自殺したい




 自殺したい人が、このページを見ていると思います。また、自殺したい訳ではなくとも、一応、このページで説明する自殺防止の為の霊的知識は、あなたの今後の人生にとてつもなく有用なので、ぜひ、最後まで読んでください。

 なお、直接的に自殺の霊的知識を今すぐ知りたい方は、下のリンク先をお先にお読みください。

 自殺の霊的知識

 自殺してはならない霊的な理由

■あなたは、なぜ自殺したいのか?

 あなたは現時点で、自殺したいと思っている。その理由は皆、様々でしょう。それまで辿ってきた人生の足跡も皆、バラバラなのだから、具体的な自殺したいと思うに至った原因というのも、また個々人でバラバラでしょう。

 しかし、そんな自殺したい皆さんにも、共通して断言できることがあります。それは、[自殺してはならない]ということです。

 では、なぜ私は、こうも強い口調で、自殺したいあなたに対して、[自殺してはならない]と断言するのでしょうか?

 単なる道徳心から?慈悲心から?ヒーローになりたいとか、そういった心境から、心の弱っている人を救いたい一心から、そのように主張しているのでしょうか?

 事実は違います。私は、私の勝手な想像で、自殺したいあなたに[自殺してはならない]と主張しているのではありません。私は確信があるのです。

 その確信とは、[霊的知識に基づいた知識により、自殺したら大変なことになる]ということです。そう、実は死後の世界というのは既に判明していますし、自殺者の死後の様子もちゃんと分かっております。だから、自殺したいあなたが、無知なまま自殺し、あえて泥沼に自らはまり込む真似はするな!と忠告しているのです。

 では、その霊的知識とは何なのでしょうか?それは、まずは実際の霊的知識の文章を読んでみてください。そうすることが、霊的知識を理解する最短の道なのですから。なので、自殺に関する霊的知識を、これから紹介していきたいと思います。


■なぜ自殺したい意志を実行し、自殺してはならないのか?

 では、ここから具体的な、自殺に関する霊的知識を、自殺したいあなたに一つ一つ教えていきたいと思います。

 なお、これらの文章は、私の書いた[自殺の霊的知識]に掲載されていますので、まとめて自殺の霊的知識を読みたい方は、[自殺の霊的知識]を一通り一気にお読みください。きっと、自殺したいあなたのお役に立つと思います。


 まず、自殺したいあなたは、そもそも、今、生きている状態の肉体を殺したい訳ですよね?では、その後は一体、どうなると思っていたのですか?肉体が火葬され滅び、完全な『無』となり、自分の意識も消滅すると考えていましたか?

 でも、実際は違います。人間の体というのは、この世に生きている間は肉体という、細胞の塊をまとっています。そして、死ねばその肉体は当然消失します。しかし、肉体が消滅しても、その後は霊体という体でもって、生き続けるのです。この霊体というのは、肉体のように病気になることも、老いることも、眠ることもありません。障害も消え去ります。まあ、こういったことはごく基本的な霊的知識なのですが、その基本的な霊的知識でさえ、自殺したいあなたは知らないでしょう。なので、具体的な自殺の霊的知識以外の霊的知識に関しては、当サイトの他の箇所を読んで、どんどん新たな霊的知識を吸収していってください。初心者向けとしては、[霊の書]あたりが適切かと思います。

 では、ここから、具体的な[自殺の霊的知識]を紹介していきたいと思います。

 まずは、[シルバーバーチの霊訓]より、自殺したいあなたに即効性のある霊的知識を幾つか紹介していきます。[シルバーバーチの霊訓]とは、20世紀、英国のモーリス・バーバネルという霊媒に専属で憑依し、数々の珠玉の名言を残したシルバーバーチという、死後の世界の高い地位にある霊の語った話をまとめた書物のことです。今回はその中から、自殺したい人に直接効く霊的知識を紹介したいと思います。

 [死ぬということはどういうことか](シルバーバーチの霊訓より)


