●倫理に無感覚だった人間が陥り易い例
 憑依霊の中には、死んでいることを自覚しないまま人間を操り、その影響力を楽しんでいるスピリットも少なくない。その種のスピリットは地上時代にキリスト教に反発して、倫理とか道徳といったものに無感覚になっている場合が多い。
 ある日の招霊会で、そのタイプのスピリットがG氏から除霊された。G氏は、子供の頃からよく癇癪を起こすことがあり、その原因になっているスピリットがいよいよ『表面に浮き出てくる』ようになり始めた頃の数週間はイライラが強くなり、特に車を運転している時が酷かった。また、他人を避けようとする態度が顕著に見られた。
 ついに除霊されてしまうと、G氏の性格が一変して正常に戻った。除霊後しばらく霊団側に拘束されていたスピリットが霊媒に乗り移らされた日の招霊会には、G氏夫妻も出席していた。


 1922年9月21日
 スピリット=フレッド・ホープト
 患者=G氏


 乗り移らされると、椅子の中で激しく暴れて逃げ出そうとした。そこでメンバー達の協力を得て押さえ込み、私が両手を握ると激しく抵抗した。
博士「どなたですか。おとなしくしなさい。暴れても無駄ですよ。どなたでしょうか」
スピリット「誰だっていい、余計なお世話だ!こんなところでお前なんかの相手をしたくない。来るんじゃなかった。もう二度と来んぞ!罠にはかからんからな」
博士「ここへは、どなたと来られましたか」
スピリット「誰と来ようと、大きなお世話だ」
博士「死んでどのくらいになりますか」
スピリット「死んでなんかいない。俺は何を聞かれても答えるつもりはないから、そのつもりでいろ!(G夫人に向かって)お前はこの俺を構ってくれなくなったな?」(G氏に憑依していた時は、奥さんがG氏の身の回りの世話をするのを、自分の世話をしてくれてると思い込んでいた)
博士「私が、あなたの世話をしなくなった?」
スピリット「お前のことじゃない!お前とは後でキチンと片をつけてやるからな。俺の頭と背中に酷い稲妻を浴びせやがって!」
博士「あれは電気ですよ。よく効いたみたいですね」
スピリット「ここへは二度と来んからな」
博士「死んで、どのくらいになりますか」
スピリット「死んで!?死んでなんかいるもんか。ここへ来させようとしても、二度とその手には乗らんからな。今回は上手くいったつもりだろうが、仕返しはちゃんとしてやるからな!二度と罠にははまらんぞ!お前にはムカムカしてるんだ!」
博士「何に腹を立ててるんですか」
スピリット「世の中さ。人間みんなさ」
博士「シャクにさわることがあるのでしたら、おっしゃってみてください。取り除くお手伝いをしますよ」
スピリット「お前は、お前の思うようにすればいい。俺は、俺の好きなようにする。これで用事は終わった。さ、とっとと消えてくれ!俺を自由に操れるとでも思ってるのだろうが、あとで後悔するぞ。一切口をきくつもりはないから、何を聞いても無駄だ」
博士「どこのどなたであるかを、ぜひ知りたいのですがね」
スピリット「俺には関係ない。俺を上手く捕まえたつもりだろうが、後で後悔するなよ」
博士「お名前を教えて頂けないでしょうかねえ」
スピリット「お前なんかと知り合いになりたくないし、お前もこの俺と知り合いになる必要はない。俺は一人でいたいのだ。周りに誰もいて欲しくないのだ。一人になりたいのだ。自分と仲良くしてるのが、一番さ」
博士「どんな体験をなさったのですか」
スピリット「これ以上、お前とは話さん」
博士「一体、なぜこんなところにいるのでしょうね?」
スピリット「お前が、あの変な稲妻で来させたんじゃないか」
博士「心にひっかかってることを吐き出してしまえば、楽になりますよ。ところで、その指輪はどこで手に入れられました?」
スピリット「お前の知ったこっちゃない。どこで手に入れようと勝手だ」
博士「いつもそんなにへそ曲がりだったのですか」
スピリット「その手を離してくれ!行くんだ」
博士「どちらへ?」
スピリット「どこへ行こうと勝手だ。お前がどこへ行こうと、俺には関係ないのと同じだ」
博士「でも、あなたには行くところがないのでしょう?」
スピリット「(怒って)俺のことを浮浪者扱いにする気か!宿賃くらいの金はいつでも持ってたさ。行きたいところなら、どこへでも行けるんだ」
博士「なかなかの紳士でいらしたんですね?」
スピリット「紳士と付き合ってる時は、俺も紳士さ。これ以上俺に話しかけても無駄だよ。あんな光を浴びせやがった奴とは付き合うつもりはない」
博士「人生に悲観しましたか」
スピリット「違う!むかっ腹が立ってるだけだ!」
博士「名前を教えてください」
スピリット「お前には関係ない。その手を離してくれれば行かせてもらう」
博士「それからどうなさるのです?」
スピリット「余計なお世話だ」
