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カテゴリ:★『ベールの彼方の生活』 > オーエン 暗黒界の探訪

オーエン 暗黒界の探訪 目次

1 光の架け橋

2 小キリストとの出会い

3 冒涜の都市

4 悪の効用

5 地獄の底

6 強者よ、何ゆえに倒れるや

7 救出

自殺ダメ


 これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話で、暗黒界、つまり地獄と呼ばれている界層に住む住民達を救う為に、高級霊が地獄に下って行く話です。オーエンはキリスト教の牧師だったので、所々にキリスト教的な表現が沢山あるので、今までの人生でキリスト教に接することがなかった人にとっては、少々難しいかもしれません。しかし、そのような細かい点に粘着するのではなく、大まかな流れとして、この暗黒界の探訪の様子を読んで頂きたい。



 1917年 大晦日

 ここまでの我々の下降の様子はいたって大まかに述べたにすぎません。が、これから我々はいよいよ光輝が次第に薄れ行く境涯へ入って行くことになります。これまでに地上へ降りて死後の世界について語った霊は、生命躍如たる世界については多くを語っても、その反対の境涯についてはあまり多くを語っておりません。いきおい我々の叙述は理性的正確さを要します。と言うのも、光明界と暗黒界について偏りのない知識を期待しつつも、性格的に弱く、従って喜びと美しさによる刺激を必要とする者は、その境界の“裂け目”を我々と共に渡る勇気がなく、怖気付いて背を向け、我々が暗黒界の知識を携えて光明界へ戻ってくるのを待つことになるからです。
 さて、地上を去った者が必ず通過する(既にお話した)地域を通り過ぎて、我々はいよいよ暗さを増す境涯へと足を踏み入れた。すると強靱な精神力と用心深い足取りを要する一種異様な魂の圧迫感が急速に増していくのを感じた。それというのも、この度の我々は一般に高級霊が採用する方法、つまり身は遠く高き界に置いて通信網だけで接触する方法は取らないことにしていたからです。これまでと同じように、つまり自らの身体を平常より低い界の条件に合わせてきたのを、そこから更に一段と低い界の条件に合わせ、その界層の者と全く同じではないがほぼ同じ状態、つまり見ようと思えば見え、触れようと思えば触れられ、我々の方からも彼等に触れることの出来る程度の鈍重さを身にまとっていました。そしてゆっくりと歩み、その間もずっと右に述べた状態を保つ為に辺りに充満する雰囲気を摂取していました。そうすることによって同時に我々はこれより身を置くことになっている暗黒界の住民の心情をある程度まで察することが出来ました。
 その土地にも光の照っている地域があることはあります。が、その範囲は知れており、直ぐに急斜面となってその底は暗闇の中にある。そのささやかな光の土地に立って深い谷底へ目をやると、一帯を覆う暗黒の濃さは物凄く、我々の視力では見通すことが出来なかった。その不気味な黒い霧の上を薄ぼんやりとした光が射しているが、暗闇を突き通すことは出来ない。それほど濃厚なのです。その暗黒の世界へ我々は下って行かねばならないのです。
 貴殿のご母堂が話された例の“光の橋”はその暗黒の谷を越えて、その彼方の更に低い位置にある小高い丘に掛かっています。その低い端まで(暗黒界から)辿り着いた者は一旦そこで休息し、それからこちらの端まで広い道(光の橋)を渡って来ます。途中には幾つかの休憩所が設けてあり、ある場所まで来ては疲れ果てた身体を休め、元気を回復してから再び歩み始めます。と言うのも、橋の両側には今抜け出て来たばかりの暗闇と陰気か漂い、しかも今なお暗黒界に残っているかつての仲間の叫び声が、死と絶望の深い谷底から聞こえてくる為に、やっと橋まで辿り着いても、その橋を通過する時の苦痛は並大抵のことではないのです。
 我々の目的はその橋を渡ることではありません。その下の暗黒の土地へ下って行くことです。

-今仰った“小高い丘”、つまり光の橋が掛かっている向こうの端のその向こうはどうなっているのでしょうか。

 光の橋の向こう側はこちらの端つまり光明界へ繋がる“休息地”程は高くない尾根に掛かっています。さほど長い尾根ではなく、こちら側の端が掛かっている断崖と平行に延びています。その尾根も山の如くそびえており、形は楕円形をしており、直ぐ下も、“休息地”との間も、谷になっています。そのずっと向こうは谷の底と同じ地続きの広大な平地で、表面はデコボコしており、あちらこちらに大きな窪みや小さな谷があり、その先は一段と低くなり暗さの度が増していきます。暗黒界を目指す者は光の橋に辿り着くまでにその斜面を登って来なければならない。尾根はさほど長くはないと言いましたが、それは荒涼たる平地全体の中での話であって、実際にはかなりの規模で広がっており、途中て道を見失って何度も谷に戻って来てしまう者が大勢います。いつ脱出出来るかは要は各自の視覚の程度の問題であり、それは更に改悛の情の深さの問題であり、より高い生活を求める意志の問題です。
 さて我々はそこで暫し立ち止まり考えをめぐらした後、仲間の者に向かって私がこう述べた。
 「諸君、いよいよ陰湿な土地にやってまいりました。これからはあまり楽しい気分にはさせてくれませんが、我々の進むべき道はこの先であり、せいぜい足をしっかりと踏みしめられたい」
 すると一人が言った。
 「憎しみと絶望の冷気が谷底から伝わってくるのが感じられます。あの苦悶の海の中ではロクな仕事は出来そうにありませんが、たとえ僅かでも、一刻の猶予も許せません。その間も彼等は苦しんでいるのですから・・・・」
 「その通り。それが我々に与えられた使命です」-そう答えて私は更にこう言葉を継いだ。「しかも、ほかならぬ主の霊もそこまで下りられたのです。我々はこれまで光明を求めて主の後に続いてきました。これからは暗黒の世界へ足を踏み入れようではありませんか。なぜなら暗黒界も主の世界であり、それを主自ら実行してみせたからです」(暗黒界へ落ちた裏切り者のユダを探し求めて下りたこと。訳者)
 かくして我々は谷を下って行った。行く程に暗闇が増し、冷気に恐怖感さえ漂い始めた。しかし我々は救済に赴く身である。酔狂に怖いものを見に行くのではない。そう自覚している我々は躊躇することなく、しかし慎重に、正しい方角を確かめながら進んだ。我々が予定している最初の逗留地は少し右へ逸れた位置にあり、光の橋の真下ではなかったので見分けにくかったのです。そこに小さな集落がある。住民はその暗黒界での生活にうんざりしながら、ではその絶望的な境涯を後にして光明界へ向かうかというと、それだけの力も無ければ方角も判らぬ者ばかりである。行く程に我々の目は次第に暗闇に慣れてきた。そして、ちょうど闇夜に遠い僻地の赤い灯も見届けるように、辺りの様子がどうにか見分けがつくようになってきた。辺りには朽ち果てた建物が数多く立ち並んでいる。幾つかが一塊になっている所もあれば、一つだけポツンと建っているものもある。いずこを見てもただ荒廃あるのみである。我々が見た感じではその建物の建築に当たった者は、どこかがちょっとでも破損すると直ぐにその建物を放置したように思える。或いは、折角仕上げても、少しでも朽ちかかると直ぐに別の所に建物を建てたり、建築の途中で嫌になると放置したりしたようである。やる気の無さと忍耐力の欠如が辺り一面に充満している。絶望から来る投槍の心であり、猜疑心から来るやる気の無さである。共に身から出た錆であると同時に、同類の者によってそう仕向けられているのである。
 樹木もあることはある。中には大きなものもあるが、その大半に葉が見られない。葉があっても形に愛らしさがない。すすけた緑色と黄色ばかりで、あたかもその周辺に住む者の敵意を象徴するかのように、槍のようなギザギザが付いている。幾つか小川を渡ったが、石ころだらけで水が少なく、その水もヘドロだらけで悪臭を放っていた。
 そうこうしている内に、ようやく目指す集落が見えてきた。市街地というよりは大小様々な家屋の集まりといった感じである。それも、てんでんばらばらに散らばっていて秩序が見られない。通りと言えるものは見当たらない。建物の多くは粘土だけで出来ていたり、平たい石材でどうにか住居の体裁を整えたにすぎないものばかりである。外は明り用にあちらこちらで焚き火が焚かれている。その周りに大勢が集まり、黙って炎を見つめている者もいれば、口喧嘩をしている者もおり、取っ組み合いをしている者もいるといった具合である。
 我々はその中でも静かにしているグループを見つけて側まで近付き、彼等の例の絶望感に満ちた精神を大いなる哀れみの情をもって見つめた。そして彼等を目の前にして我々仲間同士で手を握り合って、この仕事をお与え下さった父なる神に感謝の念を捧げた。