 -死後の生命なんか欲しくないと、本心からそう思っている人がいます。そういう人達にどう説かれますか。

 地上なんかに二度と生まれたくないと本心から思っている霊がいますよ。しかしそれは、いかんともし難いことなのです。自然の摂理との縁を切ることは出来ません。あなたがどう思うかに関係なく摂理は働きます。開け行く大自然のパノラマが人間の小さな欲求や願望、或いは反抗にもお構いなく展開して行く姿をご覧になれます。

-と言うことは、私達は地上へ来たくなくても無理矢理来させられるということでしょうか。私はその点は自由な選択が許されると思っていました。

 必ずしも強制されるわけではありません。地上からこちらへ来るのにも自由選択が許されるように、こちらから地上へ行くのにも選択の余地が与えられています。是非とも為さねばならない仕事があることを自覚して地上へ誕生する霊がいます。行きたくはないけど、どうしてもしなければならない用事があるので止むを得ず誕生する霊もいます。或いは償わねばならない業(カルマ)があって誕生して来る場合もあります。

-自殺をすることまで計画されていることがあるというのは本当でしょうか。

 とんでもありません!計画というのは母胎に宿る以前に霊自身によって立てられるのです。

-自殺行為によって学べる教訓は何一つ無いということでしょうか。

 あるわけがありません!生命は宇宙の大霊が授けるのです。それを縮める権利は人間にはありません。


 ★自殺したい人への詳しい解説

 自殺したい人は、死後には生命などないと考えている、または、そもそも死後にも意識は存続するのか?ということすら、全く考えていない。自殺志願者が考えていることは、つまり直ぐにでも死んで、肉体をまとって味わっているその苦しみから一刻も早く解放されたい、ということだ。

 しかし、実際は、死後にも意識は存続する。肉体は滅んでも、今度は霊体で存続し続けることとなる。そして、自殺をすることなど、生まれる前に立てた計画にはけっして含まれてはいないのだ。生まれる前にも、当然、霊界で、霊体として生活しており、意識はあった。その時に、地上に肉体をまとって人生を生きる上で、大体の人生の目標というか、行程を定める。

 しかし、その時に、自殺で人生を終了させることなど、誰も想定していないのだ。だから、自殺で死を選択するというのは、想定外のことなのだ。この世に人の魂が生まれてくる目的は、様々な人生を経験して、魂を豊かにすること、発展させること。だけど、自殺というのは、強制的に人生を終了させる愚行なので、当然、途中放棄した責任と苦しみが、死後にその者の魂、つまり霊体に降りかかってくる、というわけだ。


■後追い自殺について

 次に、シルバーバーチの霊訓から、[自殺について]の項目を紹介します。

 同じく主人を失い、失意のあまり自殺まで考えた婦人が次のような質問を寄せ、それがシルバーバーチに読んで聞かされた。

-自らの行為によってそちらの世界へ行くことは許されることでしょうか。例えば最愛の伴侶を奪われた人の場合です。

 「許されません。あくまでも摂理に従って寿命を完(まっと)うしなければなりません。神の摂理は常にその働きが完璧だからです。完全な愛によって、つまり全存在に宿り全存在を通じて働いている神の意志によって支配されているからです。その摂理の働きに干渉する権利は誰にもありません。もし干渉して与えられた寿命を自らの手で切り上げるようなことをすれば、それに対する代償を支払わされます。
 例えば林檎を熟さない内にもぎ取れば、林檎の美味しさは味わえません。それと同じで、霊的に熟さない内に無理矢理に次の世界へ行くようなことをすると、(地上での悲しく苦しい期間よりも)永い期間に亘って辛い体験を支払わされることになります。おまけに、折角一緒になりたいと思った愛する人にも会えないことにもなります。その摂理に背いた行為が一種の溝を拵えるからです」
 このシルバーバーチの回答がサイキック・ニューズ紙に掲載されたのを読んでその婦人が次のような礼状を寄せて来た。
 「質問にお答くださったことへの私の感謝の気持をシルバーバーチ霊にお伝え頂けるものかどうか存じませんが、もしお伝え頂けるのでしたら、〝後に残された者〟の質問にこんなに明快にそしてこんなに早く回答してくださったことに対する私の感謝の気持をお伝えください。そして、こうもお伝えください-お言葉に大変失望致しましたが、お訓えを信じ神からのお呼びの声が掛かるまで、力の限り〝生き続ける〟覚悟を決めました、と」


