死にたい自殺サイト自殺方法自殺ダメ

当サイトは、死にたい人に自殺に関する霊的知識を与えて、自殺を止めさせる自殺防止サイトです。

自殺の霊的知識へ

カテゴリ:★『死後の世界』 > ワード 死後の世界 陸軍士官の地獄巡り

自殺ダメ





 四月六日の霊夢の記事で、前回に引き続いての陸軍士官の物語であります-

 吾輩は地獄で遭遇した一切の出来事を詳しく述べ立てる必要はないと考える。兎に角吾輩が着々と自分の周囲に帰依者の団体を作ることに全力を挙げたと思ってもらえば結構です。無論吾輩の命令は絶対で、又彼等もよくそれに服従した。が、吾輩は成るべく部下の自由を拘束せず、勝手に市内を歩き回って、勝手に人虐めをやるに任せておいた。その結果、以前強盗や海賊であった者、手に負えぬ無頼漢であった者などがゾロゾロ吾輩の旗下に馳せ参ずることになった。吾輩の勢力はみるみる旭日昇天の勢いで拡張して行ったが、最後にのっぴきならぬ事件が出来した。外でもない、皇帝から即刻出頭せよとの召喚状を受け取ったことである。
 吾輩はその時何の躊躇もなく、一隊の部下を引き具して直ちに宮城に出掛けて行った。
 我々が謁見室と称する、華麗な、しかし汚れ切っている大広間に入ると同時に、かねて待ち構えていた皇帝は玉座から立ち上がった。玉座は一の高見座で、その前面に半円形の階段が付いているのである。その時彼は満面にさも親切らしい微笑を湛(たた)え、吾輩を歓迎するような風をしたが、勿論腹の底に満々たる猜疑心を包蔵していることは一目で判った。
 ここいらが地獄という不思議な境地の一番不思議な点で、一生懸命お互いに騙しっくらを試みる。そのくせお互いの腹は判り過ぎる程判り切っているのである。騙せないと知りつつ騙しにかかるというのが実に滑稽であると同時に又気の知れないところなのである。
 皇帝はおもむろに言葉を切った-
 「愛する友よ、御身が地獄に来てからまだ幾ばくも経たないのに、早くもかばかりの大勢力を張ったとは実に見上げたものである」
 吾輩は恭しく頭を下げた-
 「全く陛下の仰せられる通りでございます。この上とも一層勢力を張るつもりでござる・・・・」
 「皇位までもと思うであろうがナ・・・。しかし、予め注意を与えておくが、それは決して容易の業ではない。恐らく永久にそんな機会は巡って来ぬであろう-イヤ両雄相争うは決して策の得たるものではない。お互いに手と手を握り合って、余が現在支配する領土の上に更に大なる領土を付け加えることにしようではないか?他日若し止むことを得ずんばアントニイとオクタヴィアスとの如く、一開戦を試みて主権の所在を決めることも面白かろう。しかし現在のところでは、かの賢明なる二英雄と同じく、互いに兵力を併せて付近の王侯共を征服することに力を尽くそうではないか?-つきては余は御身を大将軍に任ずるであろう。さすれば御身はかのダントンと称する成り上がりの愚物を征服して先ず御身の地歩を築くがよい。彼ダントンは前年大部隊を引き連れて地獄に降り、当城市から遠からぬ一地域を強襲して小王国を築き上げた。地獄ではその地方を「革命のパリ」と呼んでいる・・・」
