ただ注意しなければならないのは、自動書記というのは、言ってみればどこの誰だか全く分からない人と電話を交わしているようなもので、顔も見えないのであるから、その相手のスピリットが昨日と今日とで入れ替わっていてもこちらには分からないことがあるということである。つまり、真面目な対話の中に嘘の話が混じる可能性が十分にあるということである。従って、よほど細心の注意が必要ということになるが、これをもって霊魂説を否定する根拠とするのは見当違いである。
 というのは、死後の世界の実在と個性の存続は、他の心霊現象を通して、まず間違いない事実として確立されているのである。そしてその事実の核心にあるのは、少なくとも死の直後、言い換えれば地上界に最も近い界層では、個性や人間性は地上時代と少しも変わっておらず、従って善人もいれば悪人もいるということである。
 その善悪双方の勢力が色々な形で地上界へ影響を及ぼしているのが現実であるから、通信内容に低俗なものや悪意に満ちたものが混じっていることは、死後の世界の実在という事実を肯定こそすれ、否定する材料にはならないのである。
 私も三十年に及ぶ霊的体験の中で、イタズラ霊によって随分騙され、苦しい思いをさせられている。が、同時に、いやらしいこと、猥褻なこと、冒涜的な内容の通信は一度も受け取っていない。そういう通信がないわけではないらしい。私は実際に読んだわけではないが、話には聞いている。類は類をもって集まるで、サークルをもつ時は気心の合う人であると同時に、敬虔な心の持ち主を選ぶことが大切であろう。
 真面目な交霊関係に突如として人間を欺くような要素が入って来るのは、自動書記だけではない。霊視現象でも同じである。私は、プロの霊視家でスピリットの容貌・容姿・姓名を見事に言い当て、そのスピリットからのメッセージでも、地上の家族や友人・知人を納得させるものを伝える、優秀な女性霊能者を克明に調査したことがあるが、その中に混じってやはり、丸々外れた予言や肝心なところで食い違いのあるメッセージがあることを突き止めている。
 なぜであろうか。なぜ将来のことになるとよく間違えるのであろうか。それにはよほど深くて複雑な要素が絡んでいるのであろうが、少なくとも一部の批評家のように、それだけで全てを〝ナンセンス〟として否定するような軽薄な態度は取るべきでない。