 ★自殺したい人への詳しい解説

 この文章は、シルバーバーチの霊訓の、ある文章からの抜粋です。いわゆる[後追い自殺]というやつです。愛する主人を失って、とてつもない喪失感から、自身も自殺で死んで、あの世で主人と再会しよう、という考えだったらしいです。

 これは、以前、テレビでも同様のケースがありました。とある男性芸能人が死に、その妻が喪失感から、自殺で後を追うことを考えた、と独白していました。しかしこれは、とてつもない罪なのです。よく、このような話は美談として、美化されます。いわく[愛をまっとうした]だの、[死ぬほどの純愛]だの・・・。しかし、霊的知識の観点から眺めれば、とんでもない間違いなのです。

 この後追い自殺の悲劇の実際の事例が、アラン・カルデック著の[霊との対話]に掲載されています。

 アラン・カルデックとは、19世紀のフランス人で、霊媒に憑依した様々な霊と対話して、霊界研究をした第一人者でした。ラテン世界で高い人気があります。そのカルデックが善悪、そして普通の霊と、様々な霊達と対話した記録をまとめたのが、この[霊との対話]です。

 この[霊との対話]の中で、後追い自殺をした霊の、死後の世界での悲惨な境遇の話が掲載されていたので、ここに紹介します。

 
 息子の後追い自殺をした母親 (霊との対話より)

 1865年3月のこと、パリ近郊の小さな街に、ある仲買人が住んでいた。家には、21歳になる重病の息子がいた。この息子は、いよいよ最後が来たことを悟り、母親を呼んで、かろうじて最後のキスをした。
 母親は、涙にくれながら、次のように言った。
 「さあ、逝きなさい、わが息子よ。お母さんより先に逝くのです。でも、私もすぐに後を追いますからね」
 そして、手で顔を覆うと、部屋から駆け出した。
 そこに居合わせた人々は、この胸ふたがれるシーンを目撃し、母親の言葉を、こういう時によく見られる苦悩の表現とのみ受け止めた。時間が経てば、こうした苦悩も和らぐものである。
 ところが、ついに息子が亡くなった時、母親の姿が見当たらないので、家中を捜したところ、屋根裏部屋で、この母親が首を吊って自殺しているのが見つかった。こうして、二人の葬式が同時に行われることになったわけである。
 死後、数日してから、この息子の霊を招霊して、色々と聞いてみた。

-あなたが亡くなったことを悲しんで、お母さんが自殺されたのですが、そのことはご存知ですか?

 「はい、知っています。母が、あのようにして、ひどい最後を遂げなければ、私は完全に幸福になっていたのですが。
 ああ、可哀想なお母さん!あんなに優れた人だったのに。お母さんは、ほんの一時の別れに耐えられず、愛する息子と一緒にいられるようにと、ああした道を選んだのですが、そのことが、かえって息子から遠く離れてしまう結果を招いたのです。
 もし、お母さんが、素直に神様の意志に従い、与えられた試練と償いを前にして、慎ましく、罪を悔いて、運命を甘受していたとすれば、魂の浄化が進み、息子とも、すぐに会うことが出来たのですが、あのようにしたことで、この再会が無限に遅れてしまったのです。
 ああ、お母さんのために祈ってください・・・・。
 そして、この話を聞いて心を打たれた、世のお母さん方に、決して、このようなまねをしないように、どうか言ってあげてください。
 私を喜びとし、誇りとしていた母が、どうか、他のお母さん方よりも息子を愛していたとは思わないで下さい。そうではないのです。母は、他のお母さん方以上に、私、つまり息子を愛していたということではなくて、勇気と諦念を欠いていたということにすぎないのです。
 どうか、この話を聞いているお母さん方、よくよく知っておいて下さい。あなた方のお子さんが最後の苦しみを経て亡くなったとしても、決して彼等がいなくなってしまったというわけではなく、キリストと同じように、それはゴルゴダの丘の頂上に上ったということであり、そこから、永遠の栄光に向けて、さらに昇っていくことになっているのです」