 吾輩は一見してこの人物の腹の底を洞察してしまった。彼は吾輩と公然干戈(かんか=戦争)を交えることの危険を知っていると同時に、又吾輩が独立して彼の城市内に居住することの剣呑なことも痛切に感じているのである。
 そこで右に述べたような計略を以って一時彼の領土の中心から吾輩を遠ざけようとしているのであるが、その結果は次の三つの中の一つになるのに決まっている。即ち吾輩が戦争に負けてダントンの捕虜になるか、戦争が五分五分に終わって共倒れになるか、それとも吾輩がダントンを叩き潰してその王位を奪うか-何れにしても彼の為には損にはならない。最後の場合は単に一つの敵を他の敵と交換するだけに止まるように見えるが、吾輩が交戦の為に疲弊するというのが彼の眼の付けどころなのである。
 吾輩はこの計画がよく見え透いてはいたが、表面にはこれに同意を表しておくのが好都合に思えた。吾輩の方でも公然皇帝と戦端を開くことは危なくて仕方がない。万一戦闘に負けた日にはそれこそ眼も当てられない。これに反してダントンとの勝負にかけては充分の自信があった。一旦ダントンを撃破してその兵力を吾輩の兵力に付け加えた上で、一点して皇帝を攻めることにすれば、現在よりも勝てる見込みは余程多い。
 咄嗟に腹を決めて吾輩は答えた。
 「陛下の寛大なる御申し出は早速お引き受け致します」
 「おおよく承諾してくれて嬉しく思う。以後御身は余の股肱(ここう)の大将軍である」
 皇帝は直ちに大饗宴を催し、部下の重立ちたる者をこれに招いたが、吾輩がその正賓であったことは云うまでもない。
 やがて運び出された御馳走を見ると実に善つくし美つくし、ありとあらゆる山海の珍味が堆(うずたか)く盛り上げられてあったが、いよいよそれを食う段になると空っぽの影だけである。食欲だけは燃ゆるようにそそられながら、実際少しも腹に入らない地獄の御馳走ほど皮肉極まるものはない。
 しかし哀れなる来賓は、皇帝御下賜(ごかし)の御馳走だというので、さも満足しているかの如き風をしてナイフやフォークを働かせて見せねばならない。実に滑稽とも空々しいとも言いようがない。流石に皇帝は苦々しい微笑を浮かべてただ黙って控えている。吾輩とてもこの茶番の仲間入りだけは御免を蒙って、ただ他の奴共の為すところを見物するに止めた。
 御馳走ばかりでなく、地獄の仕事は皆空虚なる真似事である。饗宴中には音楽隊がしきりに楽器をひねくったが、調子は少しも合っていない。ギイギイピイピイ、その騒々しさと云ったらない。しかし聴衆はさもそれに感心したらしい風を装って見せねばならない。
 饗宴が終わってから武士共が現れて勝負を上覧に供した。暫く男子連がやってから、入れ代わって婦人の戦士達が現れ、男子も三舎を避ける程の獰猛な立ち回りをやって見せた。
 吾輩はこの大饗宴に付属した色々の娯楽をここで一々紹介しようとは思わない。そんなことをしたところで何の役にも立ちはしない。ただ何れも極度に惨酷であり、又極度に卑猥であったと思ってもらえばそれで結構である。

