●セオソフィスト・ウィルコックスの霊界からの報告
次に紹介する女性のスピリットは、セオソフィーに関する著作でご存知の方も多いであろう。この招霊会でも輪廻転生説が話題となった。
1920年1月28日
スピリット=E・W・ウィルコックス
「こんばんは。初めて出させて頂いた者です。もっとも、地上にいた時から、こうした催しの噂を耳にして、一度お尋ねしたいと思っておりました。それが実現しないうちに、こちらへ来てしまいました。
こちらへ来てつくづく思うのは、『神』についての真理を理解しておくことの大切さです。ところが、本当のことを理解している人はきわめて少ないのです。なぜか、真理は必ず、はりつけにされるのです。真理は真理としてそのまま知らされるべきでして、ややこしい教義で飾り立ててはなりません。
私も地上時代は、教義の奴隷のようなものでして、間違ったことや愚かしいことを本気で信じておりました。死後の生命についての単純素朴な真理に理解がいったのは、死ぬ少し前のことでした。
それも、悲しみを伴わなければなりませんでした。人間は、身近な人の他界といった深い悲しみの体験をしないことには、真理が悟れないようです。その時初めて、魂の底から真理を求め、ドグマや信条に惑わされなくなるのです。夫に先立たれた私は、失意のどん底に落ちましたが、死は存在しないという真理の光に目覚めてから、夫がいつも側にいてくれていることを感じ取るようになりました。
この素晴らしい真理は、真剣に求める者には必ず与えられます。が、一旦見出したら、今度はそれを素直に、そして真剣に守らないといけません。なぜかというと、素直さと真剣さがないと、いつしか猜疑心が入り込んでくるからです。そうなると、せっかくあなたの死後の為に、色々と準備をしてくれている背後霊との連絡網を閉ざしてしまうことになるのです。
本当の意味で『生きる』というのは、墓のこちら側に来てから始まるのです。地上生活は小学校のようなものです。自分とは何か、何の為に存在しているのかを学ぶところです。
人間は、死ねば神に会えると思っているようですが、そういう人は、『神』というものの本当の意味を知らない人です。神とは万物の生命のことです。地上の人間は、地球とは何かということをあまり考えませんが、宇宙の中のごくごく小さな一部分に過ぎません。
生まれ変わりについては、私もかつては信じておりました。セオソフィーに夢中だったのです。セオソフィーの基本思想そのものは決して悪くはないのです。思想も教えも立派なのですが、問題は、生まれ変わりの説が単純過ぎることです。一体なぜ、この小さな地球にそんなに何回も生まれてくる必要があるのでしょうか。
私は、こうして死後の高い世界について語る為以外には、この地上界へ戻りたいとは思いません。まして、もう一度赤ん坊からやり直す為に戻りたいとは、さらさら思いません。戻ってくるべき理由が分かりません。もう一度地上に戻って来て、何を学ぼうというのでしょう。
一旦霊界へ来て生命についてより高度なものを学んだら、もう二度と地上へ戻りたいとは思わないものです。霊界で学ぶことがいくらでもあるのです。地上のことは、地上にいる時に十分に学んでおくべきです。地上にいる間でも霊界のことは学べますが、霊界へ来れば、地上で学ぼうにも学べないものが、いくらでも学ぶことが出来るのです。
なんて素晴らしい世界でしょう。この芸術的な豪華な世界を、是非お見せしたいものです。私達は、それを楽しんでばかりいるわけではありません。人の為になることをしないといけません。地上圏へ戻って、愛する者や友人の為に力になってあげることが出来るのです。
皆さんがここで続けておられる仕事を、地上にいる間に知っていたら良かったのにという気で一杯です。これほど今の時代に要請されている仕事は、他にないのです。救済と啓発を必要としているスピリットが実に多いのです。それを霊界側だけで処理することは出来ないのです。なぜなら、そういうスピリットは、様々な地上的教義や願望によって地球圏に縛り付けられているからです。
