その日のもう一人の招待客は、今は亡きメキシコのスピリチュアリズムの指導者、ケネス・バニスター氏の娘のミリアム・リアリー女史だった。バニスター氏がスピリチュアリスト・センターを設立した時に、シルバーバーチがその開所式にお祝いの言葉(霊言)を贈ったいきさつがある。

リアリー-私達センターの者はあなたのことを親愛の情をもって思い出しております。その後もずっとあなたの霊訓を心の支えにしております。あなたに対して一種の愛情を抱いております。

「私の方こそセンターの皆さんに愛情を抱いております。ゆっくりではありますが、着実に仕事が進行し、障害が取り除かれていきつつあることを大変嬉しく思っております。お父さんが計画なさった通りに進行しております」

リアリー-素晴らしいことです。きっと父も援助してくれているものと確信しております。それを実感しております。

「当然のことです。あなたはその若さでこうして霊的知識を手にされて、大変お幸せな方です。だからこそ目に見えない霊力によって導かれていることが自覚できるのです。
 メキシコはまだまだ課題が山積しております。私が連絡を取り合っている地上の多くの国の中でも、暗黒部分の多い国に入ります。しかし、霊の世界からの働きかけの存在を自覚する人が増えるにつれて、事態は少しずつ改善へ向かっております」

リアリー-あなたは、霊的に正しければ物的な側面も自然に収まると仰っていますが、動物の世界のことはどう理解したらいいのでしょうか。霊的には少しも悪いことはしていないのに、人間によって虐待され、屠殺され、悪用されております。

「動物と人間とは、その属する範疇が違うのです。人間には正しい選択をする責任が与えられているという点において、[自由意志]の行使が許されているということです。その使い方次第で進化の計画を促進する力にもなれば妨害することも有り得ます。そこに、この地球という天体を共有する他の生物をどう扱うかを選択する自由意志の行使範囲があります。勿論限界はありますが・・・
 現在の地上世界はその自由意志の乱用が多すぎます。その中でも無視できないのが、動物への虐待行為と、食用の為の乱獲です。しかし、そういう事態になるのも、人間に自由意志が授けられている以上やむを得ない、進化の諸相の一面として捉えないといけません。自由意志を奪ってしまえば、個性の発達と進化のチャンスが無くなります。そこが難しいところです」

リアリー-どうしてそういう事態の発生が許されるのかが私達には理解できないのです。

「[どうして許されるのか]という言い方をなさるということは、人類から自由意志を奪ってしまった方がいいと仰っていることになります。繰り返し申し上げますが、自由意志を奪ってしまえば、人類はただの操り人形になってしまうことになり、内部の神性を発揮することが出来なくなってしまいます。霊的な属性が進化しないとなると、地上に生まれてきた意味がすべて失われます。
 地上世界はある人にとっては託児所であり、ある人にとっては学校であり、ある人にとってはトレーニング・センターです。色々な事態に直面し、それを克服しようと四苦八苦するところに意義があるのです」

サークルのメンバー-我々人間の目に不公平に思えるのは、人間がそうやって自由意志で行っていることが間違っている場合に、その犠牲になっているのが無抵抗の動物達であることてす。人間が過ちを犯し、そのツケを
動物が払うという関係は、どこか間違っているように思えるのです。

「では、あなたはどうあればよいと仰るのでしょうか」

-人間が間違いを犯した以上は、動物ではなく人間みずからがツケを払うということでないとおかしいと思うのです。

「埋め合わせと償いの法則というのがあります。人間はその行為によって、善悪それぞれに、霊的にそして自動的に影響を受けます。因果律というのは逃れようにも逃れられません。不当な行為を受ければ埋め合わせがあり、その行為者は償いをさせられます。それが自然界の摂理なのです。
 身に覚えのないことで不当な苦しみを受けた人は、それなりの埋め合わせがあるように、人間の身勝手な行為の犠牲になっている動物にも、ちゃんとした埋め合わせがあります」

別のメンバー-この調子では動物への虐待行為を人類が思い止まる日は来そうにないように思えるのですが・・・

「いえ、そうとも言えませんよ。人類は、徐々にではありますが、他の創造物への義務を自覚していくでしょう。一夜にして残虐行為を止めるようになるとは申しておりません。皆さんは進化の途上にある世界において進化しつつあるところです。一見すると同じ事の繰り返しのようで、全体としては少しずつ進化しております。進化とはそういうものなのです。無限の叡智と愛によって、地上のあらゆる存在に対してきちんとした配慮がなされていることを理解なさらないといけません」

別のメンバー-現在の動物の残酷な扱われ方は、どうみても間違っております。が、徐々にではありますが、動物の肉を食べ過ぎているのではないかという反省が生まれつつあるようです。

