自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 間もなく以前の小娘が再び現れました。
 『どうぞお上がりくださいませ・・・・』
 言われるままに私は小娘に導かれて、御殿の長い長い廊下を幾曲り、ずっと奥まれる一間に案内されました。室は十畳ばかりの青畳を敷き詰めた日本間でございましたが、さりとて日本風の白木造りでもありませぬ。障子、欄間、床柱などは黒塗り、又縁の手すり、ひさし、その他造作の一部は丹塗り、と言った具合に、とてもその色彩が複雑で、そして濃艶なのでございます。又お床の間には一幅の女神様の掛け軸がかかっており、その前には陶器製の龍神の置物が据えてありました。その龍神が素晴らしい勢いで、かっと大きな口を開けていたのが今も眼の前に残っております。
 開け放った障子の隙間からはお庭もよく見えましたが、それが又手数の込んだ大そう立派な庭園で、樹草泉石のえも言われぬ配合は、とても筆紙に尽くせませぬ。京の銀閣寺、金閣寺の庭園も数寄の限りを尽くした、大そう贅沢なものとかねて聞き及んでおりますので、或る時私はこちらから覗いてみたことがございますが、龍宮界のお庭に比べるとあれなどはとても段違いのように見受けられました。いかに意匠をこらしても、やはり現世は現世だけの事しかできないものと見えます・・・・。
 ナニそのお室で乙姫様のお目にかかったか、と仰るか-ホホホ大そうお待ち兼ねでございますこと・・・。ではお庭の話などはこれで切り上げて、早速乙姫様にお目通しをしたお話に移りましょう。-もっとも私がその時お目にかかりましたのは、玉依姫(たまよりひめ)様の方で、豊玉姫(とよたまひめ)様ではございませぬ。申すまでもなく龍宮界で第一の乙姫様と仰るのが豊玉姫様、第二の乙姫様が玉依姫様、つまりこの御両方の関係がよく判っておりませぬ。お二人が果たして本当に御姉妹の間柄なのか、それとも豊玉姫の御分霊が玉依姫でおありになるのか、どうもその辺がまだ充分私の腑に落ちないのでございます。但しそれがどうあろうとも、この御二方が切っても切れぬ、深い因縁の姫神であらせられることは確かでございます。私はその後幾度も龍宮界に参り、そして幾度も御両方にお目にかかっておりますので、幾分その辺の事情には通じているつもりでございます。
 この豊玉姫様と言われる御方は、第一の乙姫様として龍宮界を代表遊ばされる、尊い御方だけに、やはりどことなく貫禄がございます。何となく、龍宮界の女王様と言った御様子が自然にお体に備わっておられます。お年齢は二十七、八又は三十位にお見受けしますが、勿論神様に実際のお年齢はありませぬ。ただ私達の眼にそれ位に拝まれるというだけで・・・。それからお顔は、どちらかといえば下ぶくれの面長、目鼻立ちの中でどこかが特に取り立てて良いと申すのではなしに、どこもかしこもよく整った、誠に品位の備わった、立派な御器量、そしてその御物越しは至ってしとやか、私共がどんな不躾な事柄を申し上げましても、決してイヤな色一つお見せにならず、どこまでも親切に、色々と教えてくださいます。その御同情の深いこと、又その御気性の素直なことは、どこの世界を捜しても、あれ以上の御方が又とあろうとは思われはせぬ。それでいて、奥の方には凛とした、大そうお強いところも自ずと備わっているのでございます。
 第二の乙姫様の方は、豊玉姫様に比べて、お年齢もずっとお若く、やっと二十一か二か位に思われます。お顔はどちらかといえば丸顔、見るからに大そうお陽気で、お召物などはいつも思い切った華美造り、丁度桜の花が一時にぱっと咲き出でたというような趣がございます。私が初めてお目にかかった時のお服装は、上衣が白の薄物で、それに幾枚かの色物の下着を重ね、帯は前で結んでダラリと垂れ、その外に幾條かの、ひらひらした長いものを捲きつけておられました。これまで私共の知っている服装の中では、一番弁天様のお服装に似ているように思われました。
 兎に角このお両方は龍宮界切っての花形であらせられ、お顔もお気性も、どこやら共通の所があるのでございますが、しかし引き続いて、幾代かに亘りて御分霊を出しておられる中には、御性質の相違が次第々々に強まって行き、末の人間界の方では、豊玉姫系と玉依姫系との区別がかなりはっきりつくようになっております。慨して豊玉姫の系統を引いたものは、あまりはしゃいだところがなく、どちらかといくばしとやがて、引っ込み思案でございます。これに反して玉依姫系統の方は至って陽気で、進んで人中にも出かけてまいります。ただ人並優れて情け深いことは、お両方に共通の美点で、やはり御姉妹の血筋は争われないように見受けられます・・・・。
 あれ、又しても話が脇道へ逸れて先走ってしまいました。これから後へ戻って、私が初めて玉依姫様にお目にかかった時の概況を申し上げることに致しましょう。