自殺ダメ



 さて皇帝の饗宴が終わると共に吾輩は部下の数人に命じて義勇軍募集の宣言書を発布させましたか、地獄という所はこんな仕事をやるには実に誂(あつら)え向きの場所で、これに応じて東西南北から馳せ参ずる者は雲霞の如く、忽ちにして幾千人に上りました。吾輩は直ちにこれが隊伍を整え、市街を通じて旅次行軍を開始したのであります。
 途中からも風を望んで参加する者が引きも切らず、瞬く間に又幾千人かを加えた。漸くにして到着したのは郊外の荒野原-通例地獄の大都会の付近にはそんな野原がつきものなのです。ここで吾輩はお手の物の陸軍式にすっかり各部隊の編成を終わりましたが、集まったのは真に文字通りの烏合の衆で、あらゆる時代、あらゆる国土の人間がウジャウジャと寄って集った混成部隊・・・。古代ローマの武士もいれば、中世の十字軍や野武士もいる。一方には支那の海賊、他方には英国の冒険家、トルコ人、アラビア人、ブルガリア人、その他各国のならず者、暴れ者・・・。こんな手合いが極度の興奮状態に於いて血に渇いて喚声を張り上げるのは結構でしたが、時々仲間同志の喧嘩をおッ始めるには手を焼きました。
 大骨折りで吾輩は全軍の整理を終わった。編成法はここに詳しく申し上げる必要もないと思うが、要するに成るべく同種類のものを以って一部隊を編成する方針を執り、その結果、中世の騎士軍、古代ローマの戦士軍、又海賊軍、トルコ軍と云ったようなものが沢山出来上がった。その各々が有為の将校によりて指揮されているのであるからその戦闘力は中々以って侮れない。一番の欠点を言えばそれが全然訓練の不行届な点であったが、その欠点は吾輩の任命した将校の圧倒的意思の力で補われた。又吾輩自身も間断なく発生する反逆者の抑圧に忙殺され通しであった。
 兎も角も吾輩の意思が御承知の通り飛び離れて強固であるので、この烏合の大軍団・・・。左様総数二十五万余人に上る大軍の統率を完遂することが出来たのであります。
 さて、いよいよ前進となりましたが、イヤその途中の乱暴狼藉さ加減ときたら全く天下一品、いかなる家屋でも乱入せざるはなく、いかなる住宅でも略奪せざるはない。但し地獄の略奪振りには一の特色がある。奪うことは奪っても、直ぐに飽きが来て、奪うより早く棄てて顧みない。
 ダントンの領土に接近した時に吾輩は直ちに偵察隊を派遣して敵状を探らせた。間もなく味方は敵の数人を捕えて戻って来た。
 見ればそれ等の捕虜というのは皆フランス革命時代の服装をしている者ばかりでした。吾輩は彼等の手から色々の有利な材料を得た。無論彼等は言を左右に托して吾輩を欺こうと試みたが、霊界では心に思っていることを隠せないから、そんなことをしても何の役にも立たなかった。
 彼等が地上に住んで居たのはフランス革命時代で、ある者はダントンの味方であり、又ある者はその敵であったが、何れにしても彼等には共通の一つの道楽があった。外でもない、それはギロチンを愛用することであった。但しギロチンの本来の目的は出来るだけ迅速に、そして出来るだけ安楽に人間を殺すことであるのだが、それでは甚だ興味が薄いというので、地獄に於けるギロチン使用法にはちょっと新工夫が加えられていた。
 無論地獄ではいかにやりたくても人を死刑に処することだけは出来ない。地獄で出来るのは成るべく多大の苦痛を与えることだけである。で、彼等は犠牲者をギロチンの台に載せるに際し、頭部の代わりに足を正面に持って来る仕掛けにしてある。ギロチンの刃は上下に動いて足から先にブツリブツリと全身を刺身のように切り刻んで行く。切られれば、地上に於いて感ずると同様の苦痛だけは感ずるが、切れ切れの部分は直ちに又癒着して行くから、繰り返し繰り返し死の苦痛を感ずるだけで、死ぬるということは絶対にない-イヤ諸君、人間というものは何て判りの悪いものでしょう。生きている時には馬鹿に死を怖れるが、実を言うと死は寧ろ人間の敵ではなくて味方なのである。死の伴わざる永久の苦痛!吾輩は地獄へ来てから、モ一度死にたいと何遍祈願したか知れはしません。
 それはそうと吾輩は敵状の報告に基づいて作戦計画を立て、いよいよ敵地に突入した。自らも手当たり次第に攻略を試み、敵地の人民などは散々虐めた上で奴隷となし、家屋の如きも悉く破壊することにした。ただ一つ困るのは霊界の家屋の非実質的なことで、我々がその付近に居る間こそこちらの思う通りに壊れているが、他の地点に前進してみるとそれ等の建物は何時の間にやらニョキニョキと元の通りに起立している!
 既に我々自身が一の形に過ぎない。それと同様に、建物も又一の形であるから、こればかりは破壊し得ない。こちらの意思がその所有者の意思よりも強固であれば家屋の形は一時消滅するように見えるが、破壊しようという意思が消滅すると同時に家屋は忽ち原形に復してしまう。要するに霊界は意思の世界、想念の世界で、物質抜きの形だけの所だと思えば宜しい-イヤしかしこんなことはあなた方ももう叔父さんから聞かされて百も御承知でありましょう。

