『これが心霊(スピリチュアリズム)の世界だ』M・バーバネル著 近藤千雄訳より

 私はこれまで随分多くの品物を霊界から贈ってもらっている。そうした物品を引寄せる現象を、フランス語の〝持って来る〟という意味の apporter から apports と呼んでいる。交霊会に出たことのない方に私がアポーツのコレクションをお見せすると、エチケットを心得た方は口にこそ出さないが、その表情に懐疑の念がありありと窺える。一方、遠慮のない方はズバリ不信を表明なさるが、私は一向に驚かない。
 ある物体が時間と空間を無視して遠い所から一気に運ばれて来るという超常現象を実際に目撃していなければ、おそらく私自身も信じられないところであろう。が私は今実際の事実をありのままに述べているのである。体験した本人が述べるのであるから、まるで体験のない方の顔色を窺っているわけにはいかないのである。私のコレクションの中には実際に私の両手の間から〝生まれ出た〟ものが幾つかある。その驚異的事実を二人の霊媒を例にして紹介してみよう。
 二人の霊媒の支配霊はアポーツの実験会を別に大変なこととは考えていない。会の進行具合を見ていると、何となくパーティでもやっているような雰囲気なのである。現にキャサリン・バーケルの支配霊のホワイトホークは会のことを〝パーティ〟と呼んでいるのである。そして前もって招待状を下さり、会場に入ると軽食が出て、帰る時はプレゼントがつく。
 面白いことにバーケル女史がそろそろアポーツの交霊会があるなと察知する唯一の兆候は、身体がムクムクと太ってくることである。そうして交霊会が終わると元のサイズに戻っている。断定的なことは言い難いが、物品が原子に分解されて空中を運ばれ、再び元に戻される時に使われるエクトプラズムが、何等かの形で女史の身体に蓄えられるのだと思う。
 何マイルも遠くから一気に運ばれ、しかも壁だのレンガだのモルタルだのを貫通して部屋の中まで運び込むには、まず原子に分解しなければならないであろう。支配霊に聞くと絶対に〝盗んで〟来るのではないと断言する。紛失した品物で既に所有者が他界しているものとか、地中や海底に何十年何百年も埋もれていたものだという。
 引寄せられた品物に霊側の細かい細工の跡が見られることもしばしばある。私が頂いたものや、他の人が受け取ったものを見ると実に品質が多様である。オパールのような準宝石類もあれば銀にサファイアを嵌め込んだもの、九カラットの金にヒスイを嵌め込んだ耳飾り、金のロケット、三個のオパールと四個のダイヤを嵌め込んだ金の指輪等々である。
 交霊会の出席者の数は実験の成否には関係なさそうである。私の他に十二人の時もあれば五十人という大勢の時もあった。一晩の内に出たアポーツの数も十二個から二十個まで様々である。一番大きなものはミイラ褐色のビーズで出来た首飾りであった。
 バーゲル女史の実験会の特色は白色光が何の障害にもならないことである。但し、いよいよアポーツが出現した時は一時的に光を遮らねばならない。もっとも、七月に行った実験会ではブラインドを下ろしても尚かなりの光が外から射し込んでいて、アポーツの出現する様子が全部見えたこともある。又ある時はルビー色のランプの光の下で行ったが、その明るさは私がメモを取っている字がはっきり見える程だった。
 私が初めてバーゲル女史の会に出席した時、ご主人がどうぞ部屋中を点検なさってくださいという。折角の好意なので言われるまま点検して回ったが何の仕掛けもなかった。いよいよホワイトホークが女史を支配してから、今度は女性の一人に霊媒の身体を点検するようにとの要請があった。女性は直ぐそれに応じた。
 それ以来私はホワイトホークにはいつも好感を抱いている。彼なりの個性をもっていて、霊媒の二重人格の一つなどでは絶対ない。快活で親しみ深く、ウィットに富み、その機智縦横の話し振りは彼一流のユーモアを生み出す。霊媒のバーケル女史のことをいつも〝私のコート〟などと呼び、出て来るアポーツがどんなに立派な品物であっても皆〝石ころ〟と呼ぶ。彼に言わせるとアポーツ現象をお見せするのは科学的テストの為ではなく、疑っている人間の度肝を抜く為でもなく、信じてくれる同志を喜ばせたいからだと言う。
