○明日のことを思い煩ってはいけません。大切なのは今日です。あなたのなすべきことに能力の限りを尽くしなさい。最善を尽くすー私達はこれ以上のことは要求しません。

○あなたは人間です。か弱い存在です。しかし、弱いからこそ強いということはどういうことかが分かるのです。

○真理というのは至って単純なのですが、一見すると矛盾しているかに思えることがあります。闇があるから光の存在が分かり、悲しみがあるから喜びが味わえるのです。危機にさらされるから平穏無事の有り難さが分かるのです。

○誰の人生にも道しるべが用意されております。もしも霧(心の迷い)によってそれがぼやけて、よく見えなくなった時は、いったん足を止めることです。ただの霧ですから、そのうち晴れてまた辿るべき道が見えてきます。雲に遮られている時でも太陽は照り輝いているのです。

○こうした教えを私が説くのは、その真実性をこの目で確かめているからです。その結果として私は、宇宙の大霊すなわち神とその無限の力に全幅の信頼を置いています。その力は誤るということがありません。人間は欠点のゆえに、汚れゆえにしくじるということがあります。しかし、失敗は成功する方法を学ぶ手段でもあるのです。

○生命は一本調子のものではありません。不活性のものでもありません。自然は真空を嫌います。生命とは活動であり、発散であり、振動です。常に動きがなくてはなりません。大抵は前向きのもので、時として後退することもありますが、一番いけないのは動きを止めてしまうことです。

○後退のやむなきに至ることはあります。が、後退するということは、その後の一段と大きい前進の喜びを教えてくれることでもあります。時には俗世の喧騒から身を引くことも大切です。そして内的自我に静寂をもたらすことが出来るようでないといけません。

○魂は平穏・静寂・平静・受容性・調和の中で最も活発になります。皆さんは目覚めている時よりむしろ睡眠中に霊的活動を活発に行なっていることがよくあります。その時、力と導きを得ておられるのです。

○困難な仕事は頑健(タフ)な人間に当てがわれます。タフな人間に易しい仕事を与えるのは無駄というものです。厳しい使命が与えられるということは、その人が霊的に有能であることの指標です。無知と迷信との闘いに臨む将軍は厳しい教練によって鍛えられていなければなりません。さもないとその任に耐えられません。ですから、矛盾しているように思えるかも知れませんが、仕事が困難であればあるほど、それだけ成就されるものも大きいということになります。

○霊的知識を手にした者にとって大切なことは、二度とこの世的な悩み事の為に塞ぎ込むようなことがあってはならないことです。悩み事は影にすぎません。実在ではないのです。実在は霊です。霊とは内部の神性です。それがあなたに生命を与えているのです。内にも外にも霊に勝る潜在力は存在しません。

○あなたが人間であり、それゆえに転ぶこともあることは私も知っております。ですが、悩みごとが次第に大きく感じられてきた時、そこでしっかりと踏みとどまり、いかなる悩み事も、実在である霊の光を曇らせることは出来ないのだという認識を新たにすることが出来れば、心晴れやかとなり絶対に克服してみせるとの信念が湧いてまいります。これは実に厳しい教訓ではあります。が、もし楽に達成できるものであれば、求める価値はないことになります。両手に花とはまいりません。何かを成就せんとすればまず自我を鍛えないといけません。鍛錬の必要のないほどのものであれば、自我の開発には繋がりません。

○地上での生活は一日一日が挑戦課題であり、いかなる次元の問題であれ、自ら克服すべきものとして受け入れるべきです。内部の霊性さえ発揮させれば、前進を阻むものは何一つありません。

○私が摂理をこしらえているのではありません。私に託されているのは摂理がこうなっていますと申し上げることだけです。毎朝の到来はより高い霊性の開発の可能性を秘めた一日の到来を意味します。その一日が終わった時に少しでも霊性が高まり、人間的に大きくなり、明日がもたらすものを受け入れるのにより相応しくなっている-そういう一日とする気迫で毎朝を迎えましょう。

○日々の生活でいかなる問題が生じようと、それによって気が滅入ることがあってはなりません。私はバラ色の人生、何の苦労もない楽な人生をお約束することは出来ません。お約束が出来るのは、霊的存在としての本来の生き方に徹していれば、必ずや霊的向上が得られるということです。そうなって初めて物質の世界へ誕生してきた甲斐があったことになるのです。

