こうした夢幻の境に生きている霊に関連した興味ある体験としては、ある時気がついてみると19世紀の帆船のデッキにいた時の話がある。正確に言うと大きなマストの近くで、少しずつ辺りの様子が分かってみると、帆から垂れ差がっているロープの数の多さにまず驚いた。『コツを知る』ということを『ロープの扱い方を知る』と表現することの意味がなるほどと得心がいった。それから甲板室の近くまで歩いてきた。その中に数人の者がいて、その部屋の酷さに文句を言い合っていた。
 私の直感では彼らは港を出て間がないと思われるのに、あてがわれた甲板室が酷過ぎると考えているのである。私は中を覗き寝室を見て、大して悪くはないじゃないかと言ってみたが、それくらいのことで気の済む連中ではなく、これから襲ってくるであろう嵐のことを心配していた。嵐に遭ったのがいつのことなのか、夜番をしたことがあるのかを聞いてみるのも一興であったろうが、どうしてもその気になれなかった。多分そういう質問をどこかでして何の効果もなかったことがあるのであろう。
 確かに彼らが文句を言うのも無理はなかった。チーク材で出来た本格的なものではなく、船大工のにわか造りの感じで、とても嵐には耐え切れそうになかった。しかしそうした連中に既に死んで『霊』となっている事実を説得することは、地上の平凡な人間を捕まえて死後の世界の話を聞かせるのと同じで、とても無理である。
 初期の頃、私はしばしば、これらある事が起きる直前にその場へ連れて行かれることがあった。背後霊にはあらかじめその出来事が察知できるらしかった。気がつくと私はある建物の外に待たされていて、指導霊はどうやらその中で『指南』を受けているらしかった。それが終わって出てくると、私はまた無意識状態にさせられて、それから予定の地点へ連れて行ってくれた。
 ある時、下層界の町で、普段着ではあるが身なりのきちんとした男性を何人か見かけたことがある。容貌と目つきに輝きがあり、円満そのもので、その辺の地域では非常に目立った。一見して私は、高級霊が使命を帯びて下りてきているのだと察した。そして、たまたまその人達の有する霊力の威力を見せつけられたことがあった。
 ある時、下層界の町へ連れて行かれ、マーケットの真ん中に置かれた。見るとアフリカ人の男性が台の上に立って群衆に向かって何やら喋りかけていた。ジョークを言ったりおどけてみせたりして、みんなを笑わせて悦に入っていた。そこへ上級界からの使者の一人が通りかかり、チラリとその男の方へ目を向けた。するとその男の顔が憎しみに満ちた顔に一変し、荒々しい言葉を吐いた。
 するとその使者は足を止め、厳粛な眼差しをその男へ向けて一言こう述べたー『私を侮辱するでない』、すると驚くべきことが起きた。男はまるで力を抜き取られたようにその場に崩れ、そして群衆の視界から消えた。使者は先を急がれ、角を曲がって姿が見えなくなった。すると間もなく男が必死にもがいて立ち上がり、もう大丈夫とみて、さらに酷い侮辱の言葉を一言吐いてから、再び群衆を相手におどけてみせていた。
 ある時は十九世紀のロンドンの貧民街を思わせる通りに連れて行かれた。そこで一人の憂鬱そうな顔をした行商人が鞄を下げて家から家へと歩き回っており、それを、もう一人の長い頬ひげをたくわえた怒りっぽそうな顔をしたビクトリア朝風のダンディな男が見つめていた。
 そう見ているうちに突然、そのダンディな男が大股で行商人に近づき、わざと片方の足を思い切り踏みつけた。行商人は痛みで悲鳴を上げ、足を抱えた。その瞬間に靴が消えて素足になっており、しかもその足から血が流れていた。
 私はその男の前に立ちはだかって『何ということをするのですか!』と言った。すると『こいつが気に食わんのでな』と呟くように言いながら去って行った。行商人に目をやると、既に興奮もさめて、足には元通り靴を履いていた。やがて鞄を取り上げて、また行商を始めた。
 私にはその行商人が痛がったことと出血とが驚きだった。それについての指導霊の説明はこうだった。
 あの出来事では強い精神が弱い精神を圧倒し、痛みを与えてやろうと望んだ。それで行商人は傷つけられたという観念を抱いた。そこでつま先を握ろうとする意志が働き、それが自動的に靴を脱がせた。しかも傷つけられたという観念の強さから本人は出血を連想し、それで血が出た。そこへ私が立ちはだかったことで、痛みを与えてやろうという観念が行商人からそれた。それでたちまちのうちに回復した。
 この『観念を抱く』作用と、その観念が『具体化する』作用は実に不思議である。ある時は、前にも出たある建物の前で待っているように指導霊に言われて立っていた。他にも数人の者が待っていた。その時私はうっかり霊界に来ていることを忘れて、何気なくポケットに手を突っ込んでタバコを取り出し、火をつけ、一服吸った。その味のひどさといったら、まるで布切れが燃えた時の煙のようで、思わずタバコを捨てた。その様子を見ていた若い男が『もう一度やってみていただけませんか』と言う。私は答えた。『いや、あれはただの地上の癖ですよ』。
 この事で不思議なのは、もしもタバコが私の観念によって具体化したものならば、なぜその時いつもの『味』がしなかったのかという点である。指導霊がわざとそうしたのであろうか。後で気がついたことであるが、タバコに火をつけた時ライターに炎が見えなかった。霊界ではモノを燃やす炎を見かけたことがないのであるが、私の推測では、多分、霊質の成分が物質の基本成分であるから、それ以上には崩壊しないのであろう。このことは霊界の植物がしおれない理由と共通しているのかも知れない。
 下層界の別の地域へ連れて行かれた時のことである。長い小屋の入り口の外で一団が待っていた。指導霊が私を案内してその一団の人々を突き抜け、さらに入り口のドアも突き抜けて中へ入った。これはいつもながら私が下層界でびっくりすることで、そこの住民からはどんな時に私の姿が見えているのかが自分では分からないのである。
 中に入ってみると長いテーブルがいくつか置いてあり、その上に皿がズラリと並べられている。その皿の上には僅かばかりのパンが置いてあり、さらにそのパンの上にほんの僅かばかりのジャムが乗っている。指導霊の説明によると、ここに来る人達は霊界へ来てかなりの期間になるが、そのことが未だに理解出来なくて、そこで食べることへの欲求を少しずつ捨てさせる為に分量を少しずつ減らしているのだった。
 ある時は小さい箱の上に腰を下ろしている私のところへ少年がにじり寄ってきた。近づくとドブの中でも歩いてきたのかと思いたくなるような、酷い悪臭がする。その子が私に話しかけようとするので、私は思わず『今ちょっと急いでいるのでね』と言ってその場から逃げた。その時ふと顔を見ると、それは子供ではなくて、萎縮した幽体をした、皺だらけの老人だった。
 何年も前のことであるが、とても重々しい雰囲気の場所へ連れていかれたことがある。まるで夕闇のような暗いところだったが、そこにはみすぼらしい倉庫のような建物が立ち並んでいて、その一つを覗くと一団の兵士が軍隊用具を畳んで積み重ねているところだった。指導霊の話によると、彼らは一つ上の界層へ行くところだという。私はその中に顔見知りの兵士を見つけて、近づいて『まだ他に我々の隊の者がいるんですか』と聞いてみた。
 その兵士は驚いて辺りを見回した。それで私は彼には私の姿が見えていないことを知った。ただ声だけが聞こえるのである。そのように私は下層界では姿が見えないので、ずいぶん多くの者が私の幽体を通過して歩いている。私には何の反応も感じられないのである。