 さて、アポーツの出現は実に心躍る一瞬である。まず入神したバーケル女史が立ち上がって右手を高く上に伸ばしたまま部屋の中を歩いて回る。次にホワイトホークが列席者の中から一人ないし二人を指名して〝手伝う〟ように言う。私も何回か手伝わされたことがある。それは、一方の手を霊媒の手首の所にやり、もう一方の手を腕の所に置く。その恰好で一緒に部屋中を歩く。その間霊媒の空いた手は空中でしきりに物を掴む仕草を繰り返している。その内突然嬉しそうに〝来た来た〟と叫ぶ。
 それから霊媒の手を私の両手の間に入れ、もう三、四人の人に来るように言う。そしてその一人一人が一方の手を私の手の上に、もう一方を私の手の下に当てがう。これはホワイトホークの説明によると物品が原子状態から元の形に戻るようにしているのだという。やがて、手を引いてよろしい、但し握り締めたままの状態でいなさい、と言われる。暫くして何か出ましたかと聞く。私は「何の感触もありません」と答える。
 その直後に何やら両手の手のひらの間に熱を感じた。そしてそれがゆっくりと固くなっていった。「ずっとそのままにしていなさい。両手を離してはいけません」とホワイトホークが言う。私は両手を握り締めたまま自分の席に戻る。その手のひらの中の物体が段々冷えてくる。そんなやり方で出席者全員が数分毎に〝何か〟を両手に包んだままの恰好で席に戻る。全員が終わると両手を広げてみる。その時の私のアポーツはアメジストだった。
 「一体どうやってこうしたものをここまで運ぶんですか」と私が聞いたところ、ホワイトホークは「〝石ころ〟が分解するまで原子の振動速度を高め、分解した状態でここへ運び込んで、今度はそれが固くなるまで振動速度を下げていく。そう説明する他ありません」という返事だった。
 別の機会にどうやって振動速度を上げたり下げたりするのか聞き出そうとしたが、何度聞いても教えてくれなかった。多分四次元の出来事は三次元の人間の理解を超えたものがあるのであろう。又片手を空中高く伸ばして行うあの仕草についての説明を求めてみた。すると「実はこのアポーツ現象ではいたずらっぽい子供のスピリットが何人か手伝ってくれているのです。子供達は折角の〝石ころ〟を人間に渡したがらないことがあるので、あんな仕草をして気を逸らすのです。霊媒をコントロールしている時の私は四次元の世界から出て三次元の世界にいるわけで、その子供達から見れば、私はいわば鳥籠の中に入っているのと同じです。そこで私は上手く連中を騙して石ころをこっちへ寄越してもらう必要があるわけです」
 そう語って、更にこのアポーツの出現には土と火と水と空気の四元素を一時的に使いこなさなくてはならないとも言った。
 次はエステルロバーツ女史の場合であるが、支配霊のレッドクラウドもアポーツ実験会のことをパーティのように演出する。私が最後に出席した実験会は記念すべき晩となった。それは女史の娘婿のケネス・エビットによる〝挑戦〟を見事にかわした実験だったからである。その二、三日前にケネスは冗談半分に、まだ一度もアポーツを貰ったことがないんだ、と不満を漏らしていた。これがレッドクラウドに興味を起させたらしい。というのは、レッドクラウドがニコニコ笑っていますよとロバーツ女史が言ったのである。現にそれからレッドクラウドは〝突拍子もないものでなければ〟引寄せてみせようと言って来た。そこでケネスは
 「ではエジプトから何か引寄せてみてくれますか」と、いかにも挑戦的な口調で言った。それに対して女史は、レッドクラウドが
 「用心した方がいい。黄金虫を持って来るかも知れんぞ」と言っていると告げた。するとケネス曰く-
 「結構。生きた黄金虫でなければね」
 その晩の〝パーティ〟は五十人もの出席者がおり二時間も続いた。そして全員が何等かのプレゼントを貰った。しかも欠席者にも贈られた。終わってから私が数えてみたら実に六十二個あった。
 レッドクラウドのやり方はホワイトホークとは少し違っていた。部屋を暗くし、ホンのうっすらとした明りが一つ窓から差し込む程度だった。蛍光塗料を塗ったメガホンが部屋の中央に置かれてあり、霊媒が入神するとレッドクラウドがそれを使って喋った。ホワイトホークと似てよく冗談を言い、ウィットに富んだ雰囲気が漲る。