リアリー-そういう行為が残酷であることをたちどころに思い知らせるようであってほしいのです。人間はその辺をうまくすり抜けているように思います。

「罰をすり抜けられる者は一人もいません。法則は必ず法則通りに働くのです。地上生活中にその結果が出なくても、こちらへ来て償いをさせられます。いかなる手段をもってしても、因果律を変えることはできないのです。不変であり、不可避であり、数学的正確さをもって働きます。原因があれば必ず結果が生じるのです。
 誰一人、悪行の結果をすり抜けられる者はいません。もしそれが可能だとしたら、大霊が大霊であるゆえんである[公正]というものが崩れてしまいます。
 こうした問題においていつも私が強調しているもう一つの側面があります。それは、残念ながら人間には長期間の展望がもてないということ、いつも目先のものしか目に入らないということです。皆さんには地上での結果しか見えないのですが、こちらの世界へ来れば、すべてがきちんと清算されていることが分かります」

リアリー-人間はせっかちなのです。

「その点は先刻承知しておます。一人でも多くの人が人類としての義務を自覚できるように、皆さんに可能な限りの努力をなさることです。狼が小羊と一緒に寝そべる日が一日も早く到来するように祈ることです。進化は必ずやその目的を成就することになっているのです」

ムーア-人間がもっと自然で神の意志に適った生き方ができるようになれば、あれほどまで多くの動物を実験材料に使わなくなると思うのです。

「仰る通りです。ですから、我々真理を知った者は、いつどこにいてもその真理の普及と啓発の為の努力を怠らないようにしなくてはなりません。障害を一つ取り除く毎に祝盃を上げるべきです。霊力はゆっくりとした進化によって地上に根付いていくものでして、急激な革命によって一気に行われるものではありません。
 大自然の摂理から外れて、奥に秘められた莫大なエネルギーから遠ざかるようなことをしていては、いつかはその代償を支払わなければならなくなります。人間は霊的属性、霊的潜在力、霊的可能性を秘めた霊的存在なのです。自分以外の地上の生命、特に動物がそれ本来の生き方ができるように指導する力量をそなえているのです。
 神の計画は必ずや成就されることになっています。それを人間の愚行によって遅らせたり邪魔だてしたりすることはできても、完全に挫折させてしまうことは絶対にできないのです」

シルバーバーチの交霊会の恒例として、最後にサークルのメンバーの一人ひとりから個人的な悩み事の相談を受けることになっていた。それが終った後、出席者全員に向かって次のようなメッセージを述べた。
「皆さんが遭遇する問題について、私はその全てを知っております。特に何人かの方とは、地上的表現でいう[随分永いお付き合い]を続けております。生活上でも色々と変化があり、悩み事や困難、避けられない事態に対処していかれる様子をこの目で拝見してまいりました。ですが、今こうしてお会いしてみて、魂に何一つ傷を負うことなく、そのいずれをも見事に克服してこられたことが分かります。
 遭遇する問題の一つひとつを、あなたへの挑戦と受け止めないといけません。障害の一つひとつが挑戦なのです。ハンディキャップの一つひとつが挑戦なのです。地上生活では挑戦すべき課題が次から次へと絶え間なく生じます。しかし、いかに強烈でも、いかに強大でも、あなたの進化を妨げるほどのものは絶対に生じません。大切なのは、それにどう対処するか-その心の姿勢です。
 自分の霊性の発達にとって、どういう体験が大切であるかの判断は、あなた方自身にはできません。大きな全体像の中のごく限られた一部しか目に入らない為に、あなた方自身が下す判断はどうしても歪められたものとなります。
 ですから、体験の価値をうんぬんしていないで、とにかくそれを克服していくのです。きっと克服できます。克服するごとに霊性が強化されていきます。身体は不完全であり、弱さをもっております。あまりのストレスに負けて、体調を崩すことがあるかも知れません。
 しかし、あなた方に宿る霊性は大霊の一部なのです。霊は、潜在的には完璧です。すべてを克服していく資質を秘めております。その認識のもとに対処すれば、きっと克服できます。このことを語気を強めて申し上げるのは、それが私達の教えの中枢だからです。
 私の教えによって救われたという感謝の言葉をよく聞かされます。が、私の教えではないのです。私よりはるかに叡智に富んだ高級界の存在から私が預かったものなのです。しかし、地上界にそういう教えを受け入れてくださる方がいることを知ることは、大変嬉しいことです。そういう方は霊的な受け入れ態勢が整っていたことを意味し、これから後も大霊の無限の恵みに浴していかれることでしょう。
 私も含めて、ここに集まっておられる人達は大変な光栄に浴していることを知らねばなりません。これまでに啓示して頂いた叡智を、大霊に感謝致しましょう。しかし同時に、それだけの啓示に浴することができたのなら、もっともっと多くの啓示に浴せる可能性が待ち受けていることも知ってください」