その曇った目を開かせて霊的実相に目覚めさせるには、こうした場がどうしても必要です。目覚めると同時に、我々霊界側の救済団の姿が見えるようになり、我々の手で案内してあげることが出来るわけです。
今夜は、私のような者が出て来て驚かれたかも知れません。実は、色々な霊的手段を試みたのですが、上手くいかず、今やっと皆さんと同じように語ることが出来た次第です。ちょうど電話で喋っているような感じです。身も心も、皆さん方地上の人間と同じになった感じがします。
今夜も、この部屋には大勢のスピリットが集まっていて、話を聞きながら、自分も出してもらえないのかと、押し合いへし合いをしております。出来れば、その様子をお見せしたいところです。
さて、これ以上時間を取るのもなんですから失礼しますが、この度はこうして話をさせて頂いて、本当に有り難うございます。少しでも皆さんのお仕事に役立てば嬉しく思います。どうか勇気をもって仕事に邁進してください。
ウィルコックスと申します。一度激励の言葉を申し上げたくて、やってまいりました。今後とも除霊の仕事を続けてください。とても大切なのです。及ばずながら、私達も霊界から協力いたします。さっき申しました通り、この招霊会に出たがっている者が大勢群がっております。が、一人ずつしか出られません。有り難いことに、今夜その順番が私に回って来たということです。
この仕事は、人類全体にとっても大いに必要です。残念ながら、それが出来る霊媒が極めて少ないのです。本当は、各都市において、除霊の仕事がなされるべきなのです。霊媒は喜んで協力すべきなのです。死者が帰ってくることを認めないキリスト教でも、そのうちその事実を認め、生命の実相に目覚める時が来ることでしょう。その時はもう、ややこしい教義は一切要らなくなるでしょう。
そろそろ失礼しなくてはなりません。今夜は、出させて頂く光栄にあずかり、心からお礼を申し上げます。またいつの日か出させて頂けることを期待しております」
次に紹介する女性のスピリットは、セオソフィーに関する著作でご存知の方も多いであろう。この招霊会でも輪廻転生説が話題となった。
1920年1月28日
スピリット=E・W・ウィルコックス
「こんばんは。初めて出させて頂いた者です。もっとも、地上にいた時から、こうした催しの噂を耳にして、一度お尋ねしたいと思っておりました。それが実現しないうちに、こちらへ来てしまいました。
こちらへ来てつくづく思うのは、『神』についての真理を理解しておくことの大切さです。ところが、本当のことを理解している人はきわめて少ないのです。なぜか、真理は必ず、はりつけにされるのです。真理は真理としてそのまま知らされるべきでして、ややこしい教義で飾り立ててはなりません。
私も地上時代は、教義の奴隷のようなものでして、間違ったことや愚かしいことを本気で信じておりました。死後の生命についての単純素朴な真理に理解がいったのは、死ぬ少し前のことでした。
それも、悲しみを伴わなければなりませんでした。人間は、身近な人の他界といった深い悲しみの体験をしないことには、真理が悟れないようです。その時初めて、魂の底から真理を求め、ドグマや信条に惑わされなくなるのです。夫に先立たれた私は、失意のどん底に落ちましたが、死は存在しないという真理の光に目覚めてから、夫がいつも側にいてくれていることを感じ取るようになりました。
この素晴らしい真理は、真剣に求める者には必ず与えられます。が、一旦見出したら、今度はそれを素直に、そして真剣に守らないといけません。なぜかというと、素直さと真剣さがないと、いつしか猜疑心が入り込んでくるからです。そうなると、せっかくあなたの死後の為に、色々と準備をしてくれている背後霊との連絡網を閉ざしてしまうことになるのです。
本当の意味で『生きる』というのは、墓のこちら側に来てから始まるのです。地上生活は小学校のようなものです。自分とは何か、何の為に存在しているのかを学ぶところです。
