これまでに心霊治療についての記述が幾つか出てきましたので、ここで一番有名な心霊治療家を紹介したいと思います。名前はハリー・エドワーズと言います。それでは、以下に彼の詳細を書きます。ただ、心霊治療については、日本国内に良い心霊治療家が果たしているのか?ということは、私は一切知らない。特に大病も今まで患っていないので、探す理由もないからです。だから、心霊治療についての知識を得ても、日本国内に金儲け目的の詐欺者ではなく、真の心霊治療家がいるのかどうかは、私は知りません。ご病気の方で心霊治療を受けたいと思っていらっしゃる方がいましたら、自己責任で心霊治療家を探すなり、治療を受けるなりしてください。その心霊治療家の真偽の判断は、あなたに任せます。

出典元 [日本人の心のふるさと《かんながら》と近代の霊魂学《スピリチュアリズム》]


 「私が思うに、ヘンリーはイエスが地上時代に行ったことよりも大きい仕事をしていると思う・・・」
 これは、サイキック・ニューズ紙の主筆として大活躍していた頃のモーリス・バーバネルが、ハリー・エドワーズの助手として働いていたレイ・ブランチに語った言葉である。([ハリー]はヘンリーの愛称。[レイ]はレイマスの愛称)
 その時二人は昼食を共にしていた。バーバネルがさりげなく口にしたこの言葉に、ブランチは思わずコーヒーを混ぜていた手を止め、途方もなく大げさなことを口にしたことを照れ隠し、笑い出すだろうと、バーバネルの顔をじっと見つめていた。しかし、メガネの奥の眼にはついに笑みは表れず、その表情は真実を語った者のそれだったという。
 これはレイ・ブランチ畢生(ひっせい)の大著(ハリー・エドワーズ-偉大なる治療家の生涯)の第一章の冒頭を飾るエピソードである。
 これに続けてブランチは、キリスト教界からは冒涜のそしりを免れないかも知れないが・・・と断りながらエドワーズをイエスと対比させ、イエスは死後の蘇りなどの神秘的な現象によってカリスマ的存在に祭り上げられてはいるが、奇跡的治癒力を武器に、時の権力と闘いながら霊的真理の普及に尽力し、最後まで無欲の人間愛を失わなかったという点においては、エドワーズはイエスに勝るとも劣らぬ人物だったと述べている。

生い立ち

 エドワーズは九人の子供の長男として、1893年に誕生している。父親は植字工で、収入は決して多くはなかったが、身なりに気を配る紳士だったようである。
 十四歳で初等教育を終えると、父親はヘンリーを印刷工場への奉公に出した。当時としてはそれが当たり前のことで、ヘンリーも、印刷の仕事は好きではなかったが、父親の言に素直に従った。しかし、十五歳の時に英国の総選挙があり、ふと見かけた自由党のポスターに惹かれてその事務所の中に入り、ビラ配りの仕事を手伝ったりした。
 そのことがきっかけでヘンリーは急速に政治への関心を深めて行き、十六歳の時に青年自由党に入党し、政治活動に夢中になる。当時は英国史に名高い名演説家で自由党党首のロイド・ジョージが健在で、ヘンリーは度々彼の演説を聞きに行っている。その時に身に付けた巧みな演説法が、後に英国霊的治療家連盟の会長として英国中の大ホールで行った講演や、英国国教会や医師会を相手に挑んだ論戦で大いに役に立つことになる。
 今から思えば、それもエドワーズの使命達成の為の準備として背後霊団が計画的に用意した過程であったものと察せられるが、それよりも遙かに重大な準備の過程がこれから始まろうとしていた。

心霊現象の研究

 
二十一歳の時に第一次世界大戦が勃発し、ヘンリーも陸軍に招集されてペルシャ(現イラン)へ派遣される。そしてそこで戦争体験ではなく、後の霊的治療の前兆ともいうべき、現地人相手の奇跡的治病を体験している。
 その頃から既に治療家としてそこそこの仕事はしていたが、仮にもしスピリチュアリズムという霊的基本原理を学ぶことなく続けていたら、日本でいう「拝み屋さん」程度の病気治しで終っていたことであろう。間もなくジャック・ウェバーという物理霊媒との出会いによって運命の歯車が大きく回転することになる。
 エドワーズがウェバーの物理実験に出席したのは1938年で、その現象の凄さに打たれたエドワーズは、ウェバーを使ってその真偽を自分で確認すると同時に、証人として著名人にも立ち会ってもらい、更に各社の報道写真家に撮影してもらうことにした。
 それはほぼ一年間、延べにして二百回にも及び、エドワーズ自身のコメント、ジャーナリストの証言、それに四十枚近い貴重な写真と共に、[ジャック・ウェバーの霊現象]という著書となって出版された。その「まえがき」
てエドワーズはこう述べている。
 ・・・・・この十四ヶ月間には各界から大勢の人に証人として特別に立ち会って頂いた。BBC放送の代表、大手新聞社の代表、英米の心霊関係の新聞や雑誌の編集者、海軍元帥、牧師、科学者、大学役員等々である。特にロンドン及び地方の心霊機関の代表が念入りに霊媒の身体検査を行った。
 疑り深い人間は当然のことながら写真と解説の真実性を問題とするであろう。が、仮に本物でないとすると、右に紹介したような各界の著名な代表を含む何千人もの人々を手玉に取った陰謀が、これといった動機も報酬もなしに、単に人を騙すということの為に大々的に行われたことになる。(中略)
 死後の存続の事実を疑問の余地のないまでに証明するという事は、人類にとって計り知れない価値を有する。この地上生活は更に一段上の明るい生活への準備段階であり、そこには本質的にはこの世と変わらぬ個性をもった生活があり、従ってこの世での行いがその位置づけをすることになるということを認識すれば、自ずとこれまでの生活規範に改革を迫られることになる。(中略)
 本当の平和、本当の四海同胞は、人生の意義と目的を説く確固たる知識に基盤を置いた強力な霊的勢力をバックにしたものでなくてはならない。それによって偏見が影を潜め、死後存続の意義の重要性に一般の人々が目覚めれば、人類の文明はますます霊的価値を伴ったものとなり、社会的規範も、経済的観念も、国家的慣習も、そして国際的通念も、大々的な再構築を迫られ、人間的努力は詮ずるところ人類全体としての平和的で強調的な霊的進化の為に為されるべきであるとの理解に立って生活を発展させて行くことになるに違いない。言い換えれば、究極の目的は世界を霊的に浄化することであらねばならないのである。
 
