自由意志は地上にもあり霊の世界にもある。『意志を持つ』ということは『そう望む』ということであり、それを行為に移すか移さないかは別の問題である。ただ、界層が高くなる程善性が強くなる為、その行為が他に害を及ぼすことにはならないが、地上では、私が改めて指摘するまでもなく、色々と他人に迷惑を及ぼすことがある。それは要するに様々な進化の段階にある人間が地上という同一次元で生活しているからであり、行為までは及ばなくても思念だけで他人を傷つけることもありうる。
 思念とは一種の電気的衝撃であり、霊的身体の持つテープレコーダー的性質によって記録されていく。ただし、永久的に保存されていくのは自分から発した、言うなれば自家発電的な思念だけで、それが蓄積されていわゆる『霊格』が定まっていく。言い換えれば『口から入るものがその人を汚すことはない。口から出るものがその人を汚すのである』(マタイ伝15・11)