自殺ダメ


 (自殺ダメ管理人よりの注意 この元の文章は古い時代の難解な漢字が使用されている箇所が多数あり、辞書で調べながら現代で使用するような簡単な漢字に変換して入力しています。しかし、入力の過程で、間違える可能性もあります故、どうかご了承ください)

 時とすれば、帰幽者の中には、自分の死を知らぬものがある。こんな事をいうと、いかにも信じ難く思われるか知れぬが、しかしある特殊の場合には、それが実際の事実なのである。
 この不可思議なる認識不足の原因は、実にその人の過去の経歴中に見出される。もしも彼が強烈なる物欲の奴隷であり、金銭に対する執念に燃えつつ帰幽したとすれば、他界の居住者の姿を、ちらと瞥見(べっけん)した位では容易に承服出来ず、自分は未だ断じて死んでいないと、あくまで頑張りながら、盲滅(めくら)法界に自分の家を捜し、財宝金銭を捜して、幽界の闇路を駆け巡るのである。時とすればそれ等の幻影が、自分の直ぐ前面に現れる。しめたと思って追いすがれば、プイと消えて跡形もない。消えては現れ、現れては又消え、後にはただ焦燥と失望とが残る。こういった利己主義者は、暫く顕幽の境界辺に滞留を余儀なくせられ、物欲が消滅するまでは、決して自由が与えられないのである。
 中には又ほぼこれと同じく、暫時冥府に滞在を余儀なくせらるるものもあるが、幸いにして、それは寧ろ例外に属する。それは元気旺気で、無鉄砲で、そして相当道楽もやった若者の急死の場合に起こる現象である。自分にはとんと死ぬ気持も何もない、血気盛りに、無理矢理にその肉体からもぎ離された、甚だ気の毒な連中のこととて、地上生活と幽界生活の相違が容易に腑に落ちない。従ってそのエーテル体が、あまりにも急激な変動の打撃から回復するまでは、一時人事不省の状態に陥ってしまうのである。
 しかしながら、前にもいう通りこれ等は例外で、大部分の男も女も、丁度渡り鳥の如く冥府を通過し、その間に、折りふしここかしこで、自分よりも前に帰幽した親戚朋友と会ったり、又一時的の幻影にぶつかったりして、小休憩を行なうのみである。彼等の入り行く新世界は、言ふまでもなく、例の努力の要らない夢幻境で、主として現世生活の繰り返しの如き、一種の生活模様を編み出すことになる。