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カテゴリ:★『各種霊的知識』 > ニューマン 完全なる因果律

ニューマン 完全なる因果律 目次

完全なる因果律 一

完全なる因果律 二

完全なる因果律 三

完全なる因果律 四

完全なる因果律 五

完全なる因果律 六

自殺ダメ



 死後いずれは住まうことになっている霊的な世界がどうなっているかを理解するにあたって心得ておくべきことを、シルバーバーチの言葉から引用しておくと-
 「あなたは死後に赴く次の世界に今も立派に存在しているのです。バイブレーションの次元が違うに過ぎません。死ぬことで霊的存在になるのではありません。死んだからといって、あなたの霊格が一ミリたりとも増えるわけではありません」
 「あなたは今この時点において立派に霊なのです。今この特殊な物的バイブレーションの階層における幽体のバイブレーションが、死後あなたが赴く階層を自動的に決めるのです」
 「これまで地上界の寿命を生きてきた、その生き方と、その結果として発達した意識レベルが、今のあなたの幽体がどの次元で機能しているかを決定付けます。死後に目覚める階層のバイブレーションについてもこの原則が当てはまります」
 その階層について、シルバーバーチはこう述べています-
 「互いに混ざり合っています。空間に充満している無線電信のバイブレーションと同じです。様々な波長があり、様々なバイブレーションがあります。が、その全てが同時に同じ空間を占めているのです」
 「境界というものはありません。国境もありません。バイブレーションが異なるだけです。異なる階層、ないしは異なる意識レベルで機能しているだけです」
 では、意識レベルを上げて一段と高い階層の存在となるにはどうしたら良いか。そのカギは、シルバーバーチに言わせると〝人の為に役立つことをすること〟に尽きるようです。
 「こちらの世界では、各自の霊性の成長度に相応しい階層、つまりは、環境との調和が最もしっくりくる階層に落ち着きます。知的・道徳的・霊的成長度が自動的にそこに落ち着かせるのです。他の階層との違いは、そこに住まう霊の質の違いです」
 「霊的に高い次元にいる人程、質的に高いということです。他人への思いやりが強い程、慈悲心が大きい程、自己犠牲の意識が高い程、地上界にあっても意識的に高い階層に生きていることになります」
 物理的に言えば、今支配している身体のバイブレーションのレベルが向上するにつれて見た目には物的でも質的に徐々に物質性が衰え、やがて消えてなくなり(死滅し)、次の進化の段階へと進みます。かくして精神(魂)の内部での意識が発達するにつれて大霊(神)に近付くことになるわけです。
 簡単に言えば、以上が宇宙の各階層が互いに繋がり合っていることを示す、基本的なバイブレーションの関係です。バイブレーションというと我々はいかにも実体がないかに想像しがちですが、シルバーバーチは「死と共に後にする物質の世界よりも遙かに実体があり、遙かに実感があります」と述べています。その死後の階層について、更に細かく見てみましょう。
 地上生活を送っている間中も「皆さんは霊の世界の最高界から最低界までの全階層の影響を受ける状態にあります。が、実際に受けるのは各自が到達した霊性と同じ次元のものだけに限られます。邪悪な魂は邪悪なものを引き寄せます。高潔な魂は高潔なものを引き寄せます。それが摂理なのです」
 地上時代に心に宿した思念と実生活の中身によって、死後に待ち受ける階層での環境が決まります。死後の世界に関して誤った知識を教え込まれ、「最後の審判」の日を待ちながら居眠りを続けている霊の問題についてシルバーバーチは-
 「彼らの魂そのものが、そうした信仰が現実になると思い込んでいるのです。ですから、その信仰の概念が変化するまで、外部からは手の施しようがありません。そうした人々は事実上、地上での全生涯を通じて、死んだら大天使ガブリエルがラッパを吹くまで墓で寝て待つのだという思念体を形作り、それを毎日のように上塗りしてきているので、魂の内部での調整が進んでその思念体を切り崩すことが出来るようになるまで、その牢獄に閉じ込められ続けます」
 「自分が死んだことを認めようとしない者も同じです。無理矢理信じさせることは出来ません。死んだという事実を得心させることがいかに難しいか、皆さんには想像出来ないことでしょう」
 肉体器官の機能を支えていた幽体の働きはどうなるのかとの質問に、シルバーバーチはこう答えている-
 「肉体器官の機能が残っているかどうかの問題も意識の程度次第です。死後の生命について全く無知で、死後の世界があるかどうかなど考えたこともない人間は、肉体の機能がそのまま幽体に残っていて、死んだことに気付かないまま、地上時代と全く同じ生活を続けています」
 「勿論死後の世界でも罪を犯します。こちらの世界での罪悪は利己主義という罪悪です。こちらではそれが直ぐに外に現れます。心に宿すと、直ちに知れます。その結果も地上より遙かに早く出ます」
 「それは罪を犯した当人に直ぐに現れ、霊性が低下するのが分かります。どういう罪かと問われても〝自己中心的思考が生み出す罪〟と表現する以外、地上の言語で具体的に説明するのは困難です」