 母親の霊の招霊
-招霊します・・・・。
 「ああ、息子の姿が見たい!どうか、息子を返してください!ああ、なんて酷い人達なんでしょう。あの人達は、私から息子を奪い去って光の中に連れて行き、私のことは、こうして闇の中に置き去りにする・・・・。ああ、息子を返してください、息子を返して!あの子は私のものなのです!
 だって、母性愛とは、そういうものでしょう?9ヶ月もの間、おなかに宿し、自分の肉から出来た肉を乳で育み、自分の血を与えて大きくしたのです。よちよち歩きを見守り、『ママ』という優しい言葉の響きを教え、『神様』という単語がようやく発音できるようにしてあげたのです。そして、活動的で、知性にあふれ、誠実で、正しく、親への愛に満ちた若者に育てたのです。
 ところが、ああ!すべての期待を実現し、いよいよ、これから輝かしい未来に向って船出しようという瞬間に、その息子を失う!こんなむごいことがあるでしょうか?
 神様は公平ではありません!そんな神様は、私達母親の神様ではありません!だって、息子を失った母親の絶望と苦しみをちっとも理解してくださらないのですから。
 いつまでも一緒にいようと思って、自ら命を絶ったというのに、またその息子を私から奪い取るなんて!
 ああ、息子よ、どこにいるの?私の息子!ここにいらっしゃい!あなたに会いたい!」
-かわいそうに。苦しみにご同情申し上げます。でも、息子さんに会おうと思ってあなたがとった手段は、間違っていたのですよ。自殺は神の目から見たら、どんな場合でも罪なのです。神の法を犯した者は、必ず、全員、罰を受けるということを、知っておくべきでした。あなたの息子さんに会えないということが、あなたにとっての罰なのです。
 「いいえ!神様は人間とは違うはずです。私が地獄に堕ちるなんておかしいわ!愛し合った者達は、永遠に一緒にいられるはずですもの。
 ああ、私は間違っていたのかしら・・・・?いいえ、こんなことをなさるなんて、神様は公平でも善でもない。だって、私の、この苦しみと、息子に対する、この愛の深さを理解なさらないのだもの。
 ああ、息子を返して!永遠に息子を失うなんて、絶対に嫌!哀れみを、神様、哀れみをください!」
-どうか、心を鎮めてください。いいですか、もし、息子さんに再び会うための方法があるとしても、それは決して、今あなたがしているように、神様を冒涜することによってではないはずですよ。そんなことをしたら、神様は、ますますあなたに対して厳しくなさるに違いありません。
 「息子を連れて行った人達は、もう私が息子に会うことは出来ないと言いました。多分、息子は天国に連れて行かれたのだと思います。
 でも、私は、一体どうして地獄にいるの?ここは、母親達の地獄なのかしら?確かにそうだわ。それが、とてもよく分かる」
-あなたの息子さんは永久にいなくなったのではありません。きっとまた会えますよ。でも、そのためには、神様のご意思に素直に従う必要があるのです。今のように反抗していたのでは、いつまでも息子さんに会えるようにはなりません。
 いいですか、よく聞いてください。神様は、無限によい方ですが、また、無限に公正な方なのです。神様は、ゆえなくして人間を罰するようなことはありません。
 あなたが地上において大きな苦しみを与えられたのには、それなりの理由があったのです。息子さんの死によって、あなたは諦念というものを学ぶ必要があったのです。地上において、あなたはその試練に負けましたが、こうして、死後もまた、その試練に負けました。神様が、反抗的な子供をかわいいと思うでしょうか?
 神様は、決して、情け容赦のない方ではないのです。神様は、罪を犯した者が悔い改めさえすれば、必ず、それを受け入れて下さるのです。
 もし、あなたが、神様がお与えになった、息子さんとの一時的な別れという試練を、黙って、謹んで受け、神様が地上からあなたを引き上げてくださるのを辛抱強く待っていたとすれば、あなたは、今あなたがいる霊界という世界に還った時、両手を広げてあなたを迎えに来る息子さんと、直ちに会えたはずなのです。しばらくの不在の期間の後、あなたは、光り輝く息子さんと、喜びと共に再会できたはずなのです。
 あなたがしたこと、そして、未だにし続けていることは、あなたと息子さんとの間に壁をつくるだけなのですよ。
 息子さんは、無限の空間の彼方にいなくなってしまったのではありません。そうではなくて、息子さんは、あなたが想像するのよりも、ずっと近くにいるのです。厚い壁があるために、あなたの目には息子さんが見えないだけなのです。
 息子さんは、あなたを見、今も変わらずに、あなたのことを愛しています。そして、あなたが神様を信頼しないために、今のような状況に陥っていることを、たいへん悲しく思っているのです。
 息子さんは、あなたの前に姿を現すことが許される瞬間を心待ちにしています。その瞬間を早めるのも、遅くするのも、すべて、あなたの心の持ち方一つにかかっているのですよ。
 さあ、私と一緒に神様に祈りましょう。
 「神様、あなたの公正さと善意を疑った私を、どうぞお許しください。あなたが私を罰したのは、私がそれに相当したからです。どうか、私の悔い改めをお認めください。私は、神様のご意思に素直に従います」
 「ああ、希望の光が射してきました!なんて素晴らしい光でしょう。まるで闇夜に射す一条の光のようです。ありがとうございました。これからは、ちゃんと神様にお祈りします。それでは、さようなら」

