自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 岩屋の修行中に私が自分の守護霊と初めて会ったお話を申し上げたばかりに、ツイこんな長談議を致してしまいました。こんな拙い話が幾分たりともあなた方の御参考になればこの上もなき幸せでございます。
 ついでに、その際私と私の守護霊との間に行なわれた問答の一部を一応お話致しておきましょう。格別面白くもございませぬが、私にとりましてはこれでも忘れ難い思い出の種子なのでございます。
 問『あなたが私の守護霊であると仰るなら、何故もっと早くお出ましにならなかったのでございますか?今迄私はお爺様ばかりを杖とも柱とも頼りにして、心細い日を送っておりましたが、もしもあなたのような優しい御方が最初からお世話をして下さったら、どんなにか心強いことであったでございましたろう・・・・』
 答『それは一応もっともなる怨み言であれど、神界には神界の掟というものがあるのです。あのお爺様は昔から産土神のお神使として、新たに帰幽した者を取り扱うことにかけてはこの上もなくお上手で、とても私などの足元にも及ぶことではありませぬ。私などは修行も未熟、それに人情味と言ったようなものが、まだまだ大変に強過ぎて、思い切って厳しい躾を施す勇気のないのが何よりの欠点なのです。あなたの帰幽当時の、あの烈しい狂乱と執着・・・・とても私などの手に負えたものではありませぬ。うっかりしたら、お守役の私までが、あの昂奮の渦の中に引き込まれて、いたずらに泣いたり、怨んだりすることになったかも知れませぬ。かたがた私としてはわざと差し控えて蔭から見守っているだけに留めました。結局そうした方があなたの身の為になったのです・・・・・』
 問『では今までただお姿を見せないというだけで、あなた様は私の狂乱の状態を蔭からすっかり御覧になってはおられましたので・・・・』
 答『それは勿論のことでございます。あなたの一身上の事柄は、現世に居った時のことも、又こちらの世界に移ってからの事も、一切知り抜いております。それが守護霊というものの役目で、あなたの生活は同時に又大体私の生活でもあったのです。私の修行が未熟なばかりに、随分あなたにも苦労をさせました・・・・・』
 問『まあ勿体無いお言葉、そんなに仰せられますと私は穴へも入りたい思いが致します・・・・。それにしてもあなた様は何と仰る御方で、そしていつ頃の時代に現世にお生まれ遊ばされましたか・・・・』
 答『改めて名乗る程のものではないのですが、こうした深い因縁の絆で結ばれている上からは、一通り自分の素性を申し上げておくことに致しましょう。私はもと京の生まれ、父は粟屋左兵衛と申して禁裡に仕えたものでございます。私の名は佐和子、二十五歳で現世を去りました。私の地上に居った頃は朝廷が南と北との二つに別れ、一方には新田、楠木などが控え、他方には足利その他東国の武士共が付き従い、殆ど連日戦闘のない日とてもない有様でした・・・。私の父は旗色の悪い南朝方のもので、従って私共は生前に随分数々の苦労辛酸を嘗めました・・・・』
 問『まあそれはお気の毒なお身の上・・・・・私の身に引き比べて、心からお察し致します・・・・。それにしても二十五歳で亡くなられたとの事でございますが、それまでずっとお独り身で・・・・・』
 答『独り身で居りましたが、それには深い理由があるのです・・・。実は・・・今更物語るのも辛いのですが、私には幼い時から許婚(いいなずけ)の人がありました。そして近い内に黄道吉日を選んで、婚礼の式を挙げようとしていた際に、不図起こりましたのがあの戦乱、間もなく良人となるべき人は戦場の露と消え、私の若き日の楽しい夢は無惨にも一朝にして吹き散らされてしまいました・・・。それからの私はただ一個の魂の脱けた生きた骸・・・・丁度蝕まれた花の蕾のしぼむように、次第に元気を失って、二十五の春に、寂しくポタリと地面に落ちてしまったのです。あなたの生涯も随分辛い一生ではありましたが、それでも私のに比ぶれば、まだ遙かに花も実もあって、どれだけ幸せだったか知れませぬ。上を見れば限りもないが、下を見ればまだ際限もないのです。何事も皆深い深い因縁の結果と諦めて、お互いに無益の愚痴などはこぼさぬことに致しましょう。お爺さまの御指導のお蔭で近頃のあなたはよほど立派にはなりましたが、まだまだ諦めが足りないように思います。これからは私もちょいちょい見回りに回り、ともども向上を図りましょう・・・・』
 その日の問答は大体こんなところで終りましたが、こうした一人の優しい指導者が見つかったことは、私にとりて、どれだけの心強さであったか知れませぬ。その後私の守護霊は約束の通り、しばしば私の許に訪れて、色々と有り難い援助を与えてくださいました。私は心から私の優しい守護霊に感謝しておるものでございます。