最初の手紙が届いてから一週間後に、ポター氏から二通目の手紙が届いた。その間電話で数回喋ってはいたが、まだ一度も会ってはいない。手紙の大要を綴ってみるとー

 編集長殿
                                        9.29.1924.

 今朝のお電話の後、先日お送りしたメッセージ以前のノースクリフからのメッセージの記録を探してみました。
 ノースクリフからのものを取り出すのに数時間を要しました。それというのも、私達の交霊会は既に200回から300回を数えるほど続けており、その間、ノースクリフ以外にも数え切れない程の霊が出現して語っており、一年分の記録の中から取り出したにすぎません。全部に目を通す時間がありません。しかし、取り出したものは確証の高いものばかりです。

 末尾に交霊会へ招待したい旨の意向が添えられており、教会までの道順の説明をしてから、最後に、交霊会は教会では行わず拙宅で催していると述べてあった。
 実を言うと私は、それまで交霊会というものに出席したことがなかったわけではない。一度だけだが、文学仲間のデニス・ブラッドレー宅での米国人霊媒ヴァリアンティンによる実験会に出席したことがあるが、代わる代わる喋る「死者」の話にはうんざりして、何の感興も湧かなかった。「生者」の話にもうんざりさせられることがあるが・・・
 が、ポター氏の招待を受けて、
 「じゃあ、(教会のある)フォレスト・ヒルに行ってみるか・・・」 
と私が言うと、みんな興味を示した。特にオーエン女史は興奮を隠し切れなかった。
 が、もう一人のウィルソンは、教会で「おお、神よ、聖なる神よ」式の大げさな祈りを聞くと噴き出したくなると言った。そう言いながら自分も同伴したいと言い出したので私は
 「ついて来てもいいが、ポター氏が席が足りないと言ったら、君だけ外で待ってろよ」
と言った。
 さて木曜日の当日、三人でポター氏宅を訪れると、華奢な身体をしたポター夫人がドアを開けて出迎えてくれた。夫人の後について入ると、交霊会に使用する応接間へ通された。15個あまりの椅子が円を描くように三つずつ引っ付けて並べてあり、間を通り抜けられるようにしてある。
 それを見た時私は「最後の晩餐」を思い浮かべた。周知の通りイエスの弟子達は知名度ゼロの人物ばかりで、取り立てて教養もなければ説教が上手い訳でもなかった。それでいて、その後の世界人類を大きく動かした。
 いよいよ交霊会が始まることを知らせるオルガンの演奏が始まった。霊媒を務めるポター氏の息子さんがキャビネットの中に入り、用意を整えた。キャビネットは、私が思うに、霊的エネルギーが物的エネルギーに転換される「場」で、シェルターのようなものであろう。
 ポター氏の子息はクリフォードという名前で、まだ十九歳の青年である。交霊会が始まる直前に挨拶を交わしたが、ごく普通の若者で、この人を通じて多くの霊が喋るとは信じられなかった。
 やがて全員がオルガンに合わせて賛美歌を歌った。ドグマ的な教義に触れない内容のものが選んであるそうで、それを歌い終わるとポター氏が聖書の一節を朗読し、その後もう一曲歌った。それから周囲が消され、赤ランプ一つが淡い光を放っている。円座の後ろに席を取った我々三人は、何が起きるか、固唾を飲んで見守った。
 「ボスが出てくれるかしら?」とオーエン女史が不安そうに言う。オックスフォード大学出身のウィルソン氏はあまり本気ではない様子だった。やがて霊媒のクリフォードがキャビネットから出てきて、
「皆さん、今晩は」と言い、出席者の間を回りながら一人一人の健康状態を診ている様子だった。
「今夜は出席者の数がいつもより多いですね。皆さん診てもらいたいのでしょうか?」
「いえ、違います。今夜は招待客がいらっしゃいます」と誰かが答える。
 この霊はリチャードソンといいクリミア戦争[1853年]に医師として従軍し、片脚と片腕を失ったという。老齢で他界したその影響か、年老いた感じがする。
 交霊会はいたって穏やかな雰囲気で、ユーモラスなやり取りもあった。リチャードソンが医者だったこともあって食事についての質問をする者もいた。
「先生、魚を煮る時は皮を剥ぎ取る方がよいでしょうか?」
「缶詰のロブスターは健康に害はありませんか?」
「冷水浴をしてもよろしいでしょうか?」
 その他、野菜の食べ方、魚の調理の仕方、等々についての質問があり、それらにユーモラスに答えてから、
 「では、おやすみ」と言って去って行った。
 少しの間静けさが続き、その間に霊媒はキャビネットに戻った。すると今度は音とも声とも区別のつかない不思議なものが聞こえてきた。私の直ぐ前に席を取っているポター氏が
「アムタラーゼだ」と独り言のように言うのが聞こえた。
 英語で喋っているらしいが、私には聞き取れない。が、その後のポター氏から聞いた話によると、アムタラーゼは霊媒のクリフォードの指導霊の一人で、かなり前にアフリカで地上生活を送ったという。
 やがてキャビネットから出てきたアムタラーゼは親しそうに出席者と語り合っている。私にはその英語が聞き取れなかったが、みんな慣れっこになっているらしい。賛美歌が好きで、みんなが歌っていると手拍子で合わせたり、もう一曲、もう一曲と注文していた。
 アムタラーゼが引っ込んだ後、今度は気難しそうな感じの老人の声が聞こえてきた。
「今晩は、皆さん。また難しい問題にお答えする為に出てまいりました」
と言う。出席者が口々に「今晩は、ダニエルさん」と挨拶を返したが、その挨拶にはどこか緊張した響きがある。それもそのはずで、ダニエルは300年前の英国国教会の牧師で、当時の聖職者階級の道徳の乱れに憤慨して牧師職を辞した人物だった。
 どうやらこのダニエルがポター・サークルの中心的指導霊であるらしく[後でさらに高級な霊が出て、それが中心的指導霊であることが分かるー訳者]、「難しい質問にお答えしましょう」というのが決まり文句だった。
「今夜はダニエルさんの方から、何でも結構ですからお話願えませんか?」
とポター氏が言うと、
「では、ポターさん、あなたはこの前の説教で、イエスは『手を取って導いてくださる』と仰いましたね?」
「そういう言い方をした記憶はありませんが・・・」
「いえ、仰いました」と、きっぱり言ってからさらに、
「なぜ霊的な導きの説明に物的な表現を用いられたのでしょうか?」と訊ねる。
「そうですね・・・ただ、ダニエルさん、霊的なことを地上の言語で表現するのは、とても難しいのです」と正直に言うと、
「よく分からないことは分からないと正直に言いなさい。キリスト教界の問題の大半は、よく理解していないことを分かっているような態度で説くことから生じているのです」と、手厳しく言う。
 これにはポター氏も素直に頷き、ダニエルもそれ以上多くを語らずに
「では、おやすみ」と言って引っ込んだ。
 私はその後数回このサークルに出席して、その度にダニエル霊と言葉を交わしているが、その述べるところは筋が通っており、相手をする私が恐怖さえ覚える程の威厳があった。
 それからいよいよ、我々のボスが出現したーいや、出現して喋ろうとしたが、なぜか、上手く言葉が出ない。その様子をポター氏の記録から読み取って頂きたい。