 この霊は、自殺のあと、「まだ自分が生きている」という幻想にとらわれることはなかった。自分がどこにいるかが、しっかりと分かっていた。
 それに対して、別のケースにおいては、「霊になった自分が、まだ肉体に繋ぎ止められている」という幻想それ自体が罰となる場合がある。
 この女性は、霊界に行った息子を追いかける為に自殺を図った。だが、彼女は息子に再会することは出来ず、自分がその世界で罰を受けているということを自覚する必要があった。彼女にとって、「もう自分が肉体的な存在ではない」という事実、そして「自分は地獄にいる」という事実を知ることが罰となったのである。
 このように、それぞれの過ちは、必ず、そのあとに続く状況によって罰せられるのだが、その罰のあり方は、罪に応じた個別的なものとなる。画一的、普遍的な基準がある訳ではないのである。



 ★自殺したい人への詳しい解説

自殺したいと思っても、自殺してはならないぞ!

 このように、愛する者、つまり恋人や、夫や妻、そして親友や親、息子、娘が先に死んだからといって、自分自身も後追い自殺などすれば、この後追い自殺をしたせいで地獄で苦しんでいる愚かな母親とまったく同じ境遇に置かれることとなります。だから、絶対に後追い自殺するべきてはないよ。



 さて、これまで、僅かではありますが、自殺に関する霊的知識を数か所、紹介してきました。しかし、これらはあくまで、霊的知識という大海の中の、ほんの僅かな水でしかありません。このページは、あくまで、[自殺したら、その自殺者の霊は死後に悲惨な目に遭う]ということ、そして[霊的知識の観点から、自殺はいけないこと]だという基本的な事実を紹介したまでです。それ以外の項目は、あくまであなた自身で自主的に閲覧し、学習していってください。

 とりあえず、まずは自殺の霊的知識に関する文章を全部読んでください。そして、それ以降は、当サイト[自殺サイト 自殺方法 自殺ダメ]内に書かれている、多数の霊的知識を読んで、更に学習していってください。多数の霊的知識、つまりこの世に生きる意味を知っていくことが、あなたが自殺せずに寿命を全うする為の最大の方法なのですから。

 自殺の霊的知識

 自殺してはならない霊的な理由