自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 ここに掲載する新樹の通信なるものは、主としてその父の命により、探検又は訪問せる時の報告を集めたものです。私は彼が死後まだ十日経つか経たぬ時、中西霊媒を通じて、彼の死を申し聞けましたが、その時彼が悲憤の涙に暮れた様は、今でもありあり眼に映ずるような気がします。私はその時彼との間に、ある会話を交えました。その事柄は簡単ではあるが、私と彼との間にしか知られていないことであるから、中西霊媒に現れたものが新樹の霊魂に相違ない事を確信していました。その後霊媒が何人か変わっても、私との会話の内容を肯定しますから、彼の通信なるものは、相当確実性があるものと私は信じます。
 この通信録は、目次記載の通り四編から成っています。その中『新樹と守護霊』は、万人必ずしも同様なりとはいい得ないでしょうが、およそいかなる関係を有するものなるかを説いたところ、大抵通則と見てよいよう考えられます。『乃木さんと語る』は、武人の面目躍如たるを見るべく、そして戦争の避くべからざるを警告して、日本国民の覚悟に及び、又お宮とお墓の別を明らかにせる如きは、万人の知っておかねばならぬ事柄であることを信じます。この他『幽界居住者の伊勢参宮』『或る日の龍宮』何れも啓発せらるる所少なくないよう考えられます。
 新樹と私とは、前記の如き関係があり、一種感傷的気分がないではありませんが、今これを世に送ろうとするのは、決してそんな気分からではありません。各編何れも不朽と迄は行かずとも、世に伝えて恥ずかしからぬものと信ずるからであります。
 この通信は、もっと早く世に出て然るべきものと思われますが、何かの都合で今日に至ったものです。が、今でも敢えて遅しとはせないでしょう。

 昭和十三年四月 浅野正恭