博士「死んでどのくらいになるのか、教えてくれませんか」
スピリット「死んでなんかいない。ずっと死んでない」
博士「今年が1922年だと言ったら信じますか」
スピリット「お前とは一切関わりを持たんと言ってるだろう!こんなところに用はない。あんなところ(牢)には二度と行かんぞ」
博士「私達が、お招きしたわけではありませんよ」
スピリット「俺を牢にぶち込んだじゃないか」
博士「一体、なぜ牢なんかに入ったのでしょうね?誰が入れたのですか」
スピリット「お前が、昨日、入れたじゃないか」
博士「そうでしたか?」
スピリット「気が狂うまでつきまとってやるからな」
博士「そういうことには慣れてますよ」
スピリット「俺は俺、お前はお前、ここできっぱり別れようじゃないか。お前にはこれ以上用はない。お前はお前の道を行き、俺は俺の道を行けばいい」
博士「でも、我々があなたの思う通りにさせなかったら、どうします?今のあなたの置かれている身の上をよく理解しないといけません。あなたはスピリットになっているのです。肉体はないのですよ」
スピリット「肉体を何度失っても平気さ。こうして肉体があった時と同じように、立派に生きてるよ。何を心配することがあるというのだ」
博士「今、誰の身体で喋ってると思ってるのですか」
スピリット「俺には身体がいくつもあるんだよ。ある時は女になり、ある時は男になったりして、あっちこっちを渡り歩いているから、誰にも捕まらないよ」
博士「でも、この度ばかりは、誰かに捕まえられたじゃないですか。他人の生活を邪魔するのは、もう止めないといけません」
スピリット「俺は、ずっと自分のことしか構ってないつもりだ」
博士「牢に入れられたとおっしゃいませんでしたか」
スピリット「そう長い期間じゃなかったよ」
博士「いつまでも態度を変えないと、また暗い牢の中へ入れられますよ」
スピリット「生意気言うと後悔するぞ!俺はこれまで何度も動きの取れない状態にされたが、いつもちゃんと脱け出てきたよ」
博士「フォード車を持ったことがありますか」
スピリット「いや、ない。それがどうした?」
博士「面白い話があるんです。フォード車を持っていた男が死んだのですが、最後に述べた頼みが、その車を自分と一緒に墓に埋めてくれということだったのです」
スピリット「何の為に?」
スピリット「そのフォード車が何度も命を救ってくれたからというのです」
スピリット「そして、埋めてやったのか」
博士「そうね、多分・・・」
スピリット「はっはぁ、ばかな!死んでしまったら、車に用はないじゃないか」
博士「本当の死というものがないことが、まだ分からないのですか。死んでしまう人はいないのです」
スピリット「俺は、死んだけど死んでないというのか」 
博士「肉体は死んだけど、あなたという人格は死んでないということです」
スピリット「でも、俺は好きなものになれるんだ。男になったり、女になったり・・・」
博士「それは違います。男に憑依したり女に憑依したりしてるにすぎません」
スピリット「そんなことはないよ。その気になれば、家族全員に指図して、思い切り楽しい思いをすることが出来る。行きたいところへも行ける。俺が俺のボスなんだ。腹が空いても、食べたり食べなかったり・・・。食欲を出すには腹を空かせるのが一番だ。すると何でも食べられるし、おいしく食べられる。腹が空いてないと、何を食べても美味くない。言っとくが、俺はスピリットじゃない」
博士「今、あなたは私の妻の身体を使って喋っているのです」
スピリット「こんなことをしていては時間の無駄だ。行かせてもらう」
博士「あなたと親しく語り合いたいのですがね」
スピリット「お前とは、何の関わりも持つ気はないね」
博士「さ、色々と語り合いましょうよ。人生というのは素晴らしいものです。ものを考え行動する。それでいて、自分のことは何も分かっていないのです」
スピリット「分かっていない?それはお気の毒だね」
博士「『音』というものが、いかに不思議なものか、考えてみたことがありますか」
スピリット「この世に何一つ不思議なものはないよ。さ、行かせてくれ。これ以上引き止めないでくれ」
博士「いいえ、聞かれたことに真面目に答えるまで放しません」
スピリット「俺は癇癪持ちなんだ。こうして押さえ込まれてなかったら、お前を殴り倒すところだぞ!」
博士「さ、ジョニー、私の言うことを聞きなさい」
スピリット「ジョニーだと!俺はそんな名前じゃない。ほんとの名前は言わんぞ」
博士「殺しでもしたんですか。それでそんなにムカムカしているのでしょう?」
スピリット「違う。俺は真面目な人間だ。俺の思う通りにしたいだけだ」
博士「どんな教会に通ってましたか」
スピリット「お前の知ったこっちゃないよ」
博士「牧師をなさってたのでしょうか。それとも教会の役員でもなさってたのでしょうか」
