「我々はキリストの降誕に関して新しい視点を披露しました。これからそれを敷延(ふえん)したいと思います。
 キリストの霊は地上へ降りることの可能な霊の中ても最高次元の霊です。そのキリストが地上人類の霊的更生の為に自ら降誕したのです。
 霊が降誕するのは地球ばかりとは限りません。ただ、地球には地球ならではの特殊な体験が幾つかあります。いずれの天体にも霊的発達の為の利用価値が有り、全ての天体で生活が営まれております。そこへ時として高級霊が降誕して、教化と高揚に当たります。
 キリストは新しい時代を切り開かんとして、単純素朴さと誠実さとを教える為に地上に参りました。今皆さんが見届けておられるのは、更に一段と高等な真理、より神性に富んだ真理を霊界から届ける新世紀の夜明けです。決して一過性の現象ではありません。人類を霊的方向へ導き啓発せんが為の首尾一貫した大計画の一端なのです。現世紀は主として霊団の活躍による影響を受けていますが、少ないながらも、身をもって降誕している〝進化せる霊〟が地上にも存在しています。
 キリストの霊がそれ以前に地上へ降りたことは一度もありません。高級霊といえども肉体に宿ることによって前世の記憶を失うものです(後注①)。この主の降誕は一種の自己滅却です。もしくは〝国籍離脱〟にも似た行為です。皆さんが今生活しておられる地球は、ほぼ最低に近い次元の存在の場です。地球より遙かに発達した天体が数多く存在します。形成の段階にある天体もあります。(太陽系では)水星が最も低く、木星が最も進化しています。
 キリストは〝無〟の境涯(超越界)へと入って行かれました(後注②)。が、我々の仕事の完遂の暁には自らお出ましになられることでしょう。その刈り入れ時の到来までには幾多の為さねばならぬことがあります。種子蒔きと成育には長い期間を要するものです。今遂行されつつある仕事の大きさ、開かれつつある眺望の広さは皆さんには理解出来ません。神の愛がかくも強烈にほとばしり出たことはかつて一度もありません。地上人の心に静かな影響力が働きかけております。今こうしてお持ちしている教えの受け入れ態勢が地球上至る所で準備されつつあります。更に多くの援助が必要となれば、新たに偉大なる天使の軍勢が差し向けられ、その霊力が地球へ届けられることでしょう。今はまだその必要はありません。計画通りに順調に進捗しているからです。
 皆さんは今、地球の歴史上有数の画期的世紀の一つに生きておられます。新たな教説が受け入れられるに先立って古い教説を一掃しなければなりません。が、そう易々と一掃されることはないでしょう。何となれば、その教説の回りを、幾世紀にも亘る付着物が取り巻いているからです。しかし今や、それも急速に取り払われつつあります。そして二度と生き返ることはないでしょう。この時代に生を享け、こうした新しい真理を学ぶことの出来た皆さんは幸せ者です。もっともその恩恵を正しく理解し活用すればのことですが・・・
 私の教えは(同じく超越界に入っている)私の大先輩(紀元前九世紀頃のヘブライの予言者だったエリヤの霊)から授けられます。私はその方と直接お会いすることが出来ます。その方も又その大先輩(紀元前十二世紀頃のヘブライの予言者モーセの霊)から教えを受けておられます(後注③)。
 私はまだ瞑想界へ入ることは出来ません。が、その方が私の下に降りて来られて、この度の使命を私に授けられたのです。我々の一人一人が大いなる系譜の一単位であり、その先を辿れば最高神にまで行きつつあります。
 私の指揮の下にある霊団は私の命令を受け、時折私との交わりを求めて会合を持ちます。我々の仕事にとって秩序が全てであり、身勝手は許されません。人間が思うがままに振舞えるのは、行為の及ぼす結果について人間が鈍感で、我々と違って知らないでも平気でいられるからです。
 もっとも人間は気付いていないようですが、人間も真の意味では自由ではありません。人間の意志は、良きにつけ悪しきにつけ、必ず何等かの霊的影響力によって導かれております。一口に霊といっても、その進化の程度によって様々な種類が存在します。他の天体に所属する霊がこの地球を訪れることは、あることはありますが、滅多にはありません。地球所属の霊にしても、地上より他界した人間の霊の外に数々の種類が存在します。その中には自然界のエネルギーを支配する霊もいます(後注④)。

 (注)①-『霊訓』に次のような箇所がある。
 《地上の救済の為に遣わされる霊はその殆どが肉体を纏うことによって霊的感覚が鈍り、それまでの霊界での記憶が遮断されるのが常です。が、イエスは例外であった。その肉体の純粋さ故に霊的感覚を鈍らせることが殆どなく、同等の霊格の天使達と連絡を取ることが出来ました。天使達の生活に通じ、地上への降誕以前の彼等の中における地位まで記憶していました。天使としての生活の記憶はいささかも鈍らず、一人の時は殆ど常時、肉体を離れて天使と交わっていました。長時間に亘る入神も苦にならなかったのです》

