(シルバーバーチの霊訓9巻より)
十二人の出席者が扇形に席を取った。みんなヒソヒソと話を交わしているが、私の目はソファの右端に座っている小柄で身奇麗な男性に注がれていて、周りの人達の話の内容は分からない。
その眠気を催すような低音の話声だけを耳にしながら、私はその男性が少しずつ変身していく様子をじっと見守っていた。普段は実に弁舌爽やかな人間が、そうした取り止めもない雑談から身を引くように物を言わなくなっていった。
やがて黒縁のメガネと腕時計を外し、頭を下げ、両目をこすってから、その手を両膝の間で組んだ。顎が、居眠りをしているみたいに腕のところに来ている。
それから二、三分してから新しい変化を見せ始めた。背をかがめたまま顔を上げた。出席者達はそんなことにお構いなしに雑談にふけりながらも、既に霊媒(ホスト)が肉体を離れていることを感じ取っていた。そして代わって主賓(ゲスト)の挨拶の第一声が発せられると同時に、水を打ったように静寂が支配した。
その霊媒モーリス・バーバネルが肉体を離れ、代わって支配霊のシルバーバーチがその肉体を〝拝借〟して、今我々の真っ只中にいる。霊媒とは対照的にゆっくりとした、そして幾分しわがれた感じの声で情愛溢れる挨拶をし、いつものように閉会の祈りを述べた。
「神よ。自らに似せて私達を造り給い、自らの神性の一部を賦与なされし大霊よ。私達は御身と私達、そして私達相互の間に存在する一体関係を一層緊密に、そして強くせんと努力しているところでございます。
これまでに私達に得させてくださったもの全て、かたじけなくもお与えくださった叡智の全て、啓示してくださった無限なる目的への確信の全てに対して、私達は感謝の意を表し、同時に、これ以後も更に大いなる理解力を受けるに相応しい存在となれるよう導き給わんことを祈るものでございます。
私達は、これまであまりに永きに亘って御身をおぼろげに見つめ、御身の本性と意図を見誤り、御身の無限なる機構の中における私達の位置について誤解しておりました。しかし今漸く私達も、御身の永遠の創造活動に参加する測り知れない栄誉を担っていることを知るところとなりました。その知識へ私達をお導きくださり、御身について、私達自身について、そして私達の置かれている驚異に満ちた宇宙について、一層包括的な理解を得させてくださったのは御身の愛に他なりません。
今や私達は御身と永遠に繋がっていること、地上にあっても、或いは他界後も、御身との霊的な絆が切れることは絶対にないことを理解致しております。それ故に私達は、いかなる時も御身の視界の範囲にあります。いずこにいても御身の摂理の下にあります。御身がいつでも私達にお近づきになられる如く、私達もいつでも御身に近づけるのでございます。
しかし、子等の中には自分が永久に忘れ去られたと思い込んでいる者が大勢おります。その者達を導き、慰め、心の支えとなり、病を癒し、道案内となる御身の霊的恩寵の運び役となる栄誉を担った者が、これまでに数多くおりました。
私達は死のベールを隔てた双方に存在するその先駆者達の労苦に対し、又数々の障害を克服してくれた人達に対し、そして又、今尚霊力の地上への一層の導入に励んでくださっている同志に対して、深甚なる感謝の意を表明するものでございます。
どうか私達の言葉の全てが常に、これまでに啓示して頂いた摂理に適っておりますように。又本日の交霊会によって御身に通じる道を一歩でも前進したことを知ることが出来ますように。
ここに常に己を役立てることをのみ願うインディアンの祈りを捧げます」
私(女性)はバーバネル氏のもとで数年間、最初は編集秘書として、今は取材記者(レポーター)として、サイキックニューズ社に勤めている。
私にとってはその日が多分世界一といえる交霊会への初めての出席だった。英国第一級のジャーナリストだったハンネン・スワッハー氏の私宅で始められたことから氏の他界後も尚ハンネン・スワッハー・ホームサークルと呼ばれているが、今ではバーバネル氏の私宅(ロンドンの平屋のアパート)の一室で行われている。
