●輪廻転生説の誤りに気づいたブラバツキー
それからほぼ一ヶ月後に、輪廻転生説で世界的に有名なマダム・ブラバツキー女史が思いかげなく出現した。
1922年11月1日
スピリット=マダム・ブラバツキー
「こうして皆様と直接お話が出来る機会の到来を、どんなに心待ちにしていたことでしょう。
ささやかではあっても、このサークルが行っておられる仕事は大変重要であると信じ、その成果を見て、私はいつも有り難く思っております。こうしたサークルがもっと増えてくれると有り難いのです。死というものが、事実上、存在しないことを地縛霊に理解させる為には、こうした霊界と現界とが歩み寄って手を繋ぐことが大切だからです。
私は、なぜもっとこうした霊界との繋がりについて説かなかったか、なぜもっと深く勉強しなかったかと、残念に思われてなりません。その事実については知っていたのです。様々な霊現象を見ていたのです。今は、何もかも打ち明けますが、私はとにかく『リーダー』になりたかったのです。霊媒現象の存在を知っておりましたし、私も霊媒としてずいぶん学者の研究材料にされていました。
が、そのうち古代インドの霊的思想を勉強し始め、やがて輪廻転生説を知りました。これは面白いと思いました。といって、その原理に納得がいったわけではありません。ただ、同じ地上に生まれてきて、金持ちで楽しく暮らしている者がいるのに、他方には生涯貧乏で苦労ばかりしている者もいるというのは、不公平だと考えたのです。中には、ろくに地上体験を積まずに夭折する者もいます。
そういう事情を単純に考えると、もう一度地上に戻って来て、その反対の生活を体験するという説には真理と公正があると思い、これを旗印にして世に訴えようと考えました。そしてそれを説き始めました。
これには実は、もう一つ別の体験が伴っておりました。自分の過去を思い出すという体験です。過去世のことが何もかも、直ぐに分かるのです。しかしそれは、実は過去性を思い出しているのではなかったのです。
過去世の記憶の回想ということがよく話題になるのですが、あれは、節操のないスピリット達が企んでやっていることです。つまり、スピリットが自分の地上体験をもとに、もっともらしいドラマを演出して、それを霊媒の意識に印象づけるのです。それを霊媒は、依頼してきた人の過去世を見たと錯覚して物語っているに過ぎません。
スピリットは『印象づけ』という方法で霊媒にもっともらしい生活ドラマを吹き込むことが出来ます。それが霊媒の霊的視覚にパノラマ状に映じます。それを前世の記録であると勘違いするのです。私は地上時代にそのことに気づかず、間違いなく前世の記憶を回想していると思い込んでいました。こちらへ来て、それが間違いであることを知りました。
私は、インドの古代思想を勉強し、そこからセオソフィー(注)という思想体系を編み出しました。それを私は最高の生命思想と信じておりましたが、所詮、説は説に過ぎません。真理の前にはどうしようもありません。人間は真理に従って生き、説や信仰は棄て去らないといけません。
(注 『神』を意味するtheoと『叡智』を意味するsophiaを組み合わせて、『theoso-phy』という用語をこしらえた。ブラバツキー女史は『十九世紀における最も不可解な人物』として、研究者の間でその真摯さが疑われていた)
あまり遠い先のことを考えてもいけませんし、遠い過去のことに関心をもってもいけません。現在を見据えて、自分の良心に忠実に生きることです。そして『説』とか『信仰』というものを忘れることです。
輪廻転生説は間違いです。かつては正しいと信じ、自信を持って説き、死んだらきっと誰かに生まれ変わってみせようと考えておりましたが、その考えはもう棄てました。それよりももっともっと意義のある仕事がいくらでもあります。地縛霊を救済することです。地球圏には、地上を去った後でも地上的波動から脱け切れずにいるスピリットが、地獄さながらの悲惨な境涯の中で、無益な生活を続けております。
朝から晩まで賛美歌を歌い、神に祈ることばかりしている集団があります。一種の自己催眠にかかった状態で、はたから声をかけることすら出来ないほどです。
別の集団へ行ってみると、そこには金の亡者が集まっています。朝から晩まで金を数えることばかりをしております。彼らにとっては金こそが神なのです。この者達にも声はかけられません。
さらには、地上で身を破滅させた者達が集まっているところがあります。世を恨み、心が鬼と化して、仕返しをすることばかり考えております。愛と優しさは欠片もありません。その魂は、まるで泥水に浸したスポンジのように、汚らわしい感情に満ち、愛も情も受け付けようとしません。うっかり近づいて神だの愛だの親切心だのを説こうものなら、唾を吐きかけられ、笑い飛ばされます。
