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自殺してはならない理由


○N・F・S・Hにおける講演と一問一答

 「心霊治療の目的は至って単純です。魂の琴線に触れるということです。身体は癒えても魂が目覚めなかったら、その治療は失敗だったことになります。たとえ身体は治らなくても魂に何か触れるものがあれば、その治療は成功したことになります。他はいざ知らず、我々に関する限り、霊のもつ才能、霊の力は、神の子の一人一人が有する神性を目覚めさせ、地上に生まれて来たことの意味を理解させる為に使用すべきです。
 それが霊的能力の諸相の背後にある目的です。ですから、患者に身体上の好転が見られなくても少しも落胆することはありません。寧ろ、身体上の病状は改善したのに、その患者が霊的な実在に何の関心も見せなかった時こそ落胆すべきです。それが病気が治るということの背後に秘められた究極の目的だからです。
 霊界にあっても私達は一丸となって、地上の各地に拠点をもつ霊力が、受け入れる用意の出来ている者に間違いなく届けられるように地固めをしております。目指す目標は必須の要素すなわち自分とは一体何者なのか、何の目的でこの地上に存在しているのかについての自覚を植え付けることです。簡単に言えば、自分の霊的宿命を成就する為に自分の霊的起源を知って欲しいということです。
 治病能力は霊的身体のみが有する霊的能力の一つです。霊の目で見る霊視能力、霊の耳で聞く霊聴能力と同じです。ですから、治療家としての仕事をするには霊力のお世話にならねばなりません。
 ここで用語についてはっきりさせておきましょう。私が〝大霊〟と言う時、それは無限の知性であり、全生命の究極の裁定者であり、叡智と真理と理解力の極致です。人間的存在ではありません。ただ、それを表現する際にどうしても〝彼〟とか〝あなた〟といった人称代名詞を使用せざるを得ませんが、大霊は神格化された人物ではありません。生命力であり、原動力であり、活性力であり、意識であり、生気です。そうした原理の精髄です。無限なものです。従って霊力も無限です。それは誰の占有物でもありません。通路となりうる人なら誰にでも流れます。キリスト教やクリスチャン・サイエンスはもとよりのこと、あなた方でも治病能力を独占することは出来ません。
 それを受け入れる能力をお持ちのあなた方に出来ることは、その能力を更に発達させること、つまり受容能力を増し波長を高めることだけです。霊力そのものは無限に存在します。それをどれだけ受け入れるかは、あなた方自身の進化と発達の程度によって決まるのです。あなた方を通じて流れる霊力の限界はその受容能力によって決まるのです。簡単なことなのです。あなた方の受容能力が増せば、それだけ多くの霊力があなた方を通して流れ込み、それだけ大きな成果が得られるということです。
 流入する霊力の分量に限界というものはありません。唯一それに制限を加えているのはあなた方治療家の霊的発達段階であり、それが、どれだけの霊力を受け入れるかを決定付けます。この聖なる力、神の威力、大霊、生命力、どう呼ばれても結構ですが、それがあなた方を通路として流れるのは、あなた方に受容能力があるからです。それを患者へ届けてあげなければならないわけです。
 改めて初歩的なことを申し上げて恐縮ですが、病気・不快・異状の原因は調和の欠如にあります。健康とは全体の調和が取れている状態のことです。身体と精神と霊との間に正しいリズムとバランスが取れていることです。三者の連繋が上手く行っていない時、どこかに焦点の狂いが生じている時、自然の生命力の流れが阻害されている時に病的症状が出るのです。霊力が流れず、本来の機能を果していないからです。
 人間の病気はサイコソマティック、つまり精神と霊に原因があってそれが身体に表れております。経験豊かな皆さんには私から申し上げる必要はないと思いますが、心配ばかりしていると胃潰瘍になります。が、潰瘍部分を切除すれば心配しなくなるわけではありません。ですから心配しないような生き方を教えてあげないといけません。
 病気の大半は精神と霊から生じております。所謂人身事故でさえ精神並びに霊的原因から発生していることがあるのです。これは皆さんにとってはとても理解し難い難題であろうかと思いますが、では治療家としてはどうすべきか。
 患者の意識の中枢である霊に注がれる霊力を、治療霊団から受け取るのが治療家の仕事です。言わばバッテリーです。枯渇している生命力を充電してあげる通路です。それが障害物を取り除くのです。それがバランスを取り戻させるのです。リズムが整い、調和よく機能するようになるのです。
 その時治療が功を奏したことになります。霊力が魂にまで及ぶからです。ここが大切な点です。患部に置いた手が治しているのではありません。手を置くことは接触の為の手段の一つに過ぎません。
 治療家の霊的発達の程度如何によっては、それが必要である場合もあれば必要でない場合もあります。肝心なのは魂にまで及ぶということです。魂にカツを入れて居眠りの状態から目を覚まさせ、自我の発見という本来の目的を意識させるのです。
 それさえ上手く行けば、身体にある自然治癒力が機能を発揮して健康状態を取り戻します。その時初めて治療家は、大霊すなわち神の通路としてその霊力を受け入れ、それが自分を通過して患者の魂の中の神を呼び覚まし、初めて真の自我を意識させるという機能を見事に果たしたことになります。
 心霊治療というのはそういうものなのです。ここで改めて皆さんに申し上げます。大変改まった真剣な気持で申し上げますが、あなた方治療家の責任は極めて重大です。真理を知るということは、それに伴って責任というものも付加されるのです。神聖な才能を授かるということは、それを本来の神の意志に沿って使用するという責任が伴います。
 心霊的(サイキック)な能力と霊的(スピリチュアル)な能力とは違います。心霊治療家にもサイキック・ヒーラーとスピリチュアル・ヒーラーとがあるわけです。後者の場合は生活態度を可能な限り理想に近付ける努力をしなければなりません。能力はあっても、それをどこまで開発するかは治療家自身の責任です。それをいかなる目的に使用するかについても責任があります。なぜなら、その能力を授かったということは神の使節の一人であることを意味するからです。
 皆さんはどこの教会、どこの聖堂の司祭よりも、真実の意味での神の司祭でいらっしゃいます。神の霊力があなた方を通過して届けられるという点において、神の名代を務めておられるのです。これは大変責任の重い仕事です。それを汚すようなことがあってはなりません。傷付けてはなりません。不名誉となるようなことをしてはなりません。腐敗させてはなりません。間違った動機から使用してはならないということです。ただひたすら自分を使って頂くという気持で、可能な限り理想を目指して努力していればよいのです」