その日、開会直前のバーバネル氏は、チャーチル(元英国首相)と同じようにトレードマークとなってしまった葉巻をくわえて、部屋の片隅で出番を待っていた。一種の代役であるが、珍しい代役である。主役を演じるのは北米インディアンの霊シルバーバーチで、今では二つの世界で最も有名な支配霊となっている。そのシルバーバーチが憑ってくるとバーバネルの表情が一変した。シルバーバーチには古老の賢者の風格がある。一分の隙もなくスーツで身を包んだバーバネルの身体が微かに震えているようだった。
そのシルバーバーチとバーバネルとの二つの世界にまたがる連繋関係は、かなりの期間に亘って極秘にされていた。シルバーバーチの霊言が1930年代に初めてサイキックニューズ誌に掲載された時の英国心霊界に与えた衝撃は大きかった。活字になってもその素朴な流麗さはいささかも失われなかった。
当初からその霊言の価値を認め、是非活字にして公表すべきであると主張していたのが他ならぬスワッハーだった。これ程のものを一握りのホームサークルだけのものにしておくのは勿体無いと言うのだった。
初めはそれを拒否していたバーバネルも、スワッハーの執拗な要請に遂に条件付きで同意した。彼がサイキックニューズ誌の主筆であることから、〝もしも自分がその霊媒であることを打ち明ければ、霊言を掲載するのは私の見栄からだという批判を受けかねない〟と言い、〝だから私の名前は出さないことにしたい。そしてシルバーバーチの霊言はその内容で勝負する〟という条件だった。
そういう次第で、暫くの間はサークルのメンバーはもとより、招待された人も霊媒がバーバネルであることを絶対に口外しないようにとの要請を受けた。とかくの噂が流れる中にあって、最終的にバーバネル自身が公表に踏み切るまでその秘密が守られたのは立派と言うべきである。
ある時私が当初からのメンバーである親友に「霊媒は誰なの?」と密かに聞いてみた。が、彼女は秘密を守りながらも、当時囁かれていた噂、すなわち霊媒はスワッハーかバーバネルかそれとも奥さんのシルビアだろうという憶測を、否定も肯定もしなかった。
当時の私にはその中でもバーバネルがシルバーバーチの霊媒として一番相応しくないように思えた。確かにバーバネルはスピリチュアリズムに命を賭けているような男だったが、そのジャーナリズム的な性格は霊媒のイメージからは程遠かった。まして温厚な霊の哲人であるシルバーバーチとはそぐわない感じがしていた。
サイキックニーズとツーワールズの二つの心霊誌の主筆として自らも毎日のように書きまくり、書物も出し、英国中の心霊の集会に顔を出して回って〝ミスター・スピリチュアリズム〟のニックネームをもらっている程のバーバネルが、更にあの最高に親しまれ敬愛されているシルバーバーチの霊媒までしているというのは、私には想像もつかないことだった。そのイメージからいっても、シルバーバーチは叡智溢れる指導者であり、バーバネルは闘う反逆児だった。
今から十年前(1959年)、バーバネル自身によるツーワールズ誌上での劇的な打ち明け話を読んだ時のことをよく覚えている。
〝永い間秘密にされていたことを漸く公表すべき時期が来た。シルバーバーチの霊媒は一体誰なのか。その答は-実はこの私である〟とバーバネルは書いた。
「それみろ、言った通りだろう!」-こうしたセリフがスピリチュアリストの間で渦巻いた。
シルバーバーチが霊媒の〝第二人格〟でないことの証拠として挙げられるのが、再生説に関して二人が真っ向から対立していた事実です。バーバネルは各地での講演ではこれを頭から否定し、その論理に説得力があったが、交霊会で入神して語り出すと全面的に肯定する説を述べた。が、バーバネルもその後次第に考えが変わり、晩年には「今では私も人間が例外的な事情の下で特殊な目的をもって自発的に再生してくることがあることを信じる用意が出来た」と述べていた。
シルバーバーチの叡智と人間愛の豊かさは尋常一様のものではない。個人を批判したり、けなしたり、咎めたりすることが絶対にない。それに引き替えバーバネルは、自らも認める毒舌家であり、時には癇癪を起こすこともある。交霊会でシルバーバーチの霊言を聞き、他方で私のようにバーバネルと一緒に仕事をしてみれば、二人の個性の違いは歴然としていることが分かる。
