○神は全ての人に、神法を知る手段を与えておられますか。
「全ての者がこれを知るが、全ての者がこれを理解するわけではない。最もよく神法を理解する者は、善を追及する者達である。しかしながら、やがて全ての者が神法を理解するに至る。進歩の彼方に完成の時が来るからである」

○霊は肉体に宿る以前の段階では、神法をよく心得ているものでしょうか。
「その霊の発達程度に応じて、神法を心得ており、地上に受肉しても直感的な記憶を留めているものである。しかし、邪悪な本能が働くとこれを忘れてしまうことが多い」

○神法はどこに記されているのですか。
「意識の中にである」
-神法が意識に記されているのなら、人間に神法を啓示する必要があったでしょうか。
「人間は神法を忘れた、これを誤解した。神は人間がこれを想起することを望み給うのである」

○神は誰かに、神法啓示の使命を与えられたことがありますか。
「ある。いつの時代にも、この使命を担う者達がいて、人類を進歩させる為に、高級霊達は地上に受肉した」

○人類を導くなどと言いながら、過ちを犯し、間違った論法で人類を迷わせた者はいませんでしたか。
「神霊に感じもせぬのに、野心によって、受けてもいない使命を受けたと僣称(せんしょう)した者達が、人類を誤り導いたかもしれぬ。それにも拘わらず、結局は、彼等は天才であったが故に、その誤りの教えの中にも、偉大な真理がなかったとは申せぬ」

○本当の預言者の性格は何ですか。
「真正の預言者は、神の霊気を吹き込まれた高潔な人物である。彼は、その言葉とその行為によって認められる。神は真理を伝えるのに、虚言者の口を使われることはない」

○神が選び給うたその典型は誰ですか。
「イエスである」

○神法すなわち自然の法を、人類に伝えたのはイエス一人だったのですか。イエス以前には、人類に、自分等の直感以上の知識はもっていなかったのですか。
「神法はどこにでも書かれている、このように申したことはなかったか。それ故に、知恵を求めて沈思した者達は全て、太古よりこれを理解し教えることが出来た。彼等は完全だったとは申せぬが、その教えによって、種を播く地盤が準備されたのである。神法は大自然の書物に記されている故に、これを求めさえすれば、人はこれを知ることが常に可能である。この故に、彼等が選び取る教訓は、高潔な人士の手により、いつの時代にも伝えられてきた。また同じ理由によって、神法は、なお不完全で知を欠き迷信的とはいえ、野蛮の域を出た民族には、いずれもこれが認められる筈である」

○真実の神法を既にイエスが教えているわけですから、今更霊からの教示にどんな役割がありますか。更に私共に教える何かがあるのでしょうか。
「イエスの教示は寓話的であり、たとえ話をもって語られている。それは当時の時代と地域状況に応じたものである。今日では、真理は知的にこれを語るべき時代となっている。諸君等の中、何人がこれを理解しこれを実践しておられるか。故に、今日神法を述べ、これを拡げていく必要があるのである。我等の使命は、全ての者の目と耳を打つことである、その鼻柱を叩き潰す為に。また、人々の偽善の覆いを剥ぎ取ることである。道義と神への信を卑怯にもその手で覆い隠している偽善を暴く為に。我等はイエスの述べた神の国の到来を準備するものである。つまりは、人がその感情に委せて勝手に神法の解釈をしていたり、また、全き愛である神法の意味を曲解したりしている、これらを不能とする為の解釈を与えることによってである」

○真理は、誰の手にも届く所に置かれていませんでした。これは何故ですか。
「物事は何ごとも、その時が来なければ、近寄っては来ない。真理とは光の如きもの。人はこれに一歩一歩目が馴れていくもの。そうでなければ、人は目が眩んでしまうのである」
「今日まで、神はいま人が受け取っているような、深く示唆に富んだ真理の通信を受けることを許し給わなかった。しかし古い時代にあっても、それを真理なりと信じ、世俗から知識をしっかりと守り続ける人々が存在した。世には御承知の通り、いかがわしい顕幽通信が沢山撒き散らされているが、古いものは或いはその中の、ほんの真理の断片と、諸君は左様お考えかもしれぬ。それにも拘わらず、これら古い時代の哲学、伝承、宗教、いずれも無視してよいものではない。その中には偉大な真理の種子が混じっている-それらは相互に相矛盾しており、つまらぬ装飾物が多すぎて、捻じ曲がっているけれども-今日では、その真実性が見分けられる心霊主義の鍵を使えば、容易にこれらは整合され得るのである。それ故に、古いものは無視してはならぬ。その中に多くの学ぶべきものがある。学べば得るところが極めて大なるものがあろう」