○人が人の財産となることが、本来あるのでしょうか。
「人が他人に絶対服従するなどは、神法に反する。奴隷制度は力の誤用である。それは漸次進歩と共に消えよう、その他の誤用が全て消えていくにつれて」

○奴隷制度が既に人間の制度として成立している場合、この制度で利益を得る人達は、この制度を黙認していることで、非難に値しますか。
「悪いものはいつだって悪い。どんなに上手くこじつけても、悪行を善行に変えるわけにはいかぬ。しかし、悪行の責任は加害者がどんな考えでそれをやっているか、これに比例する。奴隷制度で利益を得る者は、自然法を破る罪を負う。但し、何事もそうだが、この場合もその罪は相対的なものだ。奴隷制はある民族に端を発している。人々はこれを悪とは思わず、全く自然なもののように思って、これを利用してきた。だが、理性の進歩、キリスト教の教えの弘布によって、彼等は奴隷も神の目からは自分達と同じものだということを悟った。その時、彼等は弁解の余地を失った」

○生得の資質の不平等の故に、ある民族は知的に進歩した他の民族の支配下に、置かれるのではありませんか。
「左様である。知的に進んだ民族がこれを向上させる為にである。但し、これを隷属して更にけものに近付ける為ではない。長期にわたり人間は、人間を、腕と手を使って働く動物であるかのように、また、彼等を役獣のように売買する権利が自分達にあるかのように、信じてきた。人間は自分達を清浄な血をもつ者と思い込んでいる。愚か者よ、物質しか目に映らぬ愚物!清浄なものは血ではない。霊、これであるぞ」

○自分の奴隷を人間的に取り扱う人達がいます。彼等は奴隷に不足のないようにしてやり、また彼等はこう考えています。奴隷を自由にしたらたちまち飢えてしまうと。このような者達をどうお考えですか。
「左様さな、彼等は奴隷を手酷く取り扱う者達よりは、自分の財産に良い判断を持っている。彼等は自分の牛や馬にも同様の配慮をしている。市場で良い値がつくようにな。彼等は悪い奴隷主ほど罪深くはない。しかし、彼等は奴隷の権利を奪い取っている、奴隷を商品として取り扱っているのと少しも変わりはない」