自殺ダメ



 さていよいよ戦争の話でありますが、-我々が敵地に乱入すると同時に敵の軍隊も又向こうの山丘に沿いて集合した。ざっと地理の説明をやると、皇帝の領土と敵の領土との中間には一の展開した平原がある。余り広いものでもないが、それが二大勢力間の一つの障壁たるには充分で、恐らくダントンの強烈なる意思の力で創り出した代物かも知れません。もっともその地帯の幅はいくら、長さはいくらということはちょっと述べにくい。霊界にも物質界の所謂空間と云ったようなものが存在せぬからです-が、兎に角それは相当に広いもので、二つの大軍が複雑極まる展開運動を行なうには差し支えない。地質は想像も及ばぬほど磽确(こうかく=小石などが多く、地味がやせた土地。また、そのようなさま)で、真っ黒に焼け焦げ、ザクザクした灰が一杯積もっている。
 山は二筋ある。ダントンは向こうの山を占領し、我々は手前の山を占領して相対峙した。空は、地獄では何時でもそうだが、どんよりと黒ずんで空気は霧のかかったように濃厚であるが、こんな暗黒裡にありてもお互いの模様はよく見える。
 味方の重砲は三個の主力に分かれた-ナニ地獄の戦にも大砲を使用するかと仰るのですか-無論ですとも!人間が間断なく発明しつつある一切の殺人機械が地獄に行かずに何処へ行きましょう?半信仰の境涯だとて、まさか大砲を置く余地はありません。兵器という兵器はその一切が地獄のものです。ところで、ここに甚だ面白い現象は、地上に居る時に、小銃その他近代式の兵器を使用したことのない者は霊界へ来てからまるきりそれを使用することが出来ないことです。地獄の兵器は単に形です。従って兵器が敵に加える損害は精神的のものであって、ただその感じが肉体の苦痛にそっくりなだけです。
 で、地上に居た時、一度も小銃の傷の痛みを経験したことのない人間には殆どその痛みの見当が取れません。従って他人に対してその痛みを加えることも出来なければ、又他人によりてその痛みを加えられる虞(おそれ)もない。生きている時分に小銃弾の与える苦痛を幾らか聴かされていた者には多少の効き目はあるとしても、真に激しい痛みを自らも感じ、又他人にも感じさせるのには、是非とも生前に於いて実地にその種の痛みを経験した者に限ります。
 同一理由で、地獄に於いてもっとも凶悪なる加害者は、地上に於いて惨めな被害者であった者に限ります。若し彼が誰かに対して強い怨恨を抱いて死んだとすれば、自分の受けたと同一苦痛をその加害者に報いることが出来るからです。かの催眠術などというものも、つまりその応用で、術者自身が砂糖を舐めて、被害者に甘い感じを与えたり何かします。なかんずく神経系統の苦痛であるとこの筆法で加えることも、又除くことも出来ます-が、地上に於いてはその効力に制限があります。それは物質が邪魔をするからです。しかし、モちと研究の上練習を積めば催眠療法も現在よりは余程上手い仕事が出来ましょう。ついでにここに注意しておきますが、この想念の力なるものは他人を益するが為にも、又他人を害するが為にもどちらにも活用されます。昔の魔術などというものは主としてこの原則に基づいたもので、例えば蝋人形の眼球へ針を打ち込むということは、単に魔術者が相手の眼球へ念力を集中する為の手段です。そうすると蝋人形に与えた通りの苦痛が先方の身に起こるのです。
 ですから、こんなことをやるのには、無論相手の精神-少なくともその神経系統をかく乱しておいて仕事にかかる方が容易であるが、しかし稀には先天的に異常に強烈な意思の所有者があるもので、そんな人は直接物質の上に影響を与える力量を有しています。最高点に達すれば無論精神の力は物質を圧倒します。地球上ではそんな場合は滅多にないが、霊界ではそれがザラに起こります。
 兎に角右の次第で、地獄の軍隊は生前自分の使い慣れた兵器を使用します。大砲や小銃をまるきり知らない者にはそんな兵器はまるで無用の長物です。
 ところで、ここに一つ可笑しな現象は、地獄に大砲はあっても馬がないことです。馬は動物なので各々霊魂を持っている。大砲その他の無生物とは違って単に形のみではない。従って矢鱈に地獄にはやって来ない。
 但し馬の不足はある程度まで人間の霊魂を臨時に馬の形に変形させることによりて除くことが出来た。無論これは吾輩が皇帝の故智を学んで行なった仕事で、敵のダントンが其処へ気が付かなかったのはどれだけ味方に有利であったか知れなかった。一体人間の霊魂をたとえ一時的にもせよ、その原形を失わしめるということは中々容易な仕業ではない。何人も馬や犬の姿に変えられることを大変嫌がる。何やら自分の個性が滅びるように心細く感ずるらしい・・・。事によるとダントンには、人の嫌がる仕事を無理にやらせるだけの強大なる意思力がなかったのかも知れません。