-霊力がそちらで準備される過程を教えて頂けませんか。患者の特殊な症状に応じて調合される治癒力です。

 「とても説明が困難です。非物質的なエネルギーを表現する適切な用語が見当たらないのです。こう理解してください。霊力とは生命力であり、生命の素材そのものであること、活力であり無限に存在すること、可変性があり、無限の形態をとることが出来、無限の置き換えと組み合わせが可能である、ということです。
 こちらの世界には様々な程度の知識と経験と理解力をもつ霊が控えています。地上の化学者、科学者に相当する霊もいます。この生命力、霊のエネルギーの様々な性質を、あなたが使用された用語で言えば、特殊な症状に合わせて〝調合〟するのです。これは中々よい表現です。通路である治療家を通じて可能な限り症状に合った調合をする研究を絶えず重ねております。
 これ以上の説明は出来そうにありません。治療家の下を訪れる患者によって、一人一人、治療法が異なります。患者のオーラも大変参考になります。オーラには病気の根本原理である霊的並びに精神的状態が正直に表れているからです。それによって調合の仕方を考えます」

-それには霊界の担当医達の精神(メンタル)的な努力を要するのでしょうか。

 「(人間が考える意味での)メンタルという用語は不適切です。実体のある作業だからです。実際に混合するのです。こちらの世界にもあなた方の言う化学物質に相当する霊的素材があります。勿論精神(マインド)も使用します。霊界では精神が全てを拵える上での実体のある媒体だからです」

-遠隔治療が可能であることを考慮すると、直接治療においてその治癒力を受けるのに、治療家の身体又は霊体はどの程度まで使用されているのでしょうか。

 「遠隔治療にも治療家の霊体を使用しなければなりません」

-その過程を説明して頂けませんか。

 「治療家はテレビジョンとよく似ています。霊的なバイブレーションが治療家に届けられると、治療家(の霊体)を通過する際に半物質的治療光線に転換されて、それが患者に送られます。治療家は変圧器です」