 (注)②-同じく『霊訓』の中で、魂が向上発達していく〝試練〟もしくは〝浄化〟の境涯と、その後に来る所謂超越界、一端突入したらよくよくの場合を除いて二度と戻ることのない〝無〟の世界との間に大きな懸隔があると述べてから、更に次のように綴られた。
 《七つの試練界の最高界から超越界の最低界への突入は人間の死にも似ている。が、その超越界については我々も殆ど聞かされていません。ただ、我々がこうして人間を見守っている如く、その世界の至聖なる霊も我々を援助し導いてくださっていることは承知している。が、それ以外の具体的事実については何も知りません。分かっているのは、その世界の霊はいよいよ神性が完成に近付き、宇宙の根源に通じ、大神を身近に拝むことを得るらしいということのみである。
 我々とてその至福の境涯からは程遠い。まだまだ為さねばならぬことがあります。その遂行の中に喜びを見出しているところです。霊といえども自分が得た経験と知識に従って語っていることを承知する必要があろう。奥深い問題についても、それまでに知り得た限りの範囲で解答を出します。故に、真実から外れたことを述べることも有り得るわけであるから、そうした霊を咎めてはなりません。が、霊の世界について間違いなく言えることは、地上界が七つの下層界の内の最高界であり、その上に七つの〝動〟の世界があり、更にその上に七つの超越的〝無〟の世界が存在するということである。但しその七つの各界には無数の〝境涯〟が存在する》

 (注)③-古来〝啓示〟にも霊的系譜があることを、同じく『霊訓』の中でインペレーターが次のように述べている。
 《古き時代において我々と同じく人間を媒体として啓示が地上にもたらされた道程についてこれより述べようと思う。聖書に記録を留める初期の歴史を通じて、そこには燦然と輝く偉大なる霊の数々がいる。彼等は地上にあっては真理と進歩の光として輝き、地上を去って後は後継者を通じて啓示をもたらして来ました。その一人-神が人間に直接的に話しかけるとの信仰が今より強く支配していた時代の一人に、メルキゼデクの名で知られた人物がいた。(中略)
 そのメルキゼデクは死後再び地上に戻り、当時の最大の改革者-イスラエルの民をエジプトより救い出し、独自の律法と政体とを確立した指導者モーセを導いた。霊力の媒介者として彼は心身共に発達せる強大な人物でした。既に当時としては最高の学派において、優れた知的叡智、エジプト秘伝の叡智が発達していました。人を引き付ける彼の強烈な意志が、支配者としての地位に相応しい人物としたのです。彼を通じて強力な霊団がユダヤの民に働きかけ、それが更に世界へと広がって行きました。大民族の歴史的大危機に際し、その必要性に応じた宗教的律法を完成させ、政治的体制を入念に確立し、法と規律を制定しました。その時代はユダヤ民族にとっては、他の民族も同様に体験している段階、そして現代も重大な類似点を有する段階、すなわち古きものが消え行き、霊的創造力によって全てのものが装いを新たにする、霊的真理の発達段階にあったのです。(中略)
 メルキゼデクがモーセの指導霊となった如く、そのモーセも死後エリヤの指導霊として永く後世に影響を及ぼしました。断っておくが、今我々はメルキゼデクよりキリストに至る連綿たる巨大な流れを明確に示す為に、他の分野における多くの霊的事象に言及することを意図的に避けている。又その巨大な流れの中に数多くの高級霊が出現しているが、今はその名を挙げるのは必要最小限に留め、要するにそれらの偉大なる霊が地上を去った後も引き続き地上へ影響を及ぼしている事実を指摘せんとしているところです。他にも多くの偉大なる霊的流れがあり、真理の普及の為の中枢が数多く存在した。が、今の貴殿には関わりはあるまい。イエス・キリストに至る巨大な流れこそ最大の関心事であろう。もっとも、それをもって真理の独占的所有権を主張するような、愚かにして狭隘(きょうあい)な宗閥心だけは捨て去ってもらわなければなりません。
 偉大なる指導者エリヤ-イスラエル民族が授かった最高の霊は、かつての指導者モーセの霊的指揮下にありました。(中略)そのエリヤも又後の世に地上へ戻り、指導に当たった。貴殿も知る如く、かの〝変容〟の山上にてモーセと共にキリストの側にその姿を見せました。二人はその後ヨハネにも姿を見せ、それより後にも再び地上を訪れることを告げたとあります》

 (注)④-所謂(精霊)のことで、『ベールの彼方の生活』ではそれを〝半理知的原始霊〟という呼び方で次のように説明している。
 《これは個性をもたない自然界の霊で、鉱物の凝縮力として働くもの、植物の新陳代謝を促進するもの、動物の種族毎に類魂として働いているものとがあります。鉱物の霊はこの分野を担当する〝造化の天使〟によって磁力を与えられて活動する以外には、それ本来の知覚らしい知覚は持っておりません。が、植物の霊になるとその分野の〝造化の天使〟から注がれるエネルギーに反応するだけの、それ本来の確立された能力を具えております。鉱物に比べて新陳代謝が早く、目に見えて生育していくのはその為です。
 同じ理由で、人間の働きかけによる影響が通常の発育状況に直ぐ表れます。例えば性質の相反する二種の鉱物、或いは共通した性質をもつ二種の鉱物を科学実験のように溶解状態で混ぜ合わせると、融和反応も拒否反応も、共に即座にそして明瞭な形で出ます。感覚性が皆無に近いからです。
 ところが植物の世界に人間という栽培者が入ると、いかにも渋々とした故意的な反応を示します。普段の発育状態を乱されることに対して潜在的な知覚が不満を持つからです。しかし、これが動物界になると、その類魂も十分な知覚を有し、かつ又、少量ながら個性も具えています。又〝造化の天使〟も整然とした態勢で臨んでおります》