バーバネルは入神前に何の準備も必要としない。一度私が、会場(バーバネルの自宅)へ行く前にここ(サイキックニューズ社の社長室)で少し休まれるなり、精神統一でもなさってはいかがですかと進言したことがあるが、彼はギリギリの時間までも仕事をしてから、終わるや否や車を飛ばして会場へ駆け込むのだった。交霊会は当時はいつも金曜日の夕刻に開かれていたから、一週間のハードスケジュールが終わった直後ということになる。
私も会場まで車に乗せて頂いたことが何度かある。後部座席に小さくうずくまり、一切話しかけることは避けた。そのドライブの間に彼は、間もなく始まる交霊会の準備をしていたのである。と言っても短い距離である。目隠しをしても運転出来そうな距離だった。
会場に入り、いつも使用している椅子に腰を下ろすと、初めて寛いだ様子を見せる。そしてそれでもうシルバーバーチと入れ替わる準備が出来ている。その自然で勿体ぶらない連繋プレーを見ていて私は、所謂職業霊媒が交霊会の始めと終わりに大袈裟にやっている芝居じみた演出と較べずにはいられなかった。
シルバーバーチが去ることで交霊会が終わりとなるが、バーバネルには疲れた様子は一切見られない。両眼をこすり、眼鏡と時計を付け直し、一杯の水を飲み干す。ややあってから列席者と軽い茶菓子をつまみながら談笑にふけるが、シルバーバーチの霊言そのものが話題となることは滅多にない。そういうことになっているのである。
シルバーバーチを敬愛し、その訓えを守り、それを生活原理としながら、多分地上では会うことのない世界中のファンの為に、シルバーバーチとバーバネル、それにサークルの様子を大雑把に紹介してみた。霊言集は既に八冊か出版され、世界十数ヶ国語に翻訳されている。その世界にまたがる影響力は測り知れないものがある。
本書はそのシルバーバーチのいつも変わらぬ人生哲学を私なりに検討して纏め上げた、その愛すべき霊の哲人の合成ポートレートである。
ステラ・ストーム(シルバーバーチの霊訓第九巻編者)
十二人の出席者が扇形に席を取った。みんなヒソヒソと話を交わしているが、私の目はソファの右端に座っている小柄で身奇麗な男性に注がれていて、周りの人達の話の内容は分からない。
その眠気を催すような低音の話声だけを耳にしながら、私はその男性が少しずつ変身していく様子をじっと見守っていた。普段は実に弁舌爽やかな人間が、そうした取り止めもない雑談から身を引くように物を言わなくなっていった。
やがて黒縁のメガネと腕時計を外し、頭を下げ、両目をこすってから、その手を両膝の間で組んだ。顎が、居眠りをしているみたいに腕のところに来ている。
それから二、三分してから新しい変化を見せ始めた。背をかがめたまま顔を上げた。出席者達はそんなことにお構いなしに雑談にふけりながらも、既に霊媒(ホスト)が肉体を離れていることを感じ取っていた。そして代わって主賓(ゲスト)の挨拶の第一声が発せられると同時に、水を打ったように静寂が支配した。
その霊媒モーリス・バーバネルが肉体を離れ、代わって支配霊のシルバーバーチがその肉体を〝拝借〟して、今我々の真っ只中にいる。霊媒とは対照的にゆっくりとした、そして幾分しわがれた感じの声で情愛溢れる挨拶をし、いつものように閉会の祈りを述べた。
「神よ。自らに似せて私達を造り給い、自らの神性の一部を賦与なされし大霊よ。私達は御身と私達、そして私達相互の間に存在する一体関係を一層緊密に、そして強くせんと努力しているところでございます。
これまでに私達に得させてくださったもの全て、かたじけなくもお与えくださった叡智の全て、啓示してくださった無限なる目的への確信の全てに対して、私達は感謝の意を表し、同時に、これ以後も更に大いなる理解力を受けるに相応しい存在となれるよう導き給わんことを祈るものでございます。
