(九)-大霊(神)を全能でしかも慈悲ある存在と形容するのは正しいでしょうか。

 「何ら差し支えありません。大霊は全能です。なぜならその力は宇宙及びそこに存在するあらゆる形態の生命を支配する自然法則として顕現しているからです。大霊より高いもの、大霊より偉大なもの、大霊より強大なものは存在しません。宇宙は誤まることのない叡智と慈悲深き目的をもった法則によって統括されています。その証拠に、あらゆる生命が暗黒から光明へ、低きものから高きものへ、不完全から完全へ向けて進化していることは間違いない事実です。
 このことは慈悲の要素が神の摂理の中に目論まれていることを意味します。ただ、その慈悲性に富む摂理にも機械性があることを忘れてはなりません。いかなる力をもってしても、因果律の働きに干渉することは出来ないという意味での機械性です。
 いかに霊格の高い霊といえども、一つの原因が数学的正確さをもって結果を生んでいく過程を阻止することは出来ません。そこに摂理の機械性があります。機械性という用語しかないのでそう言ったのですが、この用語ではその背後に知的で、目的意識をもったダイナミックなエネルギーが控えている感じが出ません。
 私がお伝えしようとしている概念は全能にして慈悲に溢れ、完全で無限なる神であると同時に、地上の人間がとかく想像しがちな〝人間神〟的な要素のない神です。しかし神は無限なる大霊である以上その顕現の仕方も無限です。あなた方お一人お一人がミニチュアの神なのです。お一人お一人の中に神という完全性の火花、全生命のエッセンスである大霊の一部を宿しているということです。その火花を宿していればこそ存在出来るのです。しかしそれが地上的人間性という形で顕現している現段階においては、皆さんは不完全な状態にあるということです。
 神の火花は完全です。一方それがあなた方の肉体を通して顕現している側面は極めて不完全です。死後あなた方はエーテル体、幽体、又は霊的身体-どう呼ばれても結構です。要するに死後に使用する身体であると理解すればよろしい-で自我を表現することになりますが、その時は現在よりは不完全さが減ります。霊界の界層を一段又一段と上がっていく毎に不完全さが減少して行き、それだけ内部の神性が表に出るようになります。ですから完全といい不完全といい、程度の問題です」

-バラも蕾の内は完全とは言えませんが満開となった時に完全となるのと同じですね。

 「全くその通りとも言いかねるのです。厄介なことに、人間の場合は完全への道が無限に続くのです。完全へ到達することが出来ないのです。知識にも叡智にも理解力にも真理にも、究極というものがないのです。精神と霊とが成長するにつれて能力が増します。今成就出来ないものも、その内成就出来るようになります。梯子段を昇って行き、昨日は手が届かなかった段に上がってみると、その上にもう一つ上の段が見えます。それが無限に続くというのです。それで完全という段階が来ないのです。もしそういうことが有りうるとしたら、進化ということが無意味となります」

 これは当然のことながら議論を呼び、幾つかの質問が出たが、それに一通り応答した後シルバーバーチはこう述べた。
 「あなた方は限りある言語を超えたものを理解しようとなさっているのであり、それは是非これからも続けて行くべきですが、たとえ口では表現出来なくても、心のどこかでチラッと捉え、理解出来るものがある筈です。例えば言葉では尽くせない美しい光景、画家にも描けない程美しい場面をチラッと見たことがおありの筈ですが、それは口では言えなくても心で感じ取り、しみじみと味わうことは出来ます。それと同じです。あなた方は今、言葉では表現出来ないものを表現しようとなさっているのです」

-大雑把な言い方ですが、大霊は宇宙の霊的意識の集合体であると言ってよいかと思うのですが・・・・

 「結構です。ただその意識にも次元の異なる側面が無限にあるということを忘れないでください。いかなる生命現象も、活動も、大霊の管轄外で起きることはありません。摂理-大自然の法則-は、自動的に宇宙間の全ての存在を包含するからです。たった一つの動き、たった一つのバイブレーション、動物の世界であろうと、鳥類の世界であろうと、植物の世界であろうと、昆虫の世界であろうと、根菜の世界であろうと、花の世界であろうと、海の世界であろうと、人間の世界であろうと、霊の世界であろうと、その法則によって規制されていないものは何一つ存在しないのです。宇宙は漫然と存在しているのではありません。莫大なスケールをもった一つの調和体なのです。
 それを解く鍵さえ掴めば、悟りへの鍵さえ手にすれば、至って簡単なことなのです。つまり宇宙は法則によって支配されており、その法則は神の意志が顕現したものだということです。法則が神であり、神は法則であるということです。
 その神は、人間を大きくしたようなものではないという意味では非人格的存在ですが、その法則が霊的・精神的・物質的の全活動を支配しているという意味では人間的であると言えます。要するにあなた方は人類として宇宙の大霊の枠組みの中に存在し、その枠組みの中の不可欠の存在として寄与しているということです」

-ということは神の法則は完全な形で定着しているということでしょうか。それとも新しい法則が作られつつあるのでしょうか。

 「法則は無窮の過去からずっと存在しています。完全である以上、その法則の枠外で起きるものは何一つ有り得ないのです。全ての事態に備えられております。あらゆる可能性を認知しているからてす。もしも新たに法則を作る必要性が生じたとしたら、神は完全でなくなります。予測しなかった事態が生じたことを意味するからです」

-こう考えてよろしいでしょうか。神の法則は完全性のブループリント(青写真・設計図)のようなもので、我々はそのブループリントにゆっくりと合わせる努力をしつつあるところである、と。