○真理というものは童子のごとき素直な心になり、無知が生んだ過去の誤った概念から解放された時には、いとも簡単に理解できるものです。

○物質は一種の障害物であるという見方もできます。鈍重で、もどかしくて、活気がありません。それにひきかえ霊は軽快で、繊細で、鋭敏です。が、その霊も地上で自我を表現するのは五つの物的感覚を使用しなければならないのです。例えてみれば巨匠が粗末なバイオリンを使って演奏するようなものです。巨匠の魂には音楽的インスピレーションが湧き出ていても、バイオリンが粗末である為に、その繊細な響きが出せません。人体はまさに土の塊です。しかし、地上で生活するにはそうした器官に宿るしかないのです。

○いつも明るく楽天的で愉快な気分を忘れないようにしてください。うなだれてはいけません。背後霊にとって最も働きかけ易い雰囲気は、陰鬱さや落胆や絶望感の無い状態です。そうした陰湿な感情はあなたのオーラを包み込み、背後霊によって厄介な障害となります。

○賞も罰も自分でこしらえているのです。自分で自分を罰し、自分で自分に褒美を与えているのです。それがいわゆる因果律、種まきと刈り取りの原理です。その働きは絶対です。

○人の為に役立つことをする者に呑気なバラ色の人生は望めません。美しいバラにもトゲがあります。霊的な精進の道は厳しい試練の連続です。進むにつれて見慣れた標識が遠のいていきます。

○種子が暗い土中に植え込まれるのは、生命活動を開始する為の養分を摂取する為です。人間の魂も同じです。死後に始まる本当の生命活動に備えて物的体験という魂の養分を摂取する為に、この地上という物的世界へ送られてくるのです。

○人生体験のすべてがそれぞれに大きな生命機構の一部としての意義を持っております。およそ歓迎したくない体験ー悲しいこと、辛いこと、嘆き、落胆、苦悩、痛み等々も魂にとって掛け替えのない価値を持っております。その有り難さは地上にいる間は実感できません。地上人生の価値の明確な全体像が理解できるようになるのは、肉体を離れて煩悩から解放され、局部に囚われずに全体を眺めることが出来るようになった時です。逆境の中にあってこそ人間性が鍛えられ、悲哀の中にあってこそ魂が強化されていることが分かります。

○その日一日、その場の一時間、今の一分・一秒を大切に生きることです。明日のことを思い煩うことなく、『今』という時に最善を尽くすのです。あなたが煩悩をもつ人間的存在であり、未熟であることは、神は先刻ご承知です。だからこそ地上に来ているわけです。もしも完全であれば、今そこに存在していないはずです。地上生活の目的はその不完全なところを一つでも無くしていくこと、それに尽きます。

○人の為に何かをしてあげようとする時、それが当を得たものであれば、それに必要な手段が必ず用意されます。無視されることは決してありません。何もかも自分で用意しなければならないというものではありません。何かが生じた時は必ず援助の手が差し伸べられるものです。

○危機に立ち至ったら、それまでの過去を振り返って、お先真っ暗の絶対絶命の時に道が開かれてきたことを思い出してください。そこに背後霊の導きがあったのです。それはこの後も決して見棄てることはありません。

○宇宙間の全てのことが知れるようになっております。全てを知ろしめす為の、高級霊による一大組織があるのです。その中には一度も物質界に降りたことのない霊もいます。全てが大霊の計画の直接の実行者です。総合的な基本計画というものがきちんと出来上がっており、その中に全てのもの、全ての人間に対する配慮がなされております。私が全てのことは佳(よ)きに計らわれているから安心なさいと申し上げる根拠はそこにあるのです。

○地上のいかなる賢人も、問題の全てに対する回答を手にすることは出来ません。三次元の世界に閉じ込められている以上、叡智の全てを手にすることは不可能なのです。その三次元の殻を破らないことには悟れないことがあるのです。そこに[信じる]ことの必要性が生じるわけです。私は[信仰だけではいけません。信仰に知識を加えなさい]と申し上げていることは事実ですが、その段階を更に進むと、その知識にも三次元故の限界がある為に[信じる]しかない段階に至ります。全てを理性で片付けるわけにはいかなくなった時、直感的洞察力の必要性が生じます。

