○再生した時、霊は前世の感じとか知識の痕跡を、残しているものですか。
「微かな記憶、いわゆる生得の観念というものがある」
-生得の観念という見解は、妄想ではあませんか。
「いや違う。それぞれの人生で獲得した知識は失われるものではない。肉体は消えても、霊は学び取ったものを記憶している。再生すると、部分的にはまた一時的には忘れもするが、一度知った一切は直覚となり、本人の進歩を助けるものだ。もし過去の知識が直覚として残らなければ、彼はいつも、新しく同じ事を繰り返さねばならなくなる。霊は次に再生すると、前世に近い所、即ち彼が既に到達していた次の点から出発する」

○そうしますと、前世と次生との間には、極めて密接な結び付きがある筈ですね。
「その結び付きというのは、諸君が想像する程、密接なものではない。何となれば、二つの人生の境遇や状況は、しばしば非常に違ったものであり、また、その間(霊界の生活で)、霊は相当な進歩を遂げているかもしれないからである」

○前もって勉強もしないのに、直感的にある特殊な知識、例えば語学とか数学とかの知識をもっているような人々の異常な能力の原因は何ですか。
「前世のほのかな記憶によるものである。即ち、魂が以前に成し遂げた進歩の結果である。但し、本人はそんなものを自分が今もっている意識は一向にないのだが。この直覚は何から出てくるのか。肉体は変わる、しかし、霊は不変である、その外被を変えても」

○再生して新しい肉体をとる時、ある種の知的能力を失いますか。例えば芸術的な趣味のようなものを。
「もし、その能力を汚すようなことをしたり、悪用していたならば、それを失う。更に、知的能力は一生の間、眠ったままになっていることもある。その場合は、霊がその眠っている能力とは無関係の別の能力を働かせようと欲するからである。しかし、次の新しい人生では、眠っていた能力も目を覚まして働くことになろう」

○神は存在するという直覚や、死後の生存の予感は、潜在する前世の記憶から出るのですか。
「そうだ。生まれる前、霊として知っていた知識が、潜在的な記憶として残っていて、これから発している。しかし高慢な人は、この感じを押し殺してしまう」
-神霊主義的な考え方や信念も、やはり同じ記憶から発しているのですか。
「このような考え方は、世界とともに古く、世界のどこに行ってもある。即ち神はいずこにも在りいつの時代にも在り給うからである。霊は肉体をまとって後も、霊であった時の直覚があり、従って目に見えない世界に、本能的な意識をもっている。だがこの直覚は偏見によってしばしば歪められたり、無知から出た迷信を混入して、堕落したものとなることが多い」