「友人の皆さん、こちらでの新たな生活は本当に素晴らしいですよ。霊界では、光の奔流の如き広大な流れの中に浸って、魂達は、果てしのなさにひたすら酔うのです。肉体の絆を断った後、私の目は壮大な水平線を一望に眺め、無限に広がる壮麗な景観に酔いしれています。物質の闇から抜け出すと、輝かしい夜明けに遭遇し、そこで全能の神を感じ取るのです。
 私が救われたのは、私が地上で書いた作品のお陰ではありません。霊実在論から得た永遠の知識のお陰で魂を汚さずに済んだからなのです。一方で、残念なことに、多くの人々は、無知が原因で魂に汚れをつくってしまっています。
 私の死は祝福を受けました。私の伝記を書く人々は、私の死が早すぎたと言うでしょうが、そうした人々は全く無知なのです。彼らは、私にもっと作品を書かせたかったと思うでしょうが、そんなことには意味がありません。彼らはまた、私の死が大騒ぎを引き起こさなかったことは、霊実在論の聖なる立場を守る為にはよいことであった、ということを決して理解しないでありましょう。
 私の作品は完成しておりました。先輩諸作家は相変わらず書き続けていますが、私は、頂点を極め、人間が書き得る最も優れた作品を書いたと自負しております。さらにその先に進むことは不可能であったと言ってよいでしょう。
 私の死は、文学的素養のある人々の注意を喚起し、彼らの意識を私の主要な作品に向けさせることになるでしょう。彼らは今までそれを無視するふうを装ってきましたが、今後は最早無視し続けることは出来ないはずです。
 神に栄光がありますように。霊実在論を擁護している高級霊の援助を受けて、私もまた、あなた方の進む道を照らす明かりの一つとなりましょう」

 パリにて。家族的な集いにおいて、自発的に与えられた霊示である。
 その予期せぬ死ーそれは多くの人々を驚かせたーが早すぎた、との見解に対して、ジャン・レイノーの霊が答えたもの。

 「霊実在論にとって、霊実在論の未来にとって、霊実在論のこれからのあり方にとって、私の死が損失であるなどと、誰が言ったのですか?友よ、霊実在論の信仰がどのような道筋を辿ったか、どのようにして進んできたか、お分かりでしょうか?
 神はまず物質的な証拠を与えてくださいました。動くテーブル、ラップ音、そしてあらゆる種類の物理的現象。それらは、まず人々の関心を引く為の導入部として必要だったのです。面白おかしい導入部でした。人々には、まず手で触ることの出来る証拠が必要だったのです。
 しかし、現在では、状況は変わってきています。物理的な現象の後で、神は、知性に、良識に、冷徹な理性に語りかけ始めました。最早軽業は必要なくなったのです。理性に訴えることによって、最も頑固な無神論者さえ論破し、同意させる必要が出てきたのです。しかし、それとても、まだ始まりでしかありません。
 よろしいですか、私が言うことによく注意してください。
 今後、知的な現象、反駁の余地のない現象が相次ぎ、既に、ある程度の数に達している霊実在論の信奉者が、さらに増加することになるのです。輝かしい光が、抗い難い磁場となって地球全体に広がり、頑固に抵抗する人々さえも絶対の探求に向かわせ、この霊実在論という驚嘆すべき科学の研究へと赴かせることになっているのです。
 あらゆる人々が、あなた方の周りに集い来たり、アカデミックな学位など投げ捨てて、謙虚に、恭しく霊実在論を学び、そして納得していくことでしょう。やがて、彼らの権威と名声を霊実在論の普及の為に用いることになるのは確実です。
 それによって、あなた方は、今考えている限度を超えて、さらに先まで進むことが可能となります。過去の人生、未来の人生に関する、理性的で深遠な知識を獲得することによって、人類の再生が可能となるのです。
 以上が、霊実在論の現状に関する私の展望です」

 ボルドーにて。
ー招霊を行います・・・。
 「あなたの呼びかけに応じて、喜んでやってまいりました。
 そうです、その通りです。私にとって、地上からの呼びかけに応ずるに際し、霊的な障害は殆どないと言ってよいでしょう(これは、霊媒の思いに対して答えたもの)。
 私は、こうして、自ら望んで地上にやってきて、大いなる真理の最初の種蒔きをするつもりでいます。私は地上のことを忘れたことはなく、こうして兄弟達に暖かく迎えられるのです」
ー来てくださって本当にありがとうございます。
 しかし、それにしても、あなたとお話がしたいという私の思いが、これほど早くあなたに伝わるとは思ってもみませんでした。私達の間には、誠に大きな隔たりがありますので、そんなに直ぐに思いが届くとは考えられなかったのです。
 「私の試練が、いずれにしても、幸いなことに早めに終わったからです。こうして我々の間に距離が出来たとはいえ、常に我々を結びつけている共感という絆は存在するのです。しかも、あなたが常に思いを馳せてくださることで、この絆が確実に強くなっています」
ー数多くの霊人が、霊界での目覚めについて、既に語ってくださっていますが、あなたにもお願いしたいと思います。あなたの霊界での目覚めはどのようなものだったのですか?霊と肉体の分離はどのようにして行われたのですか?
 「それでは、私もまた語ってみましょう。
 私は、最後の解放の時が近づいてきていることを感じていました。私は、多くの人々よりもずっと強い幸せを感じており、自分がどうなるかという結果は既に知っていましたので、苦しみは少しも感じませんでした。最も、その結果が私が予想したよりも遥かに素晴らしいものでしたが。
 肉体は、霊的な能力への障害となります。たとえどれほど強い光を持っていたとしても、地上においては肉体に邪魔されて閉じ込められ、その光は弱められてしまうのです。
 最後の瞬間、私は、幸福な目覚めを期待しつつ眠りに就きました。
 あっという間に目が覚め、後はただただ驚嘆するばかりでした。天上界の壮麗さが目の前に繰り広げられて燦然と輝いていたのです。私がその存在を確信し、素敵な住み心地に憧れていた世界の、無限の広がりの中に、私の視線はあてどもなく彷徨っていました。それはまさに、私の感覚の真実を私に明かし、確信させる類の荘厳な景観でした。
 さて、人間は、いくら真理を確信していても、いざそれを話す段になると、心の中に疑いが生まれ、躊躇いが生じるものです。自分が伝えようとする真理に対する疑いが頭をもたげ、或は、その真理を証明する為の不完全な手段に対して、心もとない気持ちになるものです。
 人々に伝えたいと思っていた真理に対し、私自身は確信を抱いていたものの、正直なところ、いざその話題に触れることになった時には、勇気を奮い起こす必要がありました。正しい道を進む為にどうしても真理を信ずる必要のある人々に対し、それをいわば手で触れるような形で示すことが出来ないことを、密かに恐れていたのです」
ー生前、あなたは霊実在主義を広めようとしていたのですか?
 「それを広めようとすることと、実践することの間には、大きな違いがあります。多くの人々が、実践してもいない教義を広めようとしております。私は実践はしておりましたが、広めようとはしておりませんでした。
 キリストの教えを実践している者は、それを自覚していないとしてもキリスト教徒でありましょう。同様に、自らの魂の不死性、前世の存在、絶え間なき向上、地上での試練、浄化の為の献身などを信じている者は、誰でも霊実在主義者であります。
 私はそれらを信じていましたので、霊実在主義者だったと思います。私は霊実在論を理解していました。そして、実践はしていましたが、広めようとはしませんでした」