ここでヒギンソン氏に向かって-
「お聞きになられましたね?あなたにとってもこれまでの道は平坦ではありませんでした。しかし、価値の高い仕事を託された人は、その仕事を担うに足る霊力を試す為の、様々な試練と試金石とが与えられるものです。あなたも、ご自分で自覚しておられる以上に、人の為に役立つ仕事をなさっておられます。そしてまだまだこれからも、貢献すべきあなたならではの分野が残されております」

何か質問がありますかと問われて、まずフリント氏が尋ねた。

-最近は物理霊媒がとみに少なくなったようです。聞くところによれば、物理的心霊現象の時代は終って、これからは精神的心霊現象の時代だそうですが、スピリチュアリズムが今日のような基盤を築くことができたのは(19世紀から20世紀初頭にかけての)著名な科学者による物理現象の研究のお蔭であることは間違いない事実です。

その意味で、物理霊媒を養成する努力が十分になされていないことを残念に思います。その為の時間を割くのが容易でなくなったという一面もあるようです。私たちは何年も掛けたものです。スピリチュアリズムが本格的な市民権を得る為には、もっと多くの物理現象を見せる必要があると私は考えます。それによって地上の全人類に霊界との繋がりの真実性を得心させることができるのではないでしょうか。

「この私に何を言ってほしいのでしょうか」

フリント-霊界側にとっても物理霊媒が欲しいに違いないと思うのですが・・・

これにはすぐ答えずに、シルバーバーチはヒギンソン氏に意見を求めた。ヒギンソン氏は霊視能力を得意とする霊能者でもあるが、物理実験会を催したこともある。

ヒギンソン-私が思うに、問題は現代生活のスピード化にあるようです。少人数による交霊会を催しても、最も大切な要素である[和気あいあい]の雰囲気が出にくくなってきたようです。霊界側が我々人間に何を望んでいるかが知りたいのです。大切なものは、そちらの方がこちらより、よくお分かりのはずです。やはり現代は物理的なものより精神的なものの方が要求される時代なのでしょうか。

「私も、私より上の界層の方達から教わったことしか申し上げられません。地球浄化の計画の一環として、毛を刈り取られた子羊への風当たりを和らげてあげる仕事が与えられております。それを地上の、その時々の現実の条件のもとで可能な限り行わねばなりません。
 仰る通り、一昔前に物理現象が科学者の関心を呼んだ時期がありました。勿論、それも計画の一環でした。従来の物理的法則では解釈のつかない現象を、あくまでも科学的手段によって、その実在性を立証するという目的がありました。
 歴史を振り返ってご覧になれば、物理現象が盛んに見られた時代というのは、決まって物質科学が優勢となって、伝統的宗教が基盤を失いかけていたことがお分かりと思います。宗教と科学とは常に対立してきました。物的証拠のない分野のことは宗教が独自の教義を説き、物理的に証明できるものしか扱わない科学は、そうした教義を拒否しました。
 科学の発達によって宗教的思想が完全に消滅してしまうような事態になっては危険です。そこで、物質科学が万能視され始めたあの時代に、物理現象による盛んな挑戦を受けることになったのです。
 しかしその後、科学の世界にも大きな変化が生じております。今や科学自らが不可視の世界へと入り込み、エネルギーも生命もその根源は見かけの表面にはなく、目に見えている物質のその奥に、五感では感知できない実在があることを発見しました。
 原子という、物質の最も小さい粒子は、途方もない破壊力を発揮することができると同時に、全人類に恩恵をもたらすほどのエネルギーを生み出すこともできます。科学はすっかり展望を変えました。なぜなら、かつてはもうこれ以上は分解できないと思われていた原子を、さらに細かく分裂させることが出来ることを知り、それが最後の粒子ではないとの認識をもつようになったからです。
 そうなると、地上界へのこちら側からのアプローチの仕方も必然的に変わってきます。心霊治療が盛んになってきたのは、その一つの表れです。身体の病気を治すという意味では物質的ですが、それを治すエネルギーは霊的なものです。現代という時代の風潮は、そういう二重の要素を必要としているのです。現代の人類は、そういうものはないと治せないほど病的になっているということでもあります。
 それは、物理霊媒はもう出なくなるという意味ではありません。まだまだ生命を物質的な目でしか見つめられない人がいる以上、そういう人に対処したレベルでのデモンストレーションも必要です。
 しかし同時に、先程ご指摘になった通り、生活のテンポが速くなったことも見逃せない要素です。それが精神を散漫にさせ、かつての家族団欒というものを、殆ど破壊しつつあります。
 さらに、ラジオ・テレビ・その他の娯楽が簡単に手に入るようになり、才能を発達させようという意欲を誘う刺激が、霊媒能力に対してはもとより、一般的な分野でも減ってきております。ピアノやバイオリンなどの楽器能力の鍛練でも、かつてほどの根気がありません。
 何につけても、スピードと興奮を求めようとする傾向があります。こんな時代に、霊媒のような犠牲を強いられるものを目指して努力する人など、多く出るはずがありません。まして、霊媒現象の歴史が[詐術]の嫌疑との闘いの連続だったことを知ると、尚更のことです」

