スピリチュアリズム勃興のきっかけとなったハイズビル現象は、それ以前にもしばしば見られていた怪奇現象と少しも変わったところはない。が、大きく違っている点が一つだけある。その当事者であるフォックス家の家族が怪奇現象にただ驚き、かつ怖がるだけで終わらずに、それを引き起こしていると思われる〝何ものか〟に向かって語りかけ、そこに見事に交信が成立したという点である。
 1726年のエプワースで起きた現象も、現象自体を見る限りハイズビルのものとよく似ていた。メソジスト派の創立者であるジョン・ウェスレーの父親サミュエル・ウェスレーの牧師館で起きたものであるが、こちらから語りかけても、ネズミの鳴くような声しか返って来なかったという。もしもフォックス家のように上手く行っておれば、それがスピリチュアリズムの発端となっていた可能性もあるわけである。
 フォックス家の場合は、二人の幼い姉妹の一人が奇妙な叩音(ラップ)のする方向へ向かって「あたしがする通りにしてごらん」と言って手を叩いたら、それと同じ数だけ叩音が返って来た。「じゃ、あたしの年齢は?」と聞くと、丁度その子の年齢の数だけ叩音が返って来た。こうして、その目に見えない原因の主と人間との間で〝知的な〟通信が交わされたのだった。
 知的といってもあまりに素朴であり、これ程垢抜けのしない話もないが、この現象に当代の第一級の学者達が関心を向けたことによって、人類史の大転換期の一つ-王朝の没落や大軍の壊滅的敗走よりも重大な意義をもつ事件-であることが明らかとなっていったのである。今後ともますますその意義の重要性が明らかにされていくことであろう。
 仮に将来、ハイズビル事件をどこかの画家に一枚の絵画に描いてもらったら、どんなものになるであろうか。多分、掘っ立て小屋のような木造の平屋の居間で、その娘が笑顔で天井を向いて手を叩いている様子-回りでは半ば畏れ、半ば懐疑の念を露にした近所の人々が大勢集まって見守っている風景を描くことであろう。その家屋の暗い片隅では、得体の知れない新しいエネルギーがうごめいていた。同じエネルギーが、かつても何度か活動していたのだが、それがついに地上に根付いて、人間の思想を根本から変革するまでに影響を及ぼすことになったのである。
 それにしても、なぜそれ程まで重大な結果が、そんなチャチな原因を通してもたらされたのであろうか、と誰しも疑問に思うであろう。が、ギリシャ・ローマの大思想家達も、パウロや漁師のペテロをはじめとする無教養な弟子達が、女性や奴隷やユダヤ教の異端者達と共に、自分達の博学な理論を超えたものを説き、太古からの哲学を打破してしまったことに、やはり〝なぜ!?〟という驚きをもったのである。
 目的を成就する為の手段として何が最も適切であるかは、神のみぞ知る問題であり、それは我々人間が勝手に想像するものとは滅多に一致しないものである。