私達は、これまであまりに永きに亘って御身をおぼろげに見つめ、御身の本性と意図を見誤り、御身の無限なる機構の中における私達の位置について誤解しておりました。しかし今漸く私達も、御身の永遠の創造活動に参加する測り知れない栄誉を担っていることを知るところとなりました。その知識へ私達をお導きくださり、御身について、私達自身について、そして私達の置かれている驚異に満ちた宇宙について、一層包括的な理解を得させてくださったのは御身の愛に他なりません。
今や私達は御身と永遠に繋がっていること、地上にあっても、或いは他界後も、御身との霊的な絆が切れることは絶対にないことを理解致しております。それ故に私達は、いかなる時も御身の視界の範囲にあります。いずこにいても御身の摂理の下にあります。御身がいつでも私達にお近づきになられる如く、私達もいつでも御身に近づけるのでございます。
しかし、子等の中には自分が永久に忘れ去られたと思い込んでいる者が大勢おります。その者達を導き、慰め、心の支えとなり、病を癒し、道案内となる御身の霊的恩寵の運び役となる栄誉を担った者が、これまでに数多くおりました。
私達は死のベールを隔てた双方に存在するその先駆者達の労苦に対し、又数々の障害を克服してくれた人達に対し、そして又、今尚霊力の地上への一層の導入に励んでくださっている同志に対して、深甚なる感謝の意を表明するものでございます。
どうか私達の言葉の全てが常に、これまでに啓示して頂いた摂理に適っておりますように。又本日の交霊会によって御身に通じる道を一歩でも前進したことを知ることが出来ますように。
ここに常に己を役立てることをのみ願うインディアンの祈りを捧げます」
私(女性)はバーバネル氏のもとで数年間、最初は編集秘書として、今は取材記者(レポーター)として、サイキックニューズ社に勤めている。
私にとってはその日が多分世界一といえる交霊会への初めての出席だった。英国第一級のジャーナリストだったハンネン・スワッハー氏の私宅で始められたことから氏の他界後も尚ハンネン・スワッハー・ホームサークルと呼ばれているが、今ではバーバネル氏の私宅(ロンドンの平屋のアパート)の一室で行われている。
その日、開会直前のバーバネル氏は、チャーチル(元英国首相)と同じようにトレードマークとなってしまった葉巻をくわえて、部屋の片隅で出番を待っていた。一種の代役であるが、珍しい代役である。主役を演じるのは北米インディアンの霊シルバーバーチで、今では二つの世界で最も有名な支配霊となっている。そのシルバーバーチが憑ってくるとバーバネルの表情が一変した。シルバーバーチには古老の賢者の風格がある。一分の隙もなくスーツで身を包んだバーバネルの身体が微かに震えているようだった。
そのシルバーバーチとバーバネルとの二つの世界にまたがる連繋関係は、かなりの期間に亘って極秘にされていた。シルバーバーチの霊言が1930年代に初めてサイキックニューズ誌に掲載された時の英国心霊界に与えた衝撃は大きかった。活字になってもその素朴な流麗さはいささかも失われなかった。
当初からその霊言の価値を認め、是非活字にして公表すべきであると主張していたのが他ならぬスワッハーだった。これ程のものを一握りのホームサークルだけのものにしておくのは勿体無いと言うのだった。
初めはそれを拒否していたバーバネルも、スワッハーの執拗な要請に遂に条件付きで同意した。彼がサイキックニューズ誌の主筆であることから、〝もしも自分がその霊媒であることを打ち明ければ、霊言を掲載するのは私の見栄からだという批判を受けかねない〟と言い、〝だから私の名前は出さないことにしたい。そしてシルバーバーチの霊言はその内容で勝負する〟という条件だった。
そういう次第で、暫くの間はサークルのメンバーはもとより、招待された人も霊媒がバーバネルであることを絶対に口外しないようにとの要請を受けた。とかくの噂が流れる中にあって、最終的にバーバネル自身が公表に踏み切るまでその秘密が守られたのは立派と言うべきである。
ある時私が当初からのメンバーである親友に「霊媒は誰なの?」と密かに聞いてみた。が、彼女は秘密を守りながらも、当時囁かれていた噂、すなわち霊媒はスワッハーかバーバネルかそれとも奥さんのシルビアだろうという憶測を、否定も肯定もしなかった。