ヒギンソン-私自身はそんな観方はしていませんでした。世の中の風潮に合わせて、できるだけ要求に合わせることに努力してきました。

「時代が変わったのです。今日の宇宙観は一世紀前とは、まるきり違います」

ヒギンソン-ということは、科学者も、その調子で物質的なアプローチの仕方から高次元のアプローチの仕方へと進歩する、ということでしょうか。

「自らの論理でそうせざるを得なくなるでしょう。どうしても目に見えない世界へと入り込み、その莫大な未知の潜在力の研究へと進むでしょう。霊的に成長すれば、その莫大なエネルギーを善用する方法も分かるようになります。そうなれば、自我に秘められた霊的能力の発達にも大いに関心を向けるようになります。
 目に見えている外面は、内面にあるものが形態をもって顕現したにすぎません。生命力というものは切り刻むことはできません。根元は一つであり、それが無限の形態で顕現しているのです。原子に秘められた生命も、人間・動物・花・樹木などの生命と本質的には同じものです」

ヒギンソン-現代の科学者はそういうことが理解できるレベルにまで到達しているのでしょうか。

「全体としてはまだです。が、到達している人もいます。オリバー・ロッジなどはその典型といえるでしょう。現象界の奥にある実在を認識した科学者の模範です」

ヒギンソン-その事実は、現代という時代において、スピリチュアリズム思想へ向かっての曲がり角におけるパイオニアが用意されているということを意味しているのでしょうか。

「その通りです。ちゃんとしたプランがあり、それぞれに果たすべき役割があるということです。大霊は無限の存在であり、全知・全能です。何一つ忘れ去られることがありませんし、誰一人として見落とされることがありません。神の計画は完璧に実行に移されます。完全性の中で編み出されたものだからです。今も完全性によって支配されております。そこに過ちというものは有り得ないのです。
 しかし、その計画の中にあって、あなた方にはその一部を構成している存在としての自由意志が与えられております。神の計画を促進させる方向を選択し、無限の創造活動に参加する好機をものにするか、拒否するか、それはあなたの自由ということです。
 霊的存在としての人間は、どこにいても、それぞれに果たすべき役割というものがあります。その一人ひとりの生涯において、いわば曲がり角、危機、発火点といったものに立ち至ります。その体験が触媒となった魂が目覚め、自分が物的身体を通して機能している霊的存在であることを悟ります。
 自我とは、霊を携えた身体ではなく、身体を携えた霊なのです。実在は霊なのです。身体は外形です。殻です。機械です。表面です」

ヒギンソン-現代のスピリチュアリズムは正しい方向へ向かっていると思われますか。私には非常に混乱したイメージしかありません。とこへ足を運んでも、そこにはまた違った考えをもった人達がいます。正しい理解が行きわたるまでには、どれくらいの年月が掛かるのでしょうか。進むべき道はどちらにあるのでしょうか。