スピリット「いや、違う。何を聞かれても答えるつもりはない。少し黙ってろ」(と言って口をへの字に結んだまま、じっとしている)
博士「なぜ、そんなに黙りこくってるのですか。今どんな悪いことを考えてるんでしょうかね?」
スピリット「失礼なことを聞くんじゃない!俺が本気で腹を立てたら、この家なんかいっぺんにぶっ壊しちゃうぞ!」
博士「言うだけなら、どんなにでかいことを言っても、元手はいりませんからね」
スピリット「どうせ言うんなら、でかいことを言った方がいいじゃないか」
博士「どこのどなたでしょうか。そして死んでどれくらいになるのか、教えてくださいよ」
スピリット「(足を踏み鳴らし、もがきながら)手を放してくれ!俺が死んでないことを思い知らせてやる!何度言ったら分かるんだ」
博士「でも、あなたが喋っているその身体は、私の妻のものなんですから」
スピリット「ちょっとその手を放せよ。お前は、少し痛い目に遭わせないとダメみたいだな」
博士「えらく凄みますねえ。でも、私には効き目はありませんよ。あなたは私の妻の身体で喋ってるんですから」
スピリット「もういい!お前の言うことなんか聞く気はない。お前には用はない。あの電気さえなかったら、追い出されて牢へぶち込まれることもなかったんだが・・・。自由になったら、思い知らせてやるからな。今はここで別れるとしよう。お前はお前の思う通りにすればいい。俺は俺の好きなようにする。それが一番いいのだ」
博士「でも、友達を解放してあげたいのです」
スピリット「友達だと?あんな電気をかけておいて、この俺を友達扱いにする気か」
博士「あれは、私からの友情のしるしですよ。あなたにとっては、あれが何よりの賜り物でした」
スピリット「(嫌みたっぷりに)そう思いたけりゃ、勝手に思うがいいさ!」
博士「あなたが私の妻の身体で喋っていることが本当かどうか、よく見つめてみてくださいよ」
スピリット「お前の奥さんとは関わりたくないね。女は女の好きなようにすればいい。俺は俺の好きなようにやる。お前の奥さんであろうが、どこのどの女だろうが、ご免こうむるね。奥さんは旦那が大事にしなよ」
博士「その私の妻の身体で、今、あなたは喋っているのです。あなたはあまりに無知だから、今の自分の置かれている状態が理解できてないのです」
スピリット「俺に劣らず、お前も相当に無知だよ」
博士「あなたは、今はもうスピリットなのです。愚かなスピリットになってしまって、そのことに気づかないのです」
スピリット「人を愚か者呼ばわりするとは、紳士の風上にも置けん奴だ」
博士「あなたは実に愚かで、わがままなスピリットになってしまったのです。少しでも知恵があれば、私の言うことを聞くでしょうよ」
スピリット「何とでも言えよ。この手さえ放してくれたらいいんだ!」
博士「私は、あなたの手なんか握ってませんよ。妻の手を握ってるんです」
スピリット「おい、おい、俺が男だということが分からんのか。奥さんと混同しないでくれよ。奥さんを連れてってくれ。俺はいらんよ」
博士「素直に見つめれば、ご自分がどこか変だということが分かりそうなものなのです。その手をごらんなさい」
スピリット「(見ようとしないで)俺の手に決まってるじゃないか。お前は少しヤキを入れてやらんといかんな。なぜか前より体力がついてきたから、こたえるぞ。口も楽にきけるようになった。以前はいつも誰かが邪魔をして思うように話せなかったもんな。今やっと一人になり切って、思うように話せるし、喧嘩も出来そうだ」
博士「私の妻の身体だから、楽に話せるのです」
スピリット「私の妻、私の妻と、いい加減にしろ!ぶん殴るぞ!」 
博士 「妻は霊媒なのです」
スピリット「だからどうだと言うんだ?お前の女房が千人の霊媒になっても、俺はなんとも思わんよ」
博士「高級霊の方達が、あなたを救う為にここへ連れてこられたのです。どうしても聞き分けがないとなれば、土牢に閉じ込められますよ」
スピリット「好きなようにするがいいさ」
博士「そういう態度をとって、何の得があるというのです?その方達は、あなたに心を入れ替えさせようとしておられるのです」
スピリット「そのことなら、一度ゴロツキみたいな牧師の世話になったよ。金を全部巻き上げといて、教会から蹴り出しやがった」
博士「考えようによっては、それで幸いだったとも言えるんですよ」
スピリット「なんだと!蹴り出されて良かっただと?人生についてほんの二、三の質問をしただけなのに、牧師は『この罪人が!とっとと出て行ってくれ!』なんて言いやがって。欲しかったのは金さ」
博士「でも、それで終わったんじゃ、人生問題の解決にはなりませんでしたね?」
スピリット「人生問題?人生は人生、それだけのことさ。この世に生まれて、しばらく滞在して、そして行っちまう」
博士「その教会はどこにありましたか。何という派でしたか」