自殺ダメ


 [霊界通信 新樹の通信](浅野和三郎著)より

 (自殺ダメ管理人よりの注意 この文章はまるきり古い文体及び現代では使用しないような漢字が使われている箇所が多数あり、また振り仮名もないので、私としても、こうして文章入力に悪戦苦闘しておる次第です。それ故、あまりにも難しい部分は現代風に変えております。[例 涙がホロホロ零る→涙がホロホロ落ちる]しかし、文章全体の雰囲気はなるべく壊さないようにしています。その点、ご了承ください。また、言葉の意味の変換ミスがあるかもしれませんが、その点もどうかご了承ください)

 或る日母の守護霊さんから、「近い内にあなたの母さんに付いて富士登山をするから、あなたも御一緒になすっては」との通信がありました。僕は生前に、一度も富士登山が出来ず、こちらの世界へ引越してしまった人間なので、このお誘いには、少なからず感動を催しましたが、自分でも色々考え、又僕の守護霊ともとくと相談した結果、母の一行とは別に、僕達二人きりで出掛けることに話しが纏まりました。人間の体に憑依して登山すれば、俗界の事情はよく判るかも知れないが、それでは自然幽界の事情には疎くなり、これも余り感心しない。この際寧ろ、純粋の幽界人として、富士山の内面観察を試みることにしようというのが、僕達の眼目だったのです。従って僕達の方が、母の登山よりも却って二、三日早くなりました。何にしろこちらの世界の仕事は、至極手っ取り早く、思い立ったが吉日で、現世の人間のように、やれ旅支度だ、やれ時日の打ち合わせだ、と言ったような面倒くさい事は、一つもないのですからね。
 ところで、僕の守護霊さんもはやり僕と同じく、生前一度も登山の経験がなかった人です。なので今度は思う存分に、登山気分を味わうべく、二人ともせめて現世の人間らしい恰好を造って行こうではないかということになりました。念の為に、その事を指導役のお爺さんに申し上げると、「それは面白いことだ。体を造って登ることも、確かに一理あるように思う」と大変に力をつけてくれました。
 まず僕達は服装の相談をしました。僕はやはり洋服姿で出掛けるつもりでいると、守護霊さんは、しきりに白衣を着るがよいと勧めました。「霊峰に登るには、洋服などはいけない。頂上には尊い神様もお鎮まりになっておられる。これは是非清らかな白装束でなければなるまい」「あなたは白装束になさるが宜しいでしょうが、」と僕は抗議を申し立てました。「僕は生まれた時代が違いますから、洋服で差し支えないと思います。洋服にしないと、僕にはどうも登山気分が出ないのです。まさか洋服を着ても、罰は当たらないでしょう」
 とうとう僕は、日頃愛用の洋服を着て行くことにしました。靴は軽い編み上げ、脚にはゲートル、頭には鳥帽子という、すこぶるモダンな軽装です。守護霊さんは、これは勿論徳川式、白衣を裾短かにからげ、白の脚絆に白の手甲、頭には竹笠と言った、純然たる参詣姿です。「こりゃ大分不似合いな道連れじゃ・・・」守護霊さんは見比べながら、しきりに可笑しがっておられました。
 さていよいよ出掛けようとした時に、僕はふと金剛杖のことを思いつきました。仮にも体を造って山に登る以上、別にくたびれはしないとしても、一本杖が要りますね」そう僕が発議すると、守護霊さんも、「成る程、そういうものがあった方がよいであろう」ということになり、なので、早速お爺さんにお願いし、めいめいに一本ずつ杖を取り寄せてもらいました。
 「この杖は有り難いもので、ただ一概に木の棒と思っては良くないぞ」とお爺さんから注意がありました。「これは魔除けになるもので、汝達にも、やはりこれがあった方がよいのじゃ。うっかりして悪霊に襲われぬとも限らぬからな・・・」
 他にも、僕達が身に付けたものがありました。それは例の楽器で・・・。守護霊さんは、いつも愛用の横笛を帯に差し込み、又僕はハーモニカを、ポケットにしのばせました。何しろ僕達は、遊山と言うよりも、むしろ修業に出掛ける意気込みですから、期せずして、二人の心は、日頃精神を打ち込んでいる仕事に向かった訳なのです。