自殺ダメ




 間もなく戦争は真剣に開始された。この戦争の烈しさに比べると、今まで観せられた御前試合などはまるで児戯に近いもので、何しろ地獄の住民というのは生前ただ戦闘ばかりを渡世にしていた連中なのでありますから、従ってそのやりっぷりが猛烈である。が、外面的には地獄の戦争も地上の戦争も余りかけ離れたものでもない。地獄の武器や軍装が目茶目茶に不統一であるのがちょっと目立つ位のもので・・・。
 兎に角ダントンは中々の曲者で余程巧妙な戦法を講じた。古代の甲冑に身を固めた味方の騎士隊の突撃に対して、彼が密集部隊を編成し、その大部分に大鎌を持たせたところなどは敵ながらも上手いものであった。古代の騎士は大砲だの小銃だのの味を知らない。従ってそんな近代式の兵器は彼等に対して殆ど効能がない。早くもそれを看破して鎌という、騎兵にとっての大苦手を持ち出したなどは、返す返すも機敏というべきものであった。
 無論敵にも砲兵隊の備えはあったが、しかしそれはフランス革命時代の旧式極まるもので、味方の新鋭の兵器にはとても及ばなかった。もっとも味方が烏合の衆であるのに反して、敵が飽くまで団結力と統制力とに富んでいたのは、ある程度まで兵器の欠陥を補うには余りあった。
 詳しくこんなことを述べれば際限もないが、地獄の戦況などは格別の興味もあるまいと思うからただその結果だけを報告するに止めます。味方は敵よりも人数が多く、又大体に於いて獰猛でもあった。ですから長い間の戦闘-殆ど幾年にも亙るべく見えた悪戦苦闘の後で、吾輩はとうとう敵の左翼を駆逐することに成功し、やがてその全軍をば山と山との中間の低地に追い詰めて三方から挟撃する事になった。敵は全然壊滅状態に陥り、莫大な人数が捕虜になった-吾輩が早速右の捕虜を馬に変形させて、部下の馬になった者と更迭させたなどは、全然地上の戦争に於いては見られない奇観でした。
 それから味方はダントンの領土内に侵入して略奪のあらん限りを尽くした-うっかり言い落としましたが、ダントンの軍隊の少なからざる部分は婦人であって、そいつ達は男子よりも寧ろ味方を悩ました。従ってそいつ達が勝ち誇った我が軍の捕虜になった時に、いかに酷い目に遭わされたか-こいつは言わぬが花でありましょう。その外敵地の一般住民に対する大虐待、大陵辱-そんなことも諸君の想像にお任せすると致しましょう。
 ただここに不思議なことは、地上に於いて略奪を逞(たくま)しうすることが、一種の快感と満足とを伴うのに反し、地獄に於いては全然それが伴わないことです。地獄の略奪はただの真似事・・・。言わば略奪の影法師であります。いくら奪い取ってもその物品は何の役にも立たないものばかり、例えば奪った酒を飲んでみても、さっぱり幽霊の腸(はらわた)には浸みません。夢で御馳走を食べるよりも一層詰まらない。夢ならまだいくらか肉体との交渉があるが、地獄の住民にはまるきり肉体との縁もゆかりもないのです。
 地獄で現実に感ずるのはただ苦痛だけ、快楽はまるでない。これが地獄の鉄則なのだから致し方がありません。
 無論戦勝後吾輩は直ちに王位に就くことは就いた-が、驚いたことにはダントンの以前の部下は大部分何処かへ消えてしまった。何故消えたのか、その当座は頓と訳が判らなかったが、後で段々調べてみると、ダントンの没落が彼等をして一種の無情を感ぜしめ、こんな下らぬ生活よりはもう少し意義ある生活を送りたいとの念願を起こすに至った結果、向上の道が自然に開かれたのでした。詰まり神はかかる罪悪の闇の中にも善の芽生えを育まれたのであります。
 この辺で私の物語は暫く一段落つけることにしましょう。丁度ワード氏が地上へ戻るべき時間も迫ったようですから・・・。