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 死後の生命存続を知っていた者はどうなるのかとの問には-
 「そういう人の幽体は希薄化(より高い次元への変化)が進みます。無用であることを知っている器官は次第に委縮していき、ついには消えてなくなります」
 そういう変化は徐々に進むのか、それとも別のケースもあるのかとの問に-
 「それは当人の意識の程度によって違います。意識が高ければ高い程、調整の必要性が少なくなります。こちらは精神の世界であること、つまり意識が主人公である霊的世界であることを常に忘れないでください」
 「低い階層、幽的世界は、多くの点で地上世界の写しのようなものです。それは、新しくやって来た人間が戸惑わずに順応出来るようにとの〝神の配剤〟の一環です」
 こうして死の現象を経た魂が次の階層へ目覚めていくのが本当の意味での〝復活〟で、イエスも説いているし、ヒンズー教の教典である『バガバッド・ギータ』でも説かれています。残念ながらその後の信奉者がそれを正しく解釈していないのです。
 シルバーバーチは死後の生活は皆低い階層から始まるのかとの問に-
 「とんでもありません。それは死後のことを教わっていない者、その種のことに無知な者、霊的事実に対する感性が欠けている者、言い換えれば物的なもの以外の存在が思い浮かべられない者の場合です。幽界も霊的世界の一部です。霊的世界にも低い階層から高い階層まで沢山の段階があり、幽界はその一つに過ぎません」
 「霊的生命の世界は〝界〟〝面〟ないし〝表現の場〟が段階的に繋がっています。進化的な意味での段階であって、地理的な意味ではありません。一段また一段と、次の界へ融合していきます。魂が発達して次の界への適応能力を具わると、自動的にその界へ上昇していくわけです」
 「より低いものがより高いものに場を譲ります。あなた方の言葉で言えば、一旦〝死んで〟、それから〝生まれ変わる〟のです。といって、肉体がなくなるように幽体がなくなるわけではありません。希薄化が進むのです。バイブレーションの低いものが消滅しただけバイブレーションが高まるのです。それがこちらの世界での〝死〟です。死とは本質的には脱皮現象であり、甦りであり、より高いものがより低いものから上昇していくことです」
 「進化する程、自我の未開発の部分を表面へ出てきます。言い換えれば、完全性が発現するほど大霊に近付いていきます。もしも完全性が有限の過程であれば、その内あなた方も大霊と融合していくことになりますが、哲学的に言うと完全性は無限の過程です。進化すればする程、更に進化すべき余地があることに気付くことの連続で、その分だけますます個性化が進むことになります」

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 以上で、大まかながら霊的進化というものがバイブレーションのレベルの問題であ、そのレベルは自我意識の発達の反映であることが明らかになりました。進化するのは個的意識と呼んでいる〝霊的種子〟(魂)であり、それが無限のバイブレーションの段階を経ながら永遠に開発され続ける、ということに得心がいったことと思います。
 又、進化を促す〝心の姿勢〟にはそれなりの摂理があり、それは人間がこしらえた宗教的教義や信仰によって誤魔化すことは出来ないこと、日常生活における〝行い〟が肝心であることを認識しなければならないでしょう。
 どうやら幽界の低い階層には地上より更に広いバイブレーションの周波帯が存在することは間違いないようです。その周波帯の中にあっても、意識レベルが高まる程高級界と接触出来る周波帯が狭くなりますが、先の近似死体験に出て来た高級界の〝光の存在〟との面会も叶えられることになるわけです。
 形態のない階層では色彩が認識の手段となるのかとの問にシルバーバーチは-
 「その通りです。ただ、地上界の色彩は基本的な幾つかのものに限られていますが、こちらにはあなた方の理解を超えた波長の色彩が存在します。高級界の存在になると、外観は光り輝いて見えるだけで、一定の形態がなく、それでいてメッセージが送られてくるようになります。光輝を伴った思念体というものがあるのです」
 「幽界の低いバイブレーションの階層にはそこが物質界でないことに気付かずに、延々と、ただぼんやりと過ごしている人がいます。こちらには時間というものがないことを忘れてはいけません。そのうち自分がただの思念体の中に閉じ込められていることに気付けば、その思念体が崩壊し始めるのですが。自分でこしらえた牢獄です」
 これは死後のことに何の知識もないままやって来た者が住む階層です。その中には戦争や暴力沙汰で命を落として、あっという間に送り込まれた者が大勢います。思念が硬直していますから、精神的にも、従って霊的にも進歩せず、地上での最後となった体験による反動から抜け切れずにいます。時間が止まっているのです。その最後の体験を何回となく再生し、それが所謂〝幽霊屋敷〟となっているのです。
 こうした気の毒な霊は当然のことながら自分の本体の磁場との接触がなく、その結果としてその次元の指導霊との接触もありません。不安と恐怖、それに地上時代の誤った信仰による洗脳がそれを妨げるのです。シルバーバーチはこう述べています-
 「死後のことに無知だった者、偏見を抱いていた者、迷信によって生活を牛耳られていた者は精神的なバリアを築いており、その一つ一つが霊力の流入を妨げます。それが崩壊するまでにどれ位の年数が掛かるかは、そのバリアの性質によって異なります」
 このグループは少なくとも霊媒を使った方法によって、既に地上を去って霊の世界にいることを得心させ、〝光の存在〟に近付く為の心構えを教えることが可能な波動のレベルにいます。