 支度もすっかり整いましたので、いよいよ出発といっても、そこは現世のような、面倒臭い出発ではありません。ただ心でどこと目標さえつければ、すぐそこへ行っているのだから、世話はありません。僕達の選んだのは、例の吉田口で、ちょっと現界の方を覗いてみると、北口とか、何とか刻みつけた石標があったようでした。その辺には、人間の登山者も沢山おり、中には洋服姿の人も見受けました。僕は守護霊さんに、それを指摘しながら、
 「御覧なさい、近頃の登山者はこんな恰好なのです。僕ばかりが仲間外れになってはしません・・・」
 「成る程な、」と守護霊さんも非常に感心して、「近頃洋服が流行ると承っていたが、ここまでとは思わなかった。これも時勢で致し方があるまい・・・」
 どうせ人間の方から、僕達の姿は見えはしないのだから、どこを通っても差し支えはない筈ですが、しかし人間と一緒では、何やら具合が悪いので、僕達は普通の登山路とは少しかけ離れた、道なき道をグングン登って行きました。そこは随分酷い所で、肉体があっては、とても登れはしませんが、僕達は言わば顕幽の境を縫って行くのですから、何やら地面を踏んでいるようでもあり、又空を歩いているようでもあり、格別骨も折れないのです。その感じは一種特別で、こればかりは、ちょっと形容が出来ません。まァ夢の中の感じ-ざっとそう思って頂けば宜しいでしょう。なに金剛杖ですか、・・・・やはり突きましたよ。突く必要はないかも知れないが、しかし突いた方が、やはり具合が良いように思われるのです・・・。
 暫く登ると、そこに一つのお宮がありました。勿論それは幽界のお宮で、つまり現界のお宮の、一つの奥の院と思えば良い訳です。そこには男の龍神さんが鎮まっておられましたので、僕達は型の如く拍手を打って、祝詞を上げ、「無事頂上まで参拝させて頂きます・・・」と御祈りしました。万時現世でやるのと何の相違もありません。
 それから先は一層酷い深山で、大木が森々と茂っており、色々の禽鳥がさえずっていました。なにそれは現界の禽鳥かと仰るか、そうではありません。全てが皆幽界のものです。僕達には現界の方は、たまにチラリと見えるだけで、普通はこちらの世界しか見えません。ですから禽鳥の鳴き声だって、現界では聞いたことのないのが混じっています。顕と幽とは、言わば付かず離れず、類似の点があるかと思えば、又大変相違している箇所もあり、僕達にも、その相互関係がよく判りません。うっかりしたことを言うと、飛んだ間違いをしますから、僕はただ実地に見聞しただけを申し上げます。理屈の方は、どうぞ学問のある方々が、よくお考えください・・・。
 やがてある地点に達すると、そこには、ごく粗末な宮らしいものが建っていました。それからどうやら、山の天狗さんの住居らしいので、守護霊さんと相談の上で、一つ訪問する事にしました。僕はお宮の前に立って拍手を打って、「こちらは富士の御山に棲われる、天狗さんのお住居ではありませぬか?」と訊いてみたのです。が、内部はひっそり閑として、何の音沙汰もない。
 「ハテこれは違ったかしら・・・」僕達が小声でそんなことを言っていると、にわかに先方の方でとてつもない大きな音がする。何かと思って、びっくりして顔を見合わせている間に、いつどこをどう入ったものか、お宮の内部には、何やらガサコソと人の気配がします。「やはり天狗さんが戻って来たのだな。今の大きな物音も、確かにこの天狗さんが立てたに相違ない・・・」僕はそんなことを思いながら、そっと内部を覗いてみると、果たして一人の白髪を生やした、立派な天狗さんが、堂々と座り込んでいました。その服装ですか・・・衣服は赤レンガ色で、それに紫の紐がついており、下のは袴のようなものを穿いていました。言うまでもなく、手には羽の扇を持っていました。
 僕達は扉を開けて、丁寧に挨拶を述べましたが、あちらは案外優しい天狗さんで、
 「まぁ上れ!」
と言うのでした。
 「イヤただ御挨拶だけさして頂きます。先刻はお留守のように拝見しましたが・・・」
 「わしは宮の内部にばかり引き籠ってはいない。ある時は樹木のてっぺんにいたり、又ある時はお山の頂上まで行ったり、これで中々忙しいのじゃ」
 「この宮にはたった一人でお住まいですか?」