それでも、我々は諦めません。そういうスピリット達から、少しでも善姓を引き出すことが使命なのです。どんな酷い目に遭うか分かりません。近づいて祈ってあげるなどということでは歯が立ちません。彼らの心は閉ざされてしまっていて、絶対に寄せ付けませんから、話しかけたり説教するなどという手段では、何の効き目もありません。
では、どうするのかーまず、私達のグループ全員で、集中的の彼らに意念を向けておいて、音楽を演奏するのです。初めは穏やかに、聞こえるか聞こえないかの音で演奏し、徐々にボリュームを上げていきます。いかに邪悪な魂でも、音楽には耳を傾けるものです。音楽の得意なスピリットによる演奏に注意を向けるだけの心の余裕を見せたところで、我々が祈りの念を集中して、彼らの魂に揺さぶりをかけるのです。
その次の段階では、絵の得意なスピリットの協力を得ます。上層階の素晴らしい境涯を絵画にして見せると同時に、彼ら自身の地上時代の過ちを、一人ひとりに絵画にして見せるのです。そのうち、質問をしてくる者が出始めます。そうなったらしめたものです。そこからは積極的に働きかけて、より高い境涯へと導いてまいります。
以上のようなタイプとは異なるグループに、間違った信仰による自己催眠にかかって眠り続けているスピリットがいます。キリスト教の『最後の審判説』を信じ、地球の最後の日に、ガブリエルがラッパを吹くまで墓場で眠り続けると信じている為に、そうなるのです。
こういう地上的波動の中にいるスピリットは、地上的手段を用いるしかありません。そこで強引に霊媒に乗り移らせておいて語りかけるのが効果的なのです。これこそ一種の再生といえるのかも知れません。もう一度物的身体に宿り、物的波動によって目覚めさせるのです。
こういうサークルがもっともっと多く出来れば有り難いのですが・・・。
こういう話をお聞きになって、私が本当にあのブラバツキーなのかと疑われる方がいらっしゃるかも知れません。が、間違いありません。ブラバツキーがあんなことを言うはずがない、あんな言い方はしないなどとおっしゃるかも知れませんが、私は地上でエレーネ・ペトロワ・ブラバツキーと呼ばれた人間のスピリットです。何かお尋ねになりたいことがあれば、おっしゃってください。お答えいたしましょう」
質問(サークルのメンバー)「マスターのことを今はどうお考えですか」
スピリット「たしかに私は、セオソフィーの信者の中でも特に優れた方をマスターと呼びました。が、高等な霊的真理に通じた人なら、皆、ミスターであることに理解がいきました。要は煩悩を克服し、純粋で意義ある人生を送ることの出来る人のことです。
大自然から学び取り、向上の仕方を身につけることが大事です。地上でマスターとなることを心掛けているセオソフィストの大半が、いつしか堕落していきますが、それは邪悪な地縛霊の誘惑に負けているからです。世俗的煩悩を十分に克服していないところに、隙を与える原因があるのです。
私がその一番いい例です。地上であれだけ活動して、一体人類の為に私は何の貢献をしたというのでしょう?」
質問「あなたのお陰で、キリスト教のドグマから救われた人は大勢いたのではないでしょうか」
スピリット「そうかも知れませんが、それに代わる間違った教義をたくさん教え込んでしまいました。セオソフィー協会など興さず霊媒のままでいて、霊界と地上界の橋渡しの仕事をしていた方が、どれだけ意義ある人生だったことでしょうか。そのセオソフィーの信者達も分裂し始めております。現代という時代は、何もかもが分裂していきつつあります。世界全体に落ち着きがありません」
博士「生活にもっと単純素朴さが必要です」
スピリット「おっしゃる通りです。『単純素朴』ーいい言葉です。まさに核心をついた言葉です。あなたと奥さんの仕事を援助しているスピリットは、実に立派な方ばかりです。あなた方が訴えておられることには、ややこしい『教義』もなく、謎めいた『秘義』もありません。セオソフィーにはそれが多すぎて、マスター気取りでいる人達は、難解な教義や秘義を口にするほど霊格が高いかに錯覚しております」
質問「霊能者や霊媒は、これからも多く輩出されるのでしょうか」
スピリット「その必要性が生じ、受け入れ態勢が整えば輩出されるでしょう。各地に、こうしたサークルが出来ることでしょう」
質問「霊能者はいつも守られているものなのでしょうか」
