細かく述べた。それをメモして私の代理人がベリー夫人のお宅を訪れた。断っておくが、ベリー夫人はロバーツ女史と一面識もないし、手紙を交わしたこともない。
 さて代理人がロバーツ女史の測定結果を読み終えると、ベリー夫人は満足してこう述べた。
 夫人はご主人と同じ会社に勤めていたが、ある日ご主人が「まずいことになったよ。マイク(ロメータ)を壊しちゃったんだ」と言う。そのマイクロメータはその会社に勤めた時からずっと使っていたものだった。奥さんが慰めようとしたが駄目だった。やがて頭痛を訴えるようになった。そしてその日の正午頃急に容態が悪くなり医者が呼ばれた。そして直ぐに病院へ運ばれ、〝脳脊髄炎〟と診断された。そして〝マイク〟を壊して僅か三日で、あっけなく他界した。大切なものを壊したという気持があまりに強くて、僅か三日間の闘病生活の間もそれを修理しようとしていたという。
 ロバーツ女史はそのマイクロメータを手にすると直ぐ一人の若者を霊視し、その若者がこの機械を使用していて、それとその若者の死とに何か関係があることを察知してこう言った。
 「この男の人は何だかうろたえていて、死んだことを後悔しています。まだやらなければならないことが沢山あるので、どうしても死にたくなかった、という気持です。成仏出来ずにいます。ホンの僅かな期間しか結婚生活を送っていないと仰ってます」
 ベリー夫人は私への手紙で結婚して八ヶ月しか経っていないと述べているが、そのことは一切ロバーツ女史には言っていない。
 マイクロメータと共に送られて来た他の品物についてロバーツ女史は「この小さな箱の中には奥さんが結婚式の日に付けられたカーネーションが入っております」と述べたが、そのことを聞かされたベリー夫人はその通りだといい、その他のことについても間違いないと言った。
 更にロバーツ夫人は「この方はしきりに手を頭へ持っていきますね。亡くなる前に怪我をされた印象を受けます」と述べたが、奥さんはその通りだと言い、熱が酷くて頭痛がするので、しきりに手を頭へ持っていったという。そして悶え苦しむのでベッドから何回も転がり落ちて、手や顔に傷を負ったという。
 ロバーツ女史はまた名前を幾つか挙げた。「ジョン。これはジャックと呼んだかも知れません。リリー又はネリー。ジム。トム。それにR・Bというイニシャル」R・Bは奥さんのRachael Berry であり、トムは奥さんの父親で、二人は非常に仲が良かったという。ジムとリリーは亡くなったご主人の友達で、ご主人の犬をその後世話をしているという。ジョンはご主人の後を追いかけるように死んだ親友で、ご主人の墓の隣に埋葬されているという。
 最後に私の代理人が「この若者はまだ感情が乱れているので自分の思いを告げることが出来ません。まだまだ地上にいたかったという気持がとても強いです」というロバーツ女史の言葉を告げると、奥さんはすっかり得心がいった様子だった。奥さんからみれば、夫について予想していたより遙かに多くのことが分かったという心境だったらしい。というのは、ご主人はローマカトリック教徒で、スピリチュアリズムのことは嫌っていたからである。