 「イヤ眷族が多数いる。わしが一つ口笛を吹けば、皆一散に集まって来る・・・」
 「そんな光景を、一度拝見させて頂くと、大変に結構だと思いますが・・・」
 「それはちょっと出来ん・・・皆用事を帯びてよそに出ているからな」
天狗さんは、口笛だけはどうしても吹いてくれませんでした。なので僕は話題を変えて、
 「あなた方から御覧になると、一体僕達は何者に見えますか?」
 天狗さんは、最初僕達二人を、普通の人間かと思ったらしく、しきりにジロジロ見ていました。僕の方でも、なるべくそう思わせるように努め、さも現世人らしく振舞いました。
 が、そこはさすがに功労経た天狗さんだけあって、一種の術を心得ており、さかんに九字を切って、何やら神様に伺いを立てている様子でした。やがてズカズカと僕達の方に近寄り、まず守護霊さんの両手を掴んで、ぐっと引き寄せ、下から上へと体中を撫でました。続いて僕の事もそうしてみて、何やらたっと笑いました。
 「いかがですか、僕達の正体が判りましたか?」
 「イヤ神様に伺ってよく判った。あなた方は、やはり幽界のもので、修業も相当出来ているが、今回見学の為に、わざわざ体を造って、富士登山をしたものじゃそうな。わしも最初から、どうも様子が少し変だとは思っていた。何やら妙に親しみがあって、威張りたいにも威張れなかった。地上の人間なら、一つ大いに脅かしてやるところなのじゃがな。アハ・・・」
 「どうぞお手柔らかに・・・。実は僕達は、これでも少しは天狗界の事情を知っており、随分不思議な術を見せてもらったこともあります」
 「ああ左様か・・・。わしにも術があるのだが、この山では禁じられているから駄目じゃ」
 天狗さんは、よほど僕達に対して好奇心を起こしたらしく、しきりに根掘り葉掘り、僕達の身元調べをしました。別に隠す必要もないので、僕達も経歴の概略を物語り、二人とも音楽に趣味をもっていることを話すと、天狗さんますます乗り気になりました。
 「是非あなたの笛を聴かせてもらいたい、わしは笛が大好きじゃ」
 「無償ではこの笛は吹けません」と僕の守護霊さんも、そこは中々如才がありません。「あなたが口笛を吹いて下さるなら、私も笛を吹きましょう」
 「こりゃ困った。今口笛を吹く訳には行かぬ。ではあなた方の帰り道に、また立ち寄ってください。その時に大いに口笛を吹いて、眷族を集めてお目にかけるから・・・」
 とうとう笛も口笛もお流れになってしまいました。帰りには別の道を通ったので、従ってこの天狗さんとも会わず、今もってこの話はそのままになっております。その内機会があったら、わざわざ出掛けて行っても良いと思っております。概して天狗というものは、気持がさっぱりしていて、そして案外に無邪気で、こちらがその気分を呑み込んで交際しさえすれば、すこぶるくみし易いところがあるようです。天狗と人間との交渉は、相当密接なようですから、今後もせいぜい気をつけて、報告することにしましょう。

 僕達は天狗さんと別れて、又登り出しました。時々現界の登山者達の方を覗いてみましたが、いずれも気の毒な位くたびれて、気息を弾ませていました。こちらはその点一向平気なもので、平地を歩くのとさして変わりません。「これではあまり楽過ぎて、登山気分が出ませんね」「脚につけた脚絆の手前が、恥ずかしい位のものじゃ」-僕達はそんなことを語り合いました。
 森林地帯が終わって、いよいよ禿山にかかろうとする地点で、僕達は兎も角も岩角に腰を下ろして、一息をすることにしました。
 「やれやれくたびれた。どっこいしょ・・・」-僕は冗談にそんなことを言いましたが、勿論ちっとも疲れはしません。こんな場合、現界の人ならタバコでも吸うとか、キャラメルでもしゃぶるとかするところでしょうが、僕達にはそれも出来ません。あっけないことおびただしい。
 あまり手持ち無沙汰なので、一つ音楽でもやろうということになり、守護霊さんは腰間の愛笛を抜き取り、僕はポケットのハーモニカを取り出しました。これまで僕は何回となく、守護霊さんと合奏しておりますから、近頃はとてもよく調子が合います。出来ることなら、一度皆さんに聞かせて上げたいのですがね・・・・笛とハーモニカの合奏も、中々悪くないものです・・・。