-遠隔治療でも同じですか。

 「同じです」

-それがどうやって患者に届けられるのでしょうか。

 「患者が治療を要望したということで繋がりが出来ております。思念によって治療家へ向けてのバイブレーションが生じます。そこに絆が出来たわけで、そのバイブレーションに乗って治癒力が患者に送られるのです」

-自分の為に遠隔治療が行われていることを知らない場合はどうなりますか。

 「患者と関わりのある誰かが知っている筈です。そうでなかったらその患者に向けて治療が行われるわけがないでしょう」

-治療家がその患者の病状が悪いことを知って一方的に遠隔治療を施してあげる場合もあるでしょう。

 「それだけでもう絆が出来ております」

-でも患者の方からは思念が出ていません。

 「いえ、出ております。治療家がその絆を拵えております。こちらの世界では思念に実体があることを忘れてはなりません。私があなたを見る時、私にはあなたの身体は見えません。霊媒の目を使えば見えるかも知れませんが、私達にとって実体があるのは思念の方であり、実体がないのは身体の方です。あなたが思念を出せば、それが立ちどころに実在物となるのです。それがバイブレーション-波動を拵えます。それが遠隔治療で使用されるのです」

-心霊治療を受ける上で信仰のあるなしは関係ないということは理解しておりますが、患者が邪悪な思念を抱いていると、それが治療を妨げると考えてよろしいでしょうか。

 「私は信仰をもつこと自体は反対していません。それが理性を土台としていて、盲目的でなければ結構です。スピリチュアリズムの思想を正しく理解された方なら、手にされた真理は全体のほんの一欠片に過ぎないことはご存知と思います。肉体に閉じ込められているあなた方が全真理を手にすることは不可能なことです。霊界へ来ても同じことです。となると、手にした限りの知識を土台とした信仰を持たねばならないことになります。
 さて、そうした知識を土台とした理性的信仰を持っていることは大いに結構なことです。そのこと自体は何ら問題はないと思います。それが治療にとって好ましい楽観的な雰囲気を拵えるからです。霊力は明るく楽しい、愉快な精神状態の時に最も有効に作用し、反対に惨めで疑い深く、動揺し易い心は、霊的雰囲気を搔き乱す治療の妨げとなります」

-オーラを見る能力のない治療家は、治療が上手く行っていることをどうやって知ればよいのでしょうか。

 「治療家に患者のオーラが見えるか否かは問題ではありません。症状の診断が出来るか否かも問題ではありません。そういうことに拘ってはいけません。要は霊が使い易い状態になることです。道具としてなるべく完全になることを心掛けることです。完全な道具としてマイナスの要素となる人間的弱点を極力排除しなくてはなりません。そう努力することで霊力が豊富に流れるようになります。背後霊団との協調関係を決定付けるのは治療家の日常生活です」

-サークル活動に参加出来る治療家は能力を開発する上で勉強になりますが、そういう機会に恵まれない人の為に何かアドバイスを頂けないでしょうか。それと、交霊会に出席することは治療家にとって不可欠でしょうか。

 「後のご質問からお答えしますと、これにはきっぱりと〝ノー〟と申し上げます。霊の能力はあくまで霊の能力です。それを授かって生まれて来たのであり、授かった以上はそれを発達させる責任があります。ピアニストとしての才能をもって生まれた人は練習と鍛練によってそれを発達させなければならないのと同じです。
 では治療能力はどうやって発達させるか。その答えはサークル活動に参加することではありません。それもプラスにはなります。心に宿す動機も発達を促します。日常生活の生き方によっても発達します。可能な限りの純粋性と完全性を目標とした心がけによっても発達します。出来るだけ良くしてあげたいという願望を大きくして行くことによっても発達します。
 自我を発達させる唯一の方法は自我を忘れることです。他人のことを思えば思う程、それだけ自分が立派になります。良い治療家になる方法を教えてくれる書物はありません。ひたすら他人の為に役立ちたいと願い、こう反省なさることです-〝神は自分に治病能力を与えてくださったが、果してそれに相応しい生き方をしているだろうか〟と。これを原理として生きていれば、治病能力は自然に力を増し質を高めて行きます」

