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自殺してはならない理由


○神は個々の人間に心をかけておいででしょうか。神は余りにも偉大にすぎ、私達は余りにも小さ過ぎます、ですから神の御目の中では、さしたることもないかと思われますが。
「神は、御自身で創造されたものの全てに心をかけておいでになる。どんな小さなものであろうと、神の御前で、小さ過ぎるということはない」

○神は私共に良い報いを与えたり、罰を与えたりする為に、私共の行為の一つ一つを気にかけておられるのでしょうか。
「神法が諸君等全ての行為を照らしている。一人の人間が法の一つを破ったとて、神は宣告を下される訳ではない。例えば、「汝の貪欲の故に、罰を与える」などとは。しかし、神は貪欲には枠を設けておいでである。病気、また死さえも、この枠を踏み越えた結果である。いかなる場合でも、罰とは、法を犯したその結果なのである」
〔注解〕我々の行為は全て神法の下にある。我々が誤った行為をすれば、それが自分には大したことでなくても、それは神法違反である。その違反の結果を身に受ける時は、常に感謝をもってすべきである。何となれば、左記の教訓に示されているように、自分達の幸不幸の創造者は、唯一人自分であるからである。
「一人の父があり、息子を教え導き、生きていく上の方法を伝授した。息子に土地を与え、さて父は息子にこう告げる、[私はお前に、必要な知識と必要な道具を与えた、だから、お前はこの土地をよく保ち、ちゃんと生活の資が得られる筈だ。だから、もしお前がその通り守るなら、土地は豊かな収穫を与えてくれ、老後の保障までちゃんとしてくれるだろう。もしそれを守らなければ、生えるのは雑草だけであり、お前は飢えて死ぬだろう]と。以上のように教えて、父は、後は息子が自由にやっていくように任せる」
 こうして、土地はちゃんと耕され、努力を払うなら、それに見合った作物が実る。息子に怠慢や誤りがあれば、生産に悪い結果が出る。このことは疑いを入れぬことだ。故に、息子は父の指示に従うか、その如何によって、晩年に至り豊かであるか貧窮となるか道が分かれる。神は地上の父親より、もっと先々の事まで配慮しておいでになる。例えば、我々の方では気付いていなくても、神はいついかなる時でも、霊を我々の元へ送り給い、我々が正しく行っているか、誤っているか、この忠告をなさしめておいででになる。それだけでなく、父親との違いは、息子がもしブラブラと怠慢であれば、彼は過去生の誤りを償うチャンスを逸してしまったことになる、神は常に人間が再生によって過去を償うようにしておいでになるのだから。