 最後の「霊的に浄化する」は原語で[spiritualize]となっている。これがspiritualismの語源であり、私が「地球浄化の大事業」と訳す理由はそこにある。同時に、これを「心霊主義」と訳すのは間違いであると主張する理由もそこにある。スピリチュアリズムは単なるismつまり「主義・主張」ではないということである。


基本的原理の学習の大切さ

 この最後の章をまとめるに当って参照した著書はエドワーズ自身のものが三冊、ポール・ミラーという心霊評論家のものが一冊、そのミラーとバーバネルの共著が一冊、そして前出のブランチによる伝記の六冊であるが、エドワーズの最後の言葉となった「じゃ、また明日な」を聞きながらエドワーズの寝室を後にしたブランチが、最大の敬愛を込めて書き上げた渾身の伝記が、一番読み応えがある。
 その伝記の中で私が思わず膝を叩いて「同感!」を叫びたくなった部分がある。先のジャック・ウェバーとの関係を扱った章の冒頭で、エドワーズ自身の著書にもミラーやバーバネルの著書でもこのウェバーとの関係が通り一遍のもので終っているのは重大な手落ちであると明言していることである。ブランチは言う-


エドワーズが治療家的能力を見せ始めたその初期にスピリチュアリズム的人生観に辿り着いたのは決して不思議ではなかった。自分とは全く関係のないエネルギーや知性の働きが存在することについて、疑問の余地のない証拠を手にしたからである。
 霊団側に特定のチャンスないしは媒体を通して成就すべき仕事がある時、その人間の人生のある時期に、一見すると何でもないようで、後に全生涯を振り返った時に、掛け替えのない意義をもつ体験をさせられるものである。
 ヘンリーの場合も然りで、治療家としてこれから伸びようとする大切な時期に避けようにも避けられないチャンスが訪れ、霊団側が強制的といってよい程のパワーで迫った指示に従ったことで、治療家としての能力が大きく花開いたのだった。
 前章で述べた段階でのヘンリーは、霊的な不思議な働きを見せ付けられながら、あれこれと試行錯誤の中で用心深い足取りで治療に当っていた。そこへ霊媒能力をもつ若者の出現でスピリチュアリズム的現象への興味が一気に増幅され、二人の友情と協調作業が、その後のヘンリーの人生に極めて重大な一時期を画することになったのである。


この一節は実に重大な人生のパターンを示唆していると思う。抜きん出た才能に恵まれている人間でも、生まれながらの才能に甘んじてそれに特別の磨きをかける努力を怠ると、例えばピアノが弾けるといっても楽譜通りに弾けるといった程度で終わり、聴く者の心に響くような名演奏家にはなれないように、魂が感動して人生観が一変する程の霊的能力を発揮することは出来ないということである。
 その特殊な体験は個人によって様々な形を取る。黒住宗忠のように三年にも及ぶ闘病生活で体力のギリギリの限界まで消耗しきった段階で、眼に見えないエネルギーで一気に回復すると同時に奇跡的治癒力を発揮するに至ったケースもある。
 浅野和三郎は126日にも及ぶ留置場での精神統一によって審神者としての才能に本格的な磨きが掛けられている。その弟子の間部詮敦は生まれながらの霊能者で、神道流の修業をそこそこ積んでいたが、50歳を過ぎて浅野和三郎との出会いがあり、スピリチュアリズムという名の霊的知識、なかんずく[四魂説]と[四界説]を学ぶことによって本格的なレベルの覚醒に到達した。
 ある日、指導が終った後で浅野氏が独り言のように呟いたという。
 「お前の背後がワイワイ騒いでるぞぉ。凄いのがついたなぁ。これから忙しくなるぞぉ」
 この時から間部氏は本格的な神の使徒となったことを意味していると私は見る。そのことを意味しているのであろう、ある日私に「スピリチュアリズムの仕事に携わるには神の認可がいるんだよ」と言われたことがある。
 このことをさる霊能者に告げたら「その許可証をどうやって受取るのですか」と言って軽蔑的な笑みを浮かべたのを思い出すが、この程度のことが理解できないようではスピリチュアリズムの仕事は仰せつからないということであろう。