当時の私にはその中でもバーバネルがシルバーバーチの霊媒として一番相応しくないように思えた。確かにバーバネルはスピリチュアリズムに命を賭けているような男だったが、そのジャーナリズム的な性格は霊媒のイメージからは程遠かった。まして温厚な霊の哲人であるシルバーバーチとはそぐわない感じがしていた。
サイキックニーズとツーワールズの二つの心霊誌の主筆として自らも毎日のように書きまくり、書物も出し、英国中の心霊の集会に顔を出して回って〝ミスター・スピリチュアリズム〟のニックネームをもらっている程のバーバネルが、更にあの最高に親しまれ敬愛されているシルバーバーチの霊媒までしているというのは、私には想像もつかないことだった。そのイメージからいっても、シルバーバーチは叡智溢れる指導者であり、バーバネルは闘う反逆児だった。
今から十年前(1959年)、バーバネル自身によるツーワールズ誌上での劇的な打ち明け話を読んだ時のことをよく覚えている。
〝永い間秘密にされていたことを漸く公表すべき時期が来た。シルバーバーチの霊媒は一体誰なのか。その答は-実はこの私である〟とバーバネルは書いた。
「それみろ、言った通りだろう!」-こうしたセリフがスピリチュアリストの間で渦巻いた。
シルバーバーチが霊媒の〝第二人格〟でないことの証拠として挙げられるのが、再生説に関して二人が真っ向から対立していた事実です。バーバネルは各地での講演ではこれを頭から否定し、その論理に説得力があったが、交霊会で入神して語り出すと全面的に肯定する説を述べた。が、バーバネルもその後次第に考えが変わり、晩年には「今では私も人間が例外的な事情の下で特殊な目的をもって自発的に再生してくることがあることを信じる用意が出来た」と述べていた。
シルバーバーチの叡智と人間愛の豊かさは尋常一様のものではない。個人を批判したり、けなしたり、咎めたりすることが絶対にない。それに引き替えバーバネルは、自らも認める毒舌家であり、時には癇癪を起こすこともある。交霊会でシルバーバーチの霊言を聞き、他方で私のようにバーバネルと一緒に仕事をしてみれば、二人の個性の違いは歴然としていることが分かる。
バーバネルは入神前に何の準備も必要としない。一度私が、会場(バーバネルの自宅)へ行く前にここ(サイキックニューズ社の社長室)で少し休まれるなり、精神統一でもなさってはいかがですかと進言したことがあるが、彼はギリギリの時間までも仕事をしてから、終わるや否や車を飛ばして会場へ駆け込むのだった。交霊会は当時はいつも金曜日の夕刻に開かれていたから、一週間のハードスケジュールが終わった直後ということになる。
私も会場まで車に乗せて頂いたことが何度かある。後部座席に小さくうずくまり、一切話しかけることは避けた。そのドライブの間に彼は、間もなく始まる交霊会の準備をしていたのである。と言っても短い距離である。目隠しをしても運転出来そうな距離だった。
会場に入り、いつも使用している椅子に腰を下ろすと、初めて寛いだ様子を見せる。そしてそれでもうシルバーバーチと入れ替わる準備が出来ている。その自然で勿体ぶらない連繋プレーを見ていて私は、所謂職業霊媒が交霊会の始めと終わりに大袈裟にやっている芝居じみた演出と較べずにはいられなかった。
シルバーバーチが去ることで交霊会が終わりとなるが、バーバネルには疲れた様子は一切見られない。両眼をこすり、眼鏡と時計を付け直し、一杯の水を飲み干す。ややあってから列席者と軽い茶菓子をつまみながら談笑にふけるが、シルバーバーチの霊言そのものが話題となることは滅多にない。そういうことになっているのである。
シルバーバーチを敬愛し、その訓えを守り、それを生活原理としながら、多分地上では会うことのない世界中のファンの為に、シルバーバーチとバーバネル、それにサークルの様子を大雑把に紹介してみた。霊言集は既に八冊か出版され、世界十数ヶ国語に翻訳されている。その世界にまたがる影響力は測り知れないものがある。
本書はそのシルバーバーチのいつも変わらぬ人生哲学を私なりに検討して纏め上げた、その愛すべき霊の哲人の合成ポートレートである。
ステラ・ストーム(シルバーバーチの霊訓第九巻編者)