-治療家によって力に差があるのはなぜでしょうか。

 「話の上手な人と下手な人、ピアノが上手な人と下手な人、文章の上手い人と下手な人がいるのと同じです。才能がそれだけ開発されているということです」

-もし治療家が病気になった場合は他の治療家にお願いすべきでしょうか。それとも自分で治す方法があるのでしょうか。

 「他の治療家にお願いする必要はありません。それよりも、いつも使用している霊力を直接自分に奏効させる方法を工夫すべきです。神に祈るのに教会まで行く必要がないように、霊力を自分自身に向けることが出来さえすれば、治療家の所へ行く必要はありません。その為には自分の心、自分の精神、自分の魂を開かないといけません」

-医者は大病にもストレスや仕事上の心配が原因であるものがあると言っております。そうしたケースでは(身体と精神と霊の)不調和はどの程度まで関わっているのでしょうか。

 「あなたが仰ったことは私が別の言葉で言っているのと同じことです。あなたは仕事上の心配と呼んでおられますが、それは私の言う不調和状態のことです。精神と肉体と霊とが正しい連繋関係にあれば、仕事上の心配も、その他何の心配も生じません。心配する魂は既に調和を欠いているのです。霊的実在についての知識を手にした者は心配をしてはなりません。取り越し苦労は陰湿な勢力です。進化した魂には縁のないものです。あなたはそれを仕事上の心配と呼び、私は不調和状態と呼んでいるのです。自分が永遠の霊的存在であり物質界には何一つ怖いものはないと悟ったら、心配の種は無くなります」

-なぜ治らない人がいるのでしょうか。

 「それはその人が霊的にまだ治る資格が無いということです」

-一旦遠隔治療の為の絆が出来ても、次の治療の時は又改めて拵える必要があるのでしょうか。

 「一旦出来たら、もうその必要はありません。霊界との絆は磁気的なものです。一旦出来上がったら二度と壊れることはありません」

-ということは、どこにいても同じということですね-教会にいても駅にいても。

 「霊の世界には地理的な〝場〟というものがありません。常に身の回りに存在しております。教会にいるからとか、地中深く掘られた採掘所にいるからとか、或いは飛行機に乗って空高く上がったからといって、それだけ神に近くなっているわけではありません」

-地上世界に具現化するものは、その存在の基盤として思念が先行していると言われております。言い換えれば、我々は思念的素材を製造していることになるわけですが、すると治療家が患者に対した時には完治するという思念を抱いて、完全な健康のイメージをもつことが治療にプラスになるのでしょうか。

 「大いにプラスになります。なぜなら、思念には実体があるからです。完全な健康状態のイメージを強く持てば持つ程、その成就へ向けて近付くことになります。あなた方もその理想へ向けて不断の努力をすべきです。最高のものを心に画くべきです。絶対に希望を棄ててはいけません。常に朗らかで楽観的雰囲気を出すべきです。そうした条件が最高の成果を生みます」

-先程治らない患者はまだ治る資格がないからだと仰いましたが、それだけでは単純過ぎるように私には思えるのです。それでは悪人はいつまで経っても治らず、善人はいつでも治るということになるからです。

 「そんな単純なものではありません。それは皮相な見方です。問題を霊の目で見ていらっしゃらないからです。
 例えば苦難は人間から見れば嫌なものでしょうが、私達霊の立場から見れば実に有り難いことです。凶事に出遭うと人間は万事休すと思いますが、私達の目から見ると、それが新たな人生の始まりであることがあります。
 善とか悪とかの用語を物的価値基準に基づいて、あたかも善人という人種、悪人という人種がいるかのような言い方をしてはいけません。私達の価値基準はあなた方とは必ずしも同じではありません。私は、治る為にはそれだけの霊的な資格がなければならないと申し上げているのです。善人とか悪人とかは言っておりません。魂が真の自我に目覚めれば治る資格が出来たことになります。その時治療が功を奏します」

-たとえその資格が出来ていても、純粋に身体上の理由から治らないこともあるのではないでしょうか。例えば視神経が完全に破損されて眼が見えないという場合です。自然の摂理からすれば、いくら心霊治療でも、全く新しい視神経を拵えることは出来ないと思います。