自殺ダメ


これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話である。



 1918年1月3日 木曜日

 さて彼等のすぐ側まで来てみると、大きくなったり小さくなったりする炎を囲んで、不機嫌な顔つきでしゃがみこんでいる者もいれば横になっている者もいた。我々の立っている位置はすぐ後ろなのに見上げようともしない。もっとも、たとえ見上げても我々の存在は彼等の目に映らなかったであろう。彼等の視力の波長はその時の我々の波長には合わなかったからです。言い換えれば我々の方が彼等の波長にまで下げていなかったということです。そこで我々は互いに手を握り合って(エネルギーを強化して)徐々に鈍重性を増していった。すると一人二人と、何やら身近に存在を感じて、落ち着かない様子でモジモジし始めた。これが彼等の通例です。つまり何か高いものを求め始める時のあの苛立ちと不安と同じものですが、彼等はいつもすぐそれを引っ込める。と言うのも、上り行く道は険しく難儀に満ち、落伍する者が多い。最後まで頑張ればその辛苦も報われて余りあるものがあるのですが、彼等にはそこまで悟れない。知る手掛かりといえばこの度の我々のように、こうして訪れた者から聞かされる話だけなのです。
 そのうち一人が立ち上がって、薄ぼんやりとした闇の中を不安げに見つめた。背の高い痩せ型の男で、手足は節くれだち、全身が前屈みに折れ曲がり、その顔は見るも気の毒なほど希望を失い、絶望に満ち、それが全身に漂っている。その男がヨタヨタと我々の方へ歩み寄り、二、三ヤード離れた位置から覗き込むような目つきで見つめた。その様子から我々はこの暗黒の土地に住む人間のうち少なくとも一握りの連中には、我々の姿が薄ぼんやりとではあっても見ることが出来ることを知った。
 それを見て私の方から歩み寄ってこう語りかけた。
 「もしもし、拝見したところ大そうやつれていらっしゃるし、心を取り乱しておられる。何か我々に出来ることでもあればと思って参ったのですが・・・・」
 すると男から返事が返って来た。それは地下のトンネルを通って聞こえる長い溜息のような声だった。
 「一体お前さんはどこの誰じゃ。一人だけではなさそうじゃな。お前さんの後ろにも何人かの姿が見える。どうやらこの土地の者ではなさそうじゃな。一体どこから来た?そして何の用あってこの暗い所へ来た?」
 それを聞いて私は更に目を凝らしてその男に見入った。と言うのは、その不気味な声の中にもどこか聞き覚えのあるもの、少なくともまるで知らない声ではない何ものかが感じられたのである。そう思った次の瞬間にはたと感づいた。彼とは地上ですぐ近くに住む間柄だったのである。それどころか、彼はその町の治安判事だった。そこで私は彼の名を呼んでみた。が私の予期に反して彼は少しも驚きを見せなかった。困惑した顔つきで私を見つめるが、よく判らぬらしい。そこで私がかつての町の名前を言い、続いて奥さんの名前も言ってみた。すると地面へ目を落とし、手を額に当ててしきりに思い出そうとしていた。そうしてまず奥さんの名前を思い出し、私の顔を見上げながら二度三度とその名を口ずさんだ。それから私が彼の名前をもう一度言ってみた。すると今度は私の唇からそれが出ると直ぐに思い出してこう言った。
 「分かった。思い出した。思い出した。ところで妻は今どうしているかな。お前さんは何か消息を持ってきてくれたのか。どうして俺をこんな所に置いてきぼりにしやがったのかな、あいつは・・・」
 そこで私は、奥さんがずっと高い界にいて、彼の方から上って行かない限り彼女の方から会いに下りて来ることは出来ないことを話して聞かせた。が、彼にはその辺のことがよく呑み込めなかったようだった。その薄暗い界でよほど感覚が鈍っているせいか、底の住民の殆どが自分が一体どの辺りにいるのかを知らず、中には自分が死んだことすら気付いていない者がいる。それほど地上生活の記憶の甦ることが少なく、たとえ甦っても直ぐに消え失せ、再び記憶喪失状態となる。それゆえ彼等の大半はその暗黒界以外の場所で生活したことがあるかどうかも知らない状態である。しかしその内その境涯での苦しみをとことん味わってうんざりし始め、どこかもう少しマシな所でマシな人間と共に暮らせないものかと思い始めた時、その鈍感となっている脳裏にも油然として記憶が甦り、その時こそ良心の呵責を本格的に味わうことになる。
 そこで私はその男に事の次第を話して聞かせた。彼は地上時代には、彼なりの一方的な愛し方ではあったが、奥さんを深く愛していた。そこで私はその愛の絆を手繰り寄せようと考えた。が、彼は容易にその手に乗らなかった。
 「それほどの(立派になった)人間なら、こんな姿になった俺の所へはもうやって来てはくれまいに・・・・」彼がそう言うので
 「ここまで来ることは確かに出来ない。あなたの方から行ってあげる他はない。そうすれば奥さんも会ってくれるでしょう」
 これを聞いて彼は腹を立てた。
 「あの高慢ちきの売女め!俺の前ではやけに貞淑ぶりやがって、些細な過ちを大げさに悲しみやがった。今度会ったら言っといてくれ。せいぜいシミ一つないキレイな館でふんぞり返り、ぐうたら亭主の哀れな姿を眺めてほくそ笑むがいい、とな。こちとらだって、カッコは良くないが楽しみには事欠かねえんだ。口惜しかったらここまで下りて来るがいい。ここにいる連中みんなでパーティでも開いて大歓迎してやらぁ。じゃ、あばよ、旦那」そう吐き棄てるように言ってから仲間の方を向き、同意を求めるような薄笑いを浮かべた。