スピリット「霊能者だけが特に守られているということはなく、自らの自覚によって日常生活を明るく陽気なものにしなくてはなりません。落ち込んだり動揺したりしてはいけませんし、腹を立てたり悲しんだりしてはいけません。そうした低級な感情は低界層と繋がるからです。
これは、普通一般の人も同じことです。低級界と波動が繋がると、物的身体を通して『光』を見たがる地縛霊が寄ってたかります。霊性が目覚めていないスピリットは、霊的な明るさが見えない為に、暗闇の中で生活しております。地上なら太陽の光があって、少なくとも辺りは明るいです。彼らは、その明るさを求めてやってくるのです。心を入れ替えれば霊眼が開くのですが、それが分からないのです」
質問「霊能者はあまり知識を持たない方がいいという考えがありますが・・・」
スピリット「名ピアニストが、祖末なピアノで演奏する場合を想像なさることです。微妙な音が出せるでしょうか。やはり、上等のピアノが必要です。霊能者も同じです。人間生活のあらゆる側面に関する知識をなるべく多く知っておくべきです。無教養な霊能者が科学的な問題を扱うと、微妙なところで間違いをします」
質問「スピリットにコントロールされている時、霊媒自身のスピリットはどうなっているのでしょうか」
スピリット「まず、スピリットというものに形体上の大きい小さいの概念が当てはまらないことは、ご存知と思います。今、ウィックランド夫人のスピリットは、ご自身のオーラの中に引っ込んでおられます。一種の昏睡状態にあって、精神的な意識は働いておりません。が、バッテリーないしはモーターのような機能を果たしていて、そのモーターから何本もの電線を引くことが出来ます」
質問「スピリットは、睡眠中に肉体から離れて霊界で体験と勉強をするというのは本当でしょうか。肉体と霊体とは細い糸状のもので繋がっているそうですが・・・」
スピリット「それは事実です。よく夢を見ますね、あの中には全く意味のないものと、実際の霊界での体験とがあります。ヨガを勉強なさると、努力次第で意識的に肉体を離れることが出来るようになります。
この度は、皆さんと楽しく語り合うことが出来ました。是非また来させて頂きたいと思います。皆様も、どうか、この貴重なお仕事をお続けください。今夜もずいぶん多くのスピリットが、この部屋を訪れ、私達の対話を聞きました。その中のかなりの数のスピリットが、私達と共に霊界へ向かうことでしょう。
では、失礼します」
それからほぼ一ヶ月後に、輪廻転生説で世界的に有名なマダム・ブラバツキー女史が思いかげなく出現した。
1922年11月1日
スピリット=マダム・ブラバツキー
「こうして皆様と直接お話が出来る機会の到来を、どんなに心待ちにしていたことでしょう。
ささやかではあっても、このサークルが行っておられる仕事は大変重要であると信じ、その成果を見て、私はいつも有り難く思っております。こうしたサークルがもっと増えてくれると有り難いのです。死というものが、事実上、存在しないことを地縛霊に理解させる為には、こうした霊界と現界とが歩み寄って手を繋ぐことが大切だからです。
私は、なぜもっとこうした霊界との繋がりについて説かなかったか、なぜもっと深く勉強しなかったかと、残念に思われてなりません。その事実については知っていたのです。様々な霊現象を見ていたのです。今は、何もかも打ち明けますが、私はとにかく『リーダー』になりたかったのです。霊媒現象の存在を知っておりましたし、私も霊媒としてずいぶん学者の研究材料にされていました。
が、そのうち古代インドの霊的思想を勉強し始め、やがて輪廻転生説を知りました。これは面白いと思いました。といって、その原理に納得がいったわけではありません。ただ、同じ地上に生まれてきて、金持ちで楽しく暮らしている者がいるのに、他方には生涯貧乏で苦労ばかりしている者もいるというのは、不公平だと考えたのです。中には、ろくに地上体験を積まずに夭折する者もいます。
そういう事情を単純に考えると、もう一度地上に戻って来て、その反対の生活を体験するという説には真理と公正があると思い、これを旗印にして世に訴えようと考えました。そしてそれを説き始めました。
これには実は、もう一つ別の体験が伴っておりました。自分の過去を思い出すという体験です。過去世のことが何もかも、直ぐに分かるのです。しかしそれは、実は過去性を思い出しているのではなかったのです。
過去世の記憶の回想ということがよく話題になるのですが、あれは、節操のないスピリット達が企んでやっていることです。つまり、スピリットが自分の地上体験をもとに、もっともらしいドラマを演出して、それを霊媒の意識に印象づけるのです。それを霊媒は、依頼してきた人の過去世を見たと錯覚して物語っているに過ぎません。