○私が[信仰]という用語を用いる時、それは何の根拠も論理的背景もなしに、好きなように信じるという意味ではありません。知識という基盤をもち、霊的実在について疑い抜いた末に生まれる確実な根拠の上に築くものであらねばなりません。

○あなたが人の為に役立つことをしようと努力する時、必ず背後には複数の進化せる霊が集結して援助してくれます。決して見棄ててはおきません。といって、それで物事が楽に成就されると期待してはいけません。必ず困難はつきまといます。面倒なことも生じます。が、きっと成就されます。霊の世界からの協力者は決して降参しません。あなたが投げ出さない限り、いつまでも、勝利するまで味方になってくれます。

○地上は困ったこと、厄介なことだらけです。価値観を見失い、優先すべきものを履き違えている者が多過ぎるために、暗く陰鬱で、しかも暴力沙汰の絶えない、悲しい世界となり果てております。善の勢力と悪の勢力とのせめぎ合いが果てしなく続いているのです。そうした中で私達が一番頼りにするのは、霊的真理に目覚めた人達です。邪悪な勢力の攻撃にもたじろぐことなく堂々と対処できるのは、内部に秘められた霊力と、既に発揮しておられる霊的能力のおかげです。

○私が光栄にも地上世界の霊的新生の仕事に携わってきたこれまでの永い年月を振り返ってみて言えることは、いかに陰鬱な影に覆われても、それはあくまでも一時的に光を遮っているに過ぎず、永遠の太陽は常に輝いているということです。これからも皆さんの近親の霊と共に、私も皆さんが最善を尽くしておられる限り、生活に必要なものは不自由しないように取り計らってさしあげます。

○難題に尻込みし、真理普及の厳しい最前線から撤退していく人のことを気の毒に思ってあげなさい。元々本物の理解が出来ていなかった者ならいざ知らず、一度でも魂が感動し真理の光を見た者であれば尚更気の毒なことです。私達霊界の者にとって、正しい知識を手にした者がかくあるべきという規準にそぐわない振る舞いをする姿ほど、見るも悲しいものはありません。

○私達はお互いに欠点をそなえた人間的存在です。もしも完全であれば今こうして集い合っていることもないでしょう。完全性の成就は永遠に続く道程です。知識の全てを手にすることは不可能なのです。今あなたが置かれている生活条件そのものが、あなたが獲得し吸収していくものに制約を加えるからです。

○目の前が真っ暗となり、もはや物質の世界には頼りになるものは何もないかに思えた時に啓示が与えられます。それは、まず生命は霊であるがゆえに死後も永遠に続くものであることを証拠によって得心することに始まり、やがて霊的な恩恵を授かることによって次は、自分のもとを訪れる人々の悩める心を癒してあげることが出来るようになります。その一つ一つの道程に計画があるのです。

○あなたの愛する人達、それからあなたを愛してくれている人達は、『死』を境にして物質的には別れ別れになっても、霊的には今まで通りに繋がっております。愛は死よりも強いのです。愛は霊力と同じく宇宙で最も大切なエネルギーの一つです。

○あなた方(霊的知識の大切さに目覚めた人)は地上のいかなるものにも勝る力すなわち霊力の特使です。それはありがたい名誉であると同時に大変な責務でもあります。頂いている愛と尊厳をいささかでも傷つけることがあってはなりません。いついかなる時も寛容的で哀れみ深く、同情的で心優しい態度で、霊的真理の普及を心掛けないといけません。それが理解してもらえず冷たくあしらわれた時は、その人のことを気の毒に思ってあげることです。聞く耳を持っている人には大いに援助の手を差し伸べてあげることです。単純のようで実は奥の深い真理です。いつどこにいても人の為に役立つよう精一杯尽力する-我々の側から要求するのはそれだけです。