 交霊会も半ばに差し掛かった頃、新たな霊が霊媒を通じて喋ろうとして、必死にもがいている様子がうかがえたが、結局諦めた。替わってジョン・ラスキン[英国の風景画家]がかかってきて、少し手間取った末に、どうにか喋った。が、その時は直ぐに引っ込んで、またさっきの霊がもがきながら、どうにか喋った。

 ハームズワース! 私ーがー出るーことはー言って欲しくーなかったです。[ポター注ーハームズワースが出ると言ったのではなく、会が始まる前に他の出席者に、ハームズワースの生前の知人が出席しておられると言ったのだった。]
 [霊媒]はー私には喋らせたくーなかったー彼にとってもーこれは辛いことだから・・・・こうして喋ることはーもの凄くー難しいです。
 親しくー喋ろうとーしてもーそれが出来ない・・・それにー忘れないで欲しいー地上でいくら偉かったといってもーそれは何の意味もない。大事ー大事なのはー何を成し遂げたかです。今夜はー喋るのがー苦痛です。では、さようなら。


 これだけ喋るのに10分はかかっただろうか。こんなに呻くような物の言い方をし、必死でもがきながら喋るのを聞くのは、私にとっても初めてだった。私もオーエン女史も「何が言いたいのですか?」と何度も聞き返したが、聞こえるのは、喘ぐような男の声だけだった。
 私は怖かった。鳥肌が立つ思いだった。私は死刑執行の場に居合わせたこともあるが、その恐ろしさは違っていた。明らかに精神的、肉体的、霊的、そして道徳的な苦悩に苛まれている状態だった。薄暗がりの中で私は震えていた。口が利けなかった。隣にいるオーエン女史が私の手を握った。彼女は泣いていた。
 その後にも次々と霊が出現して、様々なことを喋った。ラスキンも再度出てきて、ラスキンらしい芸術の話をした。最後に、そのサークルの中心的指導霊である「カウンセラー」[相談者という意味の仮の名]が出て、会を終えるに当たっての祈りの言葉を述べた。イエスの十二人の弟子の一人であったという説明をポター氏から聞いた。本当かどうかは別として、その厳かさと崇高さは、この世的なものを超越していたことだけは確かだった。
 が、その日の我々にとっては、ハームズワースとの名乗る霊の苦悶に満ちた言葉以外は、どうでもよいことだった。
「では、これで失礼します」というありきたりの挨拶をしてポター氏宅を出ると、私はタバコに火をつけた。そして駅へと向かった。
「まさか、今夜のことを記事になさるつもりじゃないでしょうね?」とウィルソン氏が言った。
「我々はからかわれているんですよ、きっと・・・」
 私もまだ決定的な確証を得るところまでは至っていなかった。