「率直に申し上げて、スピリチュアリズムの最大の敵は、外部ではなく内部にいる-つまり、生半可な知識で全てを悟ったつもりでいる人達が、往々にして最大の障害となっているように見受けられます。
 悲しいことに、見栄と高慢という煩悩が害毒を及ぼしているのです。初めて真理の光に接した時の、あの純粋なビジョンが時の経過と共に色褪せ、そして薄汚くなっていくのを見て、いつも残念に思えてなりません。一人ひとりに果たすべき役目があるのですが・・・
 私たちはラベルやタイトル、名称や組織・団体といったものには、あまり拘りません。私自身、スピリチュアリストなどと自称する気になれません。大切なのは暗闇と難問と混乱に満ちた地上世界にあって、霊的知識を正しく理解した人が一人でも多く輩出して、霊的な灯台となり、暗闇の中にある人の道案内として、真理の光を輝かせてくださることです。
 霊的真理を手にした時点で、二つのことが生じます。一つは、霊界との磁気的な連結(リンク)ができ、それを通路としてさらに多くの知識とインスピレーションを手にすることができるようになることです。もう一つは、そうした全生命の根元である霊的実在に目覚めたからには、今度はその恩恵を他の人々に分け与える為に、自分がその為の純粋な通路となるように心掛けるべき義務が生じることです。
 人の為に役立つことをする-これが他のすべてのことに優先しなくてはなりません。大切なのは[自分]ではなく[他人]です。魂の奥底から他人の為に良いことをしてあげたいという願望を抱いている人は、襲い来る困難がいかに大きく厳しいものであっても、必ずや救いの手が差し伸べられます。道は必ず開けます。
 自信をもって断言しますが、我々霊界の者が人間を見放すようなことは絶対にありません。残念なことに、人間側が我々を見放していることが多いのです。我々は霊的条件の下で最善を尽くします。が、人間の側にも最善を尽くすように要求します。こちらもそちらも、まだまだ長所と欠点を兼ね備えた存在であり、決して完全ではありません。完全性の達成には永遠の時を必要とします。
ですから、その時その時の条件下で最善を尽くせばよいのです。転んだらまた起きればよろしい。転ぶということは、起き上がる力を試されているのです。自分がしようとしていることが正しいと確信しているなら、思い切って実行すればよろしい。袂(たもと)を分かつべき人とは潔く手を切り、その人の望む道を進ませてあげればよろしい。
 その内、あなたの目に霊の力が発揮される場合がいろいろと見えてまいります。そうなっていくことが肝心なのです。組織とか教会、協会、寺院、その他の建造物は、霊力の顕現の場としてのみ存在意義をもつのです。教会はスピリットが働きかける聖なる場所として以外には、何の価値もありません。莫大な費用をかけて豪華にしてみても、そこに霊力というものが通わなければ、ただの[巨大な墓]にすぎません。霊力の働きかけが何よりも大切なのです。
 あなたが会長をしておられるSNU(英国スピリチュアリスト同盟)という組織の中に(人の為に役立ちたい)という真情に燃えた人が集まれば、その人達の周りには自動的に、霊界において同じ願望に溢れる自由闊達なスピリットが引き寄せられます。その両者が一致協力して、他の手段では救えない人の救済に努力します。悲しいかな、地上にはそういう気の毒な人が多いのです。
 人間は(組織・団体に属さなくても)人の為に役立つ仕事ができるという特典があります。サービスこそ霊の通貨なのです。何度も申し上げておりますように、人の為に役に立つということは崇高なことです。
 私たちが忠誠を捧げねばならないのは、宇宙の大霊と、その大霊の意志の働きとしての永遠不変の摂理です。
 以上のお答えでよろしいでしょうか」

ヒギンソン-結構です、有難うございました。

「私に対する礼は無用です。感謝はすべからく大霊に捧げましょう。私たちは互いにその大霊の忠実な使者たらんと努力しているのですから」

ヒギンソン-(SNUに所属している)スピリチュアリスト・チャーチを訪ねて回ることがあるのですが、こんな程度のものなら閉鎖してしまった方がいいのではないかと思うことがあります。要は霊力を顕現させる為の場であることが本来の目的だと思うのです。

「霊界側がいつも待ち望んでいるのは、霊力が働きかける為の通路です。霊力とは神性の顕現そのものなのです。それをあなた方は神(ゴッド)と呼び、私は大霊(グレイト・スピリット)と呼んでいるわけです。宇宙にはこれに優る力はなく、絶対的な愛に裏打ちされた無限の力なのですから、それに顕現の場を与えずにおくのは勿体ない話です。
 霊とは摂理であり、生命であり、愛です。愛は、バイブルにもありますように、摂理の実行にほかなりません。あなたの心が愛と慈悲に満ちていれば、あなたのもとを訪れる人の力になってあげることができます。反対に不快・不信・怨みなどを抱いているようでは、霊力のチャンネルとはなり得ません。そうした低級感情は霊力の流れの妨げとなるからです」