自殺ダメ



 叔父さんがワード氏を書斎に迎えて二言三言挨拶をしている中に、もう陸軍士官が入って来て早速その閲歴談を始めました。これから彼の地獄生活に更に一大転換が起こりかける極めて肝要の箇所であります-

 さて前回は吾輩が新領土を手に入れて王位に就いたところまでお話しましたが、実際やってみると王侯たるも又難いかなで、ただの一瞬間も気を緩めることが出来ない。間断なく警戒し、間断なく緊張していないと謀反がいつ何処から勃発せぬとも限らないのです。
 早い話が地獄の王様は歯を剥いている一群の猟犬に追い詰められた獲物のようなもので、ちょっとでも隙間があれば忽ち跳びかかられる。我輩はあらん限りの残忍な手段を講じて、謀反人を脅かそうと努めたが、何を試みても相手を殺すことが出来ないのであるからいかんとも仕方がない。刑罰を厳重にすればする程ますます彼等の憎しみと怨みとを増大せしむるに過ぎない。
 そうする中に皇帝から使者があって、吾輩の戦勝を祝すると同時に凱旋式への出席を請求して来た。これを拒絶すれば先方を怖れることになる。これに応ずればその不在に乗じて反逆者が決起する。何れにしても余り面白くはないが、兎も角も吾輩は後者の危険を冒して皇帝の招待に応じて度胸を見せてやることに決心した。
 さて部下の精鋭に護られつつ、威勢よく先方に乗り込んでみると、先方もさるもの、極度に仰々しい準備を施して吾輩を歓迎した-少なくとも歓迎するらしい振りをした。儀式というのは無論例によりて例の通り、単に空疎なる真似事に過ぎない。楽隊はさっぱり調子の合わぬ騒音を奏する。街区を飾る旗や幟(のぼり)は汚れ切って且つビリビリに裂けている。吾輩の通路に撒かれた花は萎み切って悪臭が鼻を撲(う)つ。行列の先頭を飾る少女達までが、よくよく注意して観ると、その面上には残忍と邪淫との皺が深く深く刻まれていて嘔吐を催させる。
 皇帝自身出迎えの行列と出会った上で、我々は連れ立って武術の大試合に臨んだ。それが終わると今度は宮城に行って、大饗宴の席に列したが、例によって空っぽの見掛け倒し、何もかも一切嘘で固めて、本当の事と云えばただ邪悪分子があるのみである。
 「時に」と皇帝はおもむろに吾輩をかえり見て言った。
 「王位を占むる苦労も中々大抵ではござるまいがナ・・・」
 吾輩はからからと高く笑った。
 「全くでございますが、しかし陛下のお膝元に居るよりは気が休まります」
 「そうかも知れん-が、間断なく警戒のし続けでは、中々大儀なことであろう。その点に於いては余とても同様じゃ。で、その気晴らしの為に余は時々地上に出かけてまいることにしておる。ここで目まぐるしい生活を送った後で地上へ出張するのは中々いい保養になる・・・・」
 これを聞いて吾輩の好奇心はむらむらと動き出した。
 「地上へ出張と仰られますが、どうしてそんなことが出来るのでございます。一旦幽体を失った以上それは難しいかと存じますが・・・」
 「まだ若い若い・・・」と彼は叫んだ。「モちと勉強せんといかんナ!-しかし御身が現在までこれしきの事を知らずにいたとは寧ろ意外じゃよ・・・・」