 それは兎に角、僕の守護霊さんが、小手調べの為に、笛を唇に当てて二声三声、ちょっと吹き鳴らした時です。思いも寄らず、どこかこう遠い所から、素晴らしい笛の音が聞こえて来ました。僕達はびっくりして、互いに顔と顔とを見合わせました。
 「登山者の中に、誰か笛を吹くものがいるのかしら・・・」
 「イヤあれは人間界の音色ではない」と守護霊さんは、じっと耳を澄ませながら、「人間界では、あんな冴えた音が出るものではない。たしか神さんの手遊びに相違ない・・・」
 僕達は合奏どころでなく、しきりにあれか、これかと憶測を巡らしましたが、とうとう守護霊さんが統一をして富士山守護の神霊に、その出所を伺うことになりました。すると直ちに先方から告知がありました。「只今吹奏されたのは、富士神霊のお付の女神である。そなたの笛が先方に通じ、お好きの道とて、うっかり調子を合わせられたものであろう・・・」
 それと知った時に、僕は有頂天になりました-
 「やァこいつァ面白いことになって来た。守護霊さん、一つ是非その女神さんに、こちらへお出でを願って、合奏して頂きましょう」
 「それもそうじゃ。一つあちらへ申し上げてみることに致そう。遠方からの合奏では、何やら物足りない」
 さすがに僕の守護霊さんは、音楽に生命を打ち込んでいる人だけあって、こんな場合には、少しも躊躇しません。早速その旨をあちらに申し込んで快諾を得ました。
 待つ間程なく、間近にさらさらという布擦れの音がします。見ると一人の女神さんが立っておられました。年の頃はおよそ二十七、八、頭髪はてっぺんを輪のように結んで、末端を後ろに垂れ、衣装はセミの羽に似た薄もの、大体が弁天様に似たお姿でした。顔は丸顔、そして手に一管の横笛を携えておられましたが、それは目覚めるばかりの朱塗りの笛でした。
 僕は文学者でないので、上手く表現出来ませんから、一つ母の霊眼に見せておきます。後でよく訊いてみてください。兎に角現世では、ちょっと見られそうもない、気高い風采の女神さんでした。
 女神さんの方では、よほど我々を不審がっておられるようでした。
 「先刻は大そうよい音色を耳にしましたが、あれはあなた方がおやりなされたのですか?」
 「お褒めにあずかって恐縮致します」と守護霊さんが恭しく答えました。「私の笛などはまだ一向未熟、とても神様の足下にも寄り付ける程ではござりませぬが、ただ日頃笛を生命としております以上、せめては一度お目にかかり、直接お教えにあずかりたく、勿体ないこととは存じながら、ついあんなご無理を申し上げた次第・・・。つきましては、甚だ厚かましうございますが、是非何ぞ天上の秘曲の一つを、お授け下さいますように・・・」
 熱誠を込めた守護霊さんの頼みには、女神さんもさすがにもだし難く思われたものと見え、傍の岩角に軽く腰を下ろして、心静かに、妙なる一曲を吹奏されました。残念ながら、最初僕には、その急所がよく判らなかったが、そこはさすが本職、僕の守護霊さんは、ただの一度で、すっかり覚え込んでしまい、女神さんが吹き終わると、今度は入れ代わって、その同じ曲を、いとも巧みに吹いてのけました。
 「あなたは、稀に見る楽才のあるお方じゃ・・・」
 女神さんはそう仰って、ひどく感心しておられました。
 「只今のは、あれは何と申す曲でございますか?」
 僕がそう訊ねると、女神さんはニコニコしながら答えられました。
 「これは富士神霊様が日頃お好みの曲で、「八尋の曲」と称されておりまする。大そう来歴の深いもので・・・」
 この女神さんは、至って口数の少ない方で、細かいことは何も教えてくれませんでした。それで別れ際に、こんなことを言われました。
 「あなた方も、いずれ頂上へ詣でるであろうから、その際は富士神霊様にお目通りをさせて上げましょう・・・」
 そう言ったかと思ったら、いつとはなしに姿がプイと消えてしまいました。
 兎に角、この時の守護霊さんの歓びと言ったら大したもので、女神さんが去られた後で、何回となく「八尋の曲」の復習をやり、僕にも丁寧に教え込んでくれました。お蔭で僕にも、ハーモニカで、立派に合奏が出来るようになりました。