スピリットは『印象づけ』という方法で霊媒にもっともらしい生活ドラマを吹き込むことが出来ます。それが霊媒の霊的視覚にパノラマ状に映じます。それを前世の記録であると勘違いするのです。私は地上時代にそのことに気づかず、間違いなく前世の記憶を回想していると思い込んでいました。こちらへ来て、それが間違いであることを知りました。
私は、インドの古代思想を勉強し、そこからセオソフィー(注)という思想体系を編み出しました。それを私は最高の生命思想と信じておりましたが、所詮、説は説に過ぎません。真理の前にはどうしようもありません。人間は真理に従って生き、説や信仰は棄て去らないといけません。
(注 『神』を意味するtheoと『叡智』を意味するsophiaを組み合わせて、『theoso-phy』という用語をこしらえた。ブラバツキー女史は『十九世紀における最も不可解な人物』として、研究者の間でその真摯さが疑われていた)
あまり遠い先のことを考えてもいけませんし、遠い過去のことに関心をもってもいけません。現在を見据えて、自分の良心に忠実に生きることです。そして『説』とか『信仰』というものを忘れることです。
輪廻転生説は間違いです。かつては正しいと信じ、自信を持って説き、死んだらきっと誰かに生まれ変わってみせようと考えておりましたが、その考えはもう棄てました。それよりももっともっと意義のある仕事がいくらでもあります。地縛霊を救済することです。地球圏には、地上を去った後でも地上的波動から脱け切れずにいるスピリットが、地獄さながらの悲惨な境涯の中で、無益な生活を続けております。
朝から晩まで賛美歌を歌い、神に祈ることばかりしている集団があります。一種の自己催眠にかかった状態で、はたから声をかけることすら出来ないほどです。
別の集団へ行ってみると、そこには金の亡者が集まっています。朝から晩まで金を数えることばかりをしております。彼らにとっては金こそが神なのです。この者達にも声はかけられません。
さらには、地上で身を破滅させた者達が集まっているところがあります。世を恨み、心が鬼と化して、仕返しをすることばかり考えております。愛と優しさは欠片もありません。その魂は、まるで泥水に浸したスポンジのように、汚らわしい感情に満ち、愛も情も受け付けようとしません。うっかり近づいて神だの愛だの親切心だのを説こうものなら、唾を吐きかけられ、笑い飛ばされます。
それでも、我々は諦めません。そういうスピリット達から、少しでも善姓を引き出すことが使命なのです。どんな酷い目に遭うか分かりません。近づいて祈ってあげるなどということでは歯が立ちません。彼らの心は閉ざされてしまっていて、絶対に寄せ付けませんから、話しかけたり説教するなどという手段では、何の効き目もありません。
では、どうするのかーまず、私達のグループ全員で、集中的の彼らに意念を向けておいて、音楽を演奏するのです。初めは穏やかに、聞こえるか聞こえないかの音で演奏し、徐々にボリュームを上げていきます。いかに邪悪な魂でも、音楽には耳を傾けるものです。音楽の得意なスピリットによる演奏に注意を向けるだけの心の余裕を見せたところで、我々が祈りの念を集中して、彼らの魂に揺さぶりをかけるのです。
その次の段階では、絵の得意なスピリットの協力を得ます。上層階の素晴らしい境涯を絵画にして見せると同時に、彼ら自身の地上時代の過ちを、一人ひとりに絵画にして見せるのです。そのうち、質問をしてくる者が出始めます。そうなったらしめたものです。そこからは積極的に働きかけて、より高い境涯へと導いてまいります。
以上のようなタイプとは異なるグループに、間違った信仰による自己催眠にかかって眠り続けているスピリットがいます。キリスト教の『最後の審判説』を信じ、地球の最後の日に、ガブリエルがラッパを吹くまで墓場で眠り続けると信じている為に、そうなるのです。
こういう地上的波動の中にいるスピリットは、地上的手段を用いるしかありません。そこで強引に霊媒に乗り移らせておいて語りかけるのが効果的なのです。これこそ一種の再生といえるのかも知れません。もう一度物的身体に宿り、物的波動によって目覚めさせるのです。
こういうサークルがもっともっと多く出来れば有り難いのですが・・・。
こういう話をお聞きになって、私が本当にあのブラバツキーなのかと疑われる方がいらっしゃるかも知れません。が、間違いありません。ブラバツキーがあんなことを言うはずがない、あんな言い方はしないなどとおっしゃるかも知れませんが、私は地上でエレーネ・ペトロワ・ブラバツキーと呼ばれた人間のスピリットです。何かお尋ねになりたいことがあれば、おっしゃってください。お答えいたしましょう」