人間は、死ねば神に会えると思っているようですが、そういう人は、『神』というものの本当の意味を知らない人です。神とは万物の生命のことです。地上の人間は、地球とは何かということをあまり考えませんが、宇宙の中のごくごく小さな一部分に過ぎません。
生まれ変わりについては、私もかつては信じておりました。セオソフィーに夢中だったのです。セオソフィーの基本思想そのものは決して悪くはないのです。思想も教えも立派なのですが、問題は、生まれ変わりの説が単純過ぎることです。一体なぜ、この小さな地球にそんなに何回も生まれてくる必要があるのでしょうか。
私は、こうして死後の高い世界について語る為以外には、この地上界へ戻りたいとは思いません。まして、もう一度赤ん坊からやり直す為に戻りたいとは、さらさら思いません。戻ってくるべき理由が分かりません。もう一度地上に戻って来て、何を学ぼうというのでしょう。
一旦霊界へ来て生命についてより高度なものを学んだら、もう二度と地上へ戻りたいとは思わないものです。霊界で学ぶことがいくらでもあるのです。地上のことは、地上にいる時に十分に学んでおくべきです。地上にいる間でも霊界のことは学べますが、霊界へ来れば、地上で学ぼうにも学べないものが、いくらでも学ぶことが出来るのです。
なんて素晴らしい世界でしょう。この芸術的な豪華な世界を、是非お見せしたいものです。私達は、それを楽しんでばかりいるわけではありません。人の為になることをしないといけません。地上圏へ戻って、愛する者や友人の為に力になってあげることが出来るのです。
皆さんがここで続けておられる仕事を、地上にいる間に知っていたら良かったのにという気で一杯です。これほど今の時代に要請されている仕事は、他にないのです。救済と啓発を必要としているスピリットが実に多いのです。それを霊界側だけで処理することは出来ないのです。なぜなら、そういうスピリットは、様々な地上的教義や願望によって地球圏に縛り付けられているからです。
その曇った目を開かせて霊的実相に目覚めさせるには、こうした場がどうしても必要です。目覚めると同時に、我々霊界側の救済団の姿が見えるようになり、我々の手で案内してあげることが出来るわけです。
今夜は、私のような者が出て来て驚かれたかも知れません。実は、色々な霊的手段を試みたのですが、上手くいかず、今やっと皆さんと同じように語ることが出来た次第です。ちょうど電話で喋っているような感じです。身も心も、皆さん方地上の人間と同じになった感じがします。
今夜も、この部屋には大勢のスピリットが集まっていて、話を聞きながら、自分も出してもらえないのかと、押し合いへし合いをしております。出来れば、その様子をお見せしたいところです。
さて、これ以上時間を取るのもなんですから失礼しますが、この度はこうして話をさせて頂いて、本当に有り難うございます。少しでも皆さんのお仕事に役立てば嬉しく思います。どうか勇気をもって仕事に邁進してください。
ウィルコックスと申します。一度激励の言葉を申し上げたくて、やってまいりました。今後とも除霊の仕事を続けてください。とても大切なのです。及ばずながら、私達も霊界から協力いたします。さっき申しました通り、この招霊会に出たがっている者が大勢群がっております。が、一人ずつしか出られません。有り難いことに、今夜その順番が私に回って来たということです。
この仕事は、人類全体にとっても大いに必要です。残念ながら、それが出来る霊媒が極めて少ないのです。本当は、各都市において、除霊の仕事がなされるべきなのです。霊媒は喜んで協力すべきなのです。死者が帰ってくることを認めないキリスト教でも、そのうちその事実を認め、生命の実相に目覚める時が来ることでしょう。その時はもう、ややこしい教義は一切要らなくなるでしょう。
そろそろ失礼しなくてはなりません。今夜は、出させて頂く光栄にあずかり、心からお礼を申し上げます。またいつの日か出させて頂けることを期待しております」