 彼は暫く吾輩の顔を意味ありげに見つめたが、やがて言葉を続けた-
 「どんな地獄の霊魂でも、若しも地上の人間と連絡を取ることさえ工夫すれば暫時の間位は仮の幽体を造るのはいと容易いことなのじゃ。上手く行けば物質的の肉体でも造れぬことはない。人間界でこちらと取引を結んでいるのは男ならば魔法使い、女ならば先ず巫女と云った連中じゃが、無論彼等に憑るのは大抵は妖精の類で、本当の地獄の悪魔が憑るようなことは滅多にない-もっとも我々が魔術者と取引関係をつけるには余程警戒はせねばならぬ。魔術者などという者は皆意思の強い奴ばかりで、うっかりするとソイツの為に絶対服従を命ぜられる」
 「どうして彼等にそんな威力があるのでございます?」
 「我々が部下に号令をかけるのと別に変わることはない。つまりただ意思の力によるのじゃ。で、下らぬ弱虫の霊魂は訳なく魔術者の奴隷にされる-もっとも我々のように鉄石の意思を有している者は、アベコベにその魔術者を支配して自己の奴隷にしてしまうことも出来んではない。そうなると実にしめたものじゃ・・・・」
 そう言って彼はツと身を起こし、
 「それはそうとこれから一緒に芝居でも見物することにしようではないか?」
 それっきり皇帝は魔術の件に関してはただの一言も触れなかった。しかし彼がそれまでに述べただけで吾輩の胸に強烈なる印象を与えるには充分であった。
 「不思議なことが出来るものだナ!自分も一つやってみようかしら・・・」
 吾輩はこんな考えに捕えられるようになってしまった。
 当時吾輩が何故この仕事の裏面に潜める危険に気が付かなかったのかは自分にも時々不思議に感ぜられることがある。皇帝がこの問題を提出したのは我輩を危地に陥れようという魂胆に相違ないのであるが、その胸底の秘密を吾輩に悟らせなかったのは矢張り先方が役者が一枚上なのかも知れない。
 勿論当時の吾輩とて皇帝に好意があろうとは少しも考えてはしなかった。
 「こいつァ人を地上に追い払っておいて、その不在中に謀反人の出るのを待つ計略だナ」
 そこまでのことは察した。しかし吾輩は強いてそれを問題にしなかった。
 「謀反人が出たら出たでいい。戻って来て叩き潰すまでのことだ・・・」
 そう考えた-ところが、皇帝の方では確かにモ一つその奥まで考えていた-吾輩が地上へ降って悪事を行なえば、その罪の為にもう一段地獄の奥へ押し込められ、刃に血塗らずして楽に厄介払いが出来る・・・・。
 さすがの吾輩もそこまで洞察する智恵がなく、保養もしたいし、地上も懐かしいし、新しい経験も積みたいしと云った風で、とうとう地上訪問の覚悟を決めてしまった。
 間もなく吾輩は自分の領地に戻ったが、果たして予期した通り、国内は内乱の進行中で、一部の謀反者がダントンを牢から引き出して王位に担ぎ上げていた。吾輩がさっさとそんな者を片付けて、一味徒党を再び監獄にぶち込んでしまったことは云うまでもない。吾輩の地上訪問はそれからの話である。

↑このページのトップヘ