 メガホンはブリキで出来ており、アポーツはそのメガホンの中から出て来た。細い口の方から出て来るものもあれば、広い方から出て来るものもあった。メガホンがグルグル回転し、列席者の頭上を旋回し始めると、やがてその中でガラガラと音がし始める。固体に戻った時と思われる。
 一つ不思議でならなかったのは、細い口から出て来たのを私が計ってみたらメガホンの口の直径より大きいのである。
 アポーツが来た時はホワイトホークと同じように「来た」と言う。そう言った時は既に物質化してメガホンから出せる状態になったことを意味している。誰宛のものかはレッドクラウドが指名する。指名された人はメガホンの下に両手を広げて待っていると、ガラガラと音がしてボロッと落ちて来る。
 実験会は始まった時からパーティの雰囲気だった。ロバーツ女史の夫君チャールズは幾つか自慢のコレクションを持っていて、それを柔皮に包み、コートの内側に特別に付けたボタン付ポケットに仕舞い込んでいた。そこでレッドクラウドが「例のコレクションはちゃんとありますか」とチャールズに尋ねた。「ええ、この通り」と上着の少し膨らんだ所をポンポンと叩きながら得意気に言った。
 「実はもう二つ程あなたへのものがあるんです。いらっしゃい」とレッドクラウドが言うのでメガホンの所へ行くと、ガラガラと音がして二つ出て来た。見ると会の前にちゃんとポケットに仕舞いこんだ筈のものだった。
 さて次から次へと引寄せられて、ケネスはいつになったら自分の番かと、ジリジリしながら待っていた。一時間程経た頃、聞き慣れない、波が砕けた後のような音がメガホンの中でした。レッドクラウドがケネスの奥さんのアイリスにメガホンの所へ来て旦那に代わって受け取りなさいという。そして「最も神聖視されている実に美しい黄金虫だ」という。まだ十分に物質化し切っていないから大事に扱うように、あまり強く押さえないように、と言う。
 私は好奇心に駆られてレッドクラウドにどこから引寄せたのか尋ねた。すると〝アビュドス〟という返事である。聞き慣れない地名なので綴りを教えて欲しいと言うと A-B-Y-D-O-S (注15)と一字一字教えてくれた。
 その晩のクライマックスは、十二個の品が一度にメガホンから流れ出た時だった。後で私はケネスが貰った黄金虫を細かく調べさせてもらった。金の縁取りのある見事な標本だった。その日のアポーツの中には仏像が二体、数珠数個、その他サファイア、エメラルド、ルビー、アメジスト、トルコ石、縞めのう、トパーズ、オパール等の貴金属類が山とあった。
 その後ケネスに会った時、嬉しい後日談を語ってくれた。好奇心に駆られた彼は大英博物館のエジプト古美術館へ足を運んだ。そして専門家にその黄金虫を見せたところ、それは本物で、普通アビュドスで見かけるタイプの立派な標本だと聞かされたそうである。

 珍しいアポーツの話を付け加えておこう。これは、他界したコナン・ドイルが自分の身元を家族に証明する為に行ったもので、これで家族も決定的な駄目を押される形となった特異なケースである。
 霊媒はスコットランド人のケアード・ミラー女史で、教養と知性を兼ね具えた、しかもスコットランド人らしく実に用心深い性格の持ち主である。
 コナン・ドイルが他界して間もない頃からミラー夫人の回りに一連の不思議な出来事が起きるようになった。女史はその時までスピリチュアリズムについては何一つ知識を持ち合わせていなかった。ついでに言うと、少し後になっての話になるが、霊媒能力を発揮するようになってからも、ある商社の社長を続け、その商才に何の支障もなかった。
 さて、二度も夫を亡くしている女史なのだが、ある日見知らぬ人から話しかけられるまで心霊的なことには一切興味がなかった。ウェストエンド(ロンドン中央部西寄りの地区)にある大きな店のティールームに腰かけていると、同じテーブルの女性が何だか女史に話しかけそうな態度を示した。生まれつき慎み深い女史は見知らぬ人からいきなり話しかけられることに反発を感じるのだが、遂にその女性は「私は実はスピリチュアリストなんですが、今朝私はあなたのお姿を霊視致しました」と言った。
 うろたえながら、この人はきっと変人だと思い込んだ。ところがその女性は更に、このティールームにも一人の霊姿が見えますと言ってその容姿を説明した。それを聞いてミラー女史は思わず緊張した。というのは、それはまさしくつい最近他界したご主人そっくりだったからである。