 その時である。別の男が立ち上がってその男を脇へ連れて行った。この人はさっきからずっとみんなに混じって座っており、身なりもみんなと同じようにみすぼらしかったが、その挙動にどことなく穏やかさがあり、また我々にとっても驚きに思える程の優雅さが漂っていた。その人は男に何事か暫く語りかけていたが、やがて連れ立って私の所へ来てこう述べた。
 「申し訳ございません。この男はあなた様の仰ることがよく呑み込めてないようです。皆さんが咎めに来られたのではなく慰めに来られたことが分かっておりません。あのようなみっともない言葉を吐いて少しばかり後悔しているようです。あなた様とは地上で知らぬ仲ではなかったことを今言って聞かせたところです。どうかご慈悲で、もう一度声を掛けてやってください。ただ奥さんのことだけは遠慮してやってください。ここに居ないことを自分を見捨てて行ったものと考え、今もってそれが我慢ならないようですので・・・・」
 私はこの言葉を聞いて驚かずにはいられなかった。辺りは焚き火を囲んでいる連中からの怒号や金切り声や罵り声で騒然としているのに、彼は実に落ち着き払って静かにそう述べたからです。私はその人に一言お礼を述べてから、先の男の所へ行った。私にとってはその男がお目当てなのである。と言うのも、彼はこの辺りのボス的存在であり、その影響力が大であるところから、この男さえ説得できれば、後は楽であるとの確信があった。
 私はその男に近付き、腕を取り、名前を呼んで微笑みかけ、雑踏から少し離れた所へ連れて行った。それから地上時代の話を持ち出し、彼が希望に胸を膨らませていた頃のことや冒険談、失敗談、そして犯した罪の幾つかを語って聞かせた。彼は必ずしもその全てを潔く認めなかったが、いよいよ別れ際になって、その内の二つの罪をその通りだと言って認めた。これは大きな収穫でした。そこで私は今述べた地上時代のことにもう一度思いを馳せて欲しい・・・・そのうち再び会いに来よう・・・君さえよかったら・・・と述べた。そして私は彼の手を思い切り固く握り締めて別れた。別れた後彼は一人でしゃがみ込み、膝を顎の所まで引き寄せ、向こうずねを抱くような格好で焚き火に見入ったまま思いに耽っていました。
 私は是非先の男性に会いたいと思った。もう一度探し出して話してからでないと去り難い気がしたのです。私はその人のことを霊的にそろそろその境涯よりも一段高い所へ行くべき準備が出来ている人位に考えていました。直ぐには見つからなかったが、やがて倒れた木の幹に一人の女性と少し距離を置いて腰掛けて語り合っているところを見つけた。女性はその人の話に熱心に聞き入っています。
 私が近付くのを見て彼は立ち上がって彼の方から歩み寄って来た。そこで私はまずこう述べた。
 「この度はお世話になりました。お蔭様であの気の毒な男に何とか私の気持を伝えることが出来ました。あなたのお口添えが無かったらこうはいかなかったでしょう。どうやらこの辺りの住民の事についてはあなたの方が私よりもよく心得ていらっしゃるようで、お蔭で助かりました。ところで、あなたご自身の身の上、そしてこれから先のことはどうなっているのでしょう?」
 彼はこう答えた。
 「こちらこそお礼申し上げたいところです。私の身の上をこれ以上隠すべきでもなさそうですので申し上げますが、実は私はこの土地の者ではなく、第四界に所属している者です。私は自ら志願してこうした暗黒界で暮らす気の毒な魂を私に出来る範囲で救う為にここに参っております」
 私は驚いて「ずっとここで暮らしておられるのでしょうか」と尋ねた。
 「ええ、随分長いこと暮らしております。でも、あまりの息苦しさに耐えかねた時は、英気を養う為に本来の界へ戻って、それから再びやって参ります」
 「これまで何度程戻られましたか」
 「私がこの土地へ初めて降りて来てから地上の時間にしてほぼ六十年が過ぎましたが、その間に九回程戻りました。初めの内は地上時代の顔見知りの者がここへやって来ることがありましたが、今では一人もいなくなりました。みんな見知らぬ者ばかりです。でも一人ひとりの救済の為の努力を続けております」
 この話を聞いて私は驚くと同時に大いに恥じ入る思いがした。
 この度の我々一団の遠征は一時的なものにすぎない。それを大変な徳積みであるかに思い込んでいた。が、今目の前に立っている男はそれとは次元の異なる徳積みをしている。己の栄光を犠牲にして他の者の為に身を捧げているのである。その時まで私は一個の人間が同胞の為に己を犠牲にするということの真の意味を知らずにいたように思う。それも、こうした境涯の者の為に自ら死の影とも呼ぶべき暗黒の中に暮らしているのである。彼はそうした私の胸中を察したようです。私の恥じ入る気持を和らげる為にこう洩らした。
 「なに、これも主イエスへのお返しのつもりです-主もあれほどの犠牲を払われて我々にお恵みをくださったのですから・・・・」
 私は思わず彼の手を取ってこう述べた。
 「あなたはまさしく“神の愛の書”の聖句を私に読んで聞かせてくださいました。主の広く深き美しさと愛の厳しさは我々の理解を超えます。理解するよりも、ただ讃仰するのみです。が、それだけに、少しでも主に近き人物、言うなれば小キリストたらんと努める者と交わることは有益です。思うにあなたこそその小キリストのお一人であらせられます」
 が、彼は頭を垂れるのみであった。そして私がその髪を左右に分けられたところに崇敬の口づけをした時、彼は独り言のようにこう呟いたのだった。
 「勿体無いお言葉-私に少しでもそれに値するものがあれば-その有難き御名に相応しきものが一欠片でもあれば・・・・」