○すげない拒絶にあい厳しい批判を浴びせられても気になさらないことです。その人は折角のチャンスを目の前にしながら、それを受け入れる用意が出来ていなかったことを意味します。むしろその人のことを気の毒に思ってあげなさい。神は人間の一人ひとりが地上生活の期間中に必ず一度は生命の基盤である霊的真理を知るチャンスを用意してくださっております。

○霊的なものと物的なもののいずれにも偏らないように配慮しないといません。物的なことに向けておられる関心よりもっと多くとは申しませんが、せめて同じ程度の関心を霊的なことにも向けるように努力してください。あえて断言しますが、人の為に自分を役立てようとする行為を真摯に、謙虚に、そして敬虔な気持で実行する時、その為の手段が得られなくて挫折するということは決してありません。

○人間は宇宙最大の力の貯蔵庫です。霊の力を秘めているということです。それを圧殺したり、征服したり、地上への顕現を阻止したりすることは出来ません。あなたの地上人生が終わった時に、それまでにたった一つの魂でも救ってあげることが出来れば、あなたの地上での存在は無駄ではなかったと言えます。

○生命の基盤である永遠の霊的原理を片時も忘れずに、それと調和して生きるように心掛けなさい。それが、[存在]のより高い次元と調和して生きる者に必ず訪れる冷静さと憩いと落ち着きと安らぎと内的静寂を確保する道です。

○一旦霊的覚醒に到達したら、高次元の界層及びそこの生活者との間に磁気的な繋がりが出来ます。その時からあなたは常に彼等の保護下に置かれます。もたらされた啓示にしがみつき、それを全生活の基盤となさることです。その基盤を揺るがせる力は物質の世界には存在しません。これから訪れる日々もその基盤の上で迎え、不敵の信念で生きることです。地上には何一つ恐れるものはないのです。

○心配からは何一つ良いことは生まれません。心配と恐れはあなたにとって味方ではなく敵です。不屈の心、冷静さ、自信、決意、こうした資質は悟りを開いた魂から生まれるものです。あなたはこれまで立派に導かれてきたのです。これからも導きがあります。疑念が生じた時は一旦心の働きを止めて内的静寂の世界へ引っ込み、霊的資質の発現を待つのです。この地上人類の霊的覚醒の為の闘いに参加している将校は、戦況がいかに苦しくなっても、磐石の信念をもってその持ち場を死守しないといけません。その為にこれまで厳しく鍛えられ試練に晒されてきたのです。背筋を真直ぐにしなさい。

○取り越し苦労は最悪の敵です。精神を蝕みます。霊界から送られてくるはずの援助の通路を塞いでしまいます。あなたを包んでいる物的・精神的・霊的雰囲気を乱します。理性の敵でもあります。透徹した人生観と決断力という二つの人生最大の見方の妨げになります。

○心配の念が心をよぎった時は、実質のないただの影にすぎないものとして、一刻も早く放り棄てることです。考えてもごらんなさい。光の方が闇に勝るのです。知識の方が無知に勝るのです。真理は迷信を打ち破り、必ずやその存在価値を発揮します。

○私達がお教えしようとしている人生の秘訣は、今を大切に生きるということです。明日のことを思い煩ってはいけません。あなたには霊的知識があります。どこかに仕舞い込んでいてはいけません。それを全人生の基盤とするのです。その知識が生み出す自信をもって生き、決して悲観的になってはいけませんと言っているのです。明日という一日を素敵な冒険と可能性をもたらしてくれるものとして、力強く迎えるのです。人生は陽気さと快活さに満ちたものでなくてはいけません。心配の念は蹴散らしなさい。心配は無知と迷信の産物です。あなたは光栄にも素晴らしい知識の中で生きられる条件を手にしているのです。

○笑顔のあるところに大霊の働きがあるのです。悩みの中にあっても笑いを失ってはいけません。それが出来るようになれば何事も必ず解決します。このことは私が永い間繰り返し申し上げてきたことです。俗世のことに悩まされて笑顔を忘れるようでは、まだまだ真理を悟ったとは言えません。

○俗世のことは無視しなさいと言っているのではありません。物的世界で自我を顕現させている以上は、その世界での義務というものがあります。ただ、自分の中にも大霊が宿っており、それが自分を通じて働くのだという、この事実を忘れてはいけません。その力は物的世界のいかなる悩み事をも克服します。