 このことで好奇心に火をつけられた女史は、それ以来徹底的なスピリチュアリズムの勉強に入った。その内自分にも霊能があることを発見した。紛れもない人物からの声が話しかけてきて確実な情報を提供して来るのである。女史自身全く知らないことに関するものもあり、調査してみるとその通りだったということがしばしばあった。
 その内、コナン・ドイルが死亡して一ヶ月程経った頃、はっきりとした声で
 「私はアーサー・コナン・ドイルです。あなたに私の家族との連絡を取って頂いてメッセージを届けて頂きたいのですが」と言って来た。
 女史は驚いた。というのは大作家コナン・ドイルには一度も会ったことがないからである。ドイルの奥さんのことも知らないし、家族の誰一人として面識のある人がいない。控え目な性格なので女史はよほどの理由でもない限り奥さんに近付く気になれない。
 「何かあなたの身元を証明するものを教えて下さい」女史はそう頼んだ。すると家族全員の名前のイニシャルを教えてくれた。確認してみると全部正しかった。
 それでも躊躇した女史は、その次にドイルが出た時「奥さんはどこに住んでおられるのですか」と尋ねた。それに対してドイルは電話番号を教え、これは電話帳には載ってないこと、ニューフォレストにあるドイル家の別荘の番号だと説明した。
 これは一つのテストケースであった。慎重を期したミラー女史は、奥さんに電話を入れる前にその番号が正確かどうかを確かめようと思い、電話局に尋ねた。ところがそういう情報を詮索することは当局は許されておりませんという返事だった。
 はたと困り一時躊躇したが、思い切って交換手にその番号を繋いで欲しいと申し込んだ。番号は正確だった。直ぐに奥さんが出た。早速女史は最近の一連の体験を語ったが、奥さんも、そして二人の息子さんも、最近コナン・ドイルからのメッセージだというのが頻繁に寄せられて来るけど、ちゃんとした確実な証拠がない限り父からのものと信じるわけにはいきませんという返事であった。もっともな話であった。
 ミラー女史の試みは挫折した。声の指示通りに実行し、そして失敗した。もう二度と心霊とは係わり合うまいと決心した。ところがドイルの方は怯まなかった。二、三日して又同じ声がして、失敗したことは承知しているが何としてもあなたを通じて証明してみせる決意だという。そして「済まないがディーン夫人の所へ行って実験会を開いて欲しい。写真に出るつもりだから」と言う。
 ディーン夫人は心霊写真専門の霊媒である。ミラー女史は言われるままディーン夫人を訪ねて匿名で、しかも何の目的かも言わずに実験してもらった。現像してプリントしてみるとミラー夫人の頭の上辺りに確かにドイルの顔が写っている。夫人は早速それをドイル未亡人に見せると、紛れもなくドイルの顔であることは認めたが、何かもっと確かな証明が欲しい、証拠としてはまだ不十分だと言う。
 ミラー夫人はもうこれが限界だと考えた。ところがドイルはその〝もっと確かな証拠〟を提供してきた。二、三日後のことである。ロンドンの自宅で目を覚ましたミラー夫人はちょっと別の部屋へ行って再びベッドに戻った。見ると枕の上にキーが置いてある。驚いて手に取ってみたが、どのドアのキーでもない。どうしてこんなものがここにあるのか、全くのミステリーだった。
 不思議に思いながら突っ立っていると聞き慣れたドイルの声がした。
 「それは私のキーだ。クローバローにある私の書斎のドアのキーで、その書斎はずっと閉じられたままです。息子のデニスを呼んでください」と。
 もし本当ならこれこそ文句のない証拠になる。ミラー夫人は早速サセックス州のドイル家に電話を入れ息子のデニスにそのことを告げた。
 事の重大さを悟ったデニスはすぐさま車に飛び乗りロンドンへ向かった。ミラー家に到着すると、デニスはそのキーを受け取り、すぐさまクローバローへ引き返した。
 暫くしてデニスから電話が掛かった。間違いなく父の書斎のキーだという。結局コナン・ドイルが四十マイルの距離をアポーツで運んだのだった。これでドイル夫人も完全に得心がいった。
 それ以来ミラー夫人はドイル家の専属霊媒として定期的にドイル卿のメッセージを取り次いだ。

 (注15)-エジプト中部、ナイル河畔にあった古都。古代エジプト王の墓や寺院が多い。