自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 梅の精は思いの外悪びれた様子もなく、私の顔をしげしげ凝視して佇んでおります。
 『梅の精さん、あなた、お年齢はおいくつでございます?』
 生前の癖で、私は真っ先にそんな事を訊いてしまいました。
 『年齢?わたしそんなものは存じませぬ・・・』
 梅の精は銀の鈴のような綺麗な声で、そう答えてキョトンとしました。
 私は自分ながらヘタなことを訊いたと直ぐ後悔しましたが、しかしこれで妖精とスラスラ談話の出来ることが判って、嬉しくてなりませんでした。私は続いて、色々話しかけました。-
 『ホンに、あなた方に年齢などはない筈でございました・・・。でもあなた方にもやはり、両親もあれば兄妹もあるのでしょうね?』
 『私のお母アさまは、それはそれは優しい、良いお母様でございます・・・・。兄妹は、あんまり沢山で数が分かりませぬ・・・・』
 『あなたはよく怖がらずに、私の所へ来てくれましたね』
 『でもおばさまは私を可愛がってくださいますもの・・・・』
 『可愛がってくれる人と、くれない人とが判りますか?』
 『はっきり判ります。私達は気の荒い、惨い人間が大嫌いでございます。そんな人間だと私達は決して姿を見せませぬ。だって、格別用事もないのに、折角私達が咲かした花を枝ごと折ったり、何かするのですもの・・・』
 そう言って、梅の精はその綺麗な眉に八の字を寄せましたが、私にはそれが却って可愛らしくてなりませんでした。
 『でも、人間は、この枝振りが気に入らないなどと言って、時々鋏でチョンチョン枝を摘むことがあるでしょう。そんな時にあなた方はやはり腹が立ちますか?』
 『別に腹が立ちもしませぬ・・・。枝振りを直す為に切るのと、悪戯で切るのとでは、気持がすっかり違います。私達にはその気持がよく判るのです・・・』
 『では花瓶に活ける為に枝を切られても、あなた方はそう気まずくは思わないでしょう?』
 『それは思いませぬ・・・。私達を心から可愛がってくださる人間に枝の一本や二本歓んでさしあげます・・・』
 『果実を採られる気持も同じですか?』
 『私達が丹精して作ったものが、少しでも人間のお役に立つと思えば、却って嬉うございます・・・』
 『木によっては、根元から切り倒される場合もありますが、その時あなた方はどうなさる?』
 『そりゃよい気持は致しませぬ。しかし切られるものを、私達の力でどうすることも出来ませぬ。直ぐ諦めて、木が倒れる瞬間にそこを立ち退いてしまいます・・・』
 『あなた方の中にも、人間が好きなものと嫌いなもの、又性質の寂しいものと陽気なものと、色々相違があるでしょうね?』
 『それは様々でございます。中には随分ひねくれた、気難しい性質のものがあり、どうかすると人間を目の仇に致します・・・・』
 何と申しましても、人間と妖精とでは、距離が大分かけ離れていて、談話がしっくりと腑に落ちないところもございますが、それでも、こうしている中に、幾分か先方の心持が呑み込めたように思われてまいりました。それから私はよきほどに梅の精との対話を切り上げ、他の妖精達の調査にかかりましたが、人間から観れば何れも大同小異の怪しい小人というのみで、一々細かいことは判りかねました。標本として私はそれ等の中で少し毛色の違ったものの人相書を申し上げておくことに致しましょう。
 梅の精の次に私が目をとめたのは、松の精で、男松は男の姿、女松は女の姿、どちらも中年者でございました。梅の精よりかも遙かに威厳があり、どこやらどっしりと、きかぬ気性を具えているようでございました。しかし、その大きさはやはり五寸ばかり、青味がかった茶っぽい唐服を着て、そして綺麗な羽を生やしているのでした。
 松や梅の精に比べると竹の精はずっと痩せ過ぎで、何やら少し貧相らしく見えましたが、しかし性質はこれが一番穏和のようでございました。で、もし松竹梅と三つ並べてみたら、強いのと弱いのとの両極端が松と竹とで、梅はその中間に位しているようでございます。
 それからスミレ、タンポポ、キキョウ、女郎花、菊・・・一年生の草花の精は、何れも皆子供の姿をしたものばかり、形態は小柄で、眼の覚めるような色模様の衣装をつけておりました。それ等が大きな群を作って、大空狭しと乱れ飛ぶところは、とても地上では見られぬ光景でございます。中でどれが一番綺麗かと仰るか・・・さあ草花の精の中ではやはり菊の精が一番品位がよく、一番幅を利かしている様でございました・・・。