新しい啓示によって、グロテスクな地獄もファンタスティックな天国も存在しないことが分かった。あるのは生命の階段を下から上へと徐々に昇っていくという概念のみで、罪人が一気に天使になったり、聖人・君子のような人が、ただキリスト教の信仰を受け入れなかったからというだけで地獄へ蹴落とされるような、そんな不条理な話は説かれていない。もっとも、かつての地獄・極楽説は別にスピリットによる啓示だったわけではないから、これをもって新しい啓示と古い啓示との間の矛盾と受け取ってはならないであろう。
 古い時代の地図を見ると、未調査の地域は空白になっていて、〝ここには人食い人種がいたらしい〟とか、〝マンドレーク(麻薬の原料)が取れる〟といった言い伝えを書き込むのが通例だったという。地獄・極楽説も、そうした不明の箇所を勝手な作り話で埋めたものである。神の玉座の周りで永遠に賛美歌を歌い続ける天国だの、永遠に焼かれ続ける地獄だのを、理性ある現代人は信じられるであろうか。
 しかし、ここで一つ疑問が出て来そうである。死後の世界が存在し、そこがこれまで私が紹介してきたような幸せ一杯の世界であることを一応認めるとしても、そういう幸せに浴さずにいるスピリットはどうなっているのか-霊界通信は彼らのことについてどう述べているのかということである。が、ここでも右のキリスト教のドグマのように、それはこうだと断定的に述べるわけにはいかない。これまでに入手した情報を元に、大よその傾向を述べる程度のことしか出来ない。
 と言うのは、地上を去ったスピリットの内で、我々の呼びかけに快く応じてくれるのが死後に幸せを見出した者に限られるからだ。これは極めて当然のことであろう。親和力の原理から言っても、こちらが敬虔な宗教心を持って臨めば、それに応じてくれるのは敬虔な宗教心に富むスピリットの筈だからである。