質問(サークルのメンバー)「マスターのことを今はどうお考えですか」
スピリット「たしかに私は、セオソフィーの信者の中でも特に優れた方をマスターと呼びました。が、高等な霊的真理に通じた人なら、皆、ミスターであることに理解がいきました。要は煩悩を克服し、純粋で意義ある人生を送ることの出来る人のことです。
大自然から学び取り、向上の仕方を身につけることが大事です。地上でマスターとなることを心掛けているセオソフィストの大半が、いつしか堕落していきますが、それは邪悪な地縛霊の誘惑に負けているからです。世俗的煩悩を十分に克服していないところに、隙を与える原因があるのです。
私がその一番いい例です。地上であれだけ活動して、一体人類の為に私は何の貢献をしたというのでしょう?」
質問「あなたのお陰で、キリスト教のドグマから救われた人は大勢いたのではないでしょうか」
スピリット「そうかも知れませんが、それに代わる間違った教義をたくさん教え込んでしまいました。セオソフィー協会など興さず霊媒のままでいて、霊界と地上界の橋渡しの仕事をしていた方が、どれだけ意義ある人生だったことでしょうか。そのセオソフィーの信者達も分裂し始めております。現代という時代は、何もかもが分裂していきつつあります。世界全体に落ち着きがありません」
博士「生活にもっと単純素朴さが必要です」
スピリット「おっしゃる通りです。『単純素朴』ーいい言葉です。まさに核心をついた言葉です。あなたと奥さんの仕事を援助しているスピリットは、実に立派な方ばかりです。あなた方が訴えておられることには、ややこしい『教義』もなく、謎めいた『秘義』もありません。セオソフィーにはそれが多すぎて、マスター気取りでいる人達は、難解な教義や秘義を口にするほど霊格が高いかに錯覚しております」
質問「霊能者や霊媒は、これからも多く輩出されるのでしょうか」
スピリット「その必要性が生じ、受け入れ態勢が整えば輩出されるでしょう。各地に、こうしたサークルが出来ることでしょう」
質問「霊能者はいつも守られているものなのでしょうか」
スピリット「霊能者だけが特に守られているということはなく、自らの自覚によって日常生活を明るく陽気なものにしなくてはなりません。落ち込んだり動揺したりしてはいけませんし、腹を立てたり悲しんだりしてはいけません。そうした低級な感情は低界層と繋がるからです。
これは、普通一般の人も同じことです。低級界と波動が繋がると、物的身体を通して『光』を見たがる地縛霊が寄ってたかります。霊性が目覚めていないスピリットは、霊的な明るさが見えない為に、暗闇の中で生活しております。地上なら太陽の光があって、少なくとも辺りは明るいです。彼らは、その明るさを求めてやってくるのです。心を入れ替えれば霊眼が開くのですが、それが分からないのです」
質問「霊能者はあまり知識を持たない方がいいという考えがありますが・・・」
スピリット「名ピアニストが、祖末なピアノで演奏する場合を想像なさることです。微妙な音が出せるでしょうか。やはり、上等のピアノが必要です。霊能者も同じです。人間生活のあらゆる側面に関する知識をなるべく多く知っておくべきです。無教養な霊能者が科学的な問題を扱うと、微妙なところで間違いをします」
質問「スピリットにコントロールされている時、霊媒自身のスピリットはどうなっているのでしょうか」
スピリット「まず、スピリットというものに形体上の大きい小さいの概念が当てはまらないことは、ご存知と思います。今、ウィックランド夫人のスピリットは、ご自身のオーラの中に引っ込んでおられます。一種の昏睡状態にあって、精神的な意識は働いておりません。が、バッテリーないしはモーターのような機能を果たしていて、そのモーターから何本もの電線を引くことが出来ます」
質問「スピリットは、睡眠中に肉体から離れて霊界で体験と勉強をするというのは本当でしょうか。肉体と霊体とは細い糸状のもので繋がっているそうですが・・・」
スピリット「それは事実です。よく夢を見ますね、あの中には全く意味のないものと、実際の霊界での体験とがあります。ヨガを勉強なさると、努力次第で意識的に肉体を離れることが出来るようになります。
この度は、皆さんと楽しく語り合うことが出来ました。是非また来させて頂きたいと思います。皆様も、どうか、この貴重なお仕事をお続けください。今夜もずいぶん多くのスピリットが、この部屋を訪れ、私達の対話を聞きました。その中のかなりの数のスピリットが、私達と共に霊界へ向かうことでしょう。
では、失礼します」