 「今我々は奇跡の話をしているのではありません」

-仰る通りですが、ただ私は、あなたが〝不治〟の場合の理由をあまりに大雑把に仰っているように思えたものですから・・・・

 「私が申し上げているのは、治る可能性のある病気が治らない場合、それはその患者にまだ治る為の霊的資格が出来ていないからだということです」

-赤ん坊が両脚とも奇形である場合に、一方の脚は治ったのにもう一方の脚に何の反応も生じないことがあります。なぜでしょうか。

 「それぞれの脚にそれぞれの原因があって、同じ治療法では治せないということです。一つ一つ治療法が異なります。それぞれの事情に合わせた治療が行われます。それぞれに特徴があります。こうした問題を地上の皆さんの為に出来るだけ平易に申し上げようとすると、とても骨が折れます。他にも色々と考慮しなければならない条件があるのです。奥に隠れた原因があってそれに絡んだ霊的摂理が働いており、更にその奥にも次元の異なる摂理が働いているのです。
 心霊治療は見かけ程単純ではないのです。ただ患部を治せばよいというものではありません。評価されるのは魂に関わることです。魂にいかなる意味が及ぶか、治療がいかなる意味をもつことになるか。なぜその患者は心霊治療家の下を訪れたのか、その患者は魂が目を覚ます霊的進化の段階に到達しているか。
 こうしたことは物的尺度では測れないことばかりです。が、心霊治療にはそれらが全て関わっているのです。なぜなら、治療に携わっている間は生命力そのものを扱っているからです。ということは、宇宙の永遠の創造活動に参加しているということになります。私が治療家の責任の重大性を強調する理由はそこにあります」

-てんかんの原因は何でしょうか。

 「脳に障害があって、それが精神による働きかけを正しく受け取れなくしているのです」

-治せるのでしょうか。

 「勿論です。病気は全て治せます。〝不治の病〟というものはありません。治してもらえない人がいるだけです」

-私が遠隔治療を依頼されたケースが三つないし四つあるのですが、不幸にして成功しませんでした。少なくとも私はそう考えております。いずれの患者もそのまま他界されたからです。

 「それはもしかしたら最高の成功だったと言えるかも知れませんよ。他界に際して何等かの力になることが出来たら、それは治療として成功といえます。治療の目的は地上での寿命を引き延ばすことではありません。目的は霊との接触です。それが一番大切です。その一番大切なことを第一の目標になさい。大切なのは霊です。霊が正常になれば身体も正常になります」

-僅か数分で治してしまう治療家がいると知って驚いているのですが、治療家によっては二時間とか数週間、或いは数ヶ月、時には何年もかかって、それでも良くならないというケースがあります。なぜでしょうか。

 「果を見て木を知るべしです。大切なのは結果です(注)。治療家は背後霊団との最高の調和関係を目指して日常生活を律すべきです。そうすれば必ず良い成果が得られます。あなた方は身を正すことだけを考えてください。後は私達がやります。援助の要請が拒否されることは決してありません。霊力を出し惜しむようなことは絶対に致しません。私達は常にお役に立つ為の努力を重ねております。人を選り好みしません。全ての人を歓迎します。霊力は全ての人に恩恵をもたらすべく存在しているのです。私達が欲しいのは、喜んでその霊力の通路となってくれる道具です」(注-私が親しくしていた治療家の一人のM・H・テスター氏もこのNFSHの会員で、多分この日の会合にも出席していたものと推察しているが、そのテスター氏が〝奇跡的治癒というと人は一発で治る場合を想像するが、たとえ半年掛かろうと一年掛かろうと、医学的に不治とされたものが治れば、それも立派に奇跡である〟と述べている-訳者)

-心霊治療によって回復した人が間もなく他界することがあります。なぜでしょうか。

 「あなた方はなぜ死ぬということをそんなに悪いことのように考えるのでしょう。私達の世界では仲間が地上へ誕生して行った時に泣くことがあります。地上を去ってこちらへ来ると手を取り合って喜びます。地球を離れることがなぜ悲劇なのでしょう」

-精神に異状のある方は本当に気の毒でならないのですが、治療家として無力であることを痛感させられています。

 「精神上の病も治すことが出来ます。身を私達に預ける-あなたに要請されるのはそれだけです。ご自分を通して霊力が流れるようにするのです。直に治療出来ない人には遠隔治療を施してあげなさい。霊的治療は最早地上に根付いております。退散することは決してありません。あなたもあなたなりの貢献が出来ます。しかも、とても重要な役割です。忘れないで頂きたいのは、無限の進化の計画の中において、あなたも神聖なる通路として神のお役に立っているということです。光栄この上ない仕事です。が、それだけに責任も重いということです」