自殺ダメ


これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話である。



 1918年1月4日 金曜日

 その集落を後にしてから我々は更に暗黒界の奥地へと足を踏み入れました。そこここに家屋が群がり、焚き火が燃えている中を進みながら耳を貸す意志のある者に慰めの言葉や忠言を与えるべく我々として最善の努力をしたつもりです。が、残念なことにその大部分は受け入れる用意は出来ていませんでした。反省してすぐさま向上の道へ向かう者は極めて少ないものです。多くはまず強情がほぐれて絶望感を味わい、その絶望感が憧憬の念へと変わり、哀れなる迷える魂に微かな光が輝き始める。そこでようやく悔恨の情が湧き、罪の償いの意識が芽生え、例の光の橋へ向けての辛い旅が始まります。が、この土地の者がその段階に至るのはまだまだ先のことと判断してその集落を後にしました。我々には使命があります。そして心の中にはその特別の仕事が待ち受けている土地への地図が刻み込まれております。決して足の向くまま気の向くままに暗黒界を旅しているのではありません。ただならぬ目的があって高き神霊の命によって派遣されているのです。
 行く程に邪悪性の雰囲気が次第に募るのを感じ取りました。銘記して頂きたいのは、地域によって同じ邪悪性にも“威力”に差があり、また“性質”が異なることです。同時に又、地上と同じくその作用にムラが見られます。邪悪も全てが一つの型にはまるとは限らないということです。そこにも自由意志と個性が認められるということであり、どれだけ永い期間それに浸るかによって強烈となっているものもあれば比較的弱いものもある。それは地上においても天界の上層界においても同じことです。
 やがて大きな都市に辿り着いた。守衛の一団が行進歩調で往来する中を、どっしりとした大門を通り抜けて市中へ入った。それまでは姿を見せる為に波長を下げていたのを、今度は反対に高めて彼等の目に映じない姿で通り抜けた訳です。大門を通り抜けて直ぐの大通りの両側には、まるで監獄の防壁のような、がっしりとした作りの大きな家屋が並んでいる。その内の何軒かの通風孔から毒々しい感じの明りが洩れて通路を照らし、我々の行く先を過ぎっている。そこを踏みしめて進む内に大きな広場に来た。そこに一つの彫像が高い台の上に立っている。広場の中央ではなく、やや片側に寄っており、その直ぐ傍に、その辺りで一番大きい建物が立っていた。
 彫像はローマ貴族のトーガ(ウールの緩やかな外衣)をまとった男性で、左手に鏡を持って自分の顔を映し、右手にフラゴン(聖餐用のブドウ酒ビン)を持ち、今まさに足元の水だらいにドボドボとブドウ酒を注いでいる-崇高なる儀式の風刺です。しかもその水だらいの縁には様々な人物像がこれまた皮肉たっぷりに刻まれている。子供が遊んでいる図があるが、そのゲームは生きた子羊のいじめっこである。別の所にはあられもない姿の女性が赤ん坊を逆さに抱いている図が彫ってある。全てがこうした調子で真面目なものを侮っている-童子性、母性、勇気、崇拝、愛、等々を冒涜し、我々がその都市において崇高なるものへの憧憬を説かんとする気力を殺がせる、卑猥にして無節操極まるものばかりである。辺り一面が不潔と侮辱に満ちている。どの建物を見ても構造と装飾に啞然とさせられる。しかし初めに述べた如く我々には目的がある。嫌なことを厭ってはならない。使命に向かって突き進まねばならない。
 そこで我々は意念を操作して姿をそこの住民の目に映じる波長に落としてから、右の彫像の直ぐ後ろの大きな建物-悪の宮殿-の門を潜った。土牢に似た大きな入り口を通り抜けて進むと、バルコニーに通じる戸口まで来た。バルコニーは見上げるようなホールの床と天上の中間を巻くようにしつらえてあり、所々に昇降階段が付いている。我々はその手摺りの所まで近付いてホールの中を覗いた。そこから耳をつんざくような強烈な声が聞こえてくるが、暫くはそれを発している人物の姿が見えなかった。そうして我々の目が辺りを照らす毒々しい赤っぽい光に慣れてくると、どうやら中の様子が判ってきた。
 すぐ正面に見えるホールの中央にバルコニーへ出る大きな階段がらせん状に付いている。それを取り囲むようにして聴衆が群がり、階段もその中ほどまで男女がすずなりになっている。が、その身なりはだらしなく粗末である。そのくせ豪華に見せようとする意図が見られる。例えば黄金の銀のベルトに首飾り、銀のブローチ、宝石をあしらったバックルや留め金を身に付けている者がそこら中にいる。が、全部模造品であることは一目で判る。黄金に見えるのもただの安ピカの金属片であり、宝石も模造品である。その階段の上段に演説者が立っている。大きな図体をしており、邪悪性が他を威圧する如くにその図体が他の誰よりも大きい。頭部にはトゲのある冠をつけ、汚ならしい灰色をしたマントルを羽織っている。かつては白かったのが性質が反映してすすけてしまったのであろう。胸の辺りに偽の黄金で作った二本の帯が交差し、腰の辺りで革紐で留めてある。足にはサンダルを履き、その足元に牧羊者の(先の曲った)杖が置いてある。が、見ている我々に思わず溜息をつかせたのは冠であった。トゲは茨のトゲを黄金であしらい、陰気な眉の辺りを巻いていた。
 帰れるものなら今直ぐにも帰りたい心境であった。が、我々には目的がある。どうしても演説者の話を最後まで聞いてやらねばならなかった。その時の演説の中身を伝えるのは私にとって苦痛です。貴殿が書き取るのも苦痛であろうと思います。が、地上にいる間にこうした暗黒界の実情を知っておくことです。なぜなら、こちらの世界にはもはや地上のような善と悪の混在の生活がない。善は高く上り悪は低く下がり、この恐ろしい暗黒界にいたっては、善による悪の中和というものは有り得ない。悪が悪と共に存在して、地上では考えられないような冒涜行為が横行することになります。
 なんと、彼が説いていたのは“平和の福音”だった。そのごく一部だけを紹介して、後はご想像にお任せすることにしたい。
