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自殺してはならない理由


 「私は、こうした形で私に出来る仕事の限界をもとより承知しておりますが、同時に自分の力強さと豊富さに自信をもっております。自分が偉いと思っているというのではありません。私自身はいつも謙虚な気持です。本当の意味で謙虚なのです。というのは、私自身はただの道具に過ぎない-私をこの地上に派遣した神界のスピリット、全てのエネルギーとインスピレーションを授けてくれる高級霊の道具に過ぎないからです。が、私はその援助の全てを得て思う存分に仕事をさせてもらえる。その意味で私は自信に満ちていると言っているのです。
 私一人では全く取るに足らぬ存在です。が、そのつまらぬ存在もこうして霊団をバックにすると自信をもって語ることが出来ます。霊団が指図することを安心して語っていればよいのです。威力と威厳に溢れたスピリットの集団なのです。進化の道程を遙かに高く昇った光り輝く存在です。人類全体の進化の指導に当たっている、真の意味での霊格の高いスピリットなのです。
 私自身はまだまだ未熟で、けっして地上の平凡人からも遠くかけ離れた存在ではありません。私にはあなた方の悩みがよく分かります。私はこの仕事を通じて地上生活を永い間味わってまいりました。あなた方(レギュラーメンバー)お一人お一人と深く繋がった生活を送り、抱えておられる悩みや苦しみに深く関わって来ました。が、振り返ってみれば、何一つ克服出来なかったものがないことも分かります。
 霊力というのは必要な条件さえ整えば地上に奇跡と思えるようなことを起こしてみせるものです。私達は地上の存在ではありません。霊の世界の住民です。地上の仕事をするにはあなた方にその手段を提供して頂かねばなりません。あなた方は私達の手であり、私達の体です。あなた方が道具を提供する-そして私達が仕事をする、ということです。
 私には出しゃばったことは許されません。ここまでは喋ってよいが、そこから先は喋ってはいけないといったことや、それは今は言ってはいけないとか、今こそ語れといった指図を受けます。私達の仕事にはきちんとしたパターンがあり、そのパターンを崩してはいけないことになっているのです。いけないという意味は、そのパターンで行うという約束が出来ているということです。私より勝れた叡智を具えたスピリットによって定められた一定の枠があり、それを勝手に超えてはならないのです。
 そのスピリット達が地上経綸の全責任を預かっているのです。そのスピリットの集団をあなた方がどう呼ぼうと構いません。とにかく地上経綸の仕事において最終的な責任を負っている神庁の存在です。私は時折開かれる会議でその神庁の方々とお会い出来ることを無上の光栄に思っております。その会議で私がこれまでの成果を報告します。するとその方達から、ここまでは上手く行っているが、この点がいけない。だから次はこうしなさい、といった指図を受けるのです。
 実はその神庁の上には別の神庁が存在し、更にその上にも別の神庁が存在し、それらが連綿として無限の奥まで繋がっているのです。神界というのはあなた方人間が想像するより遙かに広く深く組織された世界です。が、地上の仕事を実行するとなると、我々のようなこうした小さな組織が必要となるのです。
 私達はひたすら人類の向上の手助けをしてあげたいと願っております。私達も含めて、これまでの人類が犯して来た過ちを二度と繰り返さない為に、正しい霊的真理をお教えする目的でやってまいりました。そこから正しい叡智を学び取り、内部に秘めた神性を開発する為の一助として欲しい。そうすれば地上生活がより自由でより豊かになり、同時に私達の世界も地上から送られて来る無知で何の備えも出来ていない、厄介や未熟霊に悩まされることもなくなる-そう思って努力してまいりました。
 私はいつも言うのです。私達の仕事に協力してくれる人は理性と判断力と自由意志とを放棄しないで頂きたいと。私達の仕事は協調を主眼としているのです。決して独裁者的な態度は取りたくありません。人間をロボットのようには扱いたくないのです。死の淵を隔てていても、友愛の精神で結ばれたいのです。その友愛精神の下に霊的知識の普及に協力し合い、何も知らずに迷い続ける人々の心と体と魂に自由をもたらしてあげたいと願っているのです。
 語りかける霊がいかなる高級霊であっても、いかに偉大な霊であっても、その語る内容に反発を感じ理性が納得しない時は、構わず拒絶なさるがよろしい。人間には自由意志が与えられており、自分の責任において自由な選択が許されています。私達があなた方に代わって生きてあげるわけにはまいりません。援助はいたしましょう。指導もいたしましょう。心の支えにもなってあげましょう。が、あなた方が為すべきことまで私達が肩代わりしてあげるわけには行かないのです。
 スピリットの中には自らの意志で地上救済の仕事を買って出る者がいます。又そうした仕事に携われる段階まで霊格が発達した者が神庁から申し付けられることもあります。私がその一人でした。私は自ら買って出た口ではないのです。しかし、依頼された時は快く引き受けました。
 引き受けた当初、地上の状態はまさにお先真っ暗という感じでした。困難が山積しておりました。が、それも今では大部分が取り除かれました。まだまだ困難は残っておりますが、取り除かれたものに較べれば物の数ではありません。
 私達の願いは、あなた方に生き甲斐ある人生を送ってもらいたい。持てる知能と技能と才能とを存分に発揮させてあげたい。そうすることが地上に生を享けた真の目的を成就することに繋がり、死と共に始まる次の段階の生活に備えることにもなる-そう願っているのです。
 私は理性を物事の判断基準として最優先させています。私を永い間ご存知の方なら、私が常に理性を最高の権威ある裁定者として来ていると申し上げても、これまでの私の言説と少しも矛盾しないことを認めてくださると信じます。
 こちらでは霊性が全てを決します。霊的自我こそ全てを律する実在なのです。そこでは仮面も見せかけも逃げ口上も誤魔化しも利きません。全てが知れてしまうのです。
 私に対する感謝は無用です。感謝は神に捧げるべきものです。私共はその神の僕に過ぎません。神の仕事を推進しているだけです。喜びと楽しみをもってこの仕事に携わってまいりました。もしも私の語ったことがあなた方の何かの力となったとすれば、それは私が神の摂理を語っているからに他なりません。
 あなた方は、ついぞ、私の姿をご覧になりませんでした。この霊媒の口を使って語る声でしか私をご存知ないわけです。が、信じてください。私も物事を感じ、知り、そして愛することの出来る能力を具えた、実在の人間です。こちらの世界こそ実在の世界であり、地上は実在の世界ではないのです。そのことは地上という惑星を離れるまでは理解出来ないことかも知れません。
 では最後に皆さんと共に、こうして死の淵を隔てた二つの世界の者が幾多の障害を乗り越えて、霊と霊、心と心で一体に結ばれる機会を得たことに対し、神に感謝の祈りを捧げましょう。

 神よ、かたじけなくもあなたは私達に御力の証を授け給い、私達が睦み合い求め合って魂に宿れる御力を発揮することを得さしめ給いました。あなたを求めて数知れぬ御子らが無数の曲がりくねった道をさ迷っております。幸いにも御心を知り得た私共は、切望する御子等にそれを知らしめんと努力致しております。願わくはその志を良しとされ、限りなき御手の存在を知らしめ給い、温かき御胸こそ魂の憩の場なることを知らしめ給わんことを。
 では、神の御恵みの多からんことを」