○魂は肉体といつ結び付きますか。
「両者の結び付きは受胎の瞬間に始まり、出産の時に完成する。受胎の瞬間に、霊は液状の紐で、肉体に結び付けられる。その液状の紐は出産の瞬間まで刻々に緊密さを増していく。こうして産声が知らせる、その嬰児が生者の仲間入りをしたことを」

○霊肉の結合は、受胎の時から、確定的なものとなったのですか。受胎後の早い時期に、霊はその肉体に宿ることを中止できますか。
「その結合は、ある意味では確定的と言える。つまり別の霊がその予定された霊と交替することは出来ない。しかし、両者を結ぶ紐は、初期は大変弱く、切れ易い。だから、もし霊が前途の試練を嫌がって尻込みすれば、その意志で紐は切断されてしまうだろう。そうなれば、赤ん坊は死んでしまう」

○生まれる前に、もし予定した肉体が死んでしまえば、霊はどうしますか。
「別の肉体を選ぶ」
-早すぎる死はどうしていつも起こるのですか。
「そのような死は肉体の欠陥によってしばしば起こる」

○生後数日で死ぬような肉体に生まれて、どんな効果があるのですか。
「この場合は、その霊の生存の意識は未だ些細なものに過ぎないから、死もさしたる問題ではない。前に述べたように、このような死は、両親のための試練が主眼となっていることが多い」

○霊は、自分の選んだ肉体が早死にすることを、知っているのでしょうか。
「知っていることがある。だが、もし知っていてその肉体を選ぶとすれば、それは前途の試練を恐れている証拠だ」

○もし何らかの原因で、予定の受肉が出来なかった時は、その後すぐに、別の誕生をさせてもらえるのでしょうか。
「必ずしも直ぐとはいかない。霊には新しい選択をするための時間が必要だ。但し、すぐ第二の受肉が予定されていた場合は別である」

○もしある霊が、ある子供の身体にすっかり受肉してしまい、しかも、霊はこの受肉は嫌だと言い出した場合、彼はこういう受肉を後悔するでしょうか。
「諸君は次のように尋ねているのか。その霊は人間としてこれから背負わねばならない人生を嘆いているのか。別の人生を望んでいるのかと。それならば、その通り彼は後悔している。しかしまた、彼が自分の選び方が悪かったと悔やんでいるかと問うのなら、それは違う、彼は自分が選択した事実を忘れているのだから、と答えよう。一旦霊魂は誕生すると、自分がその肉体を選んだ選択の事実を忘れているから、その選び方を悔やむということはない。しかし、選んだ人生を重荷に感じることもあるだろうから、そこで本当にそれに耐え難いと思うなら、自殺への道を辿るということになろう」

○受胎から出生までの期間に、霊は、自分の能力をフルに発揮して活動しているものですか。
「懐妊期間の経過に従って違いは出てくるが、ともかく、大なり小なり能力を発揮している。即ち、彼は肉体に接触を始めたとはいえ、まだ完全に肉体に宿ったわけではないから。受胎の瞬間から、霊には混乱が始まる。その混乱によって、霊はいよいよ自分が新しい人生に入る時が近付いたことに気付く。そうして誕生が近付くにつれ、その混乱はいよいよ激しくなる。この間の霊の状態は、殆ど睡眠中の人の霊のような状態である。出産の時が迫ると、霊の思想は過去の記憶ともども消え失せる。そしていざ出生した時には、もはやその意識は白紙の状態になっている。だが、失われた記憶も、彼が再び霊界に帰って来ると、徐々に回復してくる」

○誕生の瞬間に、霊は固有の能力を十分に回復するでしょうか。
「いや、それは漸次、肉体器官の成長に伴って発現してくる。地上の人生は、霊にとっては新しい生活だから、肉体の使い方を勉強しなければならない。彼の思想は徐々に回復してくる、それはあたかも、まどろみから醒めてみると、眠る前の状態とは違った状態になっていることを知る人の場合のように」

○出産の時までは、霊肉の結合は完全なものではないとすれば、胎児には魂があると言えますか。
「胎児に生命力を与える霊は、いわばその外部に存在している。従って、これは厳密に表現すれば、胎児には魂がない。すなわち霊の受肉作用は未だ進行中にすぎないのだから。しかし胎児は、やがてこれに宿る魂と繋がりはもっている」

○胎内生命の本質は何でしょうか。
「成長する植物の本質である。しかし、胎児は植物的動物的生命を生きつつ、誕生の時に受肉の結合が起こり、霊的生命がこれに加わるのである」

○科学の指摘するところによると、生きてはゆけない身体の子供がありますが、あれは何の目的で生まれてくるのですか。
「そういう例が時々ある。これはその両親またはその霊魂の試練の為に、そういうことになっている」

○死産児の中には、その身体に霊魂が宿る予定が全くなかった者がいるのでしょうか。
「そのような者もいる。つまり予定された霊がなく、唯肉体だけで生まれる。これは子供の両親の試練の為だけに行われるのである」
-こんな子供は、産み月までもちますか。
「しばしばもつことがある。だが生きていくことは出来ない」
-では、出産後、生きている子供は必ずその内に霊をもっているのですか。
「もしそうでなかったら、一体何だろう。もはや人間ではない筈」

○流産すると霊はどうなりますか。
「それは無効果の生存となるから、霊はもう一度やり直さねばならなくなる」

○人工中絶は、受胎期間中のいつ行っても、罪となりますか。
「神法に違反するものはすべて罪となる。未だ生まれる前の子供の生命を中断する者は、それが母親であれ、誰であれ、必ず罪となる。即ち、中絶によって、霊は試練の器となる筈だった肉体を失い、折角の予定の試練を遂行し得なくなるからである」

○出産で母体が危険に陥る時、子供を犠牲にして母親を助けることは、罪になるでしょうか。
「子供の生存は未だ完全なものではない。母親の生存は確実なもの、だから、子供を犠牲にして母体を助けることの方が、まだましだと言える」

○胎児に対して、生きている子供の肉体に対すると同じような敬意をもって取り扱うことは、正しいことですか。
「胎児にも、生きている子供と同じように、神の意志と手際がこもっている。だから、いずれも大切に取り扱われるべきことに変わりはない」