 「そこでじゃ、諸君、我々はその子羊を惨殺した獣を崇拝する為に、素直な気持でここに参集した。子羊が殺害されたということは、我々が幸福な身の上となり呪われし者の忌まわしき苦しみを乗り越えて生きて行こうとする目的にとっては、その殺害者は事実上の我々の恩人ということである。それ故、諸君、その獣が子羊を真剣に求めそして見出し、その無害の役立たずものから生命の血液と贖いをもたらしてくれた如くに、諸君も、常に品性高き行為にご熱心であるからには、その子羊に相当するものを見つけ出し、かの牧羊者が教え給うた如くに行なうべきである。諸君の抜け目なき沈着さをもって、子羊の如き惰性の中から歓喜の熱情と興奮に燃える生命をもたらすべきである・・・・そして女性諸君。下衆な優美さに毒されたその耳に私より一服の清涼剤を吹き込んで差し上げよう。私を総督に選出してくれたこの偉大なる境涯に幼児はやって参らぬ。がしかし、諸君に申し上げよう。どうか優しさをモットーとするこの私と、私が手にしているこの杖をとくと見て欲しい。そして私を諸君の牧羊者と考えて欲しい。これより諸君を、多すぎる程の子供を抱えている者の所へこの私がご案内しよう。その者達は、かつて折角生命を孕みながら、余りに深き慈悲故に、その生命を地上に送って苦をなめさせるに忍びず、生贄としてモロック(子供を人身御供として祭ったセム族の神。レビ記18.21、列王紀23.10。訳者)の祭壇に捧げた如く、その母なる胸より放り棄てる程多くの子供を抱えている。さ、諸君、生贄とされた子を愛惜しみつつも、その子のあまりに生々しき記憶に怯え、それを棄て去らんと望む者の所へ私が連れて参ろう」
 こうした調子で彼は演説を続けたが、そのあまりの冒涜性の故に私はこれ以上述べる気がしません。カスリーンに中継させるのも忍びないし、貴殿に聞かせるのも気が引けます。それを敢えて以上だけでも述べたのは、貴殿並びに他の人々にこの男の善性への冷笑と愚弄的従順さの一端を知って頂きたかったからであり、しかも彼がこの境涯にいる無数の同類の一つのタイプにすぎないことを知って頂く為です。いかにも心優しい人物を装い、いかにも遠慮がちに述べつつも、実はこの男はこの界層でも名うての獰猛さと残忍さを具えた暴君の一人なのです。確かに彼はその国の総督に選ばれたことは事実ですが、それは彼の邪悪性を恐れてのことだった。その彼が、見るも哀れな半狂乱の聴衆を“品性高き者”と述べたものだから、彼等は同じ恐怖心にお追従も手伝って彼の演説に大いなる拍手を送った。彼はまた聴衆の中の毒々しく飾った醜女達を“貴婦人”と呼び、羊飼いに羊が従う如くに自分に付いて来るがよいと命じた。するとこれまた恐怖心から彼女達は拍手喝采をもって同意し、彼に従うべく全員が起立した。彼はくるりと向きを変えて、その巨大な階段を登ろうとした。
 彼は次の段に杖をついて、やおら一歩踏み出そうとして、ふとその足を引いて逆に一歩二歩と後ずさりし、ついに床の上に降りた。全会衆は希望と恐怖の入り混じった驚きで、息を呑んで身を屈めていた。その理由はほかならぬ階段の上段に現れた我々の姿だったのです。我々はその環境において発揮出来る限りの本来の光輝を身にまとって一番上段に立ち、更に霊団の一人である女性が五、六段下がった所に立っていました。エメラルドの玉飾りで茶色がかった金色の髪を眉の上辺りで縛り、霊格を示す宝石が肩の辺りで輝いており、その徳の高さを有りのままに表している。胴の中程を銀のベルトで縛っている。こうした飾りが目の前の群集の安ピカの宝石と際立った対照を見せている。両手で白ユリの花束を抱えているその姿は、まさしく愛らしい女性像の極致で、先程の演説者の卑猥な冒涜に対する挑戦でした。
 男性も女性もしばしその姿に見とれていたが、そのうち一人の女性が思わずすすり泣きを始め、まとっていたマントでその声を抑えようとした。が、他の女性達も甦ってくるかつての女性らしさに抗しきれずに泣き崩れ、ホールは女性の号泣で満たされてしまった。そうして、見よ、その悲劇と屈辱の境涯においては久しく聞くことのなかった純情の泣き声に男達まで思わず手で顔を覆い、地面に身を伏せ、厚い埃も構わずに床に額を擦り付けるのだった。
 が、総督は引っ込んでいなかった。自分の権威に脅威が迫ったと感じたのである。全身に怒りを露にしながら、ひれ伏す女性達の体を踏みつけながら、大股で、最初に泣き出した女性の所へ歩み寄った。それを見て私は急いで階段の一番下まで降りて一喝した-
 「待たれよ!私の所へ来なされ!」
 私の声に彼は振り返り、ニヤリとしてこう述べた。
 「貴殿は歓迎いたそう。どうぞお出でなされ。吾輩はここにいる臆病な女共が貴殿の後ろのあのご婦人の光に目が眩んだようなので正気付かせようとしているまでしゃ。みんなして貴殿を丁重にお迎えする為にな・・・・」
 が、私は厳しい口調で言い放った。
 「お黙りなさい!ここへ来なさい!」
 すると彼は素直にやって来て私の前に立ったので、続けてこう言って聞かせた。
 「あの演説といい、その虚飾といい、冒涜の度が過ぎますぞ!まずの冠を取りなさい。それからその牧羊者の杖も手放しなさい。よくも主を冒涜し、主の子等を恐怖心で束縛してきたものです」
 彼は私の言う通りにした。そこで私は直ぐ傍にいた側近の者に、先程よりは優しい口調でこう言って聞かせた。
 「あなた達はあまりに長い間臆病過ぎました。この男によって身も心も奴隷にされてきました。この男はもっと邪悪性の強い者が支配する都市へ行かせることにします。これまでこの男に仕えてきたあなた達にそれを命じます。そのマントを脱がせ、そのベルトを外させなさい。主を愚弄するものです。彼もいつかはその主に恭順の意を表することになるであろうが・・・・」
 そう言って私は待った。すると四人の男が進み出てベルトを外し始めた。男は怒って抵抗したが、私が杖を取り上げてその先で肩を抑えると、その杖を伝って私の威力を感じて大人しくなった。これで私の意図が叶えられた。私は彼にそのホールから出て外で待機している衛兵に連れられて遠い土地にある別の都市へ行き、そこでこれまで他人にしてきたのと同じことをとくと味わってくるようにと言いつけた。
 それからホールの会衆にきちんと座り直すように言いつけ、全員が落ち着いた所で最初に紹介した歌手に合図を送った。すると強烈な歌声がホール全体に響き渡った。その響きに会衆の心は更に鼓舞され、そこには最早それまで例の男によって抑えられてきた束縛の跡は見られなかった。辺りの明りから毒々しい赤味が消え、柔らかな明るさが増し、安らかさが会場に漲り、興奮と感激に震える身体を爽やかに包むのでした。

