○大霊は人間の全てに一定範囲内の自由意志を授けてくださっています。あなたは操り人形ではないということです。知性があり、理性があり、判断力・決断力・反省力を有し、自分の意見を主張し、人生体験によって叡智を身に付けていくことが出来ます。

○知識には責任が伴うというのが私の一貫したテーマです。知識による恩恵を受けたからには、今度はそれをいかに生かすかという責任が必ず生じます。そこにあなたの自由意志による選択が問われます。それがあなた自身の責任の尺度になるのであり、これだけは他の誰一人として代わってあげるわけにはいきません。

○あなたがもし霊的真理についての知識を手にしながらそれに適った生き方をすることが出来なければ、それ相応の代償を払わねばなりません。[知らなかった]という言い訳は許されないからです。知識は自動的に責任をもたらします。真理を知った者はそれだけ余分なものを要求されます。それは言い変えれば、その人への大切な信頼にほかなりません。

○物事は善にもなり悪にもなります。そこにあなたの選択権、自由意志、決断力、判断力を使用する要素があるわけです。それは大霊があなたに与えた神性の一つです。言い変えれば、あなたは神の操り人形ではないということです。その判断・決断に際して背後霊は、あなたが正しい選択をするよう精一杯の努力をします。しかし時には大切な教訓を学ばせる為に思い通りにさせることもあります。が、その裏にはあなたがきっと無傷で立ち直り貴重な叡智を身につけてくれるとの確信があります。

○[理屈を言ってはいけません。そう信じればよいのです]-私はそんなことは申しません。反対に[神が与えてくださったもの(知的判断力・理性)を存分にお使いになって私をお試しなさい。しっかり吟味なさい。そしてもしも私の言うことに卑劣なこと、酷いこと、道徳に反することがあれば、どうぞ拒否なさってください]と申し上げます。

○人間は戦争が起きると直ぐに[なぜ神は阻止してくれないのか][なぜ未然に防いでくれないのか]とおっしゃいます。が、人間自ら神の摂理を無視する方向を選択した以上は、その責任は人間にあります。やりたいことを勝手にやっておいて、その報いを逃れるというのは許されません。摂理は変えられません。蒔いたタネは自分で刈り取るのです。利己主義のタネを蒔けばそれ相当の結果を刈り取らねばなりません。高慢・嫉妬・怨み・貪欲・悪意・不信・猜疑心-こうしたタネを蒔けば、やがて時を経て戦争と困窮と混乱を生みます。

○自由意志は神からの授かりものです。しかしその使い道を誤るとそれなりの償いをしなければなりません。摂理に則った生活をすれば恩恵を刈り取ります。逆らった生き方をすればそれ相当のものを刈り取ります。前者は平和と幸福と豊かさをもたらし、後者は悲劇と戦争と流血と混乱をもたらします。

○大霊の神性の種子が人間の一人一人に植え込まれています。それは畑に植えた種子と同じく、生長に必要な養分を与えれば必ず芽を出し、大きく育ち、やがてその美事な花を咲かせ実を結びます。あなた方は一人一人が庭師です。内部の神性が首尾よく芽を出すかどうか、或いはいつ芽を出すかは、各自の努力次第です。そこには自由意志というものが許されております。暗闇に閉じ込め、発育に必要な光を当てなければ、大霊の顕現する機会はありません。