こうした様々な現象-心霊写真や物質化現象や直接談話など-に直に接してみると、テレパシー説だの無意識の精神作用だの宇宙意識説だのが、実に愚かしく思えてくる。どう考えても、その全てを合理的に説明する説は、地上界以外に五感では知り得ない世界があって、そこに住む知性を具えた存在が組織的に地上界に働きかけている、とする〝霊魂説〟しかない。地上人類は、死後みんな例外なくその世界へ行くのだ。
 自動書記による通信の判断にはよくよく冷静な検証が必要であることは既に述べた。ただの潜在意識の反応といった自然な解釈も考えられる。スピリットからの通信と信じるのは最後の最後まで留保すべきである。が、スピリット説以外の自然な解釈といっても、テレパシー説、つまり通信が宛てられた本人も知らない内容のものを、霊媒がそれを知っている誰かの潜在意識から読み取って書いたとする説だけは、それこそ不自然な解釈であることを主張しておきたい。そこまでいくと〝解釈〟というよりは〝神秘化〟であり、SPRに所属する一部の心霊研究家のように、どこまでいっても結論の出ない無限軌道を時の果てるまで進み続けることになるであろう。
 そのテレパシー説が通用しない例を挙げれば枚挙にいとまがないが、中でも読者に注目して頂きたい例としては、グラストンベリでの古い修道院の発掘の物語を筆頭に挙げたい。
 これはアマチュアの霊媒を通じて届けられた自動書記通信をブライ・ボンド氏が纏めたものであるが、通信例はかつてグラストンベリに建てられていた古い修道院の敬虔な修道士ヨハネスで、その通信が届けられた時点では、そこに修道院が埋もれているという事実はまだ知られていなかった。が、その通信の内容があまりに生々しいので、発掘作業が行われることになった。そして驚くなかれ、通信に述べられている通りの位置から大修道院の廃墟が見つかった。
 奇怪なことに、その通信霊はその修道院のかつての豪華さへの愛着が未だに断ち切れず、所謂〝地縛霊〟となって今もその場所から離れられずにいるのだという。これなどは、生者から生者への以心伝心という説では絶対に解釈がつかない。地上の当事者の誰一人として、そういう廃墟の存在の事実を知らなかったのであるから・・・・