 「中々良い譬えです。皆さんは地上という進化の過程にある世界における進化しつつある存在です。その地球は途方もなく大きな宇宙のほんの小さな一部に過ぎませんが、その世界に生じるあらゆる事態に備えた法則によって支配されております。
 その法則の枠外に出ることは出来ないのです。あなたの生命、あなたの存在、あなたの活動の全てがその法則によって規制されているのです。あなたの思念、あなたの言葉、あなたの行為、つまりあなたの生活全体をいかにしてその法則に調和させるかは、あなた自ら工夫しなければなりません。それさえ出来れば、病気も貧乏も、その他無知の暗闇から生まれる不調和の状態が無くなります。自由意志の問題について問われると必ず私が、自由といっても無制限の自由ではなく自然法則によって規制された範囲での自由です、と申し上げざるを得ないのはその為です」

(10)-この機械化時代は人類の進化に役立っているのでしょうか。私にはそうは思えないのですが。

 「最終的には役に立ちます。進化というものを一直線に進むもののように想像してはいけません。前進と後退の繰り返しです。立ち上がっては倒れるの繰り返しです。少し登っては滑り落ち、次に登った時は前より高い所まで上がっており、そうやって少しずつ進化して行きます。ある一時期だけを見れば〝ご覧!この時期は人類進化の暗い汚点です〟と言えるような時期もありますが、それは物語の全体ではありません。ほんの一部です。
 人間の霊性は徐々に進化しております。進化に伴って自我の本性の理解が深まり、自我の可能性に目覚め、存在の意図を知り、それに適応しようと努力するようになります。
 数世紀前までは夢の中で天界の美を見、或いは恍惚たる入神の境地においてそれを霊視出来たのは、ほんの一握りの者に限られていました。が今や、無数の人々がそれを見て、ある者は改革者となり、ある者は先駆者となり、ある者は師となり、死して後もその成就の為に立ち働いております。そこに進歩が得られるのです」

-その点に関しては全く同感です。進歩はあると思うのです。が全体として見た時地球上が(機械化によって)あまり住み良くなると進化にとってマイナスとなるのではないかと思うのです。

 「しかし霊的に向上すると-あなた個人のことではなく人類全体としての話ですが-住んでいる世界そのものにも発展性があることに気付き、かつては夢にも思わなかった豊かさが人生から得られることを知ります。機械化を心配しておられますが、それが問題となるのは人間が機械に振り回されて、それを使いこなしていないからに過ぎません。使いこなしさえすれば何を手に入れてもよろしい-文化、レジャー、芸術、精神と霊の探求、何でもよろしい。かくして内的生命の豊かさが広く一般の人々にも行き渡ります。
 その力は全ての人間に宿っています。全ての人間が神の一部だからです。この大宇宙を創造した力と同じ力、山を拵え恒星を拵え惑星を拵えた力と同じ力、太陽に光を与え花に芳香を与えた力、それと同じ力があなた方一人ひとりに宿っており、生命の中でその絶対的な力に波長を合わせさえすれば存分に活用することが出来るのです」

-死に芳香を与えた力が蛇に毒を与えているという問題もあります。

 「それは私から見れば少しも問題ではありません。よろしいですか。私は神があなた方の言う〝善〟だけを受持ち、悪魔があなた方の言う〝悪〟を受け持っているとは申し上げておりません」

-潜在的には善も悪も全て我々の中に存在しているということですね。

 「人間一人一人が小宇宙(ミクロコズム)なのです。あなたもミニチュアの宇宙なのです。潜在的には完全な天使的資質を具えていると同時に獰猛な野獣性も具えております。だからこそ自分の進むべき方向を選ぶ自由意志が授けられているのです」

(11)-あなたは地球という惑星がかつてより進化していると仰いましたが、ではなぜ霊の浄化の為に尚苦難と奮闘が必要なのでしょうか。

 「なぜなら人間が無限の存在だからです。一瞬の間の変化というものはありません。永い永い進化の旅が続きます。その間には上昇もあれば下降もあり、前進もあれば後退もあります。が、その度に少しずつ進化してまいります。
 霊の世界では、次の段階への準備が整うと新しい身体への脱皮のようなものが生じます。しかしその界層を境界線で仕切られた固定した平地のように想像してはなりません。次元の異なる生活の場が段階的に幾つかあって、お互いに重なり合い融合し合っております。地上世界においても、一応皆さんは地表という同じ物質的レベルで生活なさっていますが、霊的には一人ひとり異なったレベルにあり、その意味では別の世界に住んでいると言えるのです」

-これまでの地上社会の進歩はこれから先に為されるべき進歩に較べれば微々たるものに過ぎないのでしょうか。

 「いえ、私はそういう観方はしたくないのです。比較すれば確かに小さいかも知れませんが、進歩は進歩です。次のことを銘記してください。人間は法律や規則を拵え、道徳律を打ち立てました。文学を豊かにして来ました。芸術の奥義を極めました。精神の隠された宝を突き止めました。霊の宝も、ある程度まで掘り起こしました。
 こうしたことは全て先輩達のお蔭です。苦しみつつコツコツと励み、試行錯誤を繰り返しつつ、人生の大渦巻の中を生き抜いた人達のお蔭です。総合的に見れば進歩しており、人間は初期の時代に較べて豊かになりました。物質的な意味ではなく霊的・精神的に豊かになっております。そうあって当然でしょう」