 (訳者説明)
 これは「招霊会」ないしは「招霊実験」といって、そうした〝迷える霊〟を高級霊団が強引に霊媒に乗り移らせ、霊媒の発声器官を使って審神者(さにわ)と対話をさせることによって説得する方法。この方法で三十年以上に亘って救済活動を行なったのが米国の精神科医カール・ウィックランド博士で、その成果が『迷える霊との対話』に纏められている。なお、ウィックランド博士はシルバーバーチの交霊会にも度々招待されている。

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 更にその先の一段とバイブレーションの低い階層には、地上時代に暴力、強盗、淫乱、酒乱、麻薬等で世の中に迷惑をかけ通しだった者達がたむろしています。
 その又先の最低界には拷問と虐殺の限りを尽くした、卑劣にして悪辣な魂が類をもって集まっています。そうした中から、時折、再び肉体に宿って地上界へ出現し、同じような行為を繰り返す者もいるようです。
 そうした残虐行為の最たるものが、中世のローマ・カトリック教会による異端審問と、第二次世界大戦によるユダヤ人虐殺でしょう。今日でさえ地上には同胞の生命や存在価値に無頓着な者がいます。皮肉なことに、その多くが宗教の名の下に組織をこしらえて、富と権威と名声を大きくすることに奔走している代表者なのです。
 元々宗教というのは、イエスのような秀でた霊覚者によって説かれた同胞への愛と共存精神のもとに自然発生的に出来たものでしたが、それが後継者達によって信者を人工の教義によって強制的に縛るようになっていきました。それは当然それを信じる者達の言動に影響し、幽体のバイブレーションを下げる結果となりました。
 やがてその信者達も死を迎えます。すると類は類をもって集まるの譬えで、同じバイブレーションをした低階層に集まります。そこでは〝気心の合った〟(精神的発達程度が同じ)者ばかりがいて、そこでまた地上時代と同じような生活を営みます。精神のレベルと幽体のバイブレーションとが環境と調和して居心地がいいわけです。
 見方を変えれば、彼らは〝光の存在〟との接触が出来ない階層までバイブレーションが下がったということは、それだけ霊的進化を犠牲にしたということです。そうなった場合にまずいのは、波動の原理で地上界の同じレベルの人間と無意識の内に一体となって、物的地上生活を体験することになることです。
 こうして自由意志を履き違えた人間によって自然発生的に出来上がった〝地獄〟が永続し、宇宙に不協和音を響かせます。人間は知性と欲望を併せ持った唯一の存在であることを考えると、これは当然のことです。地上の他の創造物は食べることと子孫を遺す本能を持つだけです。シルバーバーチは自由意志の問題をこう解説します-
 「その意味では堕落した人間、同胞に危害を与えて何とも思わない人間の存在は大霊の責任であると言えないことはありません。しかし霊の普遍的な特権として、〝自由意志〟というものが授けられています。これは霊的に進化するにつれて正しい使用方法を会得していきます。霊的進化の階段を登る程、その使用範囲が広まります」
 イエスも『マタイ伝』(10・28)で《肉体を殺しても魂を殺しえぬものを恐れてはならない。肉体と魂を共に地獄にて滅ぼしうるものを恐れよ》と述べ、パウロも精神の意識レベルの影響を《肉体的な思念は死なり。霊的な思念は生命なり、平安なり》と表現しています。
 こうした場合の〝殺す〟とか〝死〟といった表現は霊的進化が不可能となるという意味に取るべきでしょう。
 ヒンズー教の教典『バガバッド・ギータ』も霊的進歩を自らの意志で拒否した者の運命をこう述べています-
 《生と死の果てしなき循環(生まれ変わり)の中で、そのような最低の人間、残忍で邪悪で憎しみに満ちた魂は、私が容赦なく破滅へと葬り去るであろう。アルジュナよ、より低き階層の闇の中に生まれ変われる者は、もはや私のもとへは来ぬ。地獄への道を落ち延びていくであろう。その地獄への道と魂の死に至る門が三つある。情欲の門と激怒の門、そして貪欲の門である。この三つの門を人間に通らせるでないぞ》

 (訳者解説)
 バガバッド・ギータは古代インドの叙事詩で、ヴィシュナ神の化身クリシュナと英雄アルジュナとの哲学的な対話。ここで〝私〟と言っているのはクリシュナ。なお、最初に出ている〝生と死の果てしなき循環〟には、地上界だけでなく幽界の下層界への転落も含まれている。そういう魂と波動が一致した人間は、身は地上にあっても魂はその下層界に属していることになる。

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