-どんなことを歌って聞かせたのでしょうか。

 活発な喜びと陽気さに溢れた歌-春の気分、夜の牢獄が破られて訪れる朝の気分に満ち、魂を解放する歌、小鳥や木々、せせらぎが奏でるようなメロディを歌い上げました。聖とか神とかの用語は一語も使っておりません。少なくともその場、その時には、一切口にしませんでした。彼等にとって何よりも必要としない薬は、それまでの奴隷的状態からの開放感を味わうように個性に刺激を与えることでした。そこで彼は生命の喜びと友愛の楽しさを歌い上げたのでした。と言って、それで彼等がいきなり陽気になったワケではありません。言わば絶望感が薄らいだ程度でした。その後は我々が引き受け、訓戒を与え、かくしてようやくそのホールが、かつては気の向かぬまま恐怖の中で聞かされていた冒涜の対象イエス・キリストの崇拝者によって満たされる日が来ました。崇拝といっても、善性に溢れた上層界でのそれとは較べものになりませんが、調和の欠けた彼等の哀れな声の中にも、この度の我々のように猜疑心と恐怖心に満ちた彼等の邪悪な感情のるつぼに飛び込んで苦心した者の耳には、どこか心を和ませる希望の響きが感じられるのでした。
 それから後は我々に代わって訪れる別の霊団によって強化と鍛練を受けそれから先の長くかつ苦しい、しかし刻一刻開けてゆく魂の夜明けへ向けての旅に備えることになっており、我々は我々で、更に次の目的地へ向けて出発したのでした。

-そのホールに集まったのは同じ性質の者ばかりですか。

 ほぼ同じです。大体において同質の者ばかりです。性格的に欠けたところのある者も少しはおりました。それよりも、貴殿には奇異で有り得ないことのように思える事実をお話しましょう。彼等の内の何名かが先の総督の失脚のお伴をすることになったことです。彼の邪悪性の影響を受けて一身同体と言える程にまでなっていた為に、彼等の個性には自主的に行動する独立性が欠けていたわけです。その為に、それまで総督の毒々しい威力の中で仕えてきた如くに、その失脚のお伴まですることになった。が、その数は僅かであり、別の事情で別の土地へ向かうことになった者も少しばかりいました。しかし大多数は居残って、久しく忘れていた真理を改めて学び直すことになりました。遠い昔の話は今の彼等にとっては新鮮に響き、かつ素晴らしいものに思えるらしく、見ている我々には可哀相にさえ思えました。

-その後その総督はどうなりましたか。

 今も衛兵が連れて行った遠い都市にいます。邪性と悪意は相も変わらずで、まだまだ戻っては来れません。この種の人間が崇高なものへ目を向けるようになるのは容易なことではないのです。

-衛兵が連れて行ったと言われましたが、それはどんな連中ですか。

 これはまた難しい質問をなさいましたね。これは神について、その叡智、その絶対的支配についてもっと深く悟るまでは、理解することは困難な問題の一つです。一言で言えば神の支配は天国だけでなく地獄にも及んでいるということで、地獄も神の国であり(悪魔ではなく)神のみが支配しているということです。先の衛兵は実は総督を連れて行った都市の住民です。邪悪性の強い人間であることは確かであり、神への信仰などおよそ縁のない連中です。ですが総督を連行するよう命ぜられた時、誰がそう裁決したのか聞こうともせず、それが彼にとって最終的な救済手段であることも知らぬまま、文句も言わずに命令に従った。この辺の経緯の裏側を深く洞察なされば、地上で起きる不可解な出来事の多くを解くカギを見出すことが出来るでしょう。
 大抵の人間は悪人は神の御国の範囲の外にいるもの-罪悪や災害は神のエネルギーか誤って顕現したものと考えます。しかし実は両者とも神の御手の中にあり、罪人さえも、本人はそうと知らずとも、究極においてはそれなりの計画と目的を成就させられているのです。この問題はしかし、今ここで扱うには少し大きすぎます。では、お寝みになられたい。我々の安らぎが貴殿のものとなるよう祈ります。

自殺ダメ


これは、オーエンの『ヴェールの彼方の生活』の第三巻に書かれていた話である。



 1918年1月8日 火曜日

 こうした暗黒の境涯において哀れみと援助を授ける使命に携わっている内に、前もって立てられた計画が実は我々自身の教育の為に(上層界において)巧妙に配慮されていることが判ってきました。訪れる集落の一つひとつが順序よく我々に新たな体験をさせ、我々がその土地の者に救いの手を差し伸べている間に、我々自身も、一段と高き界から幸福と教訓を授けんとする霊団の世話にあずかるという仕組みになっていたわけです。その仕組みの中に我々が既に述べた原理の別の側面、すなわち神に反抗する者達の力を逆手にとって神の仕事に活用する叡智を読み取って頂けるでしょう。

-彼らの納得を得ずに、ですか。

 彼らの反感を買わずに、です。暗黒界の奥深く沈み込み、光明界からの影響力に対して反応を示さなくなっている彼らでさえ、神の計画に貢献すべく活用されているということです。やがて彼らが最後の審判の日(第一巻五章参照)へ向けて歩を進め、いよいよ罪の清算が行なわれるに際して、自分でこそ気が付かないが、そういう形での僅かな貢献も、少なくともその時は神の御心に対していつもの反抗的態度を取らなかったという意味において、聖なるものとして考慮に入れてもらえるのです。

-でも前回に出た総督はどうみてもその種の人間ではないと思いますが、彼のような者でもやはり何かの有用性はあったのでしょうか。

 ありました。彼なりの有用性がありました。つまり彼の失脚が、かつての仲間に、彼よりも大きな威力をもつ者がいることを示すことになったのです。同時に、悪事は必ずしも傲慢さとは結び付かず、天秤は遅かれ早かれいつかは平衡を取り戻して、差引勘定がきっちりと合わされるようになっていることも教えることになりました。もっとも、あの総督自身はそれを自分の存在価値とは認めないでしょう。と言うのも、彼には我々の気持が通じず、不信の念ばかりが渦巻いていたからです。それでも、その時点で既に部分的にせよそれまでの彼の罪に対する罰が与えられたからには、それだけのものが彼の償うべき罪業の総計から差し引かれ、消極的な意味ながらその分だけ彼にとってプラスになることを理解すべきです。
 もっとも、貴殿の質問には大切な要素が含まれております。総督の取り扱い方は本人は気に入らなかったでしょうが、実はあれは、あそこまで総督の横暴を許した他の者に対する見せしめの意味も含まれておりました。我々があの界へ派遣され、あのホールへ導かれたのもそれが目的でした。その時はそうとは理解しておらず、自分達の判断で行動したつもりでした。が、実際には上層界の計画だったというわけです。
 さて、貴殿の方さえよろしければもっと話を進めて、我々が訪れた土地、そこの住民、生活状態、行状、そして我々がそこの人達にどんなことをしてあげたか述べましょう。あちらこちらに似たような性質の人間が寄り集まった集落がありました。寄り集まるといっても一時的なもので、孤独感を紛らわす為に仲間を求めてあっちの集落、こっちの集落と渡り歩き、嫌気がさすと直ぐにまた荒野へ逃れていくということを繰り返しています。その様子は見ていて悲しいものです。
 殆ど例外なく各集落には首領(ボス)が-そして押しの強さにおいてボスに近いものを持つ複数の子分が-いて睨みをきかせ、その威圧感から出る恐怖心によって多くの者を隷属させている。その一つを紹介すれば-これは実に荒涼とした寂しい僻地を延々と歩いてようやく辿り着いた集落ですが-周りを頑丈な壁で囲み、しかもその領域が実に広い。中に入ると、早速衛兵に呼び止められました。衛兵の数は十人程いました。そこが正門であり、翼壁が二重になっている大きなものです。皆図体も大きく、邪悪性も極度に発達している。我々を呼び止めてからキャプテンがこう尋問した。
 「どちらから来られた?」
 「荒野を通って行く途中ですが・・・・」
 「で、ここへは何の用がおありかな?」
 その口調には地上時代には教養人であったことを窺わせるものがあり、挙動にもそれが表れていた。が今ではそれも敵意と侮蔑で色づけされている。それがこうした悲しい境涯の常なのです。
 その尋問に我々は-代表して私が-答えた。
 「こちらの親分さんが奴隷のように働かせている鉱山の労働者達に用事がありまして・・・」
 「それはまた結構な旅で・・・」いかにも愉快そうに言うその言葉には我々を騙そうとする意図が窺える。「気の毒にあの人達は自分達の仕事ぶりを正しく評価し悩みを聞いてくださる立派な方が一日も早く来てくれないものかと一生懸命でしてな」
 「中にはこちらの親分さんのところから一時も早く逃れたいと思っている者もいるようですな。あなた方もそれぞれに頭の痛いことで・・・・」
 これを聞いてキャプテンのそれまでのニコニコ顔が陰気なしかめっ面に一変した。チラリと見せた白い歯は血に飢えた狼のそれだった。その上、彼の気分の変化と共に、辺りに一段と暗いモヤが立ち込めた。そしてこう言った。
 「この私も奴隷にされていると仰るのかな?」
 「ボスの奴隷であり、ヒモでいらっしゃる。まさしく奴隷であり、更に奴隷達の使用人でもいらっしゃる」
 「デタラメを言うとお前達も俺達と同じ身の上にするぞ。ボスの為に金と鉄を掘らされることになるぞ」
 そう言い放って衛兵の方を向き、我々を逮捕してボスの館へ連れて行くように命じた。が私は逆に私の方からキャプテンに近付いて彼の手首に私の手を触れた。するとそれが彼に悶える程の苦痛を与え、引き抜いていた剣を思わず放り出した。私はなおも手を離さなかった。私のオーラと彼のオーラとが衝突して、その衝撃が彼に苦痛を与えるのであるが、私には一向に応えない。私の方が霊力において勝る為に、彼は悶えても私には何の苦痛もない。貴殿もその気があれば心霊仲間と一緒にこの霊的力学について勉強なさることです。これは顕と幽にまたがる普遍的な原理です。勉強なされば判ります。さて私は彼に言った。
 「我々はこの暗黒の土地の者ではありません。主の御国から参った者です。同じ生命を受けておりながら貴殿はそれを邪悪な目的に使って冒涜しておられる。今はまだ貴殿はこの城壁と残虐なボスから逃れて自由の身となる時期ではない」
 彼はようやくその偉ぶった態度の薄い殻を破って本心を覗かせ、こう哀願した。
 「なぜ私はこの地獄の境涯とあのボスから逃れられないのですか。他の者は逃れて、なぜこの私だけ・・・・」
 「まだその資格有りとのお裁きがないからです。これより我々がすることをよくご覧になられることです。反抗せずに我々の仕事を援助して頂きたい。そして我々が去った後、そのことをじっくりと反復なさっておれば、そのうち多分その中に祝福を見出されるでしょう」
 「祝福ね・・・・」そう言って彼はニヤリと笑い、更に声に出して笑い出したが、その笑いには愉快さは一欠片も無かった。が、それから一段と真剣な顔つきでこう聞いた。
 「で、この私に何をお望みで?」
 「鉱山の入り口まで案内して頂きたい」
 「もし嫌だと言ったら?」
 「我々だけで行くことにする。そして貴殿は折角のチャンスを失うことになるまでですな・・・・」
 そう言われて彼は暫く黙っていたが、やがて、もかしたらその方が得かもしれないと思って、大きな声で言った。
 「いや、案内します。案内します。少しでも善行のチャンスがあるのなら、いつも止められているこの私にやらせて頂きます。もしあのボスめが邪魔しやがったら、今度こそただじゃおかんぞ」
 そう言って彼は歩き出したので我々もその後に続いた。歩きながら彼はずっと誰に言うともなくブツブツとこう言い続けた。
 「彼奴とはいつも考えや計画が食い違うんだ。何かと俺の考えを邪魔しやがる。散々意地悪をしてきたくせに、まだ気が済まんらしい。云々・・・」
 そのうち振り返って我々にこう述べた。
 「申し訳ありません。この土地の者は皆、ここでしっかりしなくては、という時になるといつも頭が鈍るんです。多分気候のせいでしょう。もしかしたら過労のせいかも知れません。どうかこのまま私に付いてきてください。お探しになっておられる所へ私がきっとご案内致しますので・・・・」
 彼の物の言い方と態度には軽薄さと冷笑的態度と冷酷さとが滲み出ている。が、今は霊的に私に牛耳られている為にそれがかなり抑えられていて、反抗的態度に出ないだけである。我々は彼の後について行った。幾つか市街地を通ったが、平屋ばかりが何のまとまりもなく雑然と建てられ、家と家との間隔が広く空き、空地には目を和ませる草木一本見当たらず、ジメジメした場所の雑草と、熱風に吹かれて葉が枯れ落ち枝だけとなった低木が見える程度である。その熱風は主として今我々が近付きつつある鉱山の地下道から吹き上げていた。
 家屋は鉱山で働く奴隷労働者が永い労働の後ほんの僅かの間だけ休息を取る為のものだった。それを後にして更に行くと、間もなく地下深く続く坑道の大きな入り口に来た。が、近付いた我々は思わず後ずさりした。猛烈な悪臭を含んだ熱風が吹き出ていたからである。我々は一旦それを避けてエネルギーを補充しなければならなかった。それが済むと、心を無情にして中に入り、キャプテンの後に付いて坑道を下りて行った。彼は今は黙したままで、精神的に圧迫を感じているのが分かる。それは、そうでなくても前屈みになる下り道でなお一層肩をすぼめている様子から窺えた。
 そこで私が声を掛けてみた。振り向いて我々を見上げたその顔は苦痛に歪み、青ざめていた。
 「どうなされた?酷く沈んでおられるが・・・・この坑道の入り口に近付いた頃から苦しそうな表情になりましたな」
 私がそう言うと彼はえらく神妙な調子で答えた。
 「実は私もかつてはこの地獄のような焦熱の中でピッケルとシャベルを握って働かされた一人でして、その時の恐ろしさが今甦ってきて・・・・」
 「だったら今ここで働いている者に対する一欠片の哀れみの情が無いものか、自分の魂の中を探してみられてはどうかな?」
 弱気になっていた彼は私の言葉を聞いて坑道の脇の丸石の上に腰を下ろしてしまい、そして意外なことを口にした。
 「とんでもない。とんでもない。哀れみが必要なのはこの私の方だ。彼等ではない・・・・」
 「でも、そなたは彼等のような奴隷状態から脱し、鉱山から出て、今ではボスと呼んでいる男に仕えている、結構な身の上ではありませんか」
 「貴殿のことを私は叡智に長けた人物とお見受けしていたが、どうやらその貴殿にも、一つの奴隷状態から一段と高い権威ある奴隷になることは、粗末なシャツをトゲのある立派なシャツに着替えるようなものであることをご存知ないようだ・・・・」
 恥ずかしながら私はそれを聞いて初めて、それまでの暗黒界の体験で学んだことにもう一つ教訓を加えることになりました。この境涯に住む者は常に少しでも楽になりたいと望み、奴隷の苦役から逃れて威張れる地位へ上るチャンスを窺っている。が、ようやくその地位に上ってみると、心に描いていた魅力は一転して恐怖の悪夢となる。それは残虐で冷酷な悪意の権化であるボスに近付くことにほかならないからである。なるほど、これでは魅力は直ぐに失せ、希望が幻滅と共に消えてしまう。それでも彼等はなおも昇級を志し、野心に燃え、狂気の如き激情をもって悶える。そのことを私は今になってやっと知った。その何よりの実物教訓が今直ぐ目の前で、地獄の現場での数々の恐怖の記憶の中で気力を失い、しゃがみ込んでいる。その哀れな姿を見て私はこう尋ねた。
 「同胞としてお聞きするが、こういう生活が人間として価値あることと思われるかな?」
 「人間として・・・か。そんなものはこの仕事をするようになってから捨てちまった-と言うよりは、私をこの鉱山に押し込んだ連中によって剥ぎ取られちまった。今じゃもう人間なんかじゃありません。悪魔です。喜びといえば他人を痛めつけること。楽しみといえば残虐行為を一つひとつ積み重ねること。そして自分が味わってきた苦しみを他の者達がどれだけ耐え忍ぶかを見つめることとなってしまいました」
 「それで満足しておられるのかな?」
 彼は暫く黙って考え込んでいたが、やがて口を開いた-「いいや」
 それを聞いて私は再び彼の肩に手を置いた。私のオーラを押し付けた前回と違って、今回は私の心に同情の念があった。そして言った。
 「同胞よ!」
 ところが私のその一言に彼はきっとして私を睨みつけて言った。
 「貴殿はさっきもその言葉を使われた。真面目そうな顔をしながらこの私をからかっておられる。どうせここではみんなで愚弄し合っているんだ・・・・・」
 「とんでもない」と私はたしなめて言った。
 「そなたが今仕えている男をボスと呼んでおられるが、彼の権威は、そなたが彼より授かった権威と同じく名ばかりで実質はないのです。そなたは今やっと後悔の念を覚え始めておられるが、後悔するだけでは何の徳にもなりません。それが罪悪に対する自責の念の部屋へ通じる戸口となって初めて価値があります。この土地での用事が終って我々が去った後、今回の私との間の出来事をもう一度初めから反芻(はんすう)し、その上で、私がそなたを同胞と呼んだワケを考えて頂きたい。その時もし私の援助が必要であれば呼んでください。きっと参ります-そうお約束します。ところで、もっと下りましょう。ずっと奥の作業場まで参りましょう。早く用事を終えて先へ進みたいのです。ここにいると圧迫感を覚えます」
 「圧迫感を覚える?でも貴殿が苦しまれるいわれはないじゃありませんか。ご自分の意志でここへ来られたのであり、罪を犯した結果として連れて来られた訳ではないのですから、決してそんな筈はありません」
 それに対する返事として私は、彼が素直に納得してくれれば彼にとって救いになる話としてこう述べた。
 「主にお会いしたことのある私の言うことを是非信じて欲しい。この地獄の暗黒牢にいる者の内の一人が苦しむ時、主はその肩に鮮血の如き赤色のルビーを一つお付けになる。我々がそれに気付いて主の目を見ると主も同じように苦しんでおられるのが判ります。こうして我々なりの救済活動に携わっている者も、主と同じ程ではないにしても、少なくとも苦しむ者と同じ苦しみを覚えるという事実においては主と同じであるということを嬉しく思っております。ですから、そなたの苦しみが我々の苦しみであること、そしてそなたのことを同胞と呼ぶことを驚かれることはありません。大いなる海の如き愛をもって主がそう配慮してくださっているのですから」

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