自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 さて只今申し上げました不図した動機というのは、或る年三浦の海岸を襲った大津波なのでございました。それは滅多にない位の大きな時化で、一時は三浦三崎一帯の人家が全滅しそうに思われたそうでございます。
 すると、その頃、諸磯の、或る漁師の妻で、普段から私の事を大変に尊信してくれている一人の婦人がありました。『小桜姫にお願いすれば、どんな事でも叶えて下さる・・・・』そう思い込んでいたらしいのでございます。で、いよいよ暴風雨が荒れ出しますと、右の婦人が早速私の墓に駆けつけて一心不乱に祈願しました。-
 『このままにしておきますと、三浦の土地は皆流れてしまいます。小桜姫様、どうぞあなた様のお力で、この災難を免れさせて頂きます。この土地でお縋りするのはあなた様より外にはござりませぬ』
 丁度その時私は海の修行場で相変わらず統一の修行三昧に耽っておりましたので、右の婦人の熱誠こめた祈願がいつになくはっきりと私の胸に通じて来ました。これには私も一と方ならず驚きました。-
 『これは大変である。三浦は自分にとりて切っても切れぬ深い因縁の土地、このまま土地の人々を見殺しには出来ない。殊にあそこには良人をはじめ、三浦一族の墓もあること・・・・。一つ龍神さんに一生懸命祈願してみましょう・・・・。正しい願いであるならきっと御神助が降るに相違ない・・・・』
 それから私は未熟な自分に出来る限りの熱誠をこめて、三浦の土地が災厄から免れるようにと、龍神界に祈願を籠めますと、間もなくあちらから『願いの趣聴き届ける・・・』との有り難いお言葉が伝わってまいりました。
 果して、さしものに猛り狂った大時化が、間もなく収まり、三浦の土地はさしたる損害もなくして済んだのでしたが、三浦以外の土地、例えば伊豆とか、房州とかは百年来例がないと言われる程の惨害を蒙ったのでした。
 こうした時には又妙に不思議な現象が重なるものと見えまして、私の姿がその夜右の漁師の妻の夢枕に立ったのだそうでございます。私としては別にそんなことをしようというつもりはなく、ただ心にこの正直な婦人をいとしい女性と思っただけのことでしたが、たまたま右の婦人がいくらか霊能らしいものを有っていた為に、私の思念が先方に伝わり、その結果夢に私の姿までも見ることになったのでございましょう。そうしたことは格別珍しい事でも何でもないのですが、場合が場合とて、それがとんでもない大騒ぎになってしまいました。-
 『小桜姫は確かに三浦の土地の守護神様だ。三浦の土地が今度不思議にも助かったのは皆小桜姫のお蔭だ。現に小桜姫のお姿がなにがしの夢枕に立ったということだ・・・。有り難いことではないか・・・・』
 私とすればただ土地の人達に代わって龍神さんに御祈願をこめたまでのことで、私自身に何の働きのあった訳ではないのでございますが、そうした経緯は無邪気な村人に判ろう筈もございません。で、とうとう私を祭神とした小桜神社が村人全体の相談の結果として、建立される段取りになってしまいました。
 右の事情が指導役のお爺さんから伝えられた時に私はびっくりしてしまいました。私は真紅になって御辞退しました。-
 『お爺さま、それはとんでもないことでございます。私などはまだ修行中の身、力量といい、又行状といい、とてもそんな資格のあろう筈がございませぬ。他の事と違い、こればかりは御辞退申し上げます・・・・』
 が、お爺さんはいつかな承知なさらないのでした。-
 『そなたが何と言おうと、神界では既に人民の願いを容れ、小桜神社を建てさせることに決めた。そなたの器量は神界で何もかも御存知じゃ。そなたはただ誠心誠意で人と神との仲介をすればそれでよい。今更我儘を申したとて何にもならんぞ・・・』
 『左様な訳のものでございましょうか・・・・』
 私としては内心多大の不安を感